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無限の世界  作者: 蒼風
四章「強者を求める者」
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四章四話「その者強者」(2)

 天高く日が昇る昼過ぎ。

 刀弥は闘技場のバトルフィールドに立っていた。向かいにはエドガーの姿もある。


「ほほ~う。来おったか小僧」


 そう言って鋭い目付きで睨むように眺めてくるエドガー。気を付けて見れば纏っている気配も違う。まるで以前、酒場であった彼が別人だったのかと思うほどの違いだ。


「おっと、先に言っておくがどっちも本物の儂じゃからな」


 彼の心を読んだのか、エドガーがそんな一言を入れてくる。

 それに刀弥はつい苦笑してしまった。


「まあ、ここで語り合うのもなんじゃ。どうせ語るのなら今はこっちの方がいいじゃろう」


 そう言って己の拳を振り上げるエドガー。そんな彼の仕草に確かにと刀弥も頷く。

 そうして二人はそれぞれの配置へと着いた。後は試合が始まるのを待つだけだ。


 意識を戦いのための集中に切り替える。一瞬、音が消え静寂が刀弥を包み込むが、それはほんの一瞬だけ、次の瞬間には元通りとなっていた。

 眼前には倒すべき敵。既に相手も戦闘モードになっているらしく先程以上に鋭い眼光が刀弥に向けて放たれていた。


 やがて、繰り出される始まりの音。



 その直後、エドガーが眼前にまで迫ってきた。



 予想外の展開。いきなりすぎるこの事態に刀弥の意識が空白となってしまう。それが仇となった。

 続く動作でエドガーが右の突きを繰り出したのだ。

 狙う先は刀弥の胸部(きょうぶ)中央。刀を抜いての防御は間に合わない。

 即座の判断で刀弥は刀の持ち手から手を離し、十字防御(クロスガード)で身を守ることにした。場所が場所なので腕はバツ印のような形になっている。

 そこへエドガーの右腕が接触。衝撃を緩和するため刀弥は後ろへと体を飛ばそうとする。

 けれどもその直前、刀弥の腕に予想以上の衝撃が走った。


 激痛に顔を歪める刀弥。後ろへと飛んだおかげでいくらかのダメージは軽減できたが、それでもかなりの衝撃だった。


「ちっ、ちゃっかり後ろへ飛んでダメージを軽減させておったか。それがなかったらどちらか片方の腕が使い物にならなくなっていたものを」


 前方を見ればエドガーが舌打ちをしている。その表情はかなり悔しそうだった。

 確かに彼の言う通り、後ろに飛んでなければ前側にしていた左腕が動かなくなっていただろう。恐ろしい威力である。

 だが、疑問もあった。先程の接近と今の威力、一体どうやったのかがわからないのだ。

 それだけ鍛えたという答えはないと思いたい。そうであったならお手上げだ。

 けれども、幸いそれはないだろうと刀弥は考える。理由は彼の視線の先にある穴のせいだ。

 穴のある場所。それはエドガーが最初に立っていた場所だった。穴は何かに押しつぶされたような感じで球形に広がっている。

 さらにいえば、エドガーの突きが刀弥の腕と接触した時。拳の感触と一緒に別の感触を感じた。

 恐らくはあの移動速度と威力の秘密は魔具の効果によるものだ。

 一瞬、己の体のを動きを加速させる魔具かとも思ったが、それなら別の感触はしないはずだと考えその可能性を否定する。さらにいえばその手の効果は対象者の肉体にかなりの負担を掛けるので長期戦には向いておらず嫌煙気味。違うはずだ。


