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竜の御子は平穏を望む(改訂版)  作者: 蒼衣翼
第四部 魔王の後継は函の中で微睡む

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第七十五話 卒業発表

 前期に一回、後期に一回、年に二度ある大きな発表会の後期大会、メランやライカにとっては最後となる大会が常に無い緊張に包まれたのは、今回の発表会に国王様が初臨席なされると決定したからだった。

 今まで己の政務以外の事柄に全く興味を示さなかった国王なのだ。

 国王は名前だけはその持ち主となっているとは言え、王都修学院に関しては何かを指示した事もなく、代行代表者に全ての権限を預けていただけだったのである。

 王子が在学していた去年までならともかく、すでに王族は誰も学院内にはいない。

 元よりその考えや行動が読めないと言われる王であったが、今回の件は関係者にとっては寝耳に水の出来事だった。


「う~ん、陛下かぁ」


 メランはふうとため息を吐いた。

 正直メランは国王陛下の事はほとんど何も知らないと言って良い。

 精霊の神託によって平民から王の花嫁となったリエスン妃と病弱であったという前王との間のただ一人の子供であり、王族としては異例の黒髪の持ち主で、本来の王族の慣習を破り二人の王妃を迎えた王だ。

 尤もこの結婚については王自身の意思ではなく、庶民の血で薄まった貴き血を濃くするとか、高位貴族と王家の結びつきを強くするとかの理由を掲げて二つの派閥からゴリ押しされた結果である事は国民誰もが知っている。

 国王がこの二人の王妃とその子供のどちらにも平等に冷淡である事も有名な事実だった。


「いや、違うか」


 確かに国王は家族を顧みないとされていたが、第一王子のテリエスも第二王子のイアースも、王との話し合いの末にそれぞれ己の望みを叶えたのだ。

 もしかしたら彼は単に家族との関わり方が分からなかっただけなのかもしれない。

 メランやメランの父がそうであったように。

 何も知らない人間が噂だけで誰かを評価する。

 互いにまともな話もせずにお互いの中で完結する。

 それは不毛の道だ。


「そっか、もしかして陛下がここに興味を持ったのは殿下方の事で、かな」


 一人で考えても結論は出ない。

 メランは自分のやるべき事を済ませる事にした。

 何しろ模擬戦の組分けの話し合いと、各教室ごとの発表場所の調整などになぜかメランが呼ばれるという事態になっているのだ。

 色々と顔つなぎなどに動いている間にメラン自身がその繋がりに絡め取られる羽目になっていた。

 とは言え、それは決して不快な事ではない。

 むしろある程度自分で全体の動きをコントロール出来るので思い悩む事は少ないぐらいだった。


 メラン自身の発表は、現在の公式書類に使われている焼印文字の改良についてだ。

 試作品を展示するだけなのでそれを作り終えた後はほとんどやる事がない。

 当日の発表の為に資料集めに奔走しているライカとは違って手が空いている状態だった。

 ライカもメランもこれが実質的な卒業発表になる。


「ライカは金メダルを取らないと卒業出来ないよなぁ」


 途中欠席が多かったライカは卒業に必要なメダル数が足りなかった。

 ライカ自身は貴族でもなんでもないから卒業して箔付けなど必要ないという姿勢で、中途退学でも地元に戻るつもりらしいが、出来れば無事に卒業してほしいというのはメランの気持ちだ。


 修練場で行われる模擬戦、六つの教練所で順次行われる学部発表会、国王はそのどれを見学するのか決まってないらしい。

 流動的に見学して回るという事だ。

 迷惑な話だが、それを王に迷惑だなどど言える者はいない。




 当日はかつてない規模で学院の発表会が開催された。

 院内のあちらこちらに彫刻や石膏像が立ち並び、廊下には絵画が掛けられている。

 要所要所には楽の音を響かせる演奏家がいて、少しでも王の目に留まろうと、発表の場でない所でも盛んに議論が行われていた。


「あれだな、混沌だな」

「先生楽しそうですね」


 隠者と呼ばれるレオニダスがその様子を眺めて悦に入っているのをメランは冷ややかに眺める。

 どこかに顔を出すと離してもらえないと判断したメランはこの学院でもトップクラスの権威を持っていて国王に対して構える事のないレオニダスと共にいる事にしたのだ。


「変化というのは破壊から生まれる。混沌とは破壊である」

「壊れるのを眺めているだけなら気楽でしょうけどね。混乱の後片付けを考えると頭痛がします」

「ときにライカはどこだ?」

「ライカなら経済の教室ですよ。てっきり今回は薬学だと思ったんですけど」

「ふむ。あやつは物事の核心を理屈ではなく理解しているフシがあるからな。なにか自分のやりたい事に繋がる活路を経済に見出したのかもしれん。何しろ物流を回すのは経済だからな」

