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深紅の魔女、一歩前へ  作者: 番場すぐる
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4話 食べ歩きと盗賊団 前編

「王のおごりなのですから、いくら食べてもいいのですよね?」


 目を輝かせながら言ったクラーラに、私は抗うことができなかった。

 まあ費用はあの人持ちだし、あの人もクラーラの食べっぷりを理解しているはずだからいいかな? 仮にもこの国の王で、しかも危険な仕事を依頼されたのだから、食費が想像より高かったぐらいで文句は言うまい。

 許可を出すと、クラーラはとても喜んだ。最初のパンを食べた後に肉を食べ、魚を食べ、お菓子を食べ、いまはまた肉を食べている。食べ歩きも5店目に突入だ。


「……よくそれだけ食べれるな」


 ラッセルが呆れたような視線をクラーラに向けた。

 クラーラは「いくらでも食べれますよ」と微笑んで次々に肉を口に運んでいく。パンをたくさん買ったときの恥じらいはどこかに置いてきてしまったらしい。


 ……女の子らしさと好きなことを天秤にかけたら、好きなことが勝つのは当然だよね。


 私も研究の時間に制限をかけて女らしさを求めるか、女らしさを捨てて研究に没頭して小言を言われるか選ぶなら、間違いなく研究を取る。

 私とラッセルはもうお腹いっぱいでなにも食べれない。食べているのはクラーラだけだ。私は早々に脱落した。ラッセルは若い男の子らしく始めはがつがつ食べていたけど、クラーラにはついていけなかった。


 ……ついていける人間なんているわけないんだけどね。


 と言っても、クラーラの食べる速度はそれほど早くない。食べる量が多いのだ。たくさんの食べ物を時間をかけて食しているので、もうお昼時の時間は過ぎてしまっている。行き交う人も少なくなり、鳥のさえずりが聞こえる静かな町になった。


「しかし」ラッセルがクラーラのお腹を見ながら言った。「その小さな身体のどこにそれだけのものが入るんだ」

「入りはしますけど、溜まりませんからね」

「……は?」


 ラッセルがぽかんとした顔になる。彼にとっては意味不明なことを言われたからだろう。

 クラーラの食事が止まらないのには理由がある。本人に止める気がなく、そして彼女は満腹になることが絶対にないからだ。

 クラーラには味覚がある。甘いのも酸っぱいのも苦いのもわかる。好みもある。でも、まだ彼女には『お腹いっぱい』という感覚がない。

 初めて食事ができるようにしたときに、本当は普通の人と同じようにお腹に物がたまって、時間が経つとまたお腹が減るようにしたかったけど、どうしてもできなかった。

 そんなわけで次善の策として、飲み込んだものは即消滅する機能を付けた。だからクラーラはいくらでも食べることができる。

 食べなくても活動が停止するようには作っていないが、家族になにも食べさせないのは私の心が持たないし、クラーラが悲しむから、食べさせないという選択肢はない。いつもはそれなりの量で我慢してもらうけど。


 クラーラがいたずらっぽく笑う。「そのままの意味ですよ」


 ラッセルは理解できなかったようだ。首をかしげている。

 肉を平らげたクラーラが次の食べ物を求めて歩き出そうとしたのを私は止めた。


「ちょっと待って。もう歩き疲れたわ」

「もう少しだけ、ダメですか?」

 別に急いでいるわけじゃない。私は条件付きで許しを出した。「私を休ませてくれるならいいわ」

 ラッセルが便乗する。「私も休ませてもらおう」

「わかりました。では一人で行ってきます。あそこで座って待っていてください」


 まだまだ元気なクラーラと別れて、私はラッセルとベンチに座った。ずっと歩きっぱなしだった足に少し痛みが走る。つま先に力を入れてぐっと伸ばした。力を抜くと吐息が漏れた。疲労が抜けていく。

