五章一話「発見」(3)
日が半分ほど地平線の向こうへと消えた鉄紺色の空の頃。
ようやく刀弥達は村へと辿り着いた。
村を見渡してみると村は全体的に灰色の色をした建物ばかりだった。ほとんどが一階建ての建物で屋根は入口とは反対側に向けて斜面を作っている。
時間も時間だからだろう。建物に取り付けられた小さな窓からはほのかな明かりが漏れていた。それが疲れた体に少しばかりの元気をもたらしてくれる。
「ようやく着いたな。後は宿屋までの辛抱だ」
そう言って刀弥は背後、リアとネレスの方へと振り返る。
二人はと言うとどこか楽しそうに話をしながら歩いていた。そんな二人を見て刀弥は肩をすくめる。
道中も二人はずっとこの調子だ。どうやら馬が合うらしく基本的にリアが話し掛けそれにネレスが応じるという形で会話のキャッチボールが続いていた。
仕方ないので刀弥は適当な村の人を捕まえて宿屋の場所を聞き出すことにする。
そうして宿屋の場所が判明すると会話に熱中している二人に割り込み、宿屋の場所を報告した。それから三人は宿屋へと移動する。
やがて、三人は宿屋に到着した。
建物は他と同じ一階建ての建物だが、他の建物と比べて少し大きい。恐らくいくつもの部屋を内包しているせいだろう。
そんな建物の中へと刀弥達は入っていく。
中に入ってみると内装は割りと普通だった。床は絨毯が敷かれており壁には絵や写真と思われるものが飾られている。豪華とまではいかないが、それでも飾られたというべき内装だった。
受付のある部屋は飲食店にもなっており見渡せばどの席にも酒を飲んで盛り上がっている人の姿がある。
それを横目に眺めながら刀弥達は受付であるカウンターへとやってきた。カウンターには坊主頭の男がコップを拭きながら立っている。
「いらっしゃい」
「部屋をとりたいんだけど」
「二部屋でいいのかい?」
後ろに少女を二人を見てそう尋ねる男。
「ああ」
それに刀弥が肯定を返すと男はカウンターの壁に掛かっている鍵を二つほど外しそれを刀弥へと投げた。
受け取った刀弥は鍵の番号を確認する。鍵に書かれていた部屋番号は隣り合った数字だった。
「部屋はそれでいいなら場所はこの通路の奥の二つだ」
そう言って男は顔を動かすことで通路の場所を指し示す。
それに頷きで答えると刀弥は二人の方へと振り返り、そうして三人は部屋を目指して歩き出した。
部屋の前で夕食の約束を済ませて別れると刀弥は早速部屋へと入る。
部屋の内装はベッドと机と椅子、そして小さな椅子という構成だった。
床には赤い絨毯が敷き詰められており、天井にはほのかな明かりが部屋の中央にぶら下がっている。
絨毯に足をつけてみると少しだけ柔らかい。そのまま刀弥はベッドへと向かう。
軽く伸びをしてベッドに倒れると、ベッドはその衝撃をしっかりと受け止めてくれた。
フカフカの感触に清潔な匂い。少し歩き疲れたこともあって刀弥はそのまま眠りの中へと誘われてしまいかける。
けれども、既にリア達と夕食の約束をしてしまっていた事を思い出すと、そんな甘い誘惑を断ち切り起き上がる。そうしてから軽く体を動かして眠気を振り払うと、すぐに先程の場所へと向かうのだった。
先程の場所へと戻ると既にリア達が待っていた。
「悪い。待たせたか?」
「ううん。今来たところ」
「そうか。それじゃあ座るか」
そうしてテーブルに座る三人。
メニューを見て適当に料理を注文すると、間もなくしてその料理が到着した。
刀弥の目の前には豆と野菜、そして穀類を混ぜ炊きこんだものが、リアの前には焼きあがった大きなイモが入ったシチューが、ネレスの前には野菜と豆のスープが、それぞれ置かれる。
どれも見た目的にはよく美味しそうだ。疲れによる空腹もあって三人はすぐに料理を食べ始めた。
「今頃、兄は何をしているんでしょうか」
その最中、ネレスがそんな独り言を呟く。
それを聞き取って二人は思わず食事を中断、視線を料理からネレスの方へと移した。
「あ、すみません。気にしないでください」
視線に気付いたネレスがそう答えるが、二人の目は一度だけ互いを見合わせただけで以降はひたすらにネレスの方へと向けられている。
