五章一話「発見」(6)
「よっこらせっと」
傾いたことでできた僅かなスペースから刀弥は顔と腕を出す。
「はい」
それを見て彼に手を差し出すリア。
「悪い」
そんな彼女の厚意にお礼を言いつつ刀弥はその手をとった。手を取ると同時にリアが刀弥の体を引っ張る。
そうして刀弥はボアメイルのスペースから抜け出た。
「ふう、疲れた」
「だね」
ため息を吐く刀弥。それにリアが同意を示す。
確かに大変だった。
何せ全速力で長時間走ったのだ。息は今でも乱れているし、足もかなり熱い。
正直言えば少し休みたい気分だ。しかし……
「さすがにここで二体目と鉢合うのは避けたいし、急いで次の分かれ道まで移動するか」
背後に死体の壁があるここでボアメイルと出会うのは避けたい。
理想的な戦闘場所があるとしたら先程のような分かれ道がある場所だ。そこならばさっき用いた戦い方が使える。
「とりあえずルートは分かれ道までの距離が短い道に変更したほうがよさそうだね」
「そうだな」
道中ボアメイルと出会った時、別れ道に戻るまでに時間が掛かるのであれば疲労でこちらが不利になってしまう。
そのため、二人は分かれ道間の距離が短いルートを選ぶことにしたのだ。
「ただまあ、出会わないに越したことはないよな」
「あははは……そうだね」
苦笑。その点はリアも同意らしい。
そうして二人は再び歩き出したのだった。
幸いと言うべきかそれからはボアメイルと出会うことはなかった。一度だけこちらに近づいてくる足音が聞こえてきたが、たまたまそこが分かれ道だった事もあり無事やり過ごすことができた。
やがて、二人は目的地に到着する。
そこは広い空洞だった。半球状の空間になっており、天井、壁、地面のそこかしこに苔が生えている。
話によると掘り進めているうちに辿り着いた空間だそうだ。そこに外から苔が入り込み今の状態になっていると聞いている。
「とりあえず苔を集めるか」
「あ、そうだね」
目的を口にし行動を開始する刀弥。
すると、それを聞いて空洞を見渡していたリアが我に返る。
そうして二人は苔集めを始めた。
最初は手近な地面、次に壁と二人は回収範囲を広げていく。
医者からはこれぐらいはと空き瓶を二つ渡されているので、とりあえず二人はそれだけの量を集めるつもりだった。
必要以上に取らないのは何らかの理由があるのかもしれない。ならば、分からない自分達はその指示従うのが安全だ。
やがて、二人は空き瓶一杯に苔を詰め終える。瓶の中にぎっしり詰まった苔は容器の外から見るに謎の緑の物体にしか見えない。
そうして用事の終えた二人はその場所を後にしようとした、その時だった。
「? ねえ、刀弥。何か聞こえない?」
突然、リアがそんな言葉を投げ掛けてくる。
その言葉に刀弥が彼女の方へと振り返ると、リアは入ってきた通路の方へと視線を向けていた。どうやら音の方向はあの通路の方かららしい。
少し動きを止めて刀弥は耳を澄ます。すると、しばらくして複数の足音とこれまでで最大の地響きが響いてきた。
「…………リア。気のせいか嫌な予感がするんだが……」
「偶然かな。私も同じような予感を感じてるところだったり……」
顔を引きつらせながら通路の入口を注視する二人。やがて、そこから大量のボアメイルが姿を現した。
数は全部で八体。それが獰猛な視線を刀弥達に向けて咆哮をあげている。
見るものが見れば怯んでしまう光景。けれども、二人にしてみればただの威嚇にしか見えなかった。なにせ、怯むよりも前にやらなければならないことがあるのだ。
「さて、どうしようか」
「幸いなのはここが広い場所って事かな」
この空間ならば通路のような目にあうことはない。確かにそれは不幸中の幸いの事態だ。
しかし、それでもこの数は如何ともし難い。
どうしたものかと構えをつつ思考を始める二人。その間にもボアメイル達の包囲網は狭まってくる。
「とりあえず竜巻の壁で時間稼ぎってのはどうだ?」
「この大きさと重量から考えると突進の威力を軽減するくらいしか効果がないかな」
つまり時間稼ぎにならないということだ。リアの返答に刀弥は肩をすくめる。
と、その時だ。遂に痺れを切らしたのか、一体のボアメイルが刀弥に向かって疾走を開始した。それを合図に他のボアメイル達も動き出す。
「引かれるなよ」
「刀弥もね」
そんな言葉を交わして動き出す両者。とりあえずまずは攻撃への対処だ。
