違和感
ひどく重たい瞼を押し上げると、そこには見知らぬ天井が広がっていた。
思わず瞬きを何度もしてしまうが、一向にその光景は変わらない。
死んだかと思ったら、死んでいなかった。
私は目をまん丸く開いた間抜け面で、呆然と天井を見つめた。
私が起きたことに気付いた看護師が医者を呼び、私は一通りの説明と診察を受けた。
医者の話だと、私は七日間近く眠っていたと言う。
だとすれば、闘技大会はとっくに終わってしまっている。
私が子供を助けた後、馬車から落ち、運悪く馬車の車輪に右足首をひかれてしまったらしい。
そのせいで右足首は骨折。それと全身打撲。
だから、治るまで一人で出歩くこともできないし、ベットの上から起き上がることもできない。
しばらくこの街で入院することになる、と、医者は説明する。
さらに、頭部を強く打っているため、頭に何か違和感があればすぐに言うこと、と念を押された。
その言葉に、私はやっと頭を打ったことを思い出し、巻かれている包帯に気付いた。
それに医者が言っていたように、右足首は固定されていて動かすこともできない。
それを改めて意識したら、途端に右足が痛み出した。
私が分かりました、渋面で頷くと、医者はすぐにどこかに行ってしまった。
きっと、アリッシアと同じで忙しいのだろう。
その後、すぐにジンとジェーンが部屋の中に入ってきた。
不安げに顰められた彼らの顔を見て、正直、吹き出しそうになった。
あの憎たらしいジェーンまでそんな顔をするから、思わず笑ってしまった。
二人はそんな私に呆気にとられたかと思うと、幾分か安心したのか、表情が和らぐ。
「なんだよ。元気そーじゃん。安心したぜ」
とジェーンが私の頭に巻かれた包帯をそっと撫でる。
慣れない彼の動作に私は内心焦るが、今回は素直に彼の優しさを受け入れることにした。
きっと、さんざん心配させてしまっただろう。
さっきまでの二人の顔を思い出し、途端に申し訳なくなる。
ただ馬車から落ちただけなのに。
あれ?でも、おかしい。
私、交通事故で死んだんじゃなかったっけ?
頭を傾げようにも、起き上がれないためできない。
まとまらない記憶に混乱していると、ジンが私に話しかけた。
「ラピス。ごめん。俺が闘技大会に出なければこんなことにならなかったのに・・・」
なんて沈鬱な顔で言い始めるから、私は慌てて弁解する。
「な、何言ってるの?あれは、私が勝手にやっただけで、ジンには何にも関係ないよ」
ジンのキラキラと輝く銀髪。赤い目。少し涙目になってる?
まさか、と思いながらも彼の姿に違和感を覚えて、呆然と彼を見つめた。
何も変わらない、いつも通りのはずなのに。
銀髪と赤い目の人なんて、今まで見たことがなかった。
じっと見られていることに気付いたのか、ジンが首をかしげて「ラピス?」と言う。
私の内心は違和感でいっぱいだった。
『ラピス』と言う名前だって、自分の名前だと分かっているのにひどい違和感だ。
だって、私の名前は小畑百合子だ。
そんな西洋人みたいな名前じゃなかった。
おかしい。
そう気づくのに、時間はかからなかった。
けれど、こんなことを誰に、どう言えばいい。
前世の記憶なんて、普通はないのだ。
私は誤魔化すように、戸惑うジンに話題を振った。
「そういえば、ジンの試合は?どうなったの?」
七日間眠っていたのだから、もうとっくに試合は終わっているはずだ。
ジンは前よりずっと強くなっていたから、もっと良いところまで進めただろう。
そう思って、彼を見返す。
元気そうな私に、二人はやっと肩の力が抜けたのか、いつも通りに話し始める。
「それが、二回戦目で負けちゃって」
と、苦笑いをこぼすジン。
私は信じられない言葉に、思わず叫んでいた。
「二回戦目!?」
前は四回戦目まで進んだはずだ。
それなのにどうしてだろう?と疑問に思うと、ジェーンが補足してくれた。
「それがなぁ。その二回戦目の対戦相手が、王族専属騎士っていうので、すごかったんだぜ。ジンなんか手も出せないまま、負け。まあ、運がなかったんだなぁ」
と、その時のことを思い出しているのか、しみじみとしている。
「ああ。正直驚いたよ。さすがは王族専属騎士っていう感じだったなぁ」
ただの木刀のはずなのに、どれだけすごかったんだろう、その人。
しみじみと思い返す二人を見上げながら、その場にいなかったことを初めて悔やんだ。
そして、あっという間に面談の時間は過ぎ、二人は帰っていった。