 相手を警戒しながら刀弥は左腕を動かしてみる。すると痺れるような痛みが反応として返ってきた。動かせない程ではないが、それでも慣れるまでは動きが鈍ってしまうだろう。


 と、そこへ再びエドガーが近づいてきた。

 前側に位置していた右足を強く踏み込み、たった一歩で刀弥の傍まで飛ぶようにやってきたのだ。

 けれども、エドガーが踏み込んだ瞬間、右足と地面との間で大気が爆ぜたのを刀弥は見逃さない。それで相手の魔具の効果を悟った。


「っ!? 大気の爆発させる効果か!?」

「当たりじゃ」


 漏らした刀弥の呟きに応じるエドガー。既に彼は右の拳を振りかぶっている。このままいけば先程と同じ展開だ。


「だから、正解のプレゼントじゃ。ありがたく受け取るんじゃな」

「悪いが遠慮する」


 ただ、先程と違い今度は意識の空白がない。それ故に刀弥は対応に出ることができた。

 拳の接近とともに左足を振り上げたのだ。

 蹴る場所は腕。恐らく大気の爆発は手甲、脚甲の接触面で起きていると思われる。ならば、それ以外のところに攻撃をぶつけて逸らす狙いなのだ。

 そしてその想像は正しかった。結果、大気の爆発は起こらず、そのままエドガーの右拳は刀弥の左蹴りによって右側へと逸れてしまう。


「ほう、もうこちらの効果を看破しよったか」

「そもそも、爆発した箇所に触れようなんて普通は思わないだろ」


 今の行動から刀弥が魔具の効果を見切ったと判断したエドガーが笑みを浮かべてそんな言葉を送ってきた。刀弥はそんな彼の言葉に律儀に答える。


 しかし、刀弥の行動はこれで終わりではない。ここまでの行動は相手の攻撃を防ぎ相手の隙を作るためのものだ。

 ならば、後一手。その隙を攻撃する行動が必要になってくる。当然、刀弥は既にそれを行なっていた。

 抜刀。左足が攻撃のラインからなくなったと同時に彼は鞘に収まった刀を抜き放ったのだ。

 狙うのはエドガーの右脇腹。その部分の負傷は地味に体の動きに影響がでてくる。倒すためでなく相手の動きを悪くするために刀弥はその部分を狙ったのだ。

 けれども、エドガーは後退する事でこれを回避。直後に再び接近し左拳を振るってくる。

 それを刀弥は体を僅か左へと動かすことで避けた。

 そうして彼は返しの刃で一太刀を入れようとする。だが、それはできなかった。


「甘いわ!!」


 なんとエドガーが振るった左拳を止め、それで掴みにきたからだ。

 掴まれるのは危険だと判断した刀弥は攻撃を中断し、左への縮地で強引に距離をとる。

 魔具の効果は恐らく掌側にもあるはずだ。で、あるならば掴まれれば待っていたのは間違いなく爆発の攻撃。掴まれている以上逃れる術はなかったはずだ。


「ちっ、感の良い奴じゃな。だが、まだまだじゃ!!」


 意図を見抜かれ悔しがるエドガーだが、次の瞬間には刀弥に追いついている。


「確かに体術は専門的に鍛えてるだけあっていい線じゃ。だが、こちとらお前さん以上に生きてるんじゃ。舐めてもらったら困るわい!!」


 それに対し刀弥はすぐさま迎撃の一撃を放った。右から左への軌道で放たれた一線。しかし、それをエドガーが右拳で迎撃する。

 ぶつかり合う刀と拳。しかし、決着は一瞬だった。刀弥の一刀が力負けし押し返されたのだ。

 体勢が崩れ追撃が来るのを恐れた刀弥は無理矢理縮地で後ろへと飛ぶ。けれども――


「ふん。バレバレじゃ」


 その動きを読んでいたエドガーが彼の跳躍に合わせて飛び蹴りを放ってきた。

 向こうが前方、自身が後方への移動というせいもあるが、それでもエドガーの速度はかなり速い。

 防御も間に合わず刀弥はその飛び蹴りをまともに腹へと受けてしまった。


「ぐふっ……」


 無理やり吐き出される酸素。その酸素を求めて本能的に息を吸い込もうとするが、その頃には地面と激突。結果、刀弥は受け身も取ることもできず、ただ飛ばされるがままに床をバウンドすることとなった。


 急いで起き上がる刀弥。間違いなく相手はさらに追い打ちを掛けてくるはずだ。

 これまでのやり取りで威力、速度共に相手のほうが上なのは間違いない。老いているとはいえ長年という時間の積み重ねが作り上げた身体能力とその技術はそれだけで専門で鍛えた若年の刀弥と比肩しているのだ。

