五章一話「発見」(2)
そうして人影に傍に来てみると、予想通りその人影は苦しそうな様子を見せていた。
人影の正体は薄紅梅色の衣服を来た少女で年齢は刀弥達よりも少し下。栗色の長い髪を後ろに伸ばし後ろ左右だけを三つ編み状に編んでおり、紺桔梗色の瞳はどこか虚ろだ。
「大丈夫?」
それを見て少女の傍に歩み寄るリア。そうして少女の体を支える。
それでようやく少女は二人の存在に気が付いたらしい。ゆっくりと顔を上げ二人の方を見た。
「す、すみませ……ん……」
そう言って右手で胸を抑えながら立ち上がろうとする少女。
「あ、無理しちゃ駄目」
けれども、それをリアは上から抑えることでやめさせる。
「病気?」
「……はい」
僅かな間。その後、少女は諦めたように肯定を返した。
「薬は?」
「スカートのポケットに」
その返答でリアは彼女のポケットを弄る。
一方、刀弥はそのやり取りを聞きながらスペーサーから水筒を取り出していた。
刀弥がコップに水を注ぎ終えるのとリアが薬瓶を取り出したのは同時。リアが薬瓶から中身を取り出し終えたのに合わせて刀弥は彼女にコップを手渡す。
「はい」
そうして少女にコップと薬を渡すリア。それを受け取ると少女は急ぎ薬と水を口に含んだ。
最初は何の変化もなかったが時間が経つにつれて効き目が行き渡ったのか動悸のリズムがゆっくりになっていく。それと共に苦しそうだった表情が徐々にだが和らいでいった。
やがて、動悸が収まると彼女は視線を再びリア達の方へと向ける。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「気にしない。気にしない」
少女の礼に軽い口調で応えるリア。それで相手の気を楽にさせようとしているのだろう。その試みが上手くいったのか、少女の顔に笑顔が宿る。
「私はリア・リンスレット。こっちは風野刀弥。私達旅人なの」
「ネレス・リクレストです」
そうして名乗り合う両者。それが終わるとリアが質問を始めた。
「一人でここまでやってきたの?」
「はい」
目を伏せて肯定を返すネレス。恐らくその後の言葉も想像がついているのだろう。
「病気の体なのに?」
「はい」
そしてその通り次の問い掛けにもネレスは即答だった。
「何か理由があるの?」
それが気になったのだろう。リアがその理由を聞き出そうとする。
ネレスはそんな彼女の問いに迷いを得たようだが、しばらくするとふぅとため息を吐きそれからその理由を語り出したのだった。
「……兄に会うためです」
「お兄さん?」
尋ね返すリアにコクンと頷きを返すネレス。そうしてから彼女は詳細な説明を始める。
「私、この国の生まれなのですが両親が亡くなった後は別の世界に引っ越していたんです。兄は私を知り合いに任せた後、姿を消したのですけど最近この国のある村で姿を見たという話を聞いて居てもたってもいられず……」
「なるほどね」
その説明でリアは納得したらしい。軽く何度か首を縦に振った。
けれども、彼女の言葉はそれで終わらない。
「でも、その道中で倒れちゃったらそのお兄さん悲しむんじゃない?」
「それは……」
全うな意見に返す言葉がなかったのだろう。ネレスが言葉を詰まらせた。
そんな彼女にリアはやれやれと言った表情を見せる。
「……それで目的地はどこなの?」
「え? エリビスという小さな村ですけど……どうして?」
何故、そんな事を尋ねるのか。そんな顔の彼女に対しリアは穏やかな笑みを浮かべると次の瞬間当然と言わんばかりの面持ちでこう応えた。
「私達が送っていこうかなって思ってね。あんなの見ちゃったらまた倒れるんじゃないかと思って心配になっちゃうもん」
その返答に呆然とするネレス。確かに彼女にしてみれば予想だにしなかった返事だろう。
その返事を予想していた刀弥としては振り返るリアに了承の頷きを送るだけだ。それが嬉しかったのだろう。彼女は笑顔を返してきた。
それに頬を緩ませているとそれまで呆然としていたネレスが慌てた様子で聞き返してくる。
「ほ、本当ですか!?」
「もちろん」
明るい声でネレスの問いに答えるリアは満面の笑みだ。邪気のないことがすぐにでもわかるその笑みにネレスは喜びを深める。
