四章五話「全開の牙」(1)
四章最終話の始まりです。
どうぞよろしくお願いします。
エドガーの試合から十日……
骨折を完治させた刀弥はその後も闘技場の試合に出場し続けていた。
劣勢に陥る機会は多いものの、それでも負けん気の強さと打開策の閃きもあってか現在のところ無敗記録を更新中。そんな彼に観客達は惜しみない喝采を送っていた。
そうして現在……
刀弥とリアは闘技場の前にいた。明日の対戦相手を確認するためだ。
「今度は誰だろうね?」
「ゴーレム使いはできたら勘弁してほしいな」
そう言いながら刀弥は昨日の試合を思い出す。
昨日の相手は合計十体のゴーレムを率いた男。男自身は大したコトなかったもののゴーレムの数と性能ははっきり言ってかなりの難敵だった。
六体が四方から次々と近接攻撃を行い、それを残り四体のゴーレムが遠距離攻撃で支援する連携攻撃。人工知能がそういう性能なのか人のような駆け引きを混ぜた動きはなかったものの、それでも絶え間なく四方から襲い掛かってくるゴーレム達の連続攻撃はは厄介だった。
そんな彼らに対し刀弥は相手の動きを崩して盾代わりにしたり、間を作ったりすることで対抗。最終的には位置取りと意図的に間を作り出すことで主である男に接近。一撃で昏倒させたことで試合が終了した。
「あの時は主が戦闘能力のない相手だから良かったけど、あれで十分な戦闘能力を持っていたらかなりやっかいだったな」
その点に助けられたと吐露する刀弥。そんな彼にリアは笑みを返す。
やがて、二人は掲示板の前までやってきた。掲示板の前は相変わらず人が集まっている。
そんな彼らのもとに刀弥がやってくるとすぐさま彼らの中の何人かが刀弥に気付いて視線を向けてきた。中には刀弥達を密かに眺めながらヒソヒソと内緒話をする者までいるくらいだ。
「さて、今日は誰だろうか」
最近ではよく見かける光景。そのため刀弥は気にすることなく掲示板を見上げることにした。
だが、掲示板に己の名前を見つけた途端、彼の瞳は驚きに固まる。
「どうしたの?」
それに気付いたリアはすぐさまそう問い掛け、驚きの正体を確かめようと彼の視線を追い――そして彼の対戦相手の名前を見つけた。
「あ」
対戦相手の名前はレン・ソウルベッサー。そう明日の対戦相手はレンだったのだ。
「まあ、いつかは当たるだろうなとは思っていたけどな」
深呼吸をして言葉を吐く刀弥。けれども、その声色には少しばかり乱れが混ざっている。
「あ、明日はあたしとなんだ」
と、そこへ聞き慣れた声が聞こえてきた。その声に二人は声の聞こえた背後へと振り返る。
当然というべきか、そこにいたのはレンだった。彼女は掲示板を眺めつつ二人の傍まで歩み寄ってくる。
「いや~。いつやるのか楽しみにしてたんだけど、ついに来たか~」
そうして二人の傍までやってきたレン。彼女は先の言葉を口にしながら視線を刀弥の方へと向けてくる。
今、彼女の顔は笑みを作っていた。けれどもその実、心の中でかなりの戦意を高揚させているだろう事になんとなくだが二人は気付いている。
「刀弥。お願いだから全力で頼むよ」
「いやむしろ、そんな事をしたら俺が負けるから」
注文をつけてくるレンに苦笑交じりに刀弥はそう返した。
実際、レンの実力は闘技場内でもかなり高い方だ。
聞いた話だと入ってきた当初こそ負ける試合も多かったが、それでも徐々に力をつけて今ではかなりの実力者となっているそうだ。
そんな彼女に手を抜くことなどできるはずもない。自然、全力を出し合う試合になる事は容易に想像がついていた。
「ともかく明日はお互いベストを尽くそう」
「そうこなくっちゃ」
それぞれそんな事を言い合いながら互いに軽く拳をぶつけ合う刀弥とレン。
と、ここでレンが今の時間に気が付く。
「と、それじゃあ、あたしは闘技場に行くから」
「試合か」
ちなみに刀弥の方はというと本日試合の予定はない。
そのため本来であればリアと街をぶらつくつもりだった。けれども、それも先のやり取りのせいで別の予定に変わるかもしれない。
「まあ、そういう事。じゃあな~」
「ああ」
「がんばってね~」
そうして去っていくレン。そんな彼女を刀弥とリアの二人は手を振って見送るのだった。
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「それで、結局今日はどうするの?」
レンと別れてすぐリアは隣に立つ刀弥に問いを投げ掛ける。
