1話 アンブローズ王の手紙
「出ます」
「お願いね」
めったに来ないが、来客があった場合、対応するのはクラーラの役目だ。私は当たり前のようにクラーラに頼んでパンをかじった。ふわっとしてもちっとした腹持ちのよさそうなパンが、口のなかで香りを広げる。
人里離れた森の中央にある我が家に人が来ることはほとんどない。あっても森に素材を集めに来た人がちょっとした手助けを期待してくるぐらいなものだ。
今回もそうなのだろうと思っていたけど――
「やあ、お出迎えありがとう。美しい君」
――今日の尋ね人は頭がおかしいようだ。私の常識では、初対面であいさつもお礼もなしにキザったらしい言葉を吐いたりはしない。
クラーラは相手にしない方がいいと判断したのか、なにも言わずに扉を閉めた。顔色をうかがわれたので、「それでいいわ」と私はあごを二回引いた。
「待ってくれ。僕は怪しいものじゃない。アンブローズ王の使者なんだ」
客が焦ったのか、ドンドンドンと扉をたたく。
眉間にしわを作ったクラーラが「……開けます」と仕方なさそうにゆっくりとした動作で扉を開ける。
懐かしい名前を聞いたせいか、昔の記憶がところどころ蘇ってくる。ふうっとため息をつく。扉の向こうでは若い男が膝を立てて座っていた。
「先ほどは失礼しました。私はラッセルと申します。アンブローズ王の命により、『深紅の魔女』マリー・ラートレット殿に手紙を持ってまいりました」
まともな対応ができないわけではないらしい。初めからそうすればいいのに。
王からの使者を名乗るだけあって、ラッセルは見るからに高級そうな服を身に着け、大きな魔力を感じる細剣を腰に差していた。
「上がりなさい。……クラーラ」
「はい」
私が主らしい態度をとると、クラーラがてきぱきと動き出す。ラッセルを私の正面の席に案内し、手早くテーブルを片付け、彼にお茶を出す。そして私の隣に従者らしく立った。
私が「どうぞ」とお茶を進めると、「いただきます」と彼が上品にカップを傾けた。茶色でさらさらな髪が彼の優雅さを引き立てているようだった。
「さっそくだけど手紙を見せてもらおうかしら」
クラーラを経由して渡された手紙には、たしかにあの人のサインが書かれていた。何度も何度も見たことのある、本物のサインだった。あの人の使者というのは間違いないだろう。
……最初からまともな対応ができる人を使者にするべきではないだろうか。
人選に疑問を持ちながら、懐かしい字面を目でたどる。
貴族特有のあいさつやらなんやらが長くてうんざりするが、要約すると『行方不明になった部下がファフニールの谷にいるらしいので様子を見に行ってほしい』という面倒な依頼と、『ラッセルを同行させて成長させてやってほしい』というもっと面倒な依頼だった。
「……断ってもいいかしら?」
「我が王は報酬に『精霊の雫』を用意するそうです」
「受けましょう」
正直なところ、いま精霊の雫は必要ない。どうしても必要でしょうがなかったのは一年前だ。でもめったに手に入らない貴重なものなので、この機会は利用させてもらおう。
……昔は私の一番ほしいものを的確に送ってくれたものだけれど、変わってしまうものね。
寂しさと納得が胸の中で渦巻く。クラーラの視線を感じてちらりと目を向けると、なにやら思うような表情をしていた。
私のことを心配してくれているのだろうか。そうだったらいいな。
私はほっとしているラッセルに目を戻す。
「でも、あなたの同行は嫌よ」
「なっ……!?」
驚愕される理由がわからない。しっかりとした対応ができるにもかかわらず、初顔合わせでそれをしない人間なんかに近くにいてほしくない。
「……では、私を同行させてもらえるなら『産毛魚のヒレ』をつけます」
「それならいいでしょう」
ふむ、悪くない。内陸のこの国は海がすごく遠い。なかなか手に入らない素材を餌にするところは褒めてあげる。
でも甘いね。
「その報酬で認めるのは同行だけよ」
「……どういう意味ですか?」