「確かに物流は大事ですけど、我が国は結構システム的には完成されていると思うのですけど」

「あやつは何かが足りぬと感じたのかもしれないぞ」

「足りないものですか……」


 実際の話、この国は内部だけで見ると流通は完成されていると言っていいのだが、こと国外との関係となると途端にガタガタになる。

 周辺諸国はこの国に対して多大な借財を背負っている状態で尚も大量の食料を必要としていた。

 その借財の返済を待つ代わりとして周辺諸国へ商売に行くこの国の商人には一切関税が掛からない。

 逆に外国からこの国に入って来る商人には大きな負担となる関税が掛かっていた。

 そのため、この国に外からの商人が訪れる事があまりないのだ。

 こちらの商人が外国で仕入れて来る物が国外から流入する物のほとんど全てを占めているのである。

 今までは国力差のせいでこのような不均等な状態が続いても気にする者がいなかったが、周辺諸国も既に戦で受けたダメージから回復しつつあった。

 外の情勢を理解していて外交が出来る人間を早々に育てなければいけない状況である。


「先生、そろそろ王の顧問になりませんか?」

「お前と来たら今日の天気の話をしていたと思ったら十年先の気候の話になっているような奴だな。まぁ私も色々考えているさ。伊達に弟子を抱えている訳でもない」

「なるほど」


 二人で歩いていると、何か言いたそうにしながらも結局言葉を掛ける事なく彼らを見送る者達が散見された。

 何かを頼もうにも、レオニダスは相手をぐうの音も出ない程にやり込めて、頼み事を断ってしまうという人間で、彼に議論で勝てる人間がいないのだ。

 おかげでメランは自由を満喫する事が出来ている。


「ライカの教室はこっちですね」

「うむ、おや?」


 彼らの進む前方から緊張感が漂っていた。

 そのあからさまな雰囲気に二人は揃ってため息を吐く。


「ライカはあれですね。嵐の中心部で周りを引き寄せて自分は平穏な中で過ごしているというタイプですね」

「あやつの傍らで過ごす事が出来たらそれはまた楽しそうだな」

「楽しいですけど、身が持たないかもしれませんよ」


 メランは笑ってそう言った。



 ライカの発表場所である教練所には緊張感が漂っていた。

 それもそのはず突如として国王臨席の下での発表になったのである。

 王に謁見した事などない学生に緊張するなという方が無理な話だった。


 今回は討論ではなく個々の経済的な提案という発表形式となっていて、実際に内務に携わっている官僚の臨席も元々予定されていたのだが、その官僚すら浮足立って王にそれぞれ挨拶伺いをして追い払われるという一幕を演じた。


 そんな空気の中、学生達の緊張しながらつっかえつっかえの発表が続く。

 

「いや、でも、機会としてはこの上ない事だよな」

「そっか確か王城で働きたいって言ってたよね」

「正確には財政官になりたいんだ。うちの家系は財務に関わる官僚を代々輩出しているんだが、先代は地方領主の書記官にしかなれなかったからな」


 ライカは発表を終えた同じ教室の学生とそんな会話を交わした。

 貴族でも位冠の低い者はなかなかに苦労している。

 そうこうしている間にライカの番が回って来た。

 ライカはいつものように教師や教室全体に身分に捕らわれない学生として学者式の礼をすると、自身の発表を開始する。

 それは一つの提案だった。


「この国にはストマクという大きな倉庫の立ち並ぶ経済の中心となる街があります。ストマクには大街道と大川という二つの交易路が合流しているのですが、その内の大川の方の交易路が本来の機能を発揮していないのが現状です。大川の行き着く先にはリマニという大きな港を擁する国があるのですが、リマニは北方、南方の遠い場所の国々との交易を行って多様で豊かな品物を取り扱っています。しかし現在この国はリマニを国として認めていないため、国同士としての交易が行われていないと聞きました。水上交易路は地上の道よりも品物を大量に早く運びやすいという特色があるのにもったいない話です。リマニとの交易を行うという事は広大な海路を手に入れる事と同じなのですから」


「へえ」


 ライカの発表にメランは関心した。

 リマニという国の話はメランも小耳に挟んだ事はある。

 なんでも戦時のどさくさに紛れて独立をした小さな都市国家という事だ。

 規模からして国というものではないが、巨大な船を多く抱えた港を持ち、大きな商家が揃っているとの情報がある。

 しかしこの国の人間はそもそもほとんどが海というものを知らなかった。

 そのため海を通じての交易と聞いてもピンと来ないのが現状だ。


「ライカはどっから海路の発想が出てきたんだろうな」


 関心しながらもそんな風に疑問に思ったメランではある。

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