3話 昼食とクラーラ
「新鮮な焼きたてのお肉だよ!」
「めずらしいパンを仕入れたから見ていってくれ!」
三人で町に入る。所狭しとお店が広がるなか、商売人の声が飛び交っていた。ひげを生やしたおじさんが注目を浴びるために店頭でお肉を焼き、別のお店では小さな子供が「どうですか?」と客引きをしている。
私の家がある人気のない森から一番近いこの町は、決して都会ではない。でも町民は立地の悪さにめげずに頑張っている。私はそんな町が好きだ。
……買い物はクラーラに任せているから、めったに来ないけどね。
「お嬢ちゃん! ちょっと見ていってよ!」
元気のいい声に呼ばれて私は声の主に目を向ける。
声の主は私ではなく、クラーラを見ていた。
「いいですか? マリー」
「……ええ、お腹も空いたもの」
許可を出すとクラーラが「こんにちは」と言いながら店に近づいていく。いくつもパンが並んでいるお店だった。間違いなくクラーラはあのお店で買い物をする。彼女の好きな『水芋』を使ったパンがあったからだ。
クラーラは「お嬢ちゃん」と呼ばれたことに気をよくしたのか、水芋パンに惹かれたのか、愛想よく店主に話しかけている。若くてかわいいクラーラに、目つきの悪い店主は悪い気はしていないらしい。歯並びの良くない歯を見せながら豪快に笑っている。
なにかを言いたげに、ラッセルが私を見ていた。
「なによ」
「いえ、なんでもありません」
ラッセルが気まずそうに目をそむける。周囲の喧騒や温かみを感じるにぎやかさとは違い、私たちの間にはちょっとした緊張感と静けさがあった。
まあ、なにを思ったのかわからないでもない。そう思うのも仕方ないのかもしれない。でも目をそむける速度が速すぎたのが気に入らない。疲れているくせに身体強化でもしていたのかしら。
「言いたいことがあるのなら言いなさい」
「なんでもありませんから」
「とてもそうは見えないわ。なにか思うところがあるのでしょう?」
「本当になにもありませんから」
「遠慮はいらないわ。私たちは師弟の関係なのに、距離がありすぎると思わない? 緊張しているのか知らないけど、あなたの態度は自然体とは程遠いわ。そんな態度だといつか私の近くにいるのが疲れるようになって、だんだん辛くなるわよ」
「師弟である時間が短いので、大丈夫です」
……むっ、なかなか強情ね。
なぜだか気落ちしているラッセルの口をどうやって割らせてやろうか考えを巡らせようとしたとき、「お待たせしました」とクラーラが戻ってきた。大きめの茶色の袋を手にしている。あのなかにはいくつもパンが入っているはずだ。
「……どうかしたんですか?」クラーラが雰囲気を察したようだ。
「なんでもないわ」私は首を傾ける彼女に笑って見せた。「いっぱい買ったのね」
「いい匂いがしたものですから」
クラーラが恥ずかしそうにうつむく。顔をパンの袋で隠す仕草が愛らしく、私が男だったら恋に落ちてもおかしくないほどの破壊力があった。若さってずるい。
「私たちの分もあるのよね?」
私が促すと、クラーラがはっとして、「こちらをどうぞ」とパンを一つ取り出して渡してくれる。
「ありがとう」
「ラッセルはこちらをどうぞ」
「すまない」
私が渡されたのは『破裂苺』のジャムが入った甘いパンで、ラッセルのは魔力の回復効果が期待できる『墨色ほうれん草』が練り込んであるパンだとクラーラが説明してくれる。
「なんて残酷な……」
私は思わずつぶやいていた。墨色ほうれん草はどのように調理しても苦くてまずいと評判の食材だ。これまで数多の料理人たちが何度も何度も立ち向かい、そのたびに挫折を味わわせてきた野菜会の帝王だ。
ラッセルが、手にしている黒いパンを引きつった顔で見る。その気持ちはよくわかるよ。だってまずいのがわかりきっているんだもん。どうせなら美味しいものが食べたいよね。
そもそもなぜそんなものがお店で売っているのか。どれほどまずいのかという興味から買っていく人しかいなさそうだけど、採算が取れるのだろうか。
私たちの反応が面白くないのか、クラーラが眉を寄せた。「ラッセルは食欲よりも魔力の回復が最優先です。今日はまだまだ戦ってもらうのですから」
