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思わぬ言葉

 ジンはベッドの脇の椅子、いつもはポールが座っている椅子に座り、ベッドに座る私にある提案をしてきた。


「ラピス。この前、ラピスが好きそうな喫茶店を見つけたんだ。よかったら、一緒に行かないか?」


ずっとここにいても退屈だろう?と言うジンはどこか楽しそうだ。

私はジンに、ポールと街に出歩いていることを話していなかった。

ジンだけではなく、ジェーンにも、両親にも話していない。

話す機会が無かった、というのもある。

でもそれ以上に、もしポールのことを話した時にどう思われるかが怖かった。

あんなに明るくていい子なのに、眉をひそめられ、もう会わない方がいいと言われたら。 悲しい。

そう思うと、なかなか言い出すことができなかった。

それに、以前にジンが連れて行ってくれた喫茶店はとても落ち着ける場所だった。

あんなお店なら、行ってみたいと思う。

断る理由はなかった。

むしろ、行ってみたいと思う気持ちさえある。

だから私は、きっと今日も来るだろうポールに罪悪感を抱きながら、ジンの誘いを受けた。



 ポールと出かけたと言っても、ほんの少しの距離だ。

私が疲れない程度に、ほんの少し。

けれど、どうやらその喫茶店は病院から離れた場所にあって、さらに坂道を歩かないといけないらしい。

言っていなかった私も悪かったけれど、呼吸を乱しながら坂道をのろのろと、松葉杖を突いて歩く私は、傍から見ても目に付いた。

唯一の救いは闘技大会が終わった後だから、人があまりいないということだ。

隣でジンが私の歩調に合わせて歩いて、心配そうに私を見下ろす。

きっとジンは、私にここまで体力がないとは思わなかったのだろう。

彼を困らせていることに申し訳なく思いながら、一生懸命先に進もうとする。

が、坂道と体力不足のせいでろくに進まない。

1分で、やっと1m進んでいる気がする。

本当にもう、申し訳ない。

情けない。

一度立ち止まって、息を整える。

この大げさに乱れる呼吸だけでも、なんとか抑えたかった。

私が止まると、隣に立つジンも立ち止まる。


「ラピス」


声が降ってくる。

見上げると、ごめんと謝っているような、弱弱しい彼の顔が見えた。


「抱き上げていい?」



一瞬、何を言っているか分からなかった。

硬直して、そのまま彼をジッと見つめる。

すると、ジンは照れたように僅かに頬を染め、自分の耳あたりを触った。

そして、言い訳するように、目線をそらす。

それはジンが恥ずかしがっているときの、癖だった。


「ごめん、俺の考えが足りなかった。ラピスにとってここまで来ることがどれだけ大変なのか知らなかったんだ・・・だから、あとはもう俺がラピスを抱きかかえていくよ。ここまで無理させて、本当にごめん」


その言葉に、私はやっと納得する。

なるほど。だから私を、抱きかかえるというわけか。

じわじわと迫っていた熱が、一気に上がってきた。

一瞬で沸騰した気分だ。

体中が熱くなり、汗が滲み出す。

さっきまであんなに凝視していたのに、今ではもう視線を合わせることもできない。

絶対、顔が真っ赤になってる。

向けていた顔を真正面に戻し、俯く。

心臓がバクバク鳴っているのが聞こえた。

混乱と緊張と羞恥が入り混じった頭は、ろくに動かない。

ただ、なんてことを言うんだ!とやつあたりにも似た戸惑いが、頭の中で喚いている。

ジンはこうやって、時々とんでもないことを言って、私を困らせる。

せっかく成長したと思ったのに、以前の私に戻してしまうのだ。

それが、少し憎らしい。

何も言わない私に、ジンは屈んで体を寄せてきた。

「肩掴んで」なんて近くで囁いてくるから、私は我に返って必死に抵抗した。


「いっ、いいよ!まだ頑張れるよ!」


だから離れてぇえ!なんて言えないが、正直恥ずかしさのあまり泣きそうだ。

懸命にジンの体を押し離そうとする。

それでも、ジンは分かってくれない。


「いいよ。無理しないで」


そう言うけれど、私からしてみれば、ジンに抱え上げられる方が無理だ。

ましてや、公衆の面前だ。

人が少ないといえど、人がいないわけではない。

私はますます慌てて拒絶しようとするけれど、その前にジンが私の体を抱き上げてしまった。

この支えられる感覚。

背中と足に感じる、ジンの腕。

私なんか、重たいだろうに。

一瞬にして抱えあげられてしまったことに呆然としている間にも、ジンは私が持っていた松葉づえを簡単に取り上げて、片手にぶら下げる。

目の前には広がる空の色と、近い、ジンの顔。

私は気付いた。

俗にいう、お姫様だっこ、というものをされているのだと。

お姫様抱っこなんて縁がないものだと、少なくとも、この歳になってされるなんて思ってもいなかった。

ただでさえ熱かった身体が、ますます熱くなった気がする。

パニックになりながら、慌てて降りようと少し暴れると、ジンが支え直す。

どうしても降ろすつもりはないらしい。

むしろさっきよりきつく抱き上げられた気がして、私は諦めるとともに少しでもジンの負担が少なくなるようにと、思い切って彼の首周りにすがりついた。

額をジンの肩に押し付けて顔を隠す。

周りを見たくなかった。

見られているところを見たくなかった。

そうやって恥ずかしさに耐える。

顔を隠すと、少しホッとした。

あとは、このまま早く目的地に行って、早くジンから降りることだ。

私は息をひそめて、ジンが動き出すのを待つ。

が、ジンはちっとも動きだそうとしなかった。

私は不思議に思って、わずかに顔を上げる。

もしかして、私が重すぎて動けない、とか?

なんて悲しくなることを考えながら、硬直したままのジンに囁いた。


「ジン?」


どうしたの?と聞く前に、ジンの体がびくっと揺れた。

私も少し驚いて、肩から離れてジンを見る。

するとますます驚いたことに、ジンの顔は今まで見たことがないほど、真っ赤に染まっていた。

その顔に一瞬目を奪われるが、すぐにジンが動き出したため、私は再度ジンの肩に額を押し付ける。

動いている間も、頭の中ではあの真っ赤に染まったジンの顔が何度も巡っていた。

だって、あんなに真っ赤、耳まで真っ赤になったジンなんて、最近まったく見なかったから。

びっくりした。

昔は、熱を出したときとかは頬が真っ赤になっていたけれど、それとはわけが違う。

ジンは熱なんて出していない。

じゃあなんで、と考えると、思い出されるのは2年前の、あの告白の日。

月の青褪めた光の下でさえ、赤く染まった彼の頬。

思い出して、思わず腕に力が入った。

でも、あれは、それは、つまり。

なかなか表現できない答えに、私の思い上がりなんじゃないかって。

ただの勘違いなんじゃないかって、疑ってしまう。

ジンの真っ赤に染まった顔が告白の時とそっくりで。


まるで、まだ、私のことが好きなんじゃないかって。



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