4話 食べ歩きと盗賊団 後編
私はとにかく足を動かした。動いていないと不安で胸が潰されてしまう。土を蹴り上げて前へ。足が痛いなんてことは頭から吹っ飛んでいる。いまはとにかくクラーラのもとへ。
さっきまで見当たらなかったくせに、いまはわらわらいる町民たちが邪魔だ。ざわざわしている声が耳障りだ。私の行先をふさぐように立つな!
焦りと苛立ちを隠せず奥歯をかみしめる。ギリギリ鳴る歯がまた鬱陶しい。
どうか無事でいて。焦っている私に「私は大丈夫ですよ。心配してくれたんですか」と微笑んで。私を安心させて。傷ついてなんかいないで。
教えてもらった小さな病院に駆け込む。勢いよくやってきた私に周囲が目を見張るけど、そんなことはどうでもいい。一つの部屋から医者と思しき男の声が響いてきた。私はその部屋に飛び込む。
信じたくないものが目に映った。清潔とは言い難い寝台に寝かされたクラーラの髪は土で汚れてぼさぼさで、頭から顔にかけて赤い液体がどくどくと流れている。薄汚くなってしまった服はところどころ破れていて、肌が露出した部分に青あざができてしまっている。意識が失われていて口が半開きになっており、顔には涙の跡が確認できた。
「退いてッ!!」
私は大声を出してクラーラに駆け寄る。寝台近くにいた医者らしき男が私を止めようとしたが、押し退けてクラーラの頭に触れる。
「いま直してあげるからね」
私が手からそっと魔力を送る。淡くて白い光がクラーラの傷を癒していく。流れていた赤い液体は止まり、傷がふさがる。青あざになっているところも、魔力を当てると見た目上は正常な状態に戻る。
最後に頭の傷をもう一度確認して、涙の跡を指でたどる。やれることがなくなった。あとは意識が戻るのを待つばかりだ。そのころには流し込んだ魔力が身体の痛みを抑え込んでいるだろう。
「……信じられない」
医者らしき男が小さくつぶやいた。
それはそうだろう。クラーラは人間じゃない。人間に対して行う治療じゃどうにもならない。たぶん私が来るまでに様々な方法を試していたはずだ。そして、たいした効果はなかったのだろう。
と言っても、クラーラに人間と同じ治療法を試すのは当然だ。彼女は怪我をすれば痛がるし、血に見える液体だって流れるのだから。それらの機能をつけるつもりはなかったけど、やっぱり彼女がそれを求めてきたから、私は頑張った。涙だってそうだ。
……私、こんな理由でクラーラに泣いてほしくなかったんだけど。
怖かっただろう。恐ろしかっただろう。痛かっただろう。
クラーラにはそれなりに戦闘能力が備わっている。一人でこの町までおつかいを頼むこともあるから、魔物と戦うこともある。無事に切り抜けるためには武力が必要だから身に着けさせた。
そんなクラーラをここまで痛めつけれるなんて、ラッセルのように戦闘訓練をしっかりと受けている人間か、数の暴力で押し切るかじゃないと無理だ。『盗賊団』と町の人は言っていた。なら、寄ってたかって襲い掛かったに違いない。
……絶対に許さない。
私が盗賊団のお礼参りを決意したとき、後ろから声をかけられた。
「その子の、家族の方ですか?」
私が返事をしてふり向くと、白いひげを生やした老兵士がひざまずいて頭を下げた。
「申し訳ない! 我々がふがいないばかりに……」
「……あなたは?」
「私は兵長のロックと申します」
「そう。あなたが役立たずの長ってわけね」
私が吐き捨てるとラッセルが「そのような言い方は……」と遠慮がちに抗議してきた。私が怒りに任せて睨むと、彼は後ずさりした。
「なにが違うの? 小さな女の子の一人も守れず、犯人にあっさり逃げられる兵士なんて役立たずもいいところじゃない」
ロックが言った。「……返す言葉もございません。誠に申し訳ない」
「謝罪なんかいらないわ」私は白髪混じりの頭を見下ろした。「謝られたところで、クラーラが怖い思いをして、けがをした事実は変わらない」
兵士は町の安全と治安を守るのが仕事だ。仕事をまるでこなせていない無能どもの長に優しい言葉をかけてやる義理なんてない。
