第七十一話 守護者
軍人らしい即断即決の人であるミアルの行動は早い。
聞いてすぐに一人で現場に向かった彼女はたちまちの内にその怪しげな連中にご同行願う事に成功した。
「絞り上げたらおもしろい事を吐いてね」
「そのおもしろい事は俺にはきっと刺激が強すぎるでしょうね」
メランはやれやれと肩をすくめる。
「楽しそうだね、ミアル」
「ああ!」
一方でライカはいつものように相手の心を温めるような笑顔をミアルに向けた。
久々に塾の修練場に訪れたミアルは早駆け竜の連携を崩して感覚器官の後ろを強打して次々と昏倒させ、竜舎の者達を青ざめさせるという離れ業をやってのけた。
しかも久々に完全武装での動きである。
メランは思った。
どうしてこの人、軽装の時より全身鎧の時の方が動きが良いんだろう?と。
竜好きのライカが怒るだろうとメランは思ったが、ライカは逆に喜んでいる有様だ。
メランは一人首を振った。
どうもライカは一見わかりやすそうで分かりにくい青年である。
そう言えばと、メランは思う。
ライカは入学したての頃はどちらかと言うと青年というよりも少年っぽかったが、学生生活も二年目となって背も伸びて青年らしくなった。
今やメランの方がやや背が低い。
彼としては遺憾な事ではあった。
ライカは元々は平民である。
亡くなった両親が傭兵で祖父が大工をしているというから貴族の端っこにも引っ掛かってもいない生粋の平民だ。
それなのにトーガを纏って背を伸ばして立っている姿はとてもその本質が平民とは思えないものだった。
そのちぐはぐさのおかげもあって、当初彼との距離感を掴みかねていた同級生達も、最近は慣れて来たのか普通に同格の相手として交流しているようだ。
ただし、未だに一部の気位の高い貴族からは避けられてはいる。
ウーロス卿との一件があって以来、直接突っかかる者は減ってはいたが、やはりそういった者達は元平民のライカを仲間と認める事が出来ないのだろう。
とは言え、ライカは所作が非常に優雅で、お茶を飲んでいる時など下手な貴族より上品だ。
この国の作法とは全く違うのだが、自然で美しいその動作に、時折一緒にお茶を飲んで討論を交わすらしい少女達などは影響されて来ているようだった。
メランにとってはすでにお馴染みのライカがテーブルに杯を置く時の所作などを真似ている少女の姿を見る事がある。
ライカの育ちについてはメランも色々と思う所があるが、どこか謎めいた所のあるこの友人を詮索する気持ちはない。
ただ、ライカの風変わりな物の見方がメランは気に入っていた。
「どうやら侵攻を計画しているらしいぞ」
「外国ですか?」
ミアルはいきなりきな臭い話を始めた。
やはりメランの嫌な予感は当たっていたらしい。
北の方の隣国では食糧難に続き流行病が蔓延して大勢が死んだという情報をメランは取得していた。
死んだ者の大部分は農民達で、ただでさえ食糧事情が悪かった隣国は今や存亡の危機に近い状況になってるらしい。
この国の王族は周辺各国と婚姻の繋がりを結んでいるので、当然北の隣国とも親族のようなものなのだが、援助を申し込まれてかなりの食料を貸し出したようだった。
もしその北の隣国が攻め込んで来ると言うなら恩知らずも甚だしいという所だろう。
とは言え、自分が苦しい時にすぐ近くに富める者がいれば腹も立つだろうとはメランも理解出来る。
「ふん、もうわかっているという顔だな。とりあえず報告は上げた。上層部がそれをどう判断するかはわからないが、戦になってくれれば手柄の立てようもある」
「そういうのは不謹慎ですよ」
「防衛に不謹慎もなにもあるか」
「戦は嫌だなぁ」
俺達の話にライカも察したのかぽつりと言って暗い顔を見せた。
「あ、ご両親が戦で亡くなったのだったか」
