五章一話「発見」(7)
そうして診療所に戻ってきた二人。
早速二人は医者の元へと向かうと、苔を集めた瓶を手渡した。
瓶を受け取った医者はすぐさま中身を確かめる。
「これだこれだ。いや~、助かったよ」
やがて、中身が求めているものだと確認すると、医者はそう礼を言って瓶を看護師に手渡した。
「それじゃあ、調合の方を頼むよ。手順はわかってるよね?」
「はい。では早速取り掛かってきます」
そう言うと看護師は瓶を持って去っていく。
やがて看護師が部屋を去ると、医者は刀弥に向かって布袋を投げてきた。受け取った刀弥はすぐさま中を確かめる。すると布袋の中にはお金が入っていた。どうやら材料をとってきた報酬らしい。
とりあえず刀弥は報酬をスペーサーの中へ入れておく事にした。
「それでこれから君達はどうするんだい?」
と、報酬を入れたのを見計らって医者が問いを投げかけてくる。恐らく、ただの興味本位だろう。
「とりあえず村で一晩休んで、それからエリビスに向かうことになってますが」
「エリビス? また、随分と物騒なところへ向かうんだね」
特に隠す理由も思いつかなかったので正直に話すことにした刀弥。
すると、彼の口にした村の名前を聞いて医者は眉をひそめながらそんな感想を返してきた。
「そうなんですか?」
「ああ、革命軍の関係者が何度も目撃されている場所だ。しかも、その噂を信じて兵士達も何度か訪れている。恐らくこの国中じゃ上位に入る危険地帯だ。悪いことは言わない。今はやめておいたほうがいい」
その忠告に刀弥は少し考え込む。
ネレスの話ではその村で発見されたネレスの兄も革命軍に所属しているという話だ。その点では関係者が何度も目撃されているという話は信憑性があると言えた。加えてそういう噂があるのなら兵士が調査に来るのもおかしくはない。
「ありがとうございます。でも、そういう場所なら尚更行かないといけないので……」
「……その村に知り合いでもいるのかい?」
刀弥の言葉にそう推測したのだろう。少し真剣な口調で医者がそう尋ねてきた。
「ええと、まあそんな感じです」
素直に知り合いに会いに行くとも言えず、かといって上手い理由も思いつかなかったのでそう答えるしかなかった刀弥。
チラリとネレスを見ると彼女は少し申し訳なさそうな表情で軽く頭を下げていた。
「……ふ~む。なるほどね」
それから医者は少し思案するように腕を組んで目を瞑る。
やがて、彼は目を開け立ち上がると、少し前に整理した棚からいくつかの薬を取り出し、それを箱へと納めていった。
「あの……」
なにをしているんですかと刀弥が聞こうとした時だ。
医者がその箱を抱え、それを刀弥に渡してきた。
「え?」
「それじゃあ、その村にこの薬を届けてもらおうかな」
いきなりの依頼。
その事に刀弥はもちろんリアやネレスも驚く。
荷物を届けて欲しいと頼まれたのはわかる。しかし、何故いきなりそんな頼みごとをしたのかその真意がわからなかったのだ。
「えーと」
「頼まれた薬を届けにエリビスに行くんだ。依頼状も渡すから兵士も怪しむことはないだろう」
それで医者の意図を理解した。彼はお節介にも刀弥達を手助けしようとしていたのだ。
「あ、すみません。ありがとうございます」
その事に気付いたネレスが反射的にお礼を口にする。
その反応に医者は笑みを浮かべ、次にこんな言葉を口にした
「気をつけなさい。お嬢さん。その反応だけでも敏い者はすぐに気づいてしまうから」
「……はい?」
いきなり何を言っているのだろうかという顔を浮かべるネレス。それは刀弥やリアも同様だ。
そんな首を傾げている間、医者は依頼状を用紙を取り出し何やら記入をしていた。恐らく先程言っていた依頼状だろうと刀弥は当たりをつける。
やがて、医者は依頼状を書き終えるとそれを刀弥へと手渡した。
「わざわざすみません」
「気にすることないよ。こっちだって用事を言いつけたわけだし」
軽く頭を下げる刀弥に余裕のあるウインクを返す医者。それを見てつい刀弥達はつられて笑ってしまった。
「えっと、それじゃあそろそろ行こうか」
「そうだな。このまま居続けるわけにもいかないし」
「そうか。それじゃあ三人とも気を付けて」
「はい、それでは失礼します」
医者が手を振り三人を見送る。
そんな彼に手を振り返しながら部屋から出ていく三人。そうしてそのまま彼らは宿屋へと直行すると、その日はフカフカのベッドの上で眠りについた。
翌日、ベッドから起き上がった三人はすぐさま旅立ちの準備に取り掛かる。
やがて三人は準備を整え朝食を済ませると宿屋を出ていった。途中、毛布などの必要な物を購入する。