ラッセルもロックも、医者らしき男も黙ってしまった。クラーラのゆったりとした呼吸音だけが狭い部屋に響く。
私は頭を下げたままのロックに声をかけた。
「……ロック。クラーラを襲ったのは最近この町で暴れている盗賊団で間違いないのよね?」
「は、はい。間違いありません」
「拠点を教えなさい」
ロックがはじかれたように顔を上げた。「いったい、なにをするおつもりで……?」
「決まっているでしょう?」私は間抜け面を見据えていった。「クラーラをこんな目に合わせた奴らに、目に物を見せてやるのよ」
「なにを言いますか!? 危険すぎます! 奴らを捕まえるのは我々が責任をもって――」
「黙れ」
私が鋭い声を出すと、ロックは顔を歪めて静かになった。
「私たちに申し訳ないと思っているなら、さっさと教えなさい。それがあなたにできる唯一の誠意の見せ方よ」
ラッセルが私とロックの間に割って入ってきた。「落ち着いてください、……マリー師匠」
「ラッセル、邪魔しないでくれる?」
「できません」ラッセルが首をふった。「いまのあなたを行かせるわけにはいきません。盗賊団を全員、殺すおつもりでしょう……?」
ラッセルは平静を保とうとしているが、声がわずかに震えている。
老兵士をかばうようにしているラッセルを見て、私は少し冷静さを取り戻す。彼にそんな心配をさせてしまうような態度を取っていたなんて、思いもしなかった。
私はため息をついて、頭をふった。「……そんなことはしないわ。私が盗賊団を全員殺したところで、クラーラが喜ぶわけでもないもの」
「……本当ですか?」
どうやらラッセルは私のことを信じられないらしい。心外だ。殺したところで私に得がない。それどころかクラーラに泣かれる。そんな行為はしない。
疑いの目を持ってしまっているラッセルに、私の気持ちを伝えても、きっと信じてもらえないだろう。
「なら、あなたも一緒に来るといいわ。私を見張ってなさい」
私はラッセルに同行するように言い、なおも危険だからと言いよどむロックから盗賊団の拠点を聞き出した。『深紅の魔女』だと名乗ると、戦闘能力的に心配がなくなったからか、しぶしぶと教えてくれた。
手の空いている兵士を同行させるとロックが申し出たが断った。無能は邪魔でしかない。
私はクラーラのために使った魔力を薬で回復させると、すぐ出発した。
「そろそろ警戒しましょう」
盗賊団の拠点は近くの山の洞窟だとロックは言っていた。もうそろそろふもとに到着する。
雨は降っていないものの雷がゴロゴロと鳴り、風が強くなってきた。
「いいですかマリー師匠。我々はあくまでも町を襲う盗賊団を捕らえるために出向いているのですから、殺してはいけませんよ」
道中何度も同じことをラッセルから言われている。そんなに信用がないですか。そうですか。
何度も言われてうんざりしているからか、怒りはだいぶ静まっている。
「……大丈夫よ。殺したりなんかしない。私はあの町に出向くことがあるクラーラが、安全に町で過ごせるようにするだけよ」
「……信じてますからね」
言葉ではそう言っているものの、ラッセルの目は疑いを持っている。ちょっと面白くない。
草陰に隠れながら山に向かって歩みを進めていると、遠くに見張り役が見えた。数は二。向こうはこちらに気がついていないみたいだ。
「ラッセル、準備はいい?」
「いつでも」
「私は左をやるわ」
「わかりました」
「行くわよ」
私は身体強化の魔法を使って、見張りの一人に突っ込んだ。見張りは慌てて剣に手をかけたが、もう遅い。薄い防具の上から腹を殴ってやった。防具が割れ、破片とともに男の身体も地面に落ちる。
やや遅れて、もう一つ身体が地面に落ちる音がした。目を向けるとラッセルが男を沈めていた。
「まあまあね。ほら、薬よ」
「ありがとうございます」
私はラッセルに魔力の回復薬を投げ渡す。彼はそれを飲み込んだ。
