優しい声
前話「自己嫌悪」と分けました。
行かなきゃ、と思う。
行先も分からないまま、私は歩を進める。
視線は、未練がましく未だ赤い花に釘付けのままだ。
窓の前を通り過ぎる時、窓のガラスに自分の姿が映る。
私はその顔に、愕然とした。
思わず立ち止まり、まじまじと自分の顔を覗き込む。
自分の顔など、珍しいモノではない。毎日見ている。
それなのに、自分の容姿に違和感を抱かずにはいられなかった。
誰だろう、これは。
見慣れているはずなのに、赤の他人のような錯覚に陥る。
窓ガラスに手を伸ばし、目の前の顔に触れる。
触れた先にあったのは、無機質の冷たい感触だった。
目の前にあるのは確かにガラスで、そこに映りこむのは、確かに私の顔であった。
映り込んだ私の髪の色は藍色で、驚くことに、瞳の色は金色だった。
顔の造りも、全く違う。私は、こんな顔じゃなかった。
私の髪と瞳は黒だったはずなのに。
これではまるで・・・・・。
『髪が暗い青色で、瞳が金色。まるでラピスラズリのようだから、そこから名前を取って 』
私が父、母と慕っていた人たちの言葉を思い出す。
そうだ。私は父似だったのだ。
そうか。
私がどう足掻いても、『ラピス』からは逃れられないんだ。
『ラピスと名付けたんだよ』
優しい人の声が、私を夢から醒めさせた。




