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無限の世界  作者: 蒼風
四章「強者を求める者」
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四章四話「その者強者」(3)

今週は結構いろいろあってギリギリでした。

どうぞお楽しみください。

――負けるのか?


 暗闇の中で響くただ一つの疑問。それが彷徨う意識の中で反芻される。

 負けるのはこれが始めてという訳ではない。実際、父親等の格上を相手にした場合は負けることのほうが多かった。もっとも、今ならばどうなるかはわからないが……

 エドガーもまたそんな相手だと言える。長い年月の折り重なりによって培われた能力、技術、経験。それらは確かに刀弥のそれを上回っているのだ。

 全てが上回っている以上、自分に勝機はない。ならば、負けてしまっても仕方ないのではないか。

 なんとなしにそんな考えが思い浮かんだ。

 強い人物と戦って負けた。なんてことはない。それだけの話だ。これまでと同じそれだけの話なのだ。

 けれども、それが堪らなく悔しい。こちらに来てから実力を付けてきたせいもあるのだろう。もはや、エドガー程の相手でも刀弥は負けたくないと思ってしまったのだ。


――もしかしたらあいつらも今のような気持ちだったのだろうか。


 思い出す。試合で負ける度に自分に向かって叫ぶ彼らの姿を。きっと彼らも戦いの最中はこんな気持を抱いていたのだろう。だからこそ負けた時、次こそは勝ってこの悔しさを晴らしたいとあんな言葉を投げつけたのだ。


――負けたくない。


 もう一度その思いを胸に抱く。すると、それだけで意識が光を取り戻し始めた。それと共に僅かばかり瞳が開く。

 瞳を開けた時、最初に見たのは近づいてくる闘技場の床だった。顔を少し上げてみると自分の少し前の辺りにエドガーの姿が見える。その顔はどうだとばかりに満足気でおかげで刀弥は柄にもなく腹を立ててしまった。

 絶対に一矢報いてやる。心の中でそう誓いながら彼は僅かに右足を前に出す。すると、倒れていく己の体の重みで自然と右膝が曲がっていった。後はそれを使って一気にエドガーに近づくだけだ。

 すれ違い間際に右から左への斜め下の一閃。しかし、不自然の右膝の動きに気が付いていたエドガーは動きに反応して左へと飛んでいた。だが、それでもその顔には驚きが満ちている。


「あれで立つか。小僧」


 返事はしない。いや、できなかった。まだ、それ程ダメージから立ち直っていないのだ。言葉の代わりにとばかりに刀弥はただ目の前にいる負けたくない相手を見据える。

 と、今度はエドガーが迫ってきた。今度こそ倒さんと右腕を引き溜めを作る彼。

 そんな彼に刀弥は斬波を放った。それをエドガーは悠々と右へと移動して躱す。

 やはりというべきか、エドガーはなかなか隙を見せてはくれる様子はなかった。魔具と組み合わせた瞬間移動術も弱点を把握しているせいか不必要に使ってくることはない。


 どうするか。繰り出された右拳を右へと避けながら刀弥は思考する。

 隙を待っていたところでなかなか繰り出してこない以上、不利になるのはこちらだ。

 現状、刀弥の状態は左腕が折れたせいで動かず、胸部も先の攻撃で肋骨の一部が折れてしまっている。

 長期戦はどう考えても不利。その上で刀弥は相手のついての分析を再開することにした。

 相手の魔具は意識に反応して仕込まれた術式回路を起動するタイプのようだ。威力も移動距離などを見るに任意で調整できるらしい。恐らく起動と同じく意識内で調整するのだろう。

 それはつまり起動のためには意識を割く必要があるということだ。彼の実力から見るに着弾や踏み込みの直前の僅かな時間に必要なだけの意識を空け起動しているのだろう。


 だが、逆に言えば先の一撃はそんな状態の中であれだけの身体制御をやってのけたということだ。着弾と踏み込み、そして関節を締めるタイミング、あの時のあれは全てが完全に連動していた。まさに見事としかいいようがない。

