四章四話「その者強者」(4)
爆発の壁と左手甲を突破しエドガーの左肩に深く突き刺さる刀弥の刀。
その事実に対しエドガーは驚きと苦悶の表情を浮かべていた。
だが、それもそこまでだ。すぐさま反撃の一打である右拳を繰り出してくる。
これを刀弥は刀を抜くと同時に後退で回避した。
相手は追撃してこない。代わりにエドガーは右手で左肩を触り自身の状態を確かめ始める。
「……ちっ、骨まで貫いておるのか。いやはや油断したわい。まさか、そんな攻撃をしてくるとは」
「油断大敵って奴だ」
骨を貫いているというのは既に攻撃の感触から刀弥はわかっていた。あのエドガー相手にそれだけの負傷を負わすことができたのだ。内容としてはかなりいい結果だろう。
「しかし、さっきの技。切り札と呼ぶには未熟な部分がところどころにあったぞい。察するにその技、今さっき初めて使ったのじゃろう」
けれども、やはり相手も手練。すぐさまあの技がぶっつけ本番で放った思いつきの技であることを見抜いてきた。
「だったらなんだ?」
「ああ、つまりこう言いたかった訳じゃ。そんな技が二回も通じるとは思うんじゃないわいっとな!!」
直後、エドガーが一気に近づいてくる。瞬間移動術と魔具の力、その双方を使ったのだ。
散々、この行動を待っていた刀弥だったが、負傷したこの状況でいきなりリスクの高い行動をしてくるとは思ってもいなかった。驚愕のせいでカウンターをとることができない。
「っ!!」
仕方なく舌打ち混じりに右へと飛ぶ刀弥。エドガーの左腕が負傷した今、その方向が安全だと判断したからだ。
その予感の通り、右へと飛んだ刀弥を見てエドガーが攻撃の軌道を修正するが、その右拳が刀弥へ届くことはなかった。
それを見てすぐさま刀弥はエドガーに駆け寄る。腕が引き下がるタイミングに合わせて近づいたのだ。
腕が片腕しかない今なら、反対の手による迎撃はない。
「と、でも思ったか?」
瞬間、エドガーの左足が跳ね上がった。首を狩る取るような回し蹴り。それが刀弥の首元へ迫ったのだ。
「いや、思ってないさ」
しかし、刀弥はそれを膝を曲げることでやり過ごす。そして左足が頭上を通り過ぎたところで彼はエドガーの体を支える右足へと刃を走らせた。
軌道は左へと右。それに対してエドガーは後ろへと体を預けることを選択。同時に右足一本で背後へと飛ぶとそれで刀弥の刃から逃れた。
だが、回避に精一杯だったせいか魔具の力は使っておらず移動距離は短い。それを見てすかさず刀弥は縮地を使って追い掛けた。
「かかか、迂闊じゃな」
けれども、そんな彼に対しエドガーが切り返し拳を放ってくる。今の短い回避は誘いだったのだ。
迫り来る拳。しかし、その拳は刀弥の眼前で伸びきり止まってしまった。
「ぬ?」
訝しむエドガー。その間に刀弥は拳から若干距離を取る。エドガーが我に返った時に爆発を食らわないためだ。
エドガーの拳が届かなかったのは切り返しの反撃を予想していた刀弥が縮地の終着点を短めにしていたため。
刀の間合いまで縮地で近づいてくると考えて放ったエドガーの拳はそのせいで間合い外の刀弥にまで届かなかったのだ。
相手だって散々、その狙いを外してきたのだ。ならば、己だってその程度の知恵は付く。
そして相手が切り返してきたおかげで、今、相手は刀弥の間合い内に入っていた。
迷わず刀弥は刀を振るう。
右下から左上への一閃。相手を断つような剣線はしかし、エドガーには届かない。
エドガーが右へと己の身を倒したからだ。追加で行われた爆発の力もあって両者の距離は再び開けてしまう。
それをすぐさま刀弥は追い掛けた。一方、地面に倒れていたエドガーは脚甲を爆発させて己の身を跳ね上げさせるとバランスを取って着地。そのまま迎撃の姿勢に入って刀弥を迎え撃とうとする。
そうして交差する両者。刀弥は左上から右下へと刀を振り下ろし、エドガーはそれを迎撃せんと右拳で穿つ。
バトルフィールドを駆け巡る衝突音。結果は当然刀弥の押し負けだった。
しかし、刀弥はその押された勢いを利用して反時計回りに逆回転する。狙うのは左足の後ろ回し蹴りによる頭部狙い。
左腕の使えないエドガーは避ける事を選択した。膝を縮めて後ろ回し蹴りを潜ると、すぐさま左の足払いで刀弥の右足を狩りにいく。
この攻撃を刀弥は上へと飛び上がる事で回避。直後に回転の勢いを利用して突きの斬波で反撃した。
元々はエドガーが後ろへ逃れることを前提にして準備していたものだが、飛び上がった現状では攻撃を届かせるのに丁度いい。そのため迷わず解き放つ事にしたのだ。
走る貫きの力。それは両者の間に漂う空気すら突き通り、放ち手の意思を叶えるべく敵へと迫る。
だが、この時点でエドガーも右腕を引き戻し終えていた。しかし、彼はそれを使わない。
使うとしたらそれは目前の敵に必殺の一撃を加える時なのだろう。そのため彼は隠していた事実を使うことにした。
左腕。それを彼は振り上げたのだ。左腕の迎撃によって爆発が起こり斬波が消滅する。
そんな彼の動きに刀弥は目を見開いていた。エドガーに向けられている瞳は動くのかという驚きを訴えている。