「どうせ行き先は適当だったし、だからどこに行っても問題ないんだよね」
「だな」
その言葉に刀弥は同意を示した。
実際、適当に街などを巡り、それから次の世界へ行こうかという流れだったのだ。途中で予定を変更しても何の問題もない。
「本当にありがとうございます」
そんな二人にネレスが礼を口にする。
「気にしないで、と、それじゃあそろそろ出発しようか。できれば夜までに村には辿り着きたいし」
出発の村で聞いた話では普通に歩けば夕方ぐらいには村に辿り着くという話だ。
ネレスが病気の身である以上、できれば就寝は安らかに眠れるベッドの上の方がいい。そのためには夜までに村に辿り着く必要があるのだ。
「そうだな。立てるか?」
「あ、はい」
そう言いながらなんとか立ち上がるネレス。見ていて不安になる立ち上がりに刀弥は心配になったが、立った後は何事も無く歩く姿を見てその不安を胸の奥にしまいこむ。
「それじゃあ、いこっか」
「はい」
そうして一同はその場を後にしたのだった。
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「そういえば聞いてもいい?」
近くの村へ向かう途中、ふとリアがそうネレスに尋ねた。
「はい、なんでしょうか?」
「ネレスのお兄さんってどんな人なの?」
少し興味があったのだろう。機体に満ちた瞳がネレスを見つめている。
そんな彼女に苦笑しながらネレスはこう答えた。
「優しい人ですよ。小さい頃から病気の体だった私の世話をずってしてくれていたんですから。後、とても頼りになってできる範囲の事であるなら私の我侭をできる限り聞いてくれました」
「ふ~ん」
そんな彼女の応答に相槌を打つリア。
「私、この病気のせいで家にいる方が多かったんです。だから何か欲しい物があると兄が代わりに出かけて取りに行ってくれたりしたんです」
「そうなんだ」
それは楽しい思い出だったのだろう。その証拠にそれを語るネレスの顔は笑顔になっていた。
しかし次の瞬間、彼女は表情を曇らせ伏せてしまう。
その変化に刀弥とリアの二人はどうしたのだろうかと互いの顔を見合わせる。
「……聞いた話ですと兄はこの国を変えるために活動している革命軍に所属しているそうです」
ポツリと呟くようにネレスの口からそんな言葉が漏れた。その言葉で二人は彼女が表情を伏せた理由を察する。
「確かにこの国はあまりいい場所だとは言えません。それは今暮らしている場所に来た事でよくわかります。でも、だからといって兄がそんな無理をする必要なんてないと思うんです。それに……」
その後ネレスは少し迷ったが、しばらくして先の続きを紡ぎ始めた。
「それにいい場所とは言えませんが、そんな場所でも慎ましやかに幸せを感じる事はできるんです。なのに、争いなんて起こしたらそんな幸せすらなくなってします」
悲しそうに辛そうに内にある叫びを漏らすネレス。
それが彼女の思いだった。
兄の心配とこの地に争いが起こることによる混乱。その二つが目の前の少女の心を苛んでいるのだ。
そんな彼女をリアが優しそうな瞳で見つめる。やがて、リアはネレスの傍に走り寄るとその頭を優しく撫でた。
「あ、すみません。みっともない姿をお見せして」
恥ずかしかったのだろう。頬を赤に染めてネレスが目を逸らす。けれども、その手から逃れることはしなかった。
「私にはお兄さんが何故革命軍に入ったのかはわからないけど、そんなお兄さんなんだからきっとそれ相応の理由があるんだと思うの。だから、直接会ってその理由を一緒に確かめよ」
満面の笑みでそう告げるリア。それを見てネレスもまた笑顔の花を咲かせた。
そんな二人を刀弥は少し離れて眺めていたが、少しして口を挟む。
「盛り上がりきったところでさっさと行こう。じゃないと、野宿という事にもなりかねないしな」
実際、そんなやり取りをやっていたせいで足は止まっている。それに気付いたリアとネレスの二人はあ、と声を漏らした。
「そうだね。急がなくちゃ」
「すみません」
「謝らなくていいさ」
そうして三人は村へと向かって少し歩を早め道を行くのだった。