「あなたの成長の手助けはできないと言ったのよ」
その報酬では同行しか求められてないもの。
ラッセルが口元をひくっとさせた。これ以上なにかを要求されるとは思っていなかったに違いない。きっと彼はこの手の交渉に慣れていないのだろう。私に押されてしまうぐらいなのだから。
彼は苦悶しながら額に手を当てた。なにを交渉材料にするか考えているのだろう。本当は待ってあげる義理もないのだけれど、自分が求められているのは悪くない気分なので時間を与えてあげることにした。
「……行き帰りに掛かる諸々の費用を負担しましょう」
「そのくらいアンブローズ王が出すに決まっているでしょう。王が一般人である私に依頼しているのに、費用すら負担する気がないなんてありえません」
自らが負担すると見せかけて、いいように話を進めようとしたのはなかなかだったけどね。
「出せるものがないなら、交渉はここで終わりよ?」
「お待ちください。『耳なしうさぎの目玉』で、どうか……」
「いらないわ」
「では、なにがほしいかおっしゃってください。休暇の日に私が調達してまいります」
なんでもいい、ということかしら。ほしいものはたくさんあるけど、これ以上は弱い者いじめをしているみたいで気が引ける。
「一ついいかしら? なんであなたはそこまで私に師事したがるのかしら? ……待って。そういうことでいいのよね? 『成長させてやってほしい』って」
「はい。私があなたに師事したいという認識で間違いありません」
「でもどうして?」
「私は単にあなたに憧れているのです。この国で一番の魔法使いである、あなたに」
……悪い気はしないわね。
性格だけでなく、顔も甘いラッセルに見つめられるのは悪くない。あの人と別れて以来の男性の真剣なまなざしに顔が緩みかけたとき、ラッセルが言葉を紡いだ。
「私は何としても強くならなければならないのです」
静かで重く、芯の太い声。どういった理由で強さを求めているのかはわからないが、強い覚悟が伝わる、いい男の声だった。
こんな声を聴かされては、『初対面での態度が気に入らなかった』なんて理由で断っている自分がバカみたいに思えてしまう。
「……いいでしょう。少しだけでいいのなら手ほどきしましょう。報酬は後で考えます」
「ありがとうございます!」
「ああ、そうそう」私は場の雰囲気を柔らかくするためにラッセルに微笑む。「同行するからには堅苦しい喋り方はやめて、節度を保ちつつ、できるだけ自然に話してよね」
「わ、わかりました」
そんなに意外な提案だったかな? ラッセルが目をぱちぱちさせている。
私はそんな彼にどうしても言いたいことを言わせてもらうことにした。
「さっそく一つ師として言わせてもらうけど、初対面のあいさつはしっかりしなさい」
「……肝に銘じます」
ラッセルは女の子受けする顔だし、細剣から感じる魔力から察するに出世街道をひた走っている有望株だろうから、よく言い寄られたりするのだろう。それで自信をつけて、悪いように行動に出るようになってしまったに違いない。
悪気はなくても複数の女の子をその気にさせて、人間関係のもつれからなにか問題を起こすなんてのは、師である私が許さない。反省しているみたいだし、これからはたぶん大丈夫だろう。
「さて、話もまとまったことだし、朝ご飯のつづきをさせてもらうわよ。あの人からの使者だと言うから中断せざるを得なかったもの」
言外に「訪問する時間も考慮しなさい」と伝えるとラッセルが身体を小さくして「すみません」とつぶやくように言った。
「もう冷めてしまっていますから、温め直しますね」
クラーラが足早に私から離れていく。
私は彼女の背中に声をかけた。
「ラッセルにもなにか用意してあげて」
「わかってますよ」
恐縮するラッセルをからかいながら朝食を食べ、クラーラに旅支度をしてもらって、自宅を後にした。
今日もいい天気である。
次回は12/20のPM10:00前後を予定しています。




