郷愁
私は結局、自分が思っていたより変われていない。
素直になろうと、今までより多少マシになったと思うのに、知らない人に対しては全く変われない。
そのことに今気付かされた、いや、頭のどこかで分かっていたが、私は今の私にうんざりしていた。
せっかく勇気を出してジンに変わってもらった上に、運よく黒髪少年の隣の席まで取ることができたのに。
肝心の私は、これっぽっちも、進めていない。勇気を出せていない。
後は、ただ話しかけるだけだというのに。
別に、話しかける事はおかしいことではない。
現に、馬車の中は話し声で溢れている。
ランプで照らされる馬車の中で、みんなが互いに打ち解けあっている姿が見える。
中には、疲れて眠っている人もいるけれど。そうだとしても、起きていながらこんなに静かなのは、私だけではないのではないかと思う。そう思うと、ますます自分の人見知りが嫌になる。
隣の彼は他の人と同様、楽しそうに話していた。
話して、時々笑ったり、もらった食べ物をありがたくもらっていたり。
こういうところが、私と違うのだと思う。
が、よく考えてみれば、日本人の全てが、こんなに人見知りなわけではなかった。
私が特に人見知りだっただけで、私の基準で考えてしまうのはだめなのだ。
そんなことより、今は彼と仲良くなることを考えなければいけない。
仲良くなって、少しだけでも郷愁を味わいたい。
一時の、現実逃避だ。
話している彼を眺めて、改めて決意を固める。
そうだ。この流れに乗ってしまえばいい。
今、彼に話しかけている人の話が終わったら、話しかければいい。
その流れなら、不自然なところもない。
顔を伏せながら、視線だけじっと彼の方に向ける。
そして話が終わったのを見て、私は意を決して顔を上げた。
「あ、あの!」
私はそう呼びかければ、彼は決してランプの炎の色に染まらない瞳を、驚いたようにこちらに向けた。
今まで、寝ていたと思っていたのだろう。驚いて当然だ。と、自分を落ち着かせながら、最悪なことに、何の話題も考えていないことに気付いた。
話題も何も、そもそも人と話すこと自体が得意ではないのだ。
話しかけてから、後悔した。考えておけばよかった。
どうしよう、と頭の中がパニックになりながら、言葉を探す。
懸命に考えたのに、出てきたのは単純な言葉だった。
「ひ、一人ですか?」
言った途端、冷静になる。
一人ですかって、なんだか、ナンパみたいだ。
いや、待って。この話の流れ、不自然?
「や、あの、突然こんなこと聞いてすいません」
忘れてください、とまでは言わなかった。
言い出しそうだったのを、なんとか理性で押しとどめたのだ。
言ってしまったら、もう話しかけれなくなってしまう。
一人で慌てていることに居たたまれなくなって、顔を俯けてしまう。
彼は、少し驚きつつも、
「そうですけど」
と返してくれた。
返してくれたが、困った。
なんて、返せばいいんだろう。
俯けた顔をまた上げて、なんとか会話を続けようと、言葉を繋げる。
「す、すごいですね。一人で旅するなんて」
「はぁ、それほどでも」
「・・私っ、結構人見知りで、あまり一人で旅とか、したことなくて」
「?おねーさんは、一人じゃないんですか?俺と同じだと思ったんですけど」
すごい。会話が続いている。
私はそのことに内心感銘を受けながらも、やっと出てきた余裕に、少し笑みを浮かべた。
「友達が、幼馴染なんですけど、その内の一人が旅行に行こうって言い始めて。馬車は別々になってしまったけど、一応、一人旅ではない、です」
最後には苦笑いに変わってしまったが、少年は改めて興味を示したようだ。
「旅行って、いいですね。どこまで行くんですか?」
「海が見える街まで」
少年はどこに行くのだろうと、尋ねようとして、言葉に詰まる。
私は、少年の名前を知らない。
私はもう一度勇気を振り絞って、尋ねてみた。
「すいません・・・今更だけれど、あなたの名前は?」
どこかで見たことある、定型的な紹介文。
けれど、私にはこれが精一杯。
もっと自然な聞き方とか、あるだろうけれど、私は知らない。
少年も今、互いの名前を知らないことに気付いたようだ。
「俺は、レオンっていいます。おねーさんは?」
レオン。なんか、ゲームとかで、出てきそうな名前。印象は、そんなものだった。
表情も、日本人より彫が深いし、どちらかと言えば、この世界の人のものだ。
けれど、それでも、懐かしい黒髪と瞳に、私の心は囚われていた。
それは、郷愁の念だ。
確かな、仲間意識だった。
「私は、百合子っていいます」
いけないことだと、分かっている。
けれど、決して嘘ではない。
だって、私は小畑百合子。
『ラピス』なんて名前じゃなかった。
だから、今だけ。今だけと願いながら、懐かしい感覚がこみ上げてくるのを、私は抑えきれなかった。