 目の前に小鳥が一匹降りてきた。地面を何度かつついて向く方向を変えると、私にくちばしを向けて一歩二歩近づいてきた。と思ったら、頭の上を飛んで行った。

 ラッセルに視線を移すと、彼は首をこきこきと鳴らして肩を回していた。

 私はそんな彼に話しかけた。


「ねえ、どっちが本当のあなたなの?」

「……意味がわかりませんが」

「クラーラに『美しい君』と言った軽すぎるあなたと、いまのあなた、どっち素なの?」


 はっきり言って、始めの彼の印象からすると、いまの彼はまじめすぎる。普通に好青年だ。この町に来てからもかわいい女の子は何人もいた。彼は声をかけるどころか、目で追いもしない。


「……どっちも本当の私です。いまはあなたに態度を改めるように言われたので、気をつけているだけです」

「気が抜けたら軽い男に戻るの?」

「もう戻りません」

「本当に? クラーラみたいな子が現れたら声をかけちゃうんじゃないの?」

 ちょっとした軽口のつもりで笑うと、ラッセルがドキッとするような真剣な目を向けてきた。「かけません。私は――」


 なにかを言いかけたラッセルが目をそらす。口元に手を当てて、下を向いてしまった。


「……私は、なに?」

「なんでもありません」

「気になるじゃない」

「言えません」


 目を合わせようとしても全然こっちを見てくれない。それが面白くないはずなのに少し面白くて、私は腰を上げて、いろいろな角度から彼の顔を覗き込んでみる。やっぱり目は合わせてくれなかった。

 しかしどんな角度から見ても、ラッセルは整った顔立ちをしている。彼のはクラーラみたいに人工的なものではなく、生まれつきのもののはず。それなのにこの顔は見事と言える。人間が生んだ奇跡だ。


「まあ、言いたくないならいいわ」


 理由がなんであれ行動がいいものに変わるのであればそれでいい。

 ここで私はクラーラの行いを彼に謝っていないことに気がついた。


「そういえば悪かったわ。クラーラがいろいろと迷惑をかけちゃって」

 話題が変わったからか、ラッセルがこっちを見てくれた。「別にあの程度、かまいません。むしろ話のネタができて感謝しているぐらいですよ。墨色ほうれん草は初めて食べましたから」

「……そういうことにしておくわ。でもそんなことを言うと、あの子への貸しが増えるわよ?」

「内緒にしておいてください」


 ラッセルがはにかむので、私はほっとした。彼がこんなことで深い怒りを覚えるようなことはないと思っていたけど、実際に言葉と態度で伝えてくれると安心する。


 ラッセルがあごに手を当てた。「クラーラへの貸しが増えると、いったいなにをさせられるんですか?」

 私はくすっと笑う。「気にしなくていいと思うわ。あの子いつもはそんなこと言わないし、最近読んだ本に影響されているだけじゃないかしら?」


 きっと最近読んだお話にそんな会話をする場面があって、そのまねごとがしてみたくなっているだけなのだろうと思う。

 ラッセルは「……そうなんですか?」と懐疑的だ。いきなり『これは貸しです』みたいなことを言われれば、後ほどなにか要求されるのではないかと考えるのは仕方のないことだし、彼は私たちと出会ってから半日も経っていないのだから、いろいろと考えてしまうのもわかる。


 クラーラを待っている間、私たちは他愛ない会話をしながら時を過ごした。やがて空に灰色の雲が広がり始め、太陽をすっかり隠してしまった。

 天気が崩れるのは嫌という会話をしているときだった。いきなり周囲が騒がしくなった。「またあいつらが来たって本当か!?」「兵士のやつらはなにをやってるんだ!」といった声が聞こえてくる。


「なにかあったのかしら?」

「ただごとではないようですが……」


 近くにいた事情を知ってそうな女の人に尋ねると、最近この町に来ては悪さをする盗賊団が今日もやってきたらしい。その人は「しかも――」とつづけて、


「――女の子が一人、大けがをしたみたいなんですよ」


 言葉を聞いた瞬間、胸騒ぎがした。私が胸を押さえてラッセルを見ると、彼も同じことを考えたのか、こくんとうなずいた。


「あの、その女の子は、いまどこに……?」


 指をさして教えてくれた女の人に「ありがとうございます」とお礼を言って、私とラッセルは駆け出した。

次回は明日26日の夜更新です。21時までにあげられるよう頑張ります。

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