 それに加えてエドガーには魔具という支援がある。威力、速度共に刀弥を上回るのは当然の結果だ。

 得意とする速度、威力で劣っている以上、後は策や駆け引きでどうにかするしかない。

 なので、ここはその追い打ちを逆に利用して疾風によるカウンターを決めようと刀弥は考えていたのだ。


 だが、その追撃は来なかった。なんと、エドガーは一気に近づいてくることはせず、純粋な走りで刀弥のもとまで接近してきたのだ。


「カウンターで決めようって腹じゃったか? 甘いわ!! そんなよくある手段、警戒しているに決まっているわ!!」


 くそと相手に聞こえないくらい小さな声で刀弥が毒づく。どうやらこちらの狙いが読まれていたらしい。

 そうしてそのまま刀弥のもとへ近づいたエドガーはすぐさま攻撃へと移行した。

 肘打ち、突き、掌打、アッパー等、次々と繰り出されるエドガーの攻撃に刀弥は防戦一方だ。

 正直、距離を離して仕切り直しをしたいところなのだが、こちらの動きが読まれている以上それは難しい。しかし、威力で負けている以上、相手の得意距離で戦い続けるのが得策ではないのも確かだ。


「考えてる暇なんてないわ!!」

「!?」


 と、そこへ足払い。思考に気を取られていた事と腕に意識が向いていたせいで刀弥は反応に遅れてしまった。足が払われ体が下へと落ちていく。さらにそんな彼にエドガーが駄目押しとばかりにパンチを見舞ってきた。

 迷っている暇はない。すぐさま左腕でガードする。

 接触と同時に響く強烈な衝撃と痛み。まるで頭の後ろをハンマーか何かで叩かれたような感覚だ。

 威力も凄まじくそのせいで刀弥の身は(ちゅう)を飛ぶこととなった。

 流れていく視界。視界の向こうでは既にエドガーがさらなる構えを見せている。間違いなく追撃だろう。


 やがて、速度が落ちていき、刀弥は背中から地面に激突。それだけでは勢いを殺しきれず、そのまま床を転がることとなった。

 左腕の痛みはずっと続いている。どうやら腕の骨が折れてしまったらしい。動かすだけでもさらなる痛みが走ってくる。


 けれども、悠長に痛みに慣れている暇はなかった。既にエドガーは目の前まで近づいてきているためだ。急いで対応しなければならない。

 状況が不利な以上、守りに入っていては負ける。

 そのため、刀弥は攻めに出た。


 風野流剣術『疾風(しっぷう)


 疾走する刀弥の体。使えるのは右腕一本だが力勝負をするつもりは毛頭ない。迎撃される前に相手に一撃を与える腹づもりなのだ。

 身を低くして狙うのはエドガーの左膝下。そこならば脚甲で守られていない上に腕をしっかりした状態で繰り出すのが難しいからだ。

 そうして放たれた刀弥の刃。しかしそれは当たることはなかった。

 エドガーが右ステップで刀弥の攻撃線上から逃れたためだ。魔具の力と己の脚力によって彼の身は刀弥から一気に離れていく。

 そして攻撃が空を切ったと同時に彼は踏み込み一つで戻ってきた。左拳付きで。

 左拳は胸部にヒット。呼吸を止められ動きが止まる刀弥。そこへとどめを刺そうとエドガーの右拳が迫る。


 拳を放ったタイミングは右足を地面へと落とすタイミングとほぼ一緒。結果、エドガーの拳が刀弥の左胸を穿(うが)つのと右足が踏み込むのは全くの同時だった。

 重なる二つの音。その正体はエドガーの魔具が生み出した爆発音だった。右脚甲と右手甲、踏み込みと攻撃のために用いられたそれらを魔具の力でさらに補強したのだ。

 体全体の筋肉と関節を引き締めたことで体全体が固くなり、おかげで踏み込みの反作用と爆発の力が右腕に合流。結果的に刀弥はその力と腕の力、そして手甲の爆発という三つの力を同時に受けることになってしまった。


 思考がまともに動かない。当然だ。強烈な一撃を受けて意識が朦朧(もうろう)としているのだ。既に自分が膝をついていることにも気が付かぬまま、彼は空白の意識の中を彷徨っていた。

 迫り来る闘技場の床。それと共に刀弥の意識が闇の中へと落ちかける。歓声が聞こえたような気がしたが、それを確かめる気ももはや起きなかった。

 僅かに見えていた光景が閉じていく。

 そうして風野刀弥は闘技場の地面へと倒れていくのであった。

7/15

エドガーの口調を変更。

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ただいま一章で名前だけがでた高峰麗華のショートストーリーを掲載中。01月05日:更新:零話終了
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