五章一話「発見」(4)
その後、刀弥達は部屋へと戻りそのまま一睡。翌日にはお金を支払ってその村を後にした。
三人の目的地であるエリビスはベルゼクト王国内でも東の端の方にある。刀弥達が現在いるのは大体南側。距離としてはかなり離れている。
当面のルートはこのまま道なりに進むだけだ。そうすれば街に到着し、そこで東へと転進。後は数日ほど歩けば村に到着する予定となっていた。
つまり次の街で宿屋に泊まった後はしばらくの間野宿生活という訳だ。
それなりに旅慣れた刀弥としては慣れたものだが、心配なのはネレスだ。
病気の身である以上、外で寝るというのはできれば避けたいところだが、道中には小屋どころから洞窟すらないという話だ。必然的に焚き火を焚いて暖を取る等の基本的な対策しかないだろう。
「次の街辺りで汚れても大丈夫そうな毛布か何かを買っておくか」
道中ふと、そんな事を呟く刀弥。それにリアが反応を返した。
「そうした方がいいかもね」
「でしたら、お代金は私が……」
それを聞いてネレスも口を挟んでくる。自分のためにそこまでしてもらう以上、それぐらいはしないといけないと思っているのだろう。しかし、そんな彼女に刀弥は首を横に振って応じた。
「別にいいさ。場所によっては今後必要になってくるかもしれないしな」
例えばファルセンのような気候がそうだ。ファルセンの場合は道中が洞窟だったため必要と感じなかったが、あれが外での移動であれば必要になっただろう。
「確かにそうだね」
彼の意見にリアも同意する。
自分達にも必要だからという理由ではネレスも何も言えない。
「すみません」
せめてとばかりに礼を口にするネレス。かくして次の街で毛布を購入することが決定したのであった。
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それから昼が過ぎた頃。彼らは街に辿り着いた。
しかし、街に着いてまず最初に彼らの目についたのは立ち上る黒煙と遠くに見える無残にも焼けた屋敷の跡という有様だった。
「……見事に焼けているな」
屋敷を見て刀弥はそんな感想を漏らす。
屋敷は見事なまでに焼け落ちており、残っているのは天井や柱などの残骸だけだ。これでは元がどんな建物だったのかすら想像できない。
「へ、いい気味だぜ」
と、そこへそんな呟きが彼らの耳に届いた。
振り返ってみるとそこには身なりの悪い男がこちらに背を向けて歩いているところだった。どうやら悪態を吐いていたらしい。
周りを見てみると他の人達も屋敷へは憎しみの篭った視線や苦々しい視線、良くて複雑そうな視線を向けている。どうやら人々にはかなり恨まれていたようだ。
そのまま刀弥達は人々の話に耳を傾ける。
「あれ、革命軍がやったんだろう?」
「らしいぜ。壁を爆破して屋敷に侵入したみたいだぜ。そんで金目の物を盗んで一部は住民に配ったって話だ」
「ドルネの奴はいい気味だぜ。いつも金に物を言わせていろいろとやってたからな」
どうやらあの屋敷の持ち主はドルネというらしい。予想通りの金持ちのようでその金を使っていろいろと住民に恨まれることをしたいたのだろう。会話からもその恨みの深さがすぐにわかった。
「だけど、襲撃の際に付近にいた奴らが巻き込まれたって聞いたが」
「ああ、本当だ。屋敷を囲む壁が爆破された時、付近を歩いていた奴らが飲まれるのを見たぜ」
「連中にとっちゃ多少の犠牲はどうでもいいって訳か。俺達も巻き込まれないように気をつけないとな」
今度は住民が巻き込まれた話だ。
その話にネレスの顔が蒼白になるが刀弥とリアはそれに気づかない振りをする。
「……なんていうか。物騒な話だな」
そうして話を聴き終わった後、刀弥は第一声にそんなコメントを口にした。
そんな彼にネレスが不安そうな声で次のような事を尋ねてくる。
「巻き込まれた人達は大丈夫なのでしょうか?」
「…………」
大丈夫だとも大丈夫じゃないとも言えず答えに窮する刀弥。そんな彼にリアが助け舟を出した。
「それならお医者さんところに行ってみる? たぶん、怪我人とかはそっちに運ばれただろうし……」
その提案に刀弥とネレスは考え込む。
確かに彼女の言う通り怪我人がいたとしたら彼らの行き先はそこしかないだろう。ならば、そこへ行けば被害者達の様子もわかるはずだ。
「どうする?」
尋ねるリア。それに対してネレスは考え込んだままだ。
恐らく悩んでいるのだろう。兄が行ったかもしれない事件の被害者を妹である自分が見に行っていいのかどうかを。