たぶんクラーラのなかでは、ファフニールの谷に行くまでの間の戦闘は、ほとんどすべてラッセルが行うことになっている。魔物の数が多かったり、打ち漏らしがあったときは、自分が打って出るつもりなんだろう。彼女は私に戦える力があることを知っているが、あまり戦わせようとしない。「マリーが傷つくのは見たくない」だそうだ。
私はクラーラが傷つくところを見たくないんだけどな。
「魔力なら薬で元に戻せばいいじゃない。そのための薬は出すつもりだったけど」
少し無茶をさせちゃったし、と私がつづけると、クラーラが袋から水芋パンを取り出しながら言った。「すぐ薬に頼るのはよくありません。身体によくありませんから」
クラーラがパンを一口食べて顔をほころばせる。ラッセルに対する挑戦状だろうか。いや、なにも考えていないのだろう。むしろクラーラはいいことをしたとすら思っているはずだ。
クラーラは知らないみたいだけど、魔力を回復させる薬には墨色ほうれん草が使われている。というか主成分だ。あとはのど越しをよくするためのものと、効果を高める成分を加えて、魔力で固めてやればでき上がる。
実はクラーラがしたことはあまり意味がないのだ。というか迷惑にしかなっていない。
ラッセルもこのことに気がついているようだ。黒いパンと幸せそうな少女を交互に見つつ、覚悟を決めたように笑い、目に力を入れてパンにかぶりついた。彼は目を強く閉じて、もしゃもしゃと咀嚼する。一直線になった口からまずさが伝わってくる。
……がんばれ。
奮闘する彼から私は目が離せなかった。不思議な魅力があったのだ。
時間をかけて手のひらぐらいの大きさのパンを食べ終えたラッセルに、クラーラが言った。
「これで貸し二つです」
「なぜそうなる!?」
ラッセルが驚いた声を上げたが、驚いたのは私もだ。なぜこれが貸しになるのだろうか。
「当たり前でしょう。薬に頼らずに魔力を回復させてあげたのですから」
そうだった。クラーラにとって薬は身体に悪いものだったっけ。その勘違いが思考の前提なのだから、その結論に至るのも納得だ。
……仕事が終わったらいろいろ教えてあげなくちゃ。
私はいままでクラーラに身の回りのことや、研究の手伝いをさせてきたけど、魔法や魔力について教えたことはあんまりない。
もともとクラーラは私が苦手でやりたくないことをこなしてくれる便利な人形として作られた。だからそれらができるように知識を与えた。人間として扱うようになってからも、それらの知識が最優先だった。彼女がほかの知識を欲してこなかったので、このままでいいと思っていた。
だけど、こうしてだれかに迷惑をかけてしまったのなら話は別だ。親として間違いは正してあげないといけない。
迷惑にしかなっていない事実を伝えるかどうか、ラッセルは迷っているようだ。腕を組んで視線を落としている。
そんな彼に、袋からパンを一つ取り出したクラーラが笑顔を向けた。
「まあまあ、美味しくなかったので複雑なのはわかりますが、お口直しに水芋パンも用意していますから」
どうぞ、と迷いなく差し出す手からは善意があふれている。
……あっ、また教えることが増えた。
しまったな、と私はこめかみを抑えてラッセルを見た。
私はクラーラと同じで水芋が好きだ。食卓に上がれば喜んで食べる。でも水芋は好き嫌いが分かれる食材だ。相手の好みを確認せずに出していいものじゃない。
普段クラーラは私以外の人に料理をふるまう機会がない。私の家に来訪者があればそういう機会もあるけれどほとんどないし、あったとしても献立は私が決めて、彼女はその通りに作るだけ。彼女が自分の意志でなにかをだれかにふるまうことは、いままでなかったはずだ。
その弊害がいま出てしまった。好みが分かれやすいものを口直しに出すのはハズレの危険性が高い。
「……ありがたくいただこう」
あきらめたように目をつむったラッセルを見れば結果は明らかだった。
……重ね重ねごめんね、ラッセル。
遅くなりました。次回は25日を予定しています。




