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素直な言葉

 アリッシアとジェーンに会うのは、検診と再会を兼ねたものだった。

これだけだと淡々としているが、実はアリッシアから会いたいという手紙がずっと来ていていたし、ジェーンも仕事の合間に会いに来てくれるそうだ。

何はともあれ今日はいっぱい元気な姿を見せて、忙しいアリッシアの心労を少しでも減らそう。

そして今日は、いつかジェーンを言い負かすための第一歩だ。

そう意気込んで、アリッシアが勤める医院の扉を開いた。



 扉を開けて一番最初に見たのは、アリッシアの泣きっ面だった。

いつもの二つに括った赤い髪に、涙を瞳にいっぱいに貯めて、それがこぼれない様に渋面を作っている。

いろいろとひどい顔に呆気にとられている間に、彼女は私に抱きついてきた。


「ラピズー心配じだよーあいだかったー」


泣いているせいか、濁音の多い言葉に私は戸惑いながらも、彼女の抱擁を受け止める。


「な、泣くほどのことじゃないよ・・・」


私のせいで泣かせてしまったと思うと、途端に罪悪感が圧し掛かってきた。

とりあえず元気な私の姿を見せようと、抱きつく彼女に笑ってみせる。


「ほら、こんなに元気。ほとんど治ってるよ」


そう言って、彼女を座っていた椅子に戻す。

その椅子の傍らにジェーンが呆れた様子で立っていて、呆れた目でアリッシアを見下ろしながら、いつもの憎たらしい口を開いた。


「ったく。だから言ったじゃねぇか。そんなに心配するほどのもんじゃないって。泣くなよ。大体、こいつ自体、起きた時ケロッとしてたんだから、心配するだけ損だぞ」


言いすぎだと思うが、確かにあまり心配してもらいたくない私は何も言わなかった。一度ジェーンを恨めしく見てしまったが。

椅子に座り、松葉づえをジェーンに預けると、涙を拭きとった若干涙目のアリッシアに足を診てもらう。

若干の違和感はあるが、痛みは全くと言ってもいいほど感じない。

あとは、栄養のある食べ物を食べて、ひたすら歩く練習をするだけだ。私はそう考えていたし、アリッシアもおおよそ同じことを言っていた。

そのことにホッと息をつき、「ほら、全く大丈夫だったでしょ?」と笑う。

これでアリッシアの心配が消えればいいと思っていた。

けれど、私の想いに反して、彼女はまた涙を浮かべる。

え!なんで!?と慌てるが、対処のしようがない。

これだけ大丈夫だと言っているのに、実際彼女も大丈夫だって分かったのに、なんでまた泣くのだろう。

たじろぐ私に、彼女は言った。


「ほんと、ごめんね。ラピス。お見舞い、一度も行けなくて。本当はとても行きたかった。心配で、会いたくて仕方なかった」


そう縮こまって言う彼女に、そんなことかと気が抜けた。


「そんなの全然気にしてないよ。アリッシアは仕事があったし、もちろんそのことは私も分かっていたから」


そもそも、お見舞いに行くには長い間馬車に乗らなければならないのだ。

もし見舞いに来ていても、私はそのことにひどく罪悪感を覚えていただろう。

ああ、このことをアリッシアに伝えたら、彼女の罪悪感は消えるだろうか。

けれどこれを伝えるのは、私にはひどく難しい。

ダリアだったらきっとさりげなく、気楽に言っただろう。

どう言えば、上手く伝えれるんだろう。

考えたまま、私の口は言葉を探しながら開く。


「それに、都心まで遠くて、馬車に乗らなきゃいけないでしょ?さすがにそこまでしてもらうのはこっちが気が引けるというか・・・」


彼女はきょとんとして、私を見つめる。


「でも、友達だから、お見舞いには行きたいわ」


「友達でも、沢山のお金と時間を使わせてしまうと、こっちが申し訳ないと思うのよ」


そう言って、気付いた。

思考に沈んでいた意識を戻し、現実を見直す。

考えた割には、実に安直すぎた。

それにこれでは、お見舞いに来たいと言っていたアリッシアを批難しているような物言いだ。

私は慌てて言い直す。


「あ、あの、違うの。お見舞いされるのが嫌というわけではなくて、面倒、かけるのが、嫌で・・」


「同じ事じゃねーの?」


「何言ってんの?お前」とばかりに、ジェーンがそう言い返す。

少し呆然としていたアリッシアが、改めて明るく言う。


「そういうの、友達なんだから気にしなくていいよ。それとも、ラピスは私が怪我をしてもお見舞いに来てくれないのかな?いつも好きって言ってくれるのに」


意地悪にからかう彼女に、ジェーンの睨みつけてくる目が怖かった私は救われた。


「もちろん、行くよ」


「つまり、そういうこと。ラピスは気にしすぎなの」


そうかな?と首をひねれば、アリッシアはそうよ、と返す。

どうやら私の気にしすぎらしい。

アリッシアのクスクスと笑う声が不穏だった空気に溶けていく。まるで薬みたい。


「でも、驚いちゃった。まさか、ラピスがそんなこと言うなんて。ちょっと、変わったかしら」


