第4話 魔剣と魔斧
「着いたよ、このお店が例の魔剣を売ってる武具屋さんなの」
北ラナンの一等地にあるグラン商会の武具屋にやって来た私達。
歩いている途中で色々な話をしている内に、私的にはローザとかなり打ち解ける事が出来たと思っている。
そして今は同じ冒険者と言う立場なのだからローザと呼び捨てで呼んで欲しいと言われるまでの仲になっている。
聞いた話によると彼女は18歳だそうで私よりも2歳年上になるらしい。
そんな私達の住む王都ラナンは中央部を流れている"母なる河サリューン"によって都市が南北に分断される形で形成されている。
北ラナンには王族が住まう王宮が建てられており、それに従う貴族の大半が北側に屋敷を構えて暮らしている。
名のある名士や商人も同様で北ラナンに住む事が一種のステータスになっており、当然の事ながらザッハ家の屋敷やグラン商会の武具屋も北ラナンに建てられていた。
その逆に南ラナンには一般階級の人々が暮らしており私もその一人になる。
南ラナンには貧民街と呼ばれるスラムも存在しており非合法な取り引きも行われていると噂されていて、この王都における闇として問題にもなっていたため、度重なる改革も行われて来たが未だに成果は出てはいない。
「やっと逢えるのね… レオン様!」
両手を組んで祈る様な仕草で佇むローザ、完全に恋する乙女の祈りって感じになっちゃってるし。
一方、親衛隊員も増加中の我らがエマちゃんは途中の屋台で購入した甘いキャラメルポップコーンを"もきゅもきゅ"と無心に食べ続けており、そんなローザの姿にも全く感心は無いみたい。
私達が店内に入ると店の奥にいたマイネルさんが気付いた様で、こちらにやって来る。
「これはこれはショコラ様! 先日は色々お買い上げいただきありがとうございました。 本日はどの様な御用件でしょうか?」
チラリとエマちゃんとローザにも視線を向けており、何の要件か思案している様に思える。
「えっと、紹介するね。 隣にいるのがエマさんって言ってザッハ家の侍女を務めている方で、今はトルテに命じられて私の護衛を務めてくれてるの。 そしてもう一人の騎士がローザ・アイレンシュタット。 今日、ここに私がやって来たのは彼女の願いからなの」
「そうでしたか、ローザ様はどの用な御用件でいらしたのですか? 私の察する所では獅子王の魔剣に関してでは無いかと推測しておりますが」
流石は一流の商人、アイレンシュタット家の者がやって来た事でズバリと当てちゃった。
「流石は一代で財を成した豪商マイネル・グラン殿ですね。 ご承知の通り恥ずかしながらザッハ家に借金の形として持って行かれた魔剣レオンハートがグラン商会の手に渡ったと聞いて、その姿を一目で良いから見たいと思い、恥を忍んで今日ここに参った次第です」
マイネルさんも思案している様だ。
侯爵家の令嬢とは言っても零落れて今はただの一騎士に過ぎないローザの願いに果たして利はあるのか?と言う感じかな。
「普段なら私なんか相手にもしない大商人のマイネルさんに無理なお願いをしているのは分かっているつもり、でも彼女も必死なの… お願い!」
ここまで来て魔剣を見れないなんて可哀想だもの、私からもお願いしてみる。
「宜しいでしょう。 お二人の熱意に応えてお見せしましょう。 本来はトルテ様の御依頼でショコラ様のために用意した品でした。 あいにくショコラ様が短槍を選ばれたため、伝説の武器達は商機を失いましたが… これも何かの縁ではないでしょうか」
「ご厚意感謝致しますわ…」「ありがとう、マイネルさん!」
「どうぞ、こちらへ」
私達に礼を言われたマイネルさんは店の奥へと私達を案内してくれた。
何重にも施錠された幾つもの扉を抜けた先に存在した窓も無い部屋には、以前に私が見た伝説の武器達は装飾が施された大きな宝箱の中に保管されていた。
「こちらが獅子王ハンスが晩年に愛用した魔剣レオンハートになります。 どうぞ、手に取って御覧ください」
「ええ、ありがとう。 レオン様… 私、ずっとお逢いしたかったですわ」
魔剣レオンハートを抱き締めて涙を流しながら頬擦りするローザ。
ちょっとマイネルさんも引き気味で私をチラ見して来たけど苦笑いで返しておいた。
長く会えなかった恋人達が再会した様な空気が流れ少し居心地が悪い。
そんな空気を物ともせず、エマちゃんは相変わらず"もきゅもきゅ"と甘いキャラメルポップコーンを頬張っていた。
「あぁ… 恋する乙女の気持ち、痛い程感じますわ… 貴女の思いは、この私と同じなのですね」
いきなり背後から聞こえるトルテの声。
えっと、トルテさん。 あなたはラーナ大神殿に連行された筈でしょ…
「トルテ、どうしてここに?」
「ラーナ大神殿での息苦しい仕事の息抜きに街を眺めていたら、何処からか愛しいショコラちゃんの気配がしましたの。 何しているのか気になって来てみたら、そこにいる私と同じ思いに悩める乙女の心の祈りが聞こえたのですわ」
気配で私の位置が分かるの? 流石は聖女って感じだけど、その力は別の事に使った方が良いと思うのは私だけ?