ラッセルの身体強化の練習はここまでだ。ここからは相手の数も増えるだろうし、一度使うたびにへろへろになってもらっては困る。
「しかし、身体強化はすごいですね。鎧ごと殴ったのに、手に痛みがない。初めて使ったときも魔物に噛みつかれたのに、痛みがありませんでした」
「あなたの魔力が多いからよ。魔力が多ければ多いほど、速度も攻撃力も防御力も上がるわ。だから使いこなせるようになりなさい」私はラッセルの腰に刺さっている細剣を指さして、「その剣を使って前線に出る戦い方をするなら、必ず役に立つはずよ」
私が山のなかに入っていくと、ラッセルが私の一歩前に出た。
私の方が彼よりずっと強いから、別に守ってもらわなくても平気だけど、こういうのも悪くない。
気を抜いて顔をにやつかせていると、ラッセルが私の身体を止めるように手を出した。
「います」
私は気を引き締めて前を見る。男が三人。二人は刀を持ってこちらを見据え、もう一人は奥に走って行った。おそらく仲間を呼びに行ったのだろう。
「私がやります」
ラッセルが細剣を抜いた。手に持つ部分が水色で、刀身が白い美しい剣だ。
男たちが突進してくる。ラッセルは落ち着いて切っ先を男の一人に向けて魔力を集中させる。ドンッという音とともに魔力の塊が大砲のように飛んでいく。魔弾とでもいうべきだろうか。それは男に命中し、はじけ、男はその場に倒れた。
それを間近で見たもう一人の男がひるんで止まる。ラッセルは容赦なく魔弾を発射した。
「行きましょう」
二人が戦闘不能になったのを確認して、ラッセルが前に進んだ。
すれ違いざまに男たちを見る。気を失っていた。うまい具合に戦闘不能になるように調整して打ったのか。この技に関しては達人級ね、と私は感心した。
足を進めると、少し開けた場所に出た。前方に何人もの連中が武器を構えて待っていた。なかには年端もいかない子供もいる。
「半分ずつといきましょうか」
「何度も言いますが、殺してはダメですよ」
私に釘を刺して、ラッセルが勇敢に突入していった。それを合図にしたように、盗賊団の一部が私に向かって走ってきた。
「戦うのは久しぶりね」
私は両手を広げて魔法を発動させる。足元に魔法陣が浮かんで、無数の真っ白な短剣が私を囲むように宙に浮かぶ。
その光景に驚いたのか恐れを抱いたのか、覚悟の足りない何人かが顔をゆがめた。
……武器を持っている以上、子供だろうとなんだろうと容赦はしない。
私は短剣を発射していく。殺してはいけないから、しっかりと足に当たるよう狙いを定めて打つ。私の苦労のかいもあって、男たちは足を赤く染めて地面に倒れていく。悲鳴がうるさい。
大人は両足だが、子供は片足で勘弁してあげた。私って慈悲深いなあ。
「マリー師匠、こっちは終わりました」
「こっちも終わったわ」
まったく張り合いのない戦闘は終結した。
盗賊団員はうずくまりながら涙を流している。地面は赤く染まり、私の短剣も彼らの血で染まった。切っ先からぽたぽたと血が垂れている。
「……深紅の魔女、か」
私は私の異名をつぶやいた。戦闘が進むたびに短剣と相手と周囲を真っ赤に染め、返り血で自らをも赤く染めることもある魔法使いの女。それが私だ。
「……どうかしましたか」
「いいえ、なんでもないわ」
帰りましょう、と私は短剣を消して踵を返した。あとは役立たずの兵士たちに、けがをした盗賊団を回収してもらえばいい。放置されることによってけがが悪化することなんて、私の知ったことではない。
町に戻った私たちは兵士たちを盗賊団の回収に向かわせて、気を失ったままのクラーラを引き取って宿に入った。クラーラはなかなか目を覚まさなかったが、夜にしっかり目を覚ました。
私が抱き着き、身体に異常はないかと心配すると、クラーラは私を安心させるように目を細めた。
「大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます、マリー」
遅くなりました。無理なことはいうものじゃないですね。
次回は28日を予定しています。