しばらく続く沈黙。やがて視線に耐え切れなくなったのかネレスが仕方なしという感じの表情で今の心情を吐露し始めたのだった。
「私はこんな風にお二人と楽しい食事をしてますが、その一方で兄さんは何をしているのかなと思いまして」
その言葉に二人は相槌を打つ。
「ひょっとしたら危険な事をしてるんじゃないか。そう考えるとなんだかここで楽しくしているのが悪いような気がして」
「それは考えすぎだ」
語りながら暗くなっていくネレス。それに少し腹がたってしまい、つい刀弥は強い口調でそう言ってしまった。
「他の人を心配するのはいい。けど、その兄貴が何をしようがそれはその兄貴の問題だ。本人だって望んで革命軍に入った以上、ネレスが気にする必要はない」
苛立ちの混じった態度でそんな事を口にする刀弥。そんな彼の言葉にネレスは目を丸くしていた。一方、リアはというと苦笑を浮かべている。
「……とりあえずお兄さんの事を心配するのは置いといて今は夕食を楽しもう。そういう事だよね」
そうして少し間を開けた後そんな事を言って再び彼女は料理に手を付けた。それに習って刀弥も料理に手を付ける。
それからは楽しい時間を過ごした。
リアの故郷の話やこれまでの旅の内容。撮影した光景や購入した映像を写してネレスを見せたりして三人は夕食を楽しむ。
しかし、そんな穏やかな時を打ち破る者が現れた。
突然、ドアが乱暴に開かれたと思うと、そこから何人もの兵士が次々と入ってきたのだ。
兵士達は鉄色のプロテクターのような鎧を身につけ、その手には長銃らしき武器を装備している。どうやらあれがこの国の兵士の基本装備のようだ。
その中で少しだけデザインの違う鎧を身につけた兵士が驚く宿屋の住人達の前に立つ。恐らくあれが隊長なのだろう。
そうして彼は一度周囲に視線を巡らすと次のような事を言ってきた。
「我々は王国軍です。これより抜き打ちの調査を致します。申し訳ございませんが、どうかご協力ください」
それと同時に兵士達が小走りに動き出し、それぞれがそこにいた客達に話し掛けたり荷物を調べたりする。
刀弥達を調べたのは先程、発言していた隊長だった。彼の言われるままに荷物を見せたり質問に答えたりする刀弥達。無論、ネレスの兄の事は伏せ、革命軍関連の質問も知らぬ存ぜぬの一点張りだ。
やがて、一通り調べ終えると隊長は礼を言って刀弥達から離れようとした。そんな彼に客の一人が声を掛ける。
「兵士さん。あんたらも大変だな。革命軍を支持する民衆もそれなりにいる中で、民衆と同じような環境にいるはずのあんた達がその革命軍と敵対しないといけないなんて」
彼がくれた労いの言葉。その言葉に隊長は同意のため息を吐いた。
「全くだ。こちらとしてもこれが良くなりゃ、もう少しやる気もでるってもんなんだが……」
「ははは。ちげえねえ」
そう言って笑い合う両者。気がつけば他の客や兵士達も同じ様な反応を見せていた。
「まあ、革命軍の気持ちはよくわかるんだ。ただ問題は手段だよな。一応、狙いは王国の施設や金持ち連中の屋敷とかに絞ってるけど、周囲に関してはいい加減なせいで一般市民にも被害が出ちまってるからな」
「……そうなんですか?」
少し呆れた口調で愚痴る隊長。と、その内容にネレスが恐る恐るといった様子で反応を示した。
「ああ、もう結構な数が狙われてるせいで被害者の数もそれなりだ。金持ちの連中、兵士、王国の施設で働いている連中に一般市民。かくいう俺の同僚や知り合いも何人かは……」
「…………」
絶句するネレス。恐らくその胸中は動揺や不安が渦巻いているはずだ。
「兵士としては向こうと戦うとなったらやっぱり仕事としてしっかり戦うつもりなのか」
そんな彼女の様子を悟らせないため、刀弥は新たな話題を隊長に投げ掛ける。
彼の問いに隊長は少し思考。やがて一人何かに対して頷くと、次のように述べた。
「まあ、国のために働くと誓ってるからな。そう誓った以上は国と民を守るためにそれを脅かす革命軍と戦うさ」
その言葉に他の兵士達も軽く頷く。
「……っと、無駄話をしてしまったな。ほら、お前達。次の場所へ急ぐぞ!!」
「「は!!」」
こうして兵士達は宿屋を後にしたのであった。