事情
ジェーンとした約束した日の朝。
衣類などが入ったずっしりと重い鞄を背負い、私たちは物珍しさで群がる人達の中に立っていた。
どうやら馬車は二台のようだ。傍目から見ても、巨大な馬車だ。
そういえば、前世でもキャンピングカーという、使ったことも乗ったこともない乗り物があったことを思い出す。
けれど、目の前のこれは、それよりも単純で機能性なんてものはないだろう。
集まった私たちは、まず、馬車に乗れるかどうか、見物に来た人達と一緒に馬車の中を覗いてみた。
今は馬車に乗っていた人たちも、街の中で骨休みをしているのか、馬車の中は二人しかおらず、ほとんど空だ。
これでは馬車に乗れるかもわからない。最初からこの馬車の御者に聞くべきだった。
大体、乗る時は目的地までのお金を先に御者に渡さないといけないのだ。
私たちは気を持ち直して、今後の予定の確認でもしているのか、話し合っている四人の御者に話しかけた。
「すいません。お仕事、お疲れ様です。それで、俺ら、馬車に乗りたいんですが、空いていますか?四人なんですけど」
ジェーンが、ひげが生えた少し疲れた様子の男達に話しかける。
男達は、こちらに振り向いた後、互いに目配せをして口々に報告する。
「そっちの馬車はまだ乗れるのか?カロル」
「こっちはあと三人が限界だろう」
三人。その言葉に私たちの中で動揺が広がる。
カロルと呼ばれた男に対し、彼らのなかで比較的若い男が言う。
「こっちの方も一杯ですけど、もう一人ぐらいなら、乗れるかもしれません。どうします?」
最後の言葉は、私たちに向けられたものだった。
どうする?
その言葉に、私たちは向き合って、相談する。
真っ先に口を開いたのは、ジンだった。
「俺が、一人の方に乗るよ」
自己犠牲とも取れる発言に、私は内心ホッとしていた。
だって、周りに誰も知らない人ばかりがいるというのは、精神的に辛いものだ。
それに、心のどこかで、あまりジンの近くにいたくないと感じていた。
決して嫌悪感だとか、そんなものではない。ただ何故か、近くにいるだけで緊張する。
ジンに感謝しながら、御者との契約は上手くまとまり、私たちはなんとか、お気楽な旅に出ることとなったのだ。
出発時刻に近づき、馬車に乗っていた人たちが街から帰ってきた。
乗客数は、私が思っていたよりずっと多かった。
何も置かれていない部屋のような馬車の荷台が、人で埋まる。
それに圧巻されつつ、私たちは一人になるジンの見送りをしていた。
ジンは、一人になることを大して苦にしていないようで、早くも荷台に上って、ジェーンと軽口を叩き合っている。
私はそれを聞きながら、視線は荷台の中に移っていた。
それぞれが思い思いに自分の荷物を下ろし、腰を下ろすスペースを作っている。
そこで、ふと、ある人に視線が止まった。
それは、小柄な少年だった。
一人で来たのか、どうやら知り合いはいないようで、寂しくも静かに自分の荷物を置いて自分の居場所を作っている。
私が目を奪われたのは、彼の、その容姿だった。
黄色、ピンク、赤、とカラフルな配色の人の中で、カラスのように、真っ黒な髪と、目。
あぁ、私と一緒だ。
日本人の私と一緒。この世界で異質な私と、同じ色を持っている。
「ジン」
私がそう呼びかけると、彼はこちらに振り向く。
少し意外そうに、「どうした?」と問いかける。
その赤い目は、私の言ったことで、たちまち驚きに満ちることとなった。
「私が、この馬車に乗るわ」
ジンの他にも、ジェーンもアリッシアも、驚いて私を見る。
それもそうだ。私だって、普段ならこんなことを言いださなかった。
むしろ、知らない人と一緒にいるのだって、嫌がるのに。
「この馬車、元々いっぱいなんでしょ?だったら、小柄な私が乗った方がいいと思うの」
私の思惑がばれないように、もっともらしい理由を付ける。
ジンはどうにも納得がいかない様子だったが、それを断る理由もない。
その目は未だ疑念を抱いていたが、結局何も言わず了承してくれた。
ジンが馬車から降り、代わって私が乗る。
そして、別れの挨拶を告げた後、馬車の出発時刻が迫っていたのもあり、私たちはそれぞれの馬車に別れることとなった。
去り際に、ジェーンが「寂しくなったら言えよ」と馬鹿にした笑みでからかってくる。
私は「大丈夫」と笑い返した。
でも、本当に大丈夫な気がするのだ。
きっと、これまで以上に、寂しさを感じないかもしれない。
そんな薄情な思いを抱えながら、私は馬車の奥へと入った。




