短章四~五「立ち向かう心」(3)
それから刀弥達は自分達のねぐらを確認すると、空腹だったこともあり、夕食を食べに村唯一の飯屋に向かうことにした。
そうして飯屋に到着する四人。
しかし、飯屋は人で溢れかえっていた。
考えてみればわかることだ。現在、この村はグーバラ退治のために人が集まっている。そして飯屋はここしかない。ならば、ここに人が集まるのは当然の事だった。
「迂闊だったな」
そうこぼしながら店内を見回す刀弥。現在、飯屋はかなり忙しそうに稼働していた。
客が増えることは事前に想定されていたらしい。テーブルスペースが屋外にも設置され、そんな中を臨時の店員と思われる私服姿の女性達が慌ただしく動き回っているのが見えた。よく見ると臨時の店員は店内のテーブルスペースにも姿がある。
けれども、どこを見ても席は埋まっており、刀弥達が一同に座れそうなスペースはどこにもなかった。
「どうする?」
尋ねる刀弥。
それにルセニアが応じた。
「ん~。それじゃあ、一旦別れて他の人達と相席させてもらうってのはどう? 見てみたところ二人分くらいなら空いてるところもあるし、あたいとしてもいろいろと情報を集めたいところだしね」
この場合の情報というのはグーバラの事ではなく、恐らく他の世界の出来事といったニュース関連の事だろう。
「あ、それいいね。あたしもそうしよう」
すると、そんなルセニアの提案にレンも賛同した。どうやら彼女も他の人との交流に興味があるらしい。
賛成が二名。刀弥に反対する理由がない以上、ここまでくれば決まったも同然だ。
「じゃあ、ルセニアとレンはそれぞれで、俺達は二人で空いている場所を探すとするか」
「そうしようっか」
リアも反対する気はないらしい。
かくして刀弥達は一旦、それぞれ別れて夕食をすることとなった。
相席してもらえる場所はすぐに見つかった。
構わないかと尋ねると、相手側も笑顔で即答してきたのだ。話を聞くにどうやらこういった出会いや関わりも旅の楽しみの一つらしい。
「まあ、そういうことだ。少年。旅の楽しみというのは意外と思うようなところにもあるってことだ。女の扱いと同じようにしっかり覚えておいたほうがいいぞ」
相席した大男ウォード・ゼルニオスが豪快な笑い声をあげながらそう講義する。
恐らく三十代初期と思われる顔立ちに赤く燃えるような髪と瞳。
服装は白のシャツと千歳緑の半ズボンでそのサイズは端から見てもかなり大きなサイズだ。
にも関わらずその衣服が破れしまうのではないかという不安が拭えない。それだけ相手の体躯が大きいのだ。
座っている椅子が潰れるのではないかと思ってしまう程の巨体。そんな彼の体を支えているのは鍛え引き締まった彼の筋肉だった。
無駄のない筋肉によって磨かれた巨大な体。普通に考えればそういう人物は勇ましいイメージが付くものである。
だが、目の前に男にそんなイメージはなかった。むしろ話を聞いていると愛嬌の方を感じてしまう。そんな人物だった。
「全く……あんたってば後半のがなかったらまだよかったっていうのに……」
と、そこへウォードの仲間の女性であるセリーヌ・セネレゲイトが呆れた声で声を挟む。
紫の瞳に青紫色の波状に垂らした長い髪。服装は袖のないワンピースのような衣服で色は白藤色をしていた。
「……無駄だ。どうせ言っても聞かない」
そんな彼女の言葉にさらに別の声が答えた。
黒の髪と瞳に強面な顔立ち。黒い薄着のシャツとこれまた同じ黒いズボンという出で立ちは淡白な声もあって初見の刀弥達からすれば少し警戒してしまう外見だ。
彼の名前はルーゼス・ヴィルトニア。この三人で彼らは旅をしているという話だった。
「とりあえず旅の楽しみ方はいろいろあるという事ですね」
初対面ということもあって丁寧な口調で対応する刀弥はそう言いながらメニューに目を通す。
コローネスの時ほど食事のレパートリーは多くはないが、それでも素朴そうなイメージを連想させる料理名がメニューには並んでいた。
その内の一つを刀弥は注文する。同じタイミングでリアも決まったらしい。彼女もまたやってきた店員に料理を注文していた。
「それでお前達はどこの出なんだ?」
そうして店員が去った後、すぐさまウォードが二人に問い掛けてくる。
料理を待っている間の暇つぶしに丁度いいかもしれない。そのため二人はその問いに答えることにした。
リアの出身、刀弥が渡人であることやその世界の事に今まであった出来事。最初の質問を皮切りに次々と飛び出してくる問い掛けに答えていく事によって二人はこれまでの道筋が語っていく。
最初、三人は刀弥が渡人であることに驚いた様子を見せていたが、話を深めていくに連れその顔は興味の色へと変わっていった。
やがて、刀弥達の元に注文した料理が届く。それで話は一旦切り上げとなった。
