短章四~五「立ち向かう心」(9)
真上より落ちてくる口を後方へと逃れることで避ける。
結果、グーバラの一飲みは空振りに終わり、グーバラは砂上と激突した。
砂煙が舞い上がり視界が悪くなる。けれども、刀弥は構わず斬波を放った。
狙う先は特に決めていない。だが、あの巨体と距離が近いおかげで適当に狙っても当たるはずだ。
ダメージの大きさは気にしない。ダメージが低くても攻撃を放ち続けているのが刀弥だけである以上、グーバラは彼を狙い続けるはずだからだ。そのため、この攻撃は定期的なものでしかない。
一瞬だけ、後方へと目を向ける。
戦場より少し離れた場所、そこには気を失ったウォードと彼を背負ったルーゼスの姿があった。刀弥がグーバラの気を引いた後、ルーゼスが彼を背負って運んだのだ。
ウォードの意識はまだ戻っていない以上ルーゼスはそこから離れるわけにはいかない。と、なれば自然とグーバラの気を引く役目は刀弥一人でやらなければいけないことになる。
大質量の尾が生み出す風に体が吹き飛ばされた。
なんとか足から着地して体勢を整える刀弥。そこへグーバラの体当たりが迫る。
選択肢としてあるのは横へと全力で逃げること。少しの前の回避の時でそれが可能なのは証明されている以上、これが堅実な選択肢だ。今回も十分間に合う距離にいる。
そのため、刀弥は全速力で走った。息が苦しかろうが関係ない。呼吸を整えるのはこれを避けてからだ。
そうして巨体の体当たりを避けた刀弥。しかし、その直後に発生した砂嵐によってその身が押し飛ばされてしまう。
なんとか足から綺麗に着地するが、その時には既にグーバラは静止と旋回を終えている。
旋回を終えたグーバラは刀弥へと接近。口を広げると彼に向かって覆い被さるように襲いかかってきた。
その攻撃に刀弥は再び後方へ跳躍することで対処しようとする。
だが、その目論見は思い通りにいかなかった。
グーバラが方向修正を行ったためだ。落ちてくる顔が刀弥の跳躍に反応するかのように僅かに遅れて追尾を開始。その大きな顔を彼の眼前まで迫らせた。
咄嗟の判断で刀弥は刀を反転。峰を牙にぶつける事で飛距離がさらに伸ばし飲み込まれることを免れた。
そうして刀弥は地に足を着ける。前方には攻撃直後のグーバラの顔。刀の間合いまでの距離は後数歩分程の距離だ。
故に刀弥は距離を詰めることにした。
一気に両者の差が縮まり巨大なグーバラの頭部が視界いっぱいに広がる。
狙うのは頭上部。上手くいけば刃が脳に届くかもしれない。そんな期待と共に刀弥は速度をのせた突きを放った。
放たれた刃は何の妨害もなくグーバラの頭上部に突き刺さる。けれども、さすがに脳にまでは達しなかったようだ。グーバラが刺された痛みで鎌首をもたげた。
グーバラが鎌首をもたげた事で刀弥の体もまた一緒に持ち上がってしまう。振り落とされないように突き刺さったままの刀をしっかりと握る刀弥。
やがてグーバラの頭の動きが一旦止まる。すると、それを見計らって刀弥は刺さった刀を抜くとすべり台からすべるようにグーバラの背をすべり降りた。
しかし、そこへグーバラが体をねじり始める。
体がねじられたことですべり台のコースも変わり、結果刀弥はグーバラの背中から落ちてしまう。
なんとかグーバラの部位に刀を引っ掛けるように突き立てたことで落下の勢いを消すことには成功したが、それでも完全には殺しきれず彼は砂の上に背中からぶつかることになってしまった。
砂の上とはいえそれなりの高さから落ちたのだ。当然、痛みは凄まじい。背中から焼けるような痛みが走りだす。
それをなんとか堪えながら彼は頭上を見上げ、そして慌てて縮地でその場から離れた。
直後、それまで彼がいた場所に巨大な頭部がのしかかってくる。もしあの場に留まっていたら彼の体はその大質量の頭部によって押し潰されていただろう。
そんな想像に少し背筋を冷やしながら刀弥はその頭部を見据える。
と、その時だ。ふと、刀弥は自分の全方位から何やら動く気配を感じた。
その事に疑問を感じながら刀弥は周囲に視線を動かす。すると、彼の全方位をグーバラの長い巨体が囲んでいることにようやく彼は気が付いた。
刀弥を囲んだグーバラはそのまま頭上からかぶりつきを何度も繰り返す。
それを割ける刀弥。予備動作がまるわかりのため回避そのものに苦労はない。
けれども、脱出ができない事といつまで続くのかわからないこの状況のせいで徐々にだが精神的な疲労は蓄積されていった。
そしてそれに比例するように刀弥の焦りも増していく。
精神的な疲労と焦り。その二つの要素は徐々にだが確実に積み重なり遂には刀弥にあるミスを誘発させた。
右に避けようとして蹴り足である左足を滑らせてしまう。原因はバランス調整のミス。咄嗟の判断で右足を蹴りグーバラの攻撃からなんとか逃れるが、立ち上がる頃には二撃目が迫っている。
