後悔
そもそもの原因はなんだっただろうか。
理屈も分からないまま前世の記憶を持って生まれたこと?
その前世の記憶が仇となって文化に溶け込めないこと?
『百合子』がいること?
きっと、全てがその答えだ。
私が新しい世界で生きていくためには、きっと全てを捨てなければならなかった。
知識も、記憶も、性格さえも。
全てを自ら捨て去らなければならなかったことに、私は気付いていなかった。
でなければ、こんなことにはならなかったはず・・・いや、私はどこかで分かっていたのかもしれない。
分かっていながら、拒絶していた。
20年分生きてきた自分を、自分の意志で消すことなんて、到底できやしないだろうから。
だから、私は『百合子』を必死に隠してきた。
そしたら無意識に溜まっていた不満が、今になって爆発した。
『本当の私には愛の言葉を言う文化なんかない。愛の言葉なんて言わない。』
そうして、驚いた彼らを見て、清々したかった。
彼らに一方的な”ストレス発散”をしてしまったのだ。
こんなことならこの世界に生まれる前に、『私』は本当の意味で消えておくべきだったんだ!
私は今更、自分の行動に深く後悔する。
その上、その結果と一緒に私は『百合子』を隠すことで彼らに対して優越感を感じていたことに気付いてしまった。
『ばかにしないで。私には、あなたたちには理解できない、特別な理由があるんだから。』
そうどこかで感じながら、私を笑う彼らを、私もまた嗤っていたのだ。
私は友人を見下していた事実が、嫌だった。
しかし事実は本質だ。
私が『百合子』であることもまた、間違いようのない事実だ。
誤魔化しようのない”事実”だからこそ、私は私がますます嫌いになった。
こんなことなら、一生、隠し続けて生きればよかったのだ。
けれど、全てが後の祭りだ。
だから、少し自暴自棄になっていたかもしれない。
路地裏から出て、ふらふらと宛てもなく歩き出す。
見つかったっていいじゃないか。
それは必然であり、避けようがない”運命”だ。
ほら、運命の足音が聞こえる。
こちらに向かってくる足音。次第に聞こえてくる息の音。
足音が隣で止まって、息を飲んだ。
意を決してその人に振り返る。
隣に立っていたのは、ジンだった。息を切らしている。
その目は厳しく顰められていて、言いたいことが山のようにありそうだった。
かつて、彼は私のことが好きだと言った。
そのことに私は何度も赤面したけれど、今になって思うことは、彼は見る目がなかったという気持ちだけだった。
諦めて、彼を見返す。
何を言えばいいか分からなくて、でも、これだけは最初に言いたかった。
「ごめんなさい」
今まで見下してきてごめんなさい。
押し付けてごめんなさい。
戸惑わせてごめんなさい。
好きになった人が意味の分からない女で、ごめんなさい。
ごめんなさい。
彼はその言葉に、怒ったように顔を歪めた。
そんな顔を見るのは初めてで、ドキリとして、つい視線を逸らす。
彼は何も言わないまま、私の手を取って歩き出した。
私は引かれるままに歩き出す。
彼の後ろ姿を見つめながら、意識は熱くて汗ばむ、私の腕を掴む彼の手に集中していた。




