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叫び声

行先も分からないまま、馬は人が避けていく中を走り回る。

今は何とか上手く避けているが、そのうち誰かを蹴り飛ばしてしまうのではないかと思うと気が気ではなくて、必死に「どいてえぇ!」と、涙目になりながらありったけの声で叫ぶ。

なんとか飛び乗ったものの、馬の扱いなんて私には少しも分からなかった。

事の原因を作り出した少年も真っ青になって、私の隣でがたがたと揺れる馬車に必死に掴まっている。

私もありったけの力を込めて、荷台に片手で掴まって、もう片方の手は馬と繋がったひもを握りしめていた。

見よう見まねでひもを引っ張って馬を止めようとするが、逆に馬に引っ張られてしまう。

どうしようもなくて、人を蹴り飛ばさないことを願いながら、混乱する頭で必死に考える。

このままではだめ。でも、ひもを引っ張ってもだめで。

前に聞いたことがあるのは、馬は乗り手の気持ちを読み取るのだという。

乗り手が怒っていれば馬も荒くなるし、怖がれば馬も怖がって勝手な行動にでてしまう、と聞いた。

そう考えると、私たちがここに乗っていることに問題があるのではないか、と思い至る。

一人は完全に怯えきっていて、もう一人は混乱状態。

馬も突然のことに怯えて混乱状態であると考えてもいい。

どちらにしろ、私たちがここに乗っていても意味がない、ということだ。

傍らの少年を見てみれば、彼は相変わらず顔を青くしたまま放心状態になっていた。

とにかく、この子をどうにかしないと。

きっと、二人とも降りるのが一番いいのだろう。

けれど、こんな猛スピードの中で降りようとしても、良くて打撲。悪くて骨折だ。

どうしよう、と唇を噛みしめた時、声が聞こえてきた。


「おい!」


と呼びかけられた方を見れば、馬に乗った男が馬車に並ぶように近づいてくる。

きっと、馬の扱いに長けている人だろう。

彼の慣れた様子に危ないと分かっていながらも、ある案が浮かんだ。


手綱から手を離し、馬車にしがみつく男の子に手を伸ばす。

男の子は戸惑いながらも震える手を伸ばして、私の手を掴んだ。

彼の手は、恐怖からか私より冷たくて震えていた。

そんな彼の手をできるだけ強く握りしめ、グッと彼を引き寄せて立たせる。

そして、彼の体を自分の体で支えながら、駆け付けた男の元へと寄せた。


「手を伸ばして」


そう囁けば、彼は私の意図を察してくれたのか、男の元へと必死に手を伸ばした。

男もまた、できるだけ馬を寄せ、必死に手を伸ばす少年の手を掴む。

しっかりと掴まったそれを見て、私は「行って!」と少年から手を離した。

少年は男の元へと飛びこむと、彼の軽い身体は男の腕によってなんとか受け止められた。

その時の衝撃で男の馬が離れて行ってしまったが、無事に渡せたことにホッと胸をなで下ろす。

その油断が、いけなかったのだろう。

荷台にしっかり掴まっていたはずなのに、手が滑った。


あ。


どうすることもできないまま、揺れる足場に私の体は倒れていく。

でも、これでいいんじゃない?馬車から降りれるんだから。

なんてお気楽な考えが浮かぶのも一瞬で、襲ってきたのは、恐怖。

浮遊感を覚えながら体はどんどん傾いで、地面へ落ちた。

身体を貫く衝撃に「うっ」とうめき声が上がる。

砂利が敷き詰められた地面は痛かった。

特に頭が、ひどく痛い。

痛みに耐えて薄らと目を開ければ、涙でぼやける目の前には、薄茶色の地面と荷台の車輪が見えて。

すぐ傍で車輪が砂利を踏みしめる音が聞こえて。


私の中で、似たような光景がフラッシュバックした。


それは前世の私が死ぬ、直前の光景。

目の前に広がるコンクリート。

耳をつんざくブレーキの音。


私、死ぬの?


漠然とそんな絶望を感じると同時に足首に耐えがたい激痛が走って、私は気を失った。


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