「うん、いや、正確には戦でという訳じゃないけど、戦のせいではあるっぽいね。でも俺の家族の事より、うちの街には戦でひどい目にあった人が多いからね。色々聞いて、嫌だなぁと思う。誇りを掛けた戦いじゃなくって、お互いにただ殺しあうだけで食べる物も無くなって他人を信じられなくなるんだって言ってた」
「そうならないための戦いだ」
ミアルがライカを見て決然と言った。
「攻め入って来るのを叩き潰す事で無駄だと知らしめる。それも出来るだけ圧倒的に、だ。そうすればお前の言うような戦にはならないさ」
「そっか。ね、ミアル」
「うん?」
「戦いに行くなら今度こそ俺を連れて行って」
「おい、ライカ」
メランは驚いて声を上げた。
戦いは軍人の物だ。
素人がでしゃばって良い世界ではない。
しかしミアルはすぐには拒絶はしなかった。
しばし考えるように瞑目した後、開眼して答えた。
「いや、それは出来ない。この戦いは私のものだ。ライカ、私にはな、どうしてもやり遂げたい事がある。そのための戦いにお前の力を借りる訳にはいかないのだ」
「分かった。ごめん」
ライカは肩を落としてしょんぼりと謝った。
以前の失恋騒ぎの時のような意気消沈ぶりだ。
メランはまた長い落ち込みが始まるのではないかとハラハラしたのだった。
その夜、ライカはメランの心配を他所に、今回は落ち込むのはやめたらしくとても真面目な顔でメランに聞いて来た。
「一緒に戦う以外にさ、出来る事は無いかな?」
前向きである。
それに応えてメランも真面目に考える。
「とりあえず得意の薬学で傷薬を持たせたらどうだ?」
「なるほど、それは良いね」
メランは兵士の家族や恋人が戦に出る相手に贈る物について考えた。
ライカとミアルでは男女の立場が逆だが、まぁその辺は構わないだろう。
「そうだ、戦場へ行く兵士への贈り物と言ったらお守りが定番だな」
「お守り?」
「ああ、無事に帰って来るように祈りを込めた品物を渡す事が多いぞ」
「あっ、そうか、そうだよね。そう言えば俺も色々もらった」
「そうだな、旅に出る時も道中の無事を祈るお守りを渡したりするよな」
「ありがとうメラン、参考になったよ」
「どういたしまして」
メランは機嫌よく頷いた。
同室者に長々落ち込まれると自分の気分まで沈んでしまう。
前向きに気持ちを切り替えてくれるのならありがたい事だった。
後にメランがミアルから聞いた話によると、ライカからひどいケガをした時に水に溶かして飲むようにとやたらキラキラとした粉薬を渡され、お守りとして琥珀色の組紐の帯飾りを貰ったらしい。
メランはライカが髪を切った事を知っていたので、その組紐がどういう物か大体想像が付いた。
婦女子が意中の相手に贈るお守りに髪をしのばせるのは良くある話なので意外ではなかったものの、若い娘がやるのは可愛いが、男がやるのはなんとなく気持ち悪いな、と、メランはややライカに失礼な事を考えた。
「ライカの一部と常に共にあると思うと、どうも眠れなくなりそうでいかんな」
贈られた本人は嬉しそうなので問題は無いだろう。
結局、半年もしない内に北の隣国からの侵攻があり、辺境領主のイアースの率いる辺境領軍と、ミアルの所属する北門部隊が共闘してこれを退ける事となった。
あちこちに打ち身をこしらえたと文句を言いながらも無事に戻って来たミアルは、メランにどこか困惑気味に語った。
「何度か危うい場面もあったのだが、不思議な感じだった」
「不思議?」
「こう、矢がな、こちらが弾く前に勢いを失って落ちるんだよ。ある時はうっかり囲まれて槍で突かれそうになったんだが」
「おいおい、無茶はよしてくださいよ」
それはいくらなんでも突出しすぎだろうとメランはミアルに苦言を述べた。
「まぁ戦場では思いもよらぬ事が起きるものだ。別に私が手柄にはやった訳ではないぞ」
「へぇ」
「それがな、槍もなぜか当たる寸前に止まったんだよな」
「相手が足を滑らせたのでは?」
「……まぁそういう事もあるだろうな」
ミアルは応えてふっと笑うと、なぜか鎧の上から腰の辺りをそっと撫でたのだった。