そうしてそれが終わるとすぐさま三人は街を後にしたのだった。
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「あのお医者さん。いい人だったね」
エリビスへと向かう道中。去った街の出来事を思い出していたのか、ふとリアがそんな事を言い出してきた。
「そうだな」
向こう側に落ち度があったり頼みごとをしたとはいえ、普通はあそこまで手助けはしないだろう。
「報酬も結構良かったし、ちょっと得しちゃったかな」
宿屋の部屋で確認した報酬の額を思い出したらしい。リアの顔に笑みがこぼれている。よっぽど気分がいいのか、いつの間にか足もリズムよくステップを踏んでいた。
「足元、気をつけろよ」
そんな彼女を見て注意を促す刀弥。
こういう時、人はよく不注意になりやすい。実際、妹である綾乃がよく突起物や舗装の隙間に足を引っ掛けて転んでいたのを刀弥は覚えている。
「わかってるって」
けれども、リアはまともに取り合わなかった。口ではそう言っているものの明らかに注意は散漫となっており、そのまま彼女は刀弥の前へと飛び出してしまう。
この反応に駄目だこれはと内心ため息を吐く刀弥。仕方なしに彼女の代わりに足元を気を付けて見ようとして――
進路先に拳大の石が生えているのが目に留まった。
「あ」
思わず声を漏らしてしまう。
石の場所は丁度リアの進路の先、歩幅から考えても間違いなく足を引っ掛けてしまう位置だ。
「おい、リア。い――」
すぐさま刀弥はリアに石の存在を教えようとする。けれども――
「ん? なに?」
そんな彼の呼び掛けに前を歩いていたリアはクルリと振り返って反応。結果、後ろ足が石につまづき彼女は背中から倒れだしてしまった。
ドシンと鈍い音。
「いたたたた」
続いて響くのは痛がるリアの声だ。
「大丈夫か?」
早足で彼女の傍までやってくる刀弥。
見下ろしてみるとどうやら尻を打ちつけたらしい。スカートの後ろ側をさすりながらリアが立ち上がる。
「うん。平気」
「だから、言っただろ。足元、気を付けろって」
その言葉にリアはごめんごめんと笑顔を浮かべたまま返してきた。どうやらあまり反省していないようだ。
嘆息を一つ吐いてしまう刀弥だが、まあ彼女らしいかと諦めをつける。
と、そこで刀弥は背後にいるネレスが先程からやけに静かなことに気が付いた。
それが気になって彼は後ろを振り返る。
刀弥の後を付いてきたネレスは何やら物思いに耽っているところだった。
伏せられた目は下に向けられ心はここにあらずといった状態だ。
「ネレス?」
それが心配で刀弥は彼女に声を掛ける。
「え? あ、はい」
彼の呼び掛けでようやくネレスは我に返った。それでようやく自分が二人に心配されていることに気が付く。
「あ、すみません。少し考え事をしていました」
「どうかしたの?」
謝る彼女。そこにすかさずリアが質問を投げ掛ける。
彼女の問いにネレスは少し迷う素振りを見せた。けれども、やがて彼女はおずおずといった感じで顔を上げ話を始める。
「昨日の患者さんを思い出しまして……あれを見て兄さん達は本当に正しいことをしているのかと考えてしまいました」
「…………」
その返事に二人は一端互いに顔を見合わせるが、次の瞬間には視線をネレスの方へと戻し話の続きを促した。
「自分達の思いのために他の人を犠牲にして……それで本当に正しい国になるとはどうしても思えないんです。人々も国にいろいろと感情はもっているようですが、全面的に革命軍を支持しているという訳でもないようですし……」
確かに自分達も犠牲になりかねない勢力を全面的に支持するのは難しいだろうと、そんな感想を抱く刀弥。
その間にもネレスの話は続いていく。
「一体、兄はどうしてしまったんでしょう? 私には今の兄が何を考えているのかさえわかりません」
今にも泣き出しそうなネレスに刀弥達はどうしたらいいのかわからない。
しかし、口を挟まなくてよかったらしい。言うだけ言って少しスッキリしたのか、深呼吸した後のネレスの顔に先程までの泣き顔はなく、真剣味を帯びた表情がそこにはあった。
「ですから、以前にリアさんが言ってましたように直接会って兄の真意を確かめたいと思います」
そう言い終えると同時に彼女は道の先、恐らくまだ見えぬエリビスを見据える。
「そうか」
「そうだね」
そんな彼女の決意に刀弥達はそれぞれの応答を返した。
「それでは行きましょうか」
「ああ」
「できるだけ急いで行かないとね」
そうして三人はエリビスへと向かって歩き始めるのであった。
一話終了