「貴女がトルテ・ザッハさん? 貴女も私と同じ思いを抱いているとは… お互い辛いですわね」
涙を堪えながら熱い視線を送るローザと、それに応える様に熱を帯びた瞳で返すトルテ。
何、このやりとり… これって簡単に言えば単に剣の話でしょ? あなた達は一体何処へ向かおうと言うのよ。
私を置いて勝手に何処か知らない世界には行かないでください。
「マイネル、決めましたわ! その魔剣、ローザさんに私がプレゼント致しますの。 その代わり魔剣と一緒に過ごせるのは、愛しのショコラちゃんの護衛を務める時のみとさせて貰いますが… どうでしょう? 勿論、立場上の事もありますから王国騎士団の任務を優先させて貰っても構いませんわ」
ローザは突然の事に驚きを隠せず、チラチラと私を見ながら口をパクパクとさせていたが、やがて意を決したかの様に口を開いた。
「その役目、是非私に! このローザ・アイレンシュタット、愛しのレオン様と共にショコラ様に対して絶対の忠誠を誓います! 私とレオン様の仲を引き裂く王国騎士団など… いいえ、そもそもラナリア王国なんて滅んでしまえばいいんだわ。 もう騎士の誇りも名誉も全て捨てます!」
…衛兵さん、ここに反逆者がいます!
今朝も似た様な聞いちゃいけない叫びを聞いたんだけど… ラーナ教団とラナリア王国の滅亡を願う二人が今ここに揃ったわね。
トルテが何かを呟いてローザ達に右手をかざすと優しい淡い光がこの部屋中を包み込む。
『愛しのローザ… やっと一緒になれたね』
「ええ、レオン様…」
ちょっとちょっと… 私にも聞こえるコレって魔剣の声?
驚いてマイネルさんを見ると向こうも私を見て頷く。
『聖女トルテ様、貴女のお力により我が声を愛しのローザへと届けられる様になった事を心より感謝致します。 今後はローザと二人で力を合わせてショコラ様をお護りする所存です。 それでいいね、ローザ?』
「勿論ですわレオン様。 この命尽きるまでショコラ様を護るため、ご一緒致します」
ラブラブな二人?を見て優しく微笑むトルテ。
でも確かにそうして優しく微笑んでいたら聖女に見えなくも無いかなって思う。
『取り込み中に申し訳ないが、私の事はどうするつもりだ?』
武人の様に男らしい声と共に、魔剣レオンハートの入っていた横に置いてあった宝箱の蓋が勝手に開く。
「マイネルさん、あそこに入ってたのは?」
「ラナリア島の南東の海域を恐怖に陥れた海賊王バイザー・テムンが愛用した魔斧です… 名はアナベル」
ちょっとトルテ、何してくれたのよ! 余計な物まで目覚めちゃったじゃないの。
抗議の意味でトルテに視線を送るとあらぬ方向を見て頑なに私を見ようとしないんですけど!
以前にも見た事のある巨大な魔斧がゆっくりと宙に浮かび上がる。
『我が力を欲する主人は貴公か? 必要ならば我に手を向けるのだ!』
ここにいる全員の視線が私を向く。
「ええっ、私? 私じゃ絶対に無理だからね。 あんなに大きな斧を持ち上げられる訳無いでしょ!」
無理無理と魔斧に手を振る私。
『了解した。 契約は成立だ! 我が力、貴公に預けよう!』
ちがぁ〜う! アレは無理だって言うジェスチャーだから!
魔斧が強い光がを放ち、あまりの眩しさに目の前を右手で覆う。
その右手に何かが握らされた感触に驚いて目を開くと、そこには小さくなった魔斧があった。
『今の貴公の実力では、この程度の大きさにしか過ぎんが、いずれ貴公が力を付ければ我も姿を変えよう! 我が名はアナベル、宜しく頼む!』
「ええ〜っ! 私トルテに貰った、この短槍が気に入ってるし使い易いから… 魔斧いらない」
『ま、待ってくれ! ならば土下座してでも頼もうではないか…』
私の手を離れると元の大きさに戻るアナベル。
そして土下座と言う名の斬撃を床に繰り返すのだった。
みるみる破壊されて行く床の裂け目は遂に地面にまで達して行く。
そしてどうにかこの状況を収めて欲しいと願う皆の視線が再び私に向けられるのだった。
「分かったわよ、私が持てばいいんでしょう!」
「あの〜 マイネルさん、この魔斧の代金なんですけど… おいくら?」
「 …小銅貨1枚です」
マイネルさん、厄介払いしたいからって最低価格を打ち出して来たわ。
「でも… この短槍どうしよう? 下宿先に置いておくのも勿体無いし」
「ショコラちゃん! その短槍は私が引き取りますわ! 代金は床の修理代でどうかしら?」
うっ、私の魔斧が壊したから、これって私のせいになるの? こんな高価そうな大理石の床なんて直すお金は無いし… 仕方がない。
「うん、それでいいよ。 はい、トルテ」
私に渡された短槍をぽぉーっとした表情で頬を赤らめながら見つめるトルテ。
そしてニヤニヤしながら頬擦りを始める。
そんなにその短槍が欲しかったの? それならば良かったけど。
「トルテお嬢様、ここにいらしたのですか。 随分とお捜し致しましたよ」
音も立てずトルテの背後に忍び寄ると有無も言わせずに羽交い締めするセバスチャン。
ここで逃す気は絶対に無い様だ。
「嫌ぁ〜 やっとショコラちゃんと会えたのに、またお別れなんて!」
朝会ったばかりじゃないの…
セバスチャンに引き摺られて行くトルテ。
何とかこの場に留まろうとして砕けて土が顔を覗かせている床に短槍を深々と刺してまで踏ん張っていたが、それもセバスチャンが強引に持ち上げた事で呆気無く解決し、無駄な努力に終わる。
私を繰り返し呼ぶ声は、やがて声にならない叫びに変わり… そして静寂が訪れる。
「じゃあ、マイネルさん。 小銅貨1枚ね」
呆然と立ち尽くすマイネルさんの手に魔斧の代金を握らせると、そそくさと武具屋を後にする私達だった。
ごめんなさいごめんなさい… マイネルさん。