花屋の娘2
花屋の娘とジンの三人で、丸いテーブルの席に着く。
相変わらず花屋の娘はジンに夢中で、ジンはそんな花屋の娘に少し困っているようだった。
しかし、私は彼を助けることはできない。
話の中に入っていく勇気も、気も起きないのだ。
私は逃げるように、壁一面に飾られた花々を眺めることにした。
プラントに植えられているパンジーに似た、よく見かける紫の花。
対して、見たことがない緑色の花弁を持つ花。
これは葉の方が赤い色をしていて、それはそれでとても美しかった。
色とりどりの花々に囲まれたこの場所に感動を覚えながら、同時に孤独を感じずにいられなかった。
だって、この場所はまるで、この世界と私のことを象徴しているようだ。
この様々な色彩の中に馴染めない私。
私は、なんでここにいるんだろう。
「ねえ、あなた、名前はなんていうの?」
突然の言葉に驚いて振り向けば、花屋の娘が私に笑いかけていた。
何も読めないその表情に、私は当惑しながらも答えようと口を開く。
百合子です。
「っ・・・ラピスです」
喉元までせり上がってきた言葉を、咄嗟に押さえ込んだ。
私は百合子だ。
この異彩を放つ世界に馴染めない、極度の恥ずかしがり屋の日本人。
だけど、今の私はラピスなのだ。
それを一瞬とはいえ忘れかけていた自分に辟易として、同時に冷や汗が出た。
なんとか動揺を隠そうと笑みを浮かべてみるが、変に歪んでいないだろうかと不安になる。
彼女はふ~んと意味深に頷くと、途端にその赤い瞳をらんらんと輝かせ、私に尋ねてきた。
「ラピスは、ジンと幼馴染なんでしょ?だったらジンの幼い頃の話してよ!ジンったら私が気になってるって言っても何も答えてくれないのよ」
もう!と頬を膨らまして、ジンを上目に睨みつける。
その姿は私よりずっと『幼馴染』らしくて、そんな二人をぼんやりと見つめ、やはり拭いきれない疎外感を強く感じながら、私は何を話そうかと悩んだ。
ジンが恥ずかしそうに、「やめろよ、ダリア」と可愛く拗ねる彼女を諌めた。
その声を頭の片隅で聞き、ああ、ダリアと言うんだと、ここで初めて花屋の娘の名前を知った。
私は困った笑みを浮かべながら、「そうですね」と話を始める。
「幼かった頃は、大人しい子でしたよ。私の方が活発的な子供だったんじゃないかと思うぐらい。ジンは、そんな私たちに付いて回っている感じでしたね」
私の話に、ダリアの赤い目がまん丸と見開かれた。
「へー!いがいー!ジンってば、今と大して変わってないんじゃない?もっと積極的になってもいいのよ?」
そうからかって、ジンに笑いかける。
「でも、物を壊して怒られる時は、私たちの中で一番冷静でしたね。そういうところがかっこよかったなぁって思います」
「・・・あんたの感想なんて、聞いてないけど。そうなの。ジンってその頃からかっこよかったのね」
一気にトーンが下がった声に、しまったと懐かしんでいた気分が一気に覚めた。
紅茶に移していた視線を彼女に向ければ、先程まで好奇心で溢れていた表情は消えて、私を見る冷めた視線。
しまった、と体が萎縮した。
「ごめんなさいね。わがままばかり言って。私、お店の手伝いもあるし、幼馴染同士どうぞ仲良くして。それじゃあ」
彼女はそれだけ言って、席を立つ。
「私も、面白い話ができなくて、ごめんなさい。お仕事、頑張ってね」
気の利いた言葉なんて、これぐらいしか出てこない。
ジンのことよろしくね、なんて言えたら、よかったのだろうか。
ドキドキしている心臓の音を聞きながら見つめれば、彼女は少し意外そうに表情を緩めた。
そして、ニコッと笑い「ありがとね」と言って、仕事に戻っていった。
安堵感から大きく息を吐いた私に、悪いことを何もしていないジンが弁解し始めた。
「ごめんな。前はあんな露骨な言い方しなかったのに。気前がよくて、素直な子だったから、ラピスと仲良くなれると思ったんだが・・・」
ジンは鈍感だ。
あんなに好意を表わしているのに、気づいていないとは。
それとも、女同士だからそういうのに敏感なのだろうか。
または、『この世界だから』気付かないのだろうか。
私は一気に気疲れを感じて、再びため息を付くしかなかった。
ジンがダメな奴に見える・・・。
ダリアは花の名前です。一応紹介。