 元の世界でもあれと似たような技があったのを覚えている。魔具は当然ないが、踏み込みの反動を関節を締め硬くすることで拳に伝える技術。記憶の限りではある地方の空手の技術だったはずだ。


 と、その時。エドガーの左足が爆発とともに跳ね上がったのが見えた。

 顎へと目掛けてエドガーの左肘が迫る。それを刀弥は後ろへと体を傾けることで躱した。

 今、エドガーは強引な飛び膝蹴りをしたことで宙に浮いている状態だ。つまり、どれだけ速かろうが動けない。

 無論、こんな滅多にないチャンスを見逃す刀弥ではなかった。即座の判断で頭上にいるエドガーへ刀を振り上げる。

 狙うのはエドガーの右膝。だが、エドガーは右足の脚甲を爆発させることで後退。刀弥の刀はその勢いに押され押し返されてしまった。


「そんな事もできるのか」

「当たり前じゃろうが、自分の武器を把握するのは基本中の基本じゃぞ」


 確かにその通りなので刀弥も反論はしない。

 そうして地面に着地したエドガー。彼はすぐさま刀弥のほうへと向かっていく。

 これに対し刀弥はギリギリの間合いから刀を振るった。右から左への水平の剣戟。それに反応してエドガーが後退する。

 刃から逃れたエドガーはすぐさま駆け出して再接近。再び己の間合いへ入り込もうとした。しかし、またもや刀弥の間合いギリギリの攻撃によって阻まれてしまう。

 そうして繰り返される接近と迎撃。フェイントや速度変化を混ぜて素手の間合いへ近付こうとするエドガーに対し、それを見透かしたようなタイミングで刀を振るう刀弥。

 幾度にも繰り返される攻防によって生み出された停滞。それこそが刀弥の狙いだった。


 現状、刀弥に有利な点があるとすればそれは間合いの広さだ。

 魔具の爆発範囲はそれなりにある。だが、ダメージになるほどの範囲となると意外にも狭い範囲しかなかった。恐らく、殴打や蹴りとの連動がメインとして考えられていたため範囲を狭め代わりに威力を上げる設計にしたのだろう。おかげでレンジにおいては刀弥が有利だった。


 とはいえ、速度で負けている以上、向こうは刀の間合いの外から一気に己の有利な間合いへと近づくことができるのは否定出来ない事実だ。

 そのため、それを阻止するには接近のタイミングを読み、己の有利な距離で刀を振るうしかない。

 既に相手のタイミング自体は把握しつつあった。これまで何度も後退と接近を繰り返してきたのだ。刀弥の観察力と分析力を持ってすれば十分見切れる回数といえるだろう。

 無駄に接近しようとしても相手に有利な状態にしかならないのであれば、相手も不用意な接近を控えるしかない。それはつまり接近回数の減少を意味するのだ。

 そうなれば多少は時間を稼ぐことができる。

 勝つための手段がまだ見つかってない以上、これ以上不利になるのは避けなければらならい。しかし、長期戦も負傷のせいで不利だ。つまり、勝つための残り時間はそれほど残されていないという事になる。


 一突を使ってどうにかできないか。ふと、浮かぶそんな考え。だが、刀弥はそれを即座に否定した。両者の距離が微妙に近すぎるせいだ。全力でぶつかりあっても力負けするのは間違いないのに今は距離が近すぎるせいで威力も十分に乗らない。ならば結果は火を見るよりも明らかだ。

 ではどうするかと刀弥は思考する。

 相手に迎撃されない方法があるとしたら不意を打つしかない。例えば予想外の攻撃。これならば相手の反応が遅れる可能性があるだろう。

 しかし、一突はエドガー相手には繰り出していないとはいえ、闘技場では何度か使用している。エドガーが刀弥の試合を見ていないという可能性もなくはないが、さすがにそれは楽観的に考えすぎだろう。


 と、その時、倒される直前に用いられたエドガーの技が刀弥の頭の中で再生された。あの技が想像通りのものならば技自体は既に再現できる自信はある。

 ならば、これを利用してみるかと思案する刀弥。

 相手が用いていた技をいきなり使うのだ。エドガーが驚く可能性は十分にあった。だが、問題は相手があのエドガーという点だ。劣化の物真似(ものまね)程度の技では驚きはしてもすぐさま対応してしまうだろう。


