五章一話「発見」(1)
おまたせしました。
ようやく第五章の開始です。
どうぞお楽しみください。
乾いた風が頬を撫でた。
赤土色の大地は水気がなく、辺りには岩と緑のない枯れたような木が数本のみ。
死んだ大地という言葉が似合いそうなそんな大地の上、昼の空は大地とは打って変わって生き生きとした青さをにじみ出していた。
空の中では白い雲がゆっくりと流れている。まるで眼下の大地をじっくりと眺めるかのように……
そんな雲の影。細い道を歩く影が二つあった。
一つは黒髪と黒の上着、黒のズボンの腰に刀を挿した少年。シャツだけが白色で青い瞳は何もない遥か彼方に向けられている。
「本当になにもないな」
呟く少年、風野刀弥。
試しに手をかざし遠くを見るが、見えたのは赤と青の境界である地平線だけだった。
「兵士さんから聞いた通りだね」
それにもう一人の影が答える。こちらは少女だった。赤い上着と白のシャツ、赤を基調としたチェックのスカート。特徴的なのは蒼い宝石のついた金色の杖を両腕で持っているという点だ。髪は赤銅色。瞳は瑠璃色。顔立ちは整っており十分美少女と呼んで差し支えない。
「ここが『アイゼイル』か」
少女、リア・リンスレットのそんな返事に刀弥はこの世界の名前を反すうしながら兵士の話を思い出す。
『アイゼイル』。それがこの世界の名前だった。基本的には目の前に広がっているような赤の大地の世界だ。
ゲートにいた兵士の話によると、この世界では電気を溜め込んだ鉱石が取れるらしく、それがこの世界での主資源になっているそうだ。文明もそれを動力としてものが用いられているらしく実際、ゲートのあった街ではそういった品々を見ることができた。
「同じ電気を主として使っているのに俺のところとは大違いだな」
「そうなんだ?」
こぼした言葉に対して返ってくるリアの確認の問い。それに刀弥は首肯を返す。
刀弥の世界である地球はエネルギーの始まりに電気があるというわけではない。実際のところ化石燃料や自然の力などのエネルギーを様々な工程を通して電気エネルギーに変換しているだけだ。一方、アイゼイルは電気を鉱石から抽出して用いている。
エネルギーの運用効率としてはそのまま用いている分アイゼイルの方が有利だろう。けれども、地球のほうが様々なものを利用している分、資源の枯渇する可能性はかなり低い。要はどちらにも短所がありどちらにも長所があるということだ。
「俺のところは直接電気が取れる場所じゃなかったしな。後は体制も違うな」
地球の場合、電力会社によって生み出された電気エネルギーは金銭で取引され個人や会社などの組織に電線を用いて送電される。対しアイゼイルの場合、電気エネルギーを溜め込んだ鉱石を取り決められた規格の大きさに加工した後、直接売り買いする形式だ。
当然、大きさに対し多くの電気を溜め込んだ鉱石程、質のいい鉱石なので値段が高い。そのため、この世界では基本的に富裕層が多くの電気を消費しているのが実体だった。貧民層はそれ程電気を貯めこんでいない安物の鉱石を購入しそれを用いている。
電気の用途は基本的に明かり。富裕層はそれに加えて空調設備や冷蔵庫などの環境設備や娯楽にも用いている。
圧倒的な貧富の差。そのせいだろうか。存在する品のレベルとしては同格あるいは上の物――無論、中には地球のほうが上の物も存在する――もあるのに自身の世界のほうが遥かに文明が進んでいるように刀弥には見えてしまった。
「っというか。こんな体制でこの国は大丈夫なのか?」
現在、刀弥達がいる国は『ベルゼクト王国』。アイゼイルにあるいくつかの国の一つだ。
君主制で今代の王は海外との交流に積極に力を入れているらしい。けれども、問題は国内だ。曰く多くの民に財力を得る努力をすればその力で国は発展し民も幸福となるという考えのもと税金を多く収めた者に対して様々な優遇をする措置をとっているそうだ。
内容だけ聞けば聞こえはいい。だが、刀弥からしてみればどこをどう見ても金持ち優遇の政治体制だ。自分がそう思うのだから、実際この政治体制で過ごした人はとっくの昔に気がついているだろう。
幸いなのは収められた税はしっかり政策に使われているらしいという点だろうか。これが物語なら王様はそのお金を私物化していたに違いない。
「王様は現状に気がついてないのだろうか」
「……案外、これが王様にとっては理想だったのかもしれないよ?」
こぼす愚痴。それにリアが少し困った表情で答えた。
「…………その考えはなかった」
意外な助言に刀弥は目からウロコが落ちるように納得する。
これが悪い形だというイメージを持っていた刀弥としてはそんな考え方があるなど思いもしなかった。けれども、ここはいろんな世界が存在する場所だ。歴史も社会も違う。場合によっては一八〇度異なる考えすらもあり得るだろう。
「じゃあ、王様にしてみれば今の形は想定通りで貧民があまり恵まれてないのはどうでもいいと思ってるってことか」
「そもそもその恵まれてないっていう見方が違うんじゃないかな? 王様にしてみればお金持ちはその努力をした結果富を得た者で、貧民の生活を普通だと考えてるんだと思うよ」
「……比較の見方が違うってことか」
刀弥の見地は普通の生活が貧民の生活よりも高いと考えているからこその見方だ。一方のリアの言っている見方は貧民の生活を普通として考えた場合の見方である。普通の基準が違う以上、いい悪いの比較も変わってくる。
「でも、これじゃあ……」
「刀弥」
けれども、やはり不満は収まらない。そのまま刀弥は愚痴を続けようとした時だ。突然、リアが刀弥の名前を呼んできた。
その声に刀弥の言葉が止まる。
「刀弥の言いたいこと、私もわかるよ。実際私もいろいろと思うところはあるもの。でも、私達がどう思っても結局私達は部外者。どうすることもできないの」
「…………」
確かにリアの言う通り自分達は部外者だ。部外者である以上、他国のルールにとやかく言う事はできずただ眺めてみる事しかできない。
「……リアの言う通りだな」
悔しそうな顔でそう呟く刀弥。
納得出来ないが、事実である以上それを認めるしかないのだ。
けれども、リアの言葉にはまだ続きがあった。
「でも、国のルールはどうすることもできないけど、その人の小さな不幸を取り除いたり反対に小さな幸福ぐらいなら部外者の私達にもできると思うの」
その言葉に刀弥は伏せていた目をリアの方へと戻す。
「だから、そういう機会があったら積極的にやっていこ。そうしたら少しはその悔しさも晴れるだろうし」
そう言って笑みをこぼすリア。それで刀弥の表情は緩んだ。
「ああ、そうだな」
事実として自分達の力では変えられないものはある。けれど、そんな中でもできる事は確かにあるのだ。それをリアは伝えたかったらしい。
「悪い。助かった」
「どういたしまして」
礼を言う刀弥にそう応じるリア。
そうして二人は意識を前方へと戻す。その時だ。
「ん?」
「あれ?」
二人は奇妙な人影を見つけた。
場所は少し離れた道の脇。珍しく立っている枯れたような木にその人影はもたれかかるように立ったまま体を預けていた。だが、一休みという様子ではない。幹に体重を預け上下する体は鼓動の間隔が乱れており、立っている足取りも覚束ない。見るからに今にも倒れそうだ。
「リア」
「うん」
名前を呼ぶ刀弥に応えるリア。それだけのやり取り。しかし、それで意図は通じた。
直後、二人は急ぎその人影の元へと走りだしたのであった。