2話 行方不明の部下
「一つ気になってたんだけど」道中、私は大きめの声で切り出した。「なんであの人の部下って人はファフニールの谷なんて危険なところにいるわけ?」
「……それはいま聞かなければいけないことですか?」
私の斜め前で警戒態勢を取るクラーラがこっちも見ずに冷たく言った。
クラーラの前方では細剣を私によって封印されたラッセルが魔物と対峙している。数は五。位置関係は真上から見ると、私とクラーラがいる場所が傘の持つ部分で、ラッセルが中央の棒、魔物たちが半円状の布の部分だ。数の面では不利だが、いずれも取るに足らない雑魚だからすごく余裕がある。
だけどラッセルは苦戦している。彼は剣に魔力を流し込んで振るい、魔力を一つの塊として相手に発射することに長けていたが、それ以外の魔力の使い方が全然ダメだった。せっかく豊富な魔力があるのにまったく生かせていない。
だから身体強化の魔法を教えて、それを実践で試してもらうことにしたのだ。細剣の使用を許すと身体強化なんてせずとも簡単に倒せてしまうので、殴って倒してもらうことなった。というか、私がした。
「まあまあ、そんなに警戒しなくても」
「マリーは気が抜けすぎです」
これ以上喋ると怒られそうなので黙ることにした。この真面目さんめ。
師である私に話しかけられたというのに、ラッセルはこっちを気に留めようともしない。練習もそこそこにいきなり実践に放り込まれたから余裕がないのかもしれない。
……でも身体強化ってそんなに難しいかなあ?
私が身体強化を覚えたのは子供のころだった。口で説明されただけですぐ身体を制御することができた。
才能の差なのかな。すぐできない人もいる。私覚えた。
「はああっ!」
ラッセルが突っ込んで、真ん中の小さな魔物を地面に叩きつける。その魔物は血を流して動かなくなったけれど、彼は残りの四匹に挟まれる形になった。左右から魔物が彼を襲う。私から見て右から襲い掛かってきた魔物の一匹は裏拳で処理したけれど、その後につづいたもう一匹には腕を、左から来た二匹には足を噛みつかれてしまった。
でも彼は慌てた素振りを見せない。不思議そうに噛まれた腕と足を交互に見て、魔物を振り落とし、殴った。いずれも一撃で動かなくなる。
「ほら大丈夫だった」
「……もしもはありますよ」
クラーラが息を吐いて身体の力を抜く。大げさだなあ、と私が心のなかでつぶやきながら歩み出すと、彼女はやや後ろの位置からついてくる。
ラッセルに近づいたところで疑問の答えを聞こうと思ったら、彼が尻餅をつくように音を立てて座り込んだ。
「……どうしたのよ」
「魔力を使いすぎたようです」
ラッセルは息を荒くしながら、目を閉じて真上を向いた。大量に噴き出ている汗が髪の毛から滴り落ちる。
私が「……想像以上にダメね」とため息をつくと、クラーラが後ろから「自分を基準に考えるのはよくありませんよ、マリー」と言った。
「すまないが」ラッセルがクラーラを見上げた。「肩を貸してくれないか」
「仕方ないですね。貸し一つです」
クラーラがかがむとラッセルが肩に腕を回した。立ち上がるけど、足がプルプルと震えて、何とも頼りない。
「もっと細かく魔力を使えるように努力しなさい。こればっかりはあなたの感覚によるところが大きいから、手助けしてあげられないわよ」
「……面目ありません」
ラッセルががっかりするように、かくんと頭を下げる。出世街道をひた走っているであろう彼にとって、あの程度の魔物にてこずった挙句、人の手を借りなければ歩けないほど消耗するなんて屈辱的だろう。
だけど、これを糧にもっと成長することができるはずだ。自分が至らないところを見つけ、そこを改善していくことでどんどん上に登っていくことができるのだから。
「疲れているところ悪いけど、さっきの疑問に答えてくれる?」
「さっきの疑問とは何でしょう?」
「聞いてる余裕すらなかったの?」私が素直な感想を口にすると、ラッセルが顔をしょんぼりさせた。少し罪悪感に襲われる。「……まあいいわ。あのね、なんであの人の部下はファフニールの谷なんて危ないところにいるのよ?」
「私に聞かれても……」
「なにか思い当たる節はない? あんなところ、特別な理由でもなければ行こうとも思わないはずよ」
人里から離れた場所にあるファフニールの谷。そこには何匹ものファフニールが住んでいる。人間が侵入すればまず間違いなく襲い掛かってくるだろう。
堅い表皮に禍々しい翼を生やした恐ろしいドラゴン。人の何倍もある体躯に踏まれれば当然潰れるし、噛みつかれれば鎧ごと腕はなくなる。炎に当たれば跡形も残らない。人間を滅ぼそうと思えばたやすくできるであろう彼らの住処に足を運んだのはなぜ?
