五章二話「革命軍」(2)
「こちらです」
宿屋の主が案内したのは村の中にある一軒家だった。
他の家と同じような色と形をした一軒家を見てネレスの表情は硬くなる。
一方、刀弥とリアはと言うとそんな彼女を注視しながら周囲を警戒していた。
彼女の兄が革命軍に所属している以上、最悪向こうが罠と考えて襲い掛かってくる可能性は十分にある。その可能性を考えての対応だ。
そうしているうちに宿屋の主がドアをノックする。すると、ドアが僅かに開いた。
隙間から見えたのはいかつい顔をした男性。睨むような鋭い視線がドアをノックした宿屋の主へと向けられている。
「俺だ。彼の客を連れてきた」
「わかった。ちょっと待ってくれ」
そう言うと同時にドアを締める男性。
ドアの向こうではどうやら何か話し合っているのかざわめき声が聞こえてきた。と、その時一人分の足音が急ぎ足で遠ざかっていく。
その事に刀弥は微かな疑問を覚えた。狭い建物の中で人が遠ざかっていくとはどういう事だろうか。しかし、その疑問も中に入れば解けるだろうと深くは考えなかった。
しばらくすると再び騒がしくなり、それから少ししてドアが開いた。
「入れ」
睨むように告げる男性に怯みながらも三人はドアの中へと入っていく。なお、宿屋の主はというと彼らが中に入ったのを確認すると一礼をして宿屋へと帰っていった。
建物の中は外から見た通りの簡素な内装だった。
灰色の天井と壁と床。床には茶色のカーペットが敷かれており、その上にテーブルや椅子等の家具が置かれている。
奥の壁には男達が数人、固まるように立っていった。皆、警戒するような視線で刀弥達のことを見ている。
そして、テーブルの向こう側には一人の青年が立っていた。
年の功は二十歳ぐらいだろうか。ネレスに同じ栗色の髪をしており、瞳の色は紺桔梗色。よく見ると顔立ちもところどころネレスと共通する部分がある。
「!? 兄さん!!」
そんな青年を見て叫ぶネレス。やはり、その青年がネレスの兄だったらしい。
「ネレス!!」
叫んだネレスはその勢いのまま兄の元へと駆けていく。そうしてそのまま兄の胸元へと飛び込んだ。
「全く、驚いたよ。俺のことを嗅ぎまわっている奴がいると聞いて特徴を聞いたらお前と一致するんだから」
「うぅ……兄さん」
兄の話が耳に入っていないのかネレスは感動の声を漏らしたまま顔を埋めている。それ程までに嬉しかったのだろう。
そんな二人を眺めながら刀弥とリアは部屋の中央、テーブルの反対側まで足を進ませた。
「……妹が世話になった」
二人の存在に気がついたネレスの兄が声を掛けてくる。
「オスワルド・リクレストだ。よろしく」
「風野刀弥です」
「リア・リンスレットです」
簡単に名乗りあい挨拶を交わす三人。それが終わると早速とばかりに本題が始まった。
「それでネレス。どうしてこんなところにやってきたんだ?」
「兄さんがここにいると聞いて……それよりも革命軍に入ったというのは本当ですか!?」
オスワルドの問いにネレスはそう答えると、今度は自分の番だとばかりに彼を問い詰める。
「……本当だ」
そんな彼女の質問をオスワルドは顔をしかめた後、諦めたように肯定を返した。その事実にネレスは激昂する。
「!? どうしてですか!!」
「それは……」
言いよどむオスワルド。彼は何やらネレスを幾度か見つつ迷う素振りを見せていた。
それに気づかないネレスはさらに詰問を続ける。
「どうして……平穏を願う人達に犠牲を強いるのですか……」
「!? それは違う!! 俺達はこの国に住むそんな人達のことを思って――」
さすがにネレスのその言葉には我慢できなかったらしい。即座にオスワルドが反論する。
けれども、その程度の反論で怯むネレスではなかった。
「本当にこの国に住む人達を思うのなら……こんな方法やめてください!!」
室内を揺れたかと思うような叫び声。その声にオスワルドはもちろん刀弥やリア、その場にいた他の男達もぼう然する。
その後、ネレスはその双眸を涙で濡らしたかと思った瞬間、駆け出し建物の外へと出て行ってしまった。
即座に追いかけようとした刀弥だったが、すぐさまリアのほうが適任だということに気が付き彼女の方へと視線を投げる。
その考えは彼女も同じだったらしい。走り出しながら刀弥の視線に軽く頷き一つで応えるとそのままネレスの後を追いかけた。
そんな二人をオスワルドは放心した面持ちで見送る。
しばらくの間漂う空白の音。しかし、そんな雰囲気を刀弥は終わらせる事にした。
「ネレスに関してはリアが追いかけたので大丈夫でしょう」
「……そうだな。今、俺が追いかけてもまた逃げられるだけだろうしな」
自分に言い聞かせるように呟くオスワルド。どうやらまだちゃんとは立ち直れてないようだ。
とりあえずしばらく待つことにする刀弥。
そうして少し待っていると、どこからか小さな音が聞こえてきた。
どこからだろうと気になり刀弥は視線を彷徨わせる。しかし、向こうの男性達はどこからかわかっているようだ。一人の男が迷いない足取りで部屋の奥へと消える。
しばらくするとその奥の部屋から先程の男と別の男が姿を現した。
「どうした?」
室内に入ってようやく男は中の空気を察したらしい。なんとも言えない雰囲気に男は少し戸惑いながら仲間達にこの空気の原因を尋ねていた。
「あ~……まあ、いろいろあったんだ」
そう言いながら仲間の一人がオスワルドを見て、次に扉へと視線を移す。
「……そうか」
その答えで理解したのかしていないのか、男はどこか間の抜けた声でそう応じた。
「で、どうするんだ?」
「とりあえず妹さんについては様子見だな。で、次にあんた達だ」
そう言って仲間が見るのは刀弥だ。その言葉で他の男達も刀弥へと睨むような視線を送りつけてくる。
「悪いが、ちっとばかし俺達に付き合ってもらうぞ」
「オスワルドの妹さんの知り合いとはいえあんた達についてはよくわかっていないからな」
「まあ、これも運が悪かったと思って諦めてくれ」
そんな事を言いながら刀弥を取り囲んでくる男達。それで刀弥は自分達が信用されていない事に気が付く。
ただ、それについては無理もないかと納得もしていた。どこの誰かもわからない外の世界からの人間ではすぐに信用することなどかなり難しいだろう。
「……それで、付き合うって具体的にどうするつもりだ?」
「とりあえず仲間達にあんた達にの事について調べまわってもらっている。その結果とそれまでの態度であんた達が信用できる人間かどうか見極めるつもりだ」
その返答になるほどなと心の中で答えながら刀弥は周囲を見回した。
周囲、彼を取り囲む男達には微妙に構えが取られている。どうやら逃げ出そうとすれば即座に襲いかかる腹づもりらしい。
さて、どうするかと考える刀弥だったが、結局大人しくすることにした。ここへ刀弥達も連れてきた事を考えると多少の信用はあるはずだ。それがオスワルド一人からなのか革命軍全体なのかはわからないが、ここは様子を見たほうがいいだろう。少なくてもネレスとオスワルドがいる以上、少なからず希望はある。
「……わかった」
「ようし、聞き分けのいい奴は好きだ。とりあえずあの二人が戻ってくるまではここで待機だ」
そうして息を吐き、構えを解く男達。
こうして刀弥は数人の強面の男達としばらくの間、室内で待機することになったのだった。