「どうするってのいうのは?」
すると、意図を図りかねたのか刀弥が戸惑いの表情を浮かべつつそう聞き返してきた。
そんな顔を見て、わかってるくせにと内心で呟きつつリアは問いの意図を答える。
「明日に向けての訓練の事。したいんじゃないの?」
と、その言葉に刀弥の瞳が大きくなった。その顔は明らかに『どうしてわかったんだ』という心の声を物語っている。
そんな彼の反応をリアは心の中で楽しみつつ話を続けた。
「やっぱりね。さっきの会話で火がついたみたいだし、そうなんじゃないかなって思ってたんだ」
「……まあ、リアの言う通りだ」
見透かされたことが恥ずかしかったのだろう。顔を赤くしながら刀弥は肯定の言葉を返してきた。
それに微笑みで応じつつ、リアは新たな言葉を紡ぐ。
「それじゃあ、街の外でやろうか。この時間じゃどこも人でいっぱいだろうし……」
街の外と言っても実際は街の領域ギリギリの場所だ。そこならば家も少なくそれなりに広い場所もあるし、なにより町の外の過酷な環境を受けることもない。
「そうだな」
この提案に刀弥は素直に頷いた。
そんな彼の素直な態度にリアは微笑を作ってしまう。
「それじゃあ、行こうか」
そうして二人は目的の場所に着いた。
幸い、訓練に適した広さの場所はすぐに見つかり訓練はすぐに始めることができた。
最初に刀弥が始めた事はステップ。短いステップを右へ左へと連続で繰り返していった。やがて、それに慣れてくると今度は少しずつ前進しながら先の動きを再び行い始める。
それでリアはこの訓練が槍の突きを避けながら接近するための訓練だという事を理解した。恐らく、刀弥の頭の中では見えないレンが槍を幾度も繰り出しているのだろう。
しばらくすると動きに刀の振るう動作が混じり始めた。内から外へと振るい、それから返す刃で逆へと薙ぐ。それは槍を逸らしそこから反撃するという流れだ。
そんな彼の訓練をリアはただ静かに眺めている。
彼女は魔術師ゆえに近接戦闘はそれ程詳しくはない。が、それでも刀弥の動きは淀みなくスムーズに動いているようにリアには見えた。
ステップの動きは軽やかで速度に身が引きずられている様子はない。切り返しの時ですら静止の時間が短いのだ。これならその瞬間を狙われる可能性は低いだろう。
刀の方も綺麗な半円の筋を描いており、その速度も十分に速い。だが、突きを主とするレンと比べると振りかぶる動作が必要な分、やはり連続性では劣ってしまう。
けれども、その欠点は恐らく先程のステップで解決するつもりなのだろうとリアは当たりをつけていた。
相手の突きをステップで掻い潜りつつ、当たりそうな攻撃は刀で逸らし、間合いに入ったら反撃する。リーチの長い槍に対する基本的な戦術だ。時折、持ち手の部分で外へと押し出すような動きも見せている。
それから刀弥の訓練は当分の間続いた。訓練内容は先程の内容だけに留まらない。カーブを描いた走り、槍を掴む動作、刀と拳による同時攻防と様々な訓練内容を彼は一心不乱に続けている。
けれども、やがて少し疲れたのか刀弥は訓練を中断するとリアのもとへ歩み寄り、そうして彼女の隣に座り込んだ。
乱れた呼吸を整えるために深呼吸をする刀弥。そんな彼にリアは声を掛ける。
「お疲れ様」
「ちょっと一休みだ」
そう言って彼は事前に用意していた飲み物をスペーサーから取り出した。そうしてから彼はそれを口につけ喉を潤し始める。
「どう?」
「動き自体は良い感じだな。むしろ今までの中じゃ一番だと思えるくらいだ」
「実力が伸びている証拠って事かな」
実際、刀弥は一日に一回は余程の事がない限り訓練を続けていた。それだけしっかり続けていれば基礎能力はまず伸びるだろう。
技術の方も闘技場に入り浸っているおかげか着実に身につけ向上している様子が伺える。
そんな事を思いながら、ふとリアはある疑問が頭に浮かんだ。
「ねえ、刀弥。闘技場は楽しい?」
この質問に刀弥は腕を組んで考えこむ。
けれどもそれは短い間だけだった。直後、彼は何かを思い出したかのような仕草をしたかと思うとすぐさま口を開き始める。
「そうだな。楽しんでると思う。実を言うと戦っている最中に胸の内に熱いものが宿ってそれが俺の気持ちを高ぶらせてくる事があるんだ。ずっとあれの事を上手く言葉にできなくて悩んでたんだが、リアの言葉を聞いてスッキリした。あれが戦いを楽しんでいるっていう感覚なんだと。だから、俺は闘技場を楽しんでると思う」
「そっか」