「まさかとは思うけど、アンブローズ王が部下を一人で向かわせたわけじゃないわよね?」
「もちろんです。我が王がそんな命令をするはずがありません」
「そうよね」もしかしたら、あの人は私との関係が終わってから大きく変わってしまったのではないかと思ったが、ラッセルの表情と言葉から察するに、私の知っているあの人からそれほど変わってはいないようだ。「でも、そうだとすると、その人は自分の意志であそこに向かっていることになるのよ。その人はファフニールの谷に一人で向かっても大丈夫なほどの手練れなの?」
「いえ」ラッセルがかぶりをふる。「彼女はそれなりに力のある魔法使いですが……」
あっ、女の人だったんだ。勝手に男の人だと思ってた。
女性だとわかったその瞬間、私の胸がちくっと痛んだ。胸に手を当てて小さく息を吐く。我ながら女々しいものだ。
「そう。それで、なにかないかしら?」
「すみません。私にはなにも……」
「なら、あなたが最後に彼女を見たときのことを教えて」
ラッセルがうーんと唸ってから答える。「彼女は故郷の家族に会いに行くと我が王から休暇をもらって出発しました。それ自体はなにもおかしくありませんでした。以前にも同じ理由で休暇を取ったことがありましたから」
「そのあとは? 休暇をもらったと言っても、城を離れるなら定期連絡の義務があるはずよ」
私もそうだったが、城で働くものは何らかの理由で城を離れる場合、定期連絡をしなければならない。多くの人の場合は、だれかを雇って手紙を城に届けさせてその義務を果たしている。
私は魔法で手紙を飛ばしていた。ちゃんと目当ての人に手紙を届けるのは難しく、ラッセル曰く『それなりに力のある魔法使い』では、たぶんできなかったと思われる。
「それが、定期連絡がいつまでたってもなかったのです。だから我が王は使える伝手を駆使し、彼女の居場所を調査したのです。そうしてわかったのが、なぜか彼女がファフニールの谷にいるということでした」
「ねえ」私はラッセルに強い視線を向ける。「その彼女に反乱の意思はなかったのよね?」
「もちろんです。出発前に思想の調査は済ませてあります」
城で働いているということは、王に近い場所で生活をしているということだ。そんな場所に、もしも王に危害を加えようとする人間がいれば致命傷になりかねない。
だから城で働くものは国に伝わる秘伝の魔法で思想の調査が行われる。かなり頻繁に。それは休暇等で城を離れる際も行われる。もし反乱する意思のあるものが、だれの手も届かない場所で武器を調達したり同じ反乱分子を増やしたりして力を蓄え、行動に移されると大変危険だからだ。
「……そうよね」
「そこは安心してください。私が保障します」
その彼女に反乱の意思があって、ファフニールたちと何らかの方法で結束して反旗を翻す、なんてことはないみたいだ。私は深く息を吐く。
反乱の意思はない。でも一切連絡がない。その彼女はたいして強くないのに、危険なファフニールの谷にいる。
「……言いにくいんだけど」私はラッセルから視線を外した。「その彼女はもう亡くなっているんじゃないかしら」
私の言葉に、二人はなにも答えなかった。
会話が途切れる。ばきんっ、となにかが割れる音がした。二人のどちらかがなにかを踏んだのだろう。だれもそのことを気にせず歩みを進める。そよ風では吹き飛ばせないほどに、空気が重苦しくなった。
しばらくして、ラッセルが口を開いた。
「……そうかもしれませんが、それを確認するのが、我々の仕事です」
「……そうね」
どんな理由で彼女がファフニールの谷に行ったかはわからない。でもなにかあったんだろう。そして連絡が取れなくなった……。
クラーラがため息をついた。「……嫌な仕事ですね」
「ほんとね」
だれもしゃべる気にならなかったのか、私たちはそれきり口を開かなかった。静寂と身の安全を守りながら歩きつづけた。途中で現れた魔物は姿を確認次第、消し飛ばした。
町に着くとちょうど昼食の時間帯だったらしく、活気ある声が飛び交っていた。
次話は12/22になると思います。