刀弥はその速度を生かしボアメイルの脇を次々と抜け、リアは力場を発生させる防御魔術を使って相手の速度を殺すとその間に突進から脱出していく。
そうやってボアメイル達の突進から抜けた二人。背後を振り返るとボアメイル達は旋回どころから静止すらできていない状態だ。
それを反撃のチャンスと見て動き出す刀弥とリア。既にリアは魔術式の構築を始め、刀弥もまたボアメイルの背中目指して地面を蹴っている。
そうして次に起こったのは雷の鉄槌だ。ボアメイルの頭上に大量の雷が発生したかと思うと、次の瞬間それがボアメイルに降り注いだのだ。
この攻撃で三体ものボアメイルが感電し地面に膝をつけた。けれども、ダメージを与えただけで死に至らせるところまではいかなかったようだ。ついた膝を上げ再び立ち上がろうとする。
しかし、そんなボアメイルに刀弥が近づいた。彼は前の戦いで見せたように前に回りこむと瞳を介しての脳天突きでボアメイルを倒す。
二体目も同じ要領で倒し、いざ三体目というところで既に三体目が体を上げようとしているのが目に入った。
前に回り込んで脳天突きを見舞うのは最早難しい、けれども、一撃を入れるだけの隙はまだ残っていた。
その判断と同時に刀弥はすぐに走り出す。狙いはボアメイルの左後ろ足の可動部。恐らく可動部なら他の部位よりも柔らかいはずだ。
見舞うのは会得している攻撃の中では高い斬撃力を持つ攻撃。
風野流剣術『疾風』
速度を乗せた一撃がボアメイルの左後ろ足を裂いた。
予想通り手応えは中々に硬い感触。仮に狙いが別の部分であったならば刃は音を立てて弾かれていたであろう。
そんな感想を胸中でしつつ、刀弥はバランスを崩したボアメイルの正面に回り込む。
そして腕を引き、突きの構えを作るとすぐさま先と同じ行動を繰り返した。
これで三体撃破。残るボアメイルの数は五体だ。
すぐさまその五体を探すために刀弥は刀を引き抜きながら辺りを見回す。
すると、丁度彼の視界にリアへと向かって突撃をかける五体のボアメイルの姿が映った。
連携のれの字も感じさせないボアメイル達の攻撃。当然そんな攻撃、リアには当たらない。
彼女は魔術で風を起こすとその風に乗って上へと退避した。
そうしてボアメイルの攻撃を飛び越してやり過ごすとすぐさま一体のボアメイルに向かって炎の砲撃を放つ。
狙われたボアメイルは為すすべなく炎の砲撃に飲み込まれた。
炎の燃え盛る轟音が空洞内に響き、その中でボアメイルの断末魔がこだまする。
やがて、炎はボアメイルの内部にまで行き渡るとボアメイルはこれまでで一層を大きな鳴き声を上げ、そしてそれを最後に崩れ落ちた。
けれども、そんなボアメイルをリアは見ていない。彼女が今見つめているのは次のターゲットだ。
再び、炎の砲撃を放つ。背を見せていたボアメイルに避ける術はなく、そのままボアメイルは先程と同様の流れで焼き尽くされた。
一方、残り三体のボアメイルはと言うと丁度、足を止め向きを直しているところだった。しかし、そこへ刀弥が襲い掛かる。
鼻先に乗り赤い眼光へと一突き。それで一体を仕留めると、すぐさま鼻から降りて自分の方へと向きを変えるボアメイルへと迫る。
風野流剣術『一突』
そのまま接近の速度を利用しての矢のような一撃。これでこのボアメイルも黙らせる。
そこへだ。
「刀弥!! 横!!」
リアの叫びと共に三体目のボアメイルが体当たりをかましてきた。
刀は未だ刺さったままだ。抜けば避けるだけの時間はない。
判断は一瞬。すぐさまは刀弥は刀を手放しボアメイルの体当たりをバックステップで回避した。
眼前を通り過ぎる巨大な風圧。それに飲まれバランスを崩してしまうが、幸いにも体にダメージはない。
その事に内心ほっとしつつもすぐさま刀弥は通り過ぎていったボアメイルへと視線を向ける。すると、ボアメイルは丁度リアの砲撃に飲まれるところだった。
それを確認すると、刀弥は周囲へと視線を巡らし、最後に通路へと瞳を向ける。
通路からは新たな影も足音も聞こえない。どうやらこれで一段落ついたらしい。
「とりあえずさっさとここから出るか」
「だね。さすがにこれ以上は戦いたくないし……」
通路の不利に続いて、今度は数の暴力。どちらも御免こうむりたい状況である。
目的は既に達している以上、長居する意味はない。
こうして刀弥達は道中警戒しつつも急ぎ足で帰路へと着いたのだった。