向けられる無言の問い。それにエドガーは笑みを返した。けれども、その眉は苦痛に震えている。
それで先の左腕の迎撃が一度きりの切り札だという事に気が付いた。どうやらかなり無茶をして動かしたらしい。
しかし、その効果はてきめんだ。今やはエドガーは右腕を振りかぶり刀弥は宙に留まったまま逃げることもできない。
そして、放たれる全力の一撃。遠慮はない、痛みによる怯みもない、ただ己の全てをのせた拳が刀弥へと向かって疾走する。
狙う場所は刀弥の右脇腹。既に刀弥の左足も右手に持った刀もエドガーを通り過ぎている。防御もできない。
当たる。エドガーですらそう思った。そして拳は直撃し、爆音が鳴り響いた。
返ってくる手応えに満足そうな表情を浮かべるエドガー。だがその直後、彼は瞠目した。
なんと、刀弥は最大の一撃を受けたにも関わらず立ったままだったのだ。
攻撃が入ったのは間違いない。その証拠に右脇腹にはその痕が残っている。にも関わらず彼は倒れることなくエドガーを見据えていた。
「どうやった?」
出てくる疑問はそれしかない。あの攻撃を防ぐ手段があったとは驚きだ。一体どのような手段を用いたのか興味がある。それ故に彼は疑問を口にしたのだ。
そんな彼の問いに刀弥は答える。しかし、その内容は呆れるに等しい一言だった。
「簡単だ。以前のを思い出して我慢した。それだけだ」
なんてことはない。彼はただ強い意思と気合であの攻撃を耐えただけだったのだ。さすがにこれにはエドガーも呆れと驚きの混じった表情を漏らすしかない。
とはいえ実際の所、刀弥の状態は満身創痍もいいところだった。何しろ宙にいたとはいえ直撃を貰ったのだ。痛みとダメージを想定して我慢したところでダメージそのものが軽くなるわけじゃない。ただ無理矢理意識で立っているだけなのだ。
けれども、後一撃。想定している一撃を放つだけの力は残っている。ならば、それで十分だった。これ以上は戦いを続けるつもりはもうない。刀弥はここで全ての決着をつけるつもりなのだ。
先の攻撃に耐えられるか否か。それが刀弥の賭けだった。
耐えられなければエドガーの勝ち。耐えたとしても一撃を放てる力が残ってなければエドガーの勝ち。刀弥の勝ちはこの二つの条件を突破した先にしかなく、それ故に分の悪い賭けとしかそれは言いようがない。
しかし、このまま続けたところで勝機が見えるとは限らなかった。だったら、この辺で賭けに出るのもいいかもしれないと思ったのだ。
それにどの道、倒れるつもりなど全くなかった。
負けたくないという意思がある。絶対に倒れないという思いがある。なにより勝つつもりでここにいるのだ。ならば、倒れて負けるつもりなんてあるはずもない。
それが刀弥の思いだった。その不屈の思いがエドガーの攻撃を耐え切ってみせたのはもはや言うまでもない。
刀弥の右足が床を踏んだ時、両者の距離は最初の交差の時より少し離れていた。エドガーの攻撃のせいだ。
本来の威力を考えればもっと吹き飛んでもおかしくはないが、エドガーの技量が吹き飛ばす力をダメージのままに抑え込んだのだ。
かなりの激痛が右脇腹から発せられる。だが、そのおかげで刀弥は自分にとって都合のいい間合いへと来ることができた。
彼の立っている場所は己にとって絶対領域。相手がどれだけ伸ばしても届かず、けれども刀弥からは届くそんな距離だ。
現在、刀弥は相手に背中を見せていた。いまだ止まっていない回転の勢いのせいだ。
刀は水平に構えその顔は背中の向こう、勝つべき相手へと注がれている。
体の回転はまだ止まっていない。右足を中心としたまま回る左足は畳まれたまま下へと降りていく。
そして、左足の膝が十分に下へと降りた瞬間、刀弥は左足を一気に開放した。
回転の勢いと左足、そして全身の力が連動し刀弥の身を左へと押し出そうとする。けれども、刀弥はその勢いを右足一本で堪え、さらに腰を回し蹴り足の流れを内向きへと変えていくことで左ではなく前、つまり時計回りへと流れる力に変えたのだった。
円を描く体の速度は半円、すなわち正面を向く頃には最高速へと変わっている。
勝つべき相手は正面。ここまで来ればやるべきは事はただ一つだ。そうして刀弥は全ての力を振り絞り眼前の相手へと向かって刀を振り抜いた。
風野流剣術『疾風 円』
本来、速度を出すために距離が必要な疾風を身を回して走らせることで近い距離からでも放てるようにした剣技。これが刀弥が思いついた二つ目のアイデアだ。
倒すべき敵へと向けて走る刀の刃。エドガーは予想もしていなかった新たな動きに対応が間に合わない。
そうして刀弥の刀がエドガーの右腕を斬り飛ばした。
「そこまで!! エドガーの重傷により勝者、風野刀弥とする」
瞬間、審判が試合終了を告げる。それで全てが決着した。
勝った。それが真っ先に頭に浮かんだ言葉。けれども、今の心情を表すのにこれ以上の言葉を刀弥は思いつけなかった。
勝ったことで気持ちが緩んだのだろう。不意に視界がぼやけてきた。気のせいか思考も何も考えられなくなっていく。
こうして刀弥は試合終了と同時に気を失ったのであった。
エドガー戦はこれにて決着。
後は試合後の遣り取りをして四章四話は終了です。