刀弥が注文した料理は香辛料をまぶした肉料理とその出汁を使ったスープ。肉はこの村の家畜であるクーという飛べない小さない鳥――刀弥の世界で言う鶏のような感じの生き物――の肉らしい。
一方、リアの方はクーの肉と村の畑で採れた野菜を細かく混ぜた後、メリスという別の家畜が出したミルクとクーの卵を混ぜて焼いた生地で包み込んだ料理だった。
こんがりと赤黒く焼きあがった肉の色と光を反射する程にのった脂。見た目からしてかなり美味しそうだった。
そしてそれはリアの料理も同様だ。ふっくらと焦げ茶色の焼き目のついた黄色と白の混ざった生地とその生地で綺麗に包み込まれた外観。否が応にも食欲を刺激される。
早速二人は並べられた料理を食べることにした。
しっかりと焼けた肉の柔らかさとそこから染み出す肉汁。肉汁は香辛料としっかり混ざっており、おかげで舌に程よい辛さと刺激を与えてきた。
そんな味に舌鼓を打ちながら刀弥は食事を続ける。見るとリアもまた料理を次々と口に運んでいる様子が見えた。どうやら口にしている料理をかなり気に入ったようだ。
続いて刀弥が口につけるのはスープ。こちらも辛めの味付けをしているらしい。スープの具は野菜類が中心でそれらはスープを吸う事によって苦味と辛味が調度良く交じり合った絶妙な味を発揮していた。
そうしてしばらくの間料理を楽しむ二人。
だが、それはウォードの突然の問いで終わりを告げた。
「そういえばお前達はどのくらい実戦経験があるんだ?」
「実戦経験ですか。コローネスの闘技場で何試合かは出ましたが、実戦経験となると数えるほどしかないと思いますけど」
「あたしも刀弥よりも少し多い程度です」
どのくらいと言われても数えていた訳ではないので、己の感覚で答えるしかない二人。
するとそれを聞いてウォードは軽く頷くとそのまま話を続けるのだった。
「いや、ここで会ったのも何かの縁だ。経験が少ないのならグーバラ退治のためにも闘いで大事な事は何かという事を伝えておこうかと思ってな」
「大事なこと、ですか……」
その言葉に刀弥は少しだけ居住まいを正す。
年齢や肉体から考えても相手はそれなりに経験を積んだ者のはずだ。そんな人物からの助言ともなれば真剣に聞かねばなるまい。
雰囲気を察したのかリアもまた真剣な面持ちでウォードの方を見つめていた。
そんな二人の対応にウォードは一瞬口の端を緩めると、すぐさま元に戻して口を開く。
「ああ。な~に、何も今回だけに関係する話という訳でもない。旅をしていれば仕事や縁、道すがらで実戦に遭遇するだろう。これから言うことはそういった時でも大事となる事だ」
そうして彼は話の本題へと入り始めた。
「いいか。死を賭けた闘いは誰しも恐怖を抱く。何せ下手すれば死ぬのだからな。死が怖くない人間なんていない。いるとしたらそいつは人間じゃないな。なにせそんな風に思えるということは生を謳歌していないという事だからな。全くああいう手合いは……」
「話がズレてるぞ。ウォード」
「うぉっと。すまないすまない」
ルーゼスに指摘され謝るウォード。それに刀弥達は軽く笑みを返して続きを促す。
「ともかく来るかもしれない死に対して怯えるのは自然な事だ。だからこそ、それを受け入れその上で立ち向かうための動機を強く持つのだ」
そう言うとウォードは右手で自分の胸を強く叩いた。
「強く持つ……ですか」
「そうだ。恐怖を受け入れろとは言ったが恐怖だけでは何もできないのは事実だ。生き残る事ぐらいならできるだろうが、誰かを助ける、何かを為す等は到底無理だ。恐怖自体がそれを自制するからな」
確かに恐怖とは己を守るための防衛本能だ。己を生き残らせることはできてもそれ以外では役に立たないだろう。
「だからこそ、己を動かすための理由が重要になる訳ですか」
「そういう事だな。死への恐怖以上の恐怖。誓い、願い、救出。なんでもいい。そういった動機を強く持てば心は恐怖の縛りを振り払って体を動かすはずだ」
真剣な目でそう口にするウォード。その瞳には強い自信が垣間見えた。恐らく、それは己の経験によって裏打ちされたものなのだろう。
「強い動機……」
その言葉を刀弥は口の中で反すうする。
「まあ、覚えておけ。恐怖と気持ち。その二つがあれば勝つか生き残るかのどちらかは叶うだろう。無論、絶対ではないがな」
そう言うとウォードは席から立ち上がった。すると、それを合図にセリーヌ、ルーゼスも席を立つ。
「それじゃあな。わしらはそろそろ自分達の部屋に戻るとする。縁があったらまた会おう」
そうしてウォード達はその場から去っていったのであった。
それを見送る刀弥達。やがて、彼らの姿が見えなくなると二人は食事を再開。食べ終えると席を後にし、レンやルセニアと合流した。
その後は村を軽く散策。一通り村の一帯を見終えるとそのまま彼らは自分達のねぐらへと戻ることにしたのだった。