その一言に、私の中でわずかに期待が出てきた。

私の理想に、少しでも近づけているのかな。

そうだったら、とてもうれしい。

うれしくて、つい私はきっかけとなったダリアのことを話し始めた。


「あのね、実は私、入院中にジンにある喫茶店まで連れて行ってもらったの」


ここで食いついてきたのは、意外にもジェーンの方だった。


「ジンが?」


「う、うん・・・そうだけど」


驚いているジェーンに対し、反応をした彼に私も驚いてしまう。

彼は驚いたかと思うとすぐに含み笑いに変わり、感心したように頷き、「で?どうだった?」と先を促した。

変なジェーンに戸惑いながらも、私は続ける。


「それで、そこでジンのことが大好きって言う素直な女の人に会ってね。私もあんな風になりたいなぁって。でも、ジンったら全然気づいてないのよ」


ジンって結構鈍感なのかしら、と笑う。

アリッシアも思い当たることがあったのか、笑う。

ただ、ジェーンだけが呆気にとられたような顔をしていた。

なぜそんな反応をするのか、私は知らない。

ジェーンだけが私たちとは全く違うことを考えているみたいだ。

さっきも、いつもだったら聞いているだけなのに、今日は変に絡んでくる。

どうしたんだろう、と見ていれば、ジェーンは顔をひきつらせながら私に尋ねた。


「・・・お前は、ジンが他の女に好かれているのを見て、どう思ったんだよ。嫉妬とか、したか?」


ほら。ますます訳分からないことを聞いてくる。

やっぱり、今日のジェーンは変だ。

私は顔を訝しめながら、答えた。


「別に・・気付いてもらえない女の人が可哀そうだって思ったよ」


「可哀そうねぇ・・」と意味深に呟く。

訳が分からない。

なんでそんなことを私に聞くの?なんでそんなこと言うの?なんでそんな反応をするの?


「今日のジェーン、なんか変」


思い切って、そう言ってしまう。

そうだ。今日は、いつかジェーンを言い負かす、第一歩を歩みだす日なんだ。

素直になるんだ。

ダリアみたいに、自分が思ったことを言うんだ。

私の一言に、考え込んでいたジェーンが眉尻を上げた。


「変?お前、俺のどこが変なんだよ。変わりないだろ?」


「だって、一人だけ驚いたり笑ったり考え込んだり・・・・なんだか全く別のこと考えているみたいで」


ああ。でも、それはいつものことかと、心の底で納得してしまう。

心の中で馬鹿にしてても、相手のことを「好き」とか「かわいい」とか、心にもないことを言うのだ。

私は思わず嘲ってしまった。


「でも、この世界ここでは、普通のことなのよね」


やっぱ、この世界の文化は上手に言えない私に合わなくて。

そしてどうしようもない孤独感を、誰にも言えないことがまた助長させていて。

私の独白にアリッシアとジェーンは不思議そうに顔をしかめている。


「ごめんね。なんでもない。確かに、ジェーンっていつも百面相だった気がする」


気を改めて、ふざけた素振りでジェーンをからかってみる。

ジェーンは驚いた顔をしたかと思うと、少し顔を赤くして、


「誰が百面相だ!」


と怒鳴った。


「だって、私をいじめるときいつもニヤニヤしてるじゃない」


「あれは、いじめてるんじゃない。愛だ、愛の鞭っていうやつ。しかもラピスだけのな」


「わけわかんないよ。どこからそんな言葉が出るの?」


愛?愛の鞭?私は思わず笑ってしまう。

きっとジェーンのジョークなんだ。

アリッシアも、ほら、クスクス笑ってる。

今日は、ジェーンに勝てた気がする。

なんだ、案外簡単なことかもしれない。



 笑いが収まってきたところで、私は椅子から立ち上がった。


「私、もうそろそろ行かなきゃ。アリッシア、診てくれてありがとう。ジェーンも、来てくれてありがとう。でも、もう変なこと言わないでよね」


笑いを堪えながらそう言えば、ジェーンは心外だとばかりに鼻を鳴らす。

どうやらご機嫌を損ねてしまったようだ。

そうなってしまった原因は私にあるわけで、かといって彼のご機嫌とりする必要もないし、出来る気もしない。

私は松葉づえをつきながら出口に向かい、扉を開けてくれたアリッシアと、不機嫌なジェーンに振り返った。


「今日はありがとう。じゃあね」


と、たったこれだけ。いや、本当はこれだけで十分のなのだ。

私は部屋を出て行った。



 私は知らなかった。

私が出て行った部屋で、二人が驚いて私が出て行った後を見ていたなんて。

解説

ラピスは『愛の言葉』を言っていません。ジェーンとアリッシアの愛の言葉もまったくもって分かり辛い(すいません。力量不足です)ですが、一応意味は籠っています。

別れのあいさつでラピスがいつもの『愛の言葉』を言わなかったことに二人は驚いています。

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