本能に任せるがままに左へ飛ぶ刀弥。しかし、食われはしなかったものの蹴り足であった右足がグーバラの顔の一部にぶつかってしまった。おかげで刀弥は吹き飛ばされてしまう。
背中を打ち、腹を打ち、顔を打って砂上を転がる刀弥の体。一瞬、意識がブラックアウトしかけたが、気を失っている場合じゃないという己への叱咤でなんとか踏み止まる事に成功した。
だが、右足は負傷。先程から痛みが途切れることなく走り続け、まるで痺れているかのような感覚を感じていた。
と、そこへ再びグーバラが襲い掛かってくる。
右足は負傷のせいでまともに使えない。即座の判断で刀弥は左足で右へと避けた。
避けた直後、風を感じる。グーバラの動きで生じた風だ。それを感じて刀弥は先程よりも回避速度が遅れているという事実を実感する。
そのまま刀弥は距離をとって着地。すぐさま反撃に出ようとしたが、それよりも先にグーバラの追撃が来てしまった。
迫り来る頭部を左に飛んで回避する刀弥。砂地を転がり起き上がるが、そこにさらに三撃目がやってくる。
そうしてそれからグーバラの一方的な猛攻が続いた。気のせいでなければ攻撃の間隔が徐々にだが狭まってきている。
絶え間ない巨体の嵐。二〇撃目にもなってくるとさすがに刀弥も辛くなってきた。
怪我もある。先程の精神的疲労もある。おかげで頭がぼーっとする一方だ。
戦い以外の事が頭に入らなくなってくる。そんな中で刀弥は襲い来る巨体に対処した。
踊るように左へと時計回りに飛ぶ。右を通り過ぎる大きな影が風の圧を放ってくるが、逆に刀弥はそれをしっかりと受け止めることでさらにグーバラとの距離を離した。
そうして離れた場所に着地する刀弥。それを追ってグーバラがもう一度口を広げ襲い掛かってくるが、距離が離れた分当然先程以上の時間が掛かる。おかげで回避速度が遅れていても余裕を持って避けることができた。
攻撃が外れたグーバラは再度攻撃を放つために上体を引き下げていく。けれども、刀弥はそれを見逃さない。引き下がっていく直前、彼は一気にグーバラに接近すると顔のパーツを足場に頭部の頂上までノンストップで登り上がったのだ。
そして頂上に辿り着くと刀弥は刀を使ってグーバラの鼻先に斬りかかる。
戦いの最中、グーバラの鼻先が妙に過敏に動いていた事には気が付いていた。恐らくそこに熱感知の器官があるのだろう。
故に刀弥はそこを潰すことにしたのだ。
グーバラは己の目の一つを潰されたことで苦悶の鳴き声をあげる。その間に刀弥は離脱。先程と同じようにグーバラの背を滑り降りることでグーバラの囲いの外へと脱出した。
囲いを突破されたことでグーバラはとぐろを解き、刀弥に向かって突進を繰り出す。だが、既に対処法のあるその攻撃が刀弥に通じるはずもない。これまでと同じ要領で彼はこれを回避した。
そうして刀弥はグーバラが去っていった方へと振り返ると、振り向きざまに斬波を放つ。
狙う先は旋回した時に口があるであろう場所だ。その読みは的中した。
口を開けていたグーバラは放たれた斬波によって舌先を切り取られたのだ。宙を舞う舌先。その後を追うように赤い軌跡が描かれる。
舌を切り取られた痛みで悶え苦しむグーバラ。そこに砲撃が飛んできた。
種類も数も豊富な砲撃がグーバラに殺到する。爆音が次々と響き渡り衝撃波が砂を巻き上げて視界を覆っていく。
攻撃が飛んできた方を見ると、こちらに駆けつけてくる前衛班の姿と彼らから少し離れたところに倒れているグーバラの姿を見つけた。どうやらもう一匹を仕留めることに成功したようだ。
『もう一匹の排除に成功した。続いてもう一匹を狩る。ご苦労じゃったな。囮になっていた者達は離れて休んでくれ』
胸に下げた宝玉から響く声。心なしか安堵の色が混じっているように聞こえた。
仲間達が刀弥を追い越しグーバラに殺到していく。遠くからは再び攻撃が撃たれた音が聞こえる。
この様子ならもう大丈夫だろう。そう思い力を抜く刀弥。まだ立ったままだったせいで身が後ろに倒れていった。
ふと、自分の身を受け止めている存在に気が付く。閉じかけていた瞳を開けるとそこにいたのは見知った顔だった。
「お疲れ様」
「ああ」
パートナーの労いの言葉にただそれだけを返す。
下、グーバラの方はというと現在二回戦の真っ最中だった。皆疲労の色はあるが、やる気はみなぎっている。あの様子なら心配ないだろう。
「悪い。少し寝る」
「了解。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
そうして閉じかけていた瞳を閉じる刀弥。しばらくして戦いの音が聞こえなくなった。それが戦いが終わったからかそれとも深い眠りに入ったからか、どちらかはわからない。
どちらにしても次に刀弥が目を覚ましたのは戦いが終わって少し経ってからの事だった。