それだけの事が言えるのなら彼は本当に楽しんでるのだろう。そんな返事を聞けただけでもリアとしては満足だった。
「そういえばエドガーさんとの戦いの時、刀弥見慣れない技を使っていたけど、あれも家に伝わっていた技なの?」
そんな気分を引き金にリアはエドガーとの戦いを思い出して再び問い掛ける。
彼との戦いの中で見せた二つの技。あの技はこれまで一度たりともリアの前で見せていない技だった。
技の中には現象や仕組みを見破られないために必要以外はあえて隠す類の技があるのはリアも知っている。実際、魔術の中にもそういう類のものがあるためだ。
彼が使っていた技がそういう類の技なのかあるいはこれまでは使うための条件が揃っていなかったのか。どちらなのかわからない。だから、リアは思い切って尋ねてみることにしたのだ。
彼女の問いに刀弥は首を横に振る。
「いや、試合中に思いついたぶっつけ本番の技だ」
「うわあ、また思い切ったことを……」
一度も使ったことのない技を練習やテストもなしに本番で使う。そんな無茶な事をする彼に思わずリアは感心と呆れ二つの感情を抱いてしまった。
普通に考えればそれはかなり危険な行為といえる。思った通りの結果が出せないだけならまだいい。だが、失敗とはそれだけでなく事前に想定していた事柄とは全く違う事柄を起こす可能性さえあり得るのだ。そのケースによっては己を危険にさらす場合さえも起こりえる。だからこそ、それを避けるために事前にテストするのだ。
テストをすることで想定通りの結果となるか、想定外の事が起こらないかを確かめる。これは魔術でも同じことだった。特に魔術の場合はその威力、規模が技よりも遥かに大きい。最悪の場合は己だけでなく周囲にいる人達すら巻き込みかねないのだ。
そのため初めて組んだ魔術式は絶対にテストをするようにと学院時代、魔術の教師から何度も言われた。実際、それを無視して酷い結果になった生徒も何人か知っている。故にリアも新しく組んだ魔術式をテストもなしに使おうとすることはなかった。
刀弥の場合は技なので魔術ほどの酷い規模になることはないだろうが、それでも肉体に大きな負担を掛け大怪我を負う可能性は十分にあり得るだろう。
「お願いだから、そんな無茶二度とやらないでね」
「悪いな」
苦笑の顔でそう言いながらはははと笑う刀弥。そんな彼の顔を見ながらリアはこの人はまた同じような事をやるんだろうなと内心溜息を吐く。
「でも、おかげでわかったことがある」
「何?」
と、そこへ話が新たな話題へとシフトした。その際、話題を振った刀弥の声に僅かながら興奮の色が混ざっていることにリアは気が付く。
一体、どうしたんだろうか。それが少し気になり今まで以上にリアは耳に意識を傾ける。
やがて、彼の話の続きが始まった。
「やはり、俺の剣術はここでは未熟だ。武術の新しい可能性。魔具や魔術の存在。俺の世界にはない存在がここにはある。おかげで俺の知っている戦いがここじゃあ通用しない訳だ。でもだからこそ、この剣術を発展させていきたいとも思う」
刀弥は右手を眼前に上げると、それを強く握り締める。
「さっきも言ったようにこの世界にはいろんなものがある。中にはまだ俺が知らない技や魔術、文明もあるんだろう。だから、それを知り学び吸収し、そうして……」
一拍の深呼吸。そうした後で彼は次の言葉を述べた。
「俺が持つこの『風野流剣術』を完成させる。それが今の俺の目標だ」
告げた彼の顔はどこか晴れ晴れとした表情を見せている。恐らく今まで形にできなかったものが形にできたことですっきりしたのだろう。
刀弥が先程述べたこと。それは彼自身が望んだ彼の夢だった。
彼が持つ剣術は己と隔てられた過去を繋ぐ数少ないものの一つだ。幼き頃から学んでいたそれはもはや己の一分とも言えるもの。当然、愛着も沸くだろう。
だからこそ、刀弥はそれと共にあるためにそれをこの世界に対応させる事を選択した。
彼がようやく夢を持ったことにリアは自分の事のように嬉しくなる。
「そう。よかったね」
紡がれた言葉はそれだけ。それでもその中には言葉以上の祝福が込められていた。
それをしっかりと感じ取ることができたのだろう。刀弥が返事の代わりに笑みを返してくる。
「……さて、少し休みすぎたかもな。そろそろ訓練を再開するか」
「がんばってね」
リアの応援の言葉に頬を緩めながら立ち上がる刀弥。
そうして彼は再び訓練を再開したのだった。
行き先は定められた。後はただ全力を尽くすのみ……