 と、なれば残る方法は一つ。それは持ちえる技術を合わせて新たな技を完成させることだった。

 現状の風野流剣術では見切られている。劣化の真似技では通じない。ならば、風野流剣術に現在記憶している技を取り込むことで新たな技とするのだ。


 以前、カイエルもこう言っていた。今の剣術をこの世界に対応できるように進化させていく必要があると。


 既にアイデアなら二つ程あった。この手法なら風野流剣術の欠点も克服できる。けれども、一番の問題はぶっつけ本番で挑む必要があるということだ。

 試しに一度用いることはできない。一度見られれば相手が慣れてしまう可能性があったからだ。けれど、練習なしで使うとなれば成功率は低いと言わざるを得ない。

 何しろ実際の使用感覚もわからずに使うのだ。どのタイミングでどの程度の力を用いれば適切なのかそれが全く把握できていないのだ。一応、ある程度の想像までなら可能だが、それ以上は難しい。

 つまり、それだけの難易度の事を一度で成功させなければならないのだ。本来であれば不安も出てくるだろう。

 しかし、今の刀弥に不安はなかった。

 失敗の確率がなんだ。それを言い出したらこれまでも似たような事は何度もあったか。だけど、今までだって成功させてきた。ならば、今回だって成功させてみせる。

 それが刀弥の心情だった。


 心は決まっている。ならば、残すはいつやるかというタイミングの問題だけだ。

 けれども、それについて考える必要はなかった。そのタイミングが向こうからやってきたからだ。

 右足の震脚で床を砕いたエドガー。彼はその中から大きめな破片を殴りつける。

 腕力と爆発の力を受けて飛んでくる破片。その威力を受け止めきれなかったのだろう。破片が飛んでくる途中で粉々に砕け、広がりながらに刀弥へと向かってきた。

 この攻撃の狙いは牽制。避けるか防ぐかの間に接近しようという狙いがあるのだろう。

 なので、刀弥はその狙いに大人しく従った。何故なら彼の狙いは相手が接近して始めて行えるものだからだ。

 彼は縮地で左へと飛んで破片から逃れる。

 前を見ると先程の読み通りエドガーが近づいてくるのが見えた。

 彼は己の間合いまでもう少しというところまで近づくと攻撃のための拳を構え始める。

 だが、そこは刀弥にとっては絶好の間合いでもあった。


 既に構えは着地の際に終えている。体勢は左足を前にした半身。腰は引き絞るように捻られ、矢とも言うべき剣先は狙うべき相手へと向けられている。一突と同じ構えだ。

 けれども、そこから先の動きは一突とは少し違っていた。

 身を前へと倒し、腰のバネを使って射るように放たれた右の刀。その際に右足も滑らせるように前へと送り出す。

 左足を軸に半円の軌道で前に出る右半身。相手は今まで見たことのない動きに驚き反応が遅れてしまう。それで結果は決まった。

 遅れたものの即座の反応で左腕を振り上げ盾とするエドガー。どうやら魔具の効果で突きを押し返すつもりらしい。しかし、刀弥は構わず刀を振り抜く。

 刀がエドガーの左手甲と接触するのと右足が床を踏むのは同時だった。それと共に刀弥は己の全身の筋肉と関節を締めあげる。

 風野流の剣術は移動を主とした剣術だ。当然、それを支える脚力はかなり鍛えられている。つまり、それだけの力が全身を伝って右腕の刀へと集まるということだ。

 脚力で己を撃ち出すのではなく、接触時に己の脚力を攻撃力として叩きこむ。それが一つ目の刀弥の答えだった。

 後に刀弥はこの技をこう名付ける。


 風野流剣術『一突(いっとつ) 零牙(れいが)


 そうして刀弥の一突きは見事エドガーの左腕を貫き左肩を穿ったのであった。

7/15

エドガーの口調変更。

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