けれども、その悩みもすぐに晴れたようだ。何かを決意した顔を上げると彼女は刀弥達にこう告げる。
「いきます」
それで次の方針は決まった。
早速三人は診療所の場所を聞き出しそこへと向かうのであった。
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屋敷があんな目にあうという事件があったにも関わらず街には平穏な日常の雰囲気が流れている。
そのため、あの事件はそれ程深刻なものではないのだとついリアはそう思ってしまっていた。
けれども、それは思い違いだった。そこへ来た時、その事を彼女は否が応にも知ることとなった。
苦しみの声が聞こえる。痛みの悲鳴が院内に響いている。消え入りそうな不安声が耳に届く。
診療所の中はまさに戦場のような有様だった。
部屋に収容しきれなかったのか、通路にまで臨時の寝床が作られている。その上で横たわる患者達。皆、体のあちこちに赤に染まった白い包帯を巻いていた。
そんな彼らの横を医者や看護師が急ぎ足で行き交う。
急かす声、行き交う指示、響く怒号。そんな声があちこちから耳に入ってきた。
そんな緊迫した雰囲気に飲まれる三人。と、そんな時だ。
「ちょっと、そこの人!! ぼうっと見てないで手伝って!!」
看護師の一人がリア達の存在に気が付き指示を出してきた。怒るような口調に思わずリア達は従ってしまう。
どうやら看護師は人手が欲しかったらしい。いろんな薬の入った入れ物を手渡された。
「ほら、こっち」
そうして看護師の先導のもと、ついていく三人。その道中にも患者の臨時寝床があった。
外から見た建物の規模から想像するにそれ程の大人数を収容することは想定していなかったのだろう。そのため、これだけの怪我人を病室に収容できず臨時の寝床を用意せざるを得なかった。
それは医者や看護師も同様だ。本来、前提としている数以上の患者を診ているのだ。忙しくないわけがない。
そんな診療所の状態にリアはつい複雑な表情を浮かべてしまった。
患者は痛みに苦しみ、医者や看護師は忙しさのあまりに疲弊している現状。にも関わらず何もできない自分に内心悔しさを感じていたのだ。
リアは治癒力を高めることで傷を癒す魔術を使える。けれども、二つの要因がそれによる手助けを妨げていた。
一つは単純に実力の話だ。使えると言ってもリアが取得している治療系の魔術は対象の治癒力を高め傷を治す『キュア』の一つだけ。実際、自身や一人二人の軽い治療程度ならこの魔術で十分だ。
しかし、こういった医療の現場で使うのなら、必要なマナの量や求められる技量は高くなるがその分回復速度が早かったり複数相手に使えたりする上位の治癒系魔術の方が適しているのだ。全く役に立たないとまでは言わないが、微力な手伝いにしかならない。
そしてもう一つの理由が社会的な問題だ。世界によっては特定の職業を行うのにその国や組織が発行する免許が必要になってくる場合がある。特に命に関わる職業である医者等はほとんどの国で免許が必要だ。
免許がないのを承知のうえで治療を頼む等の同意があるのなら問題はないが、基本的にそれで商売をするのなら相手の信頼を高めるためにも免許はあったほうがいいだろう。
そしてここは診療所という国にしっかりと認可された施設である。普通に考えて免許のない者が手伝いたいと申し出たところで施設の責任者が許可をくれるわけがない。
以上の理由からリアは手伝いたくても手伝えず、結果そこから来る自身の無力さに悔しさを感じていたのだ。
と、彼女がそんな事を考えているうちに彼女達はとある部屋へと辿り着く。
そこは医者や看護師が常駐するための部屋だった。
室内にはいくつもの机や椅子が並んでおり、壁側には休憩用のためか水の入った容器やコップが置かれている。
現在、部屋には医者とおぼしき者が一人、椅子に腰掛け休んでいた。疲れているのか顔を上げて目蓋を手で揉みほぐしている。
「先生。お薬を持ってきました」
「ご苦労様。そこに置いておいてくれ」
看護師の声に医者は未だ目を天上に向けたままある一点を指差す。それを見て看護師とリア達は荷物をその場所へと置いた。
彼女達が荷物を置き終えた頃、医者が視線を落とす。
「……ところで、その子達は誰?」
そうしてリア達の存在に気が付くと、医者は看護師にそう尋ねた。
「え? それは……」
医者の問い掛けに看護師は普通に答えようとしたが、肝心の答えを自分が持っていないことにようやく気が付き額に脂汗を垂らす。
一方、当のリア達はというと、この状況をどう説明すればいいのかわからず内心困り果てていたのであった。