表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無限の世界  作者: 蒼風
四章「強者を求める者」
71/240

四章四話「その者強者」(1)

さて、新しいお話です。

どうぞお楽しみください。

 意識が暗闇の中で揺蕩(たゆた)っている。感覚は、はっきりせずどこか曖昧。けれども、どうしてかそれが心地よかった。

 微温(ぬる)いという言葉が刀弥の頭の中をよぎる。なんというかそれが今の感覚に近い言葉だ。


 そうして心地良さに浸っていると、突然懐かしい声が聞こえてきた。


「次こそはそなたに勝ってみせる!!」


 聞き覚えのあるフレーズ。反射的に刀弥は振り返る。

 瞬間、刀弥は見覚えのある場所に立っていた。


 広大な屋敷とその中にある和風の庭。コトンと鹿威(ししおど)しの音が静かに響き渡る。

 何もかもが曖昧だったさっきとは違い、今あるのは冷たくすっきりとした感覚。まるでこの場の雰囲気に当てられたかのようだ。

 それでようやく刀弥はこれが夢だと悟った。今いる光景も過去の再現にすぎない。

 だからこそ、刀弥はこれがいつの記憶で目の前にいるのが誰なのかすぐに思い出した。

 彼の目の前、そこには一人の少女が立っていた。

 

 歳は一〇歳ぐらいで当時の自分と同い年。しっとりとした長い黒髪が特徴的で、それが嫌でも目に引く。茶色の双眸は怒りに染まっており、それ故に視線の対象が自分だというのは否が応でもすぐにわかった。


 少女の足元には竹刀が落ちている。原因は考えるまでもない。自分がやったのだ。


 そうして刀弥は少女、高峰(たかみね)麗華(れいか)に目を向ける。

 従妹(いとこ)であり幾度か試合をしてきた相手。確かこの時も試合をしていたはずだ。

 現在までの試合結果は全て刀弥の勝利で終わっている。このまま連勝記録を伸ばすのかと思っていたのだが、まさか異世界に行って止まることになるとは思いもしなかった。

 そんな事に内心苦笑しつつ、刀弥は先程の言葉を思い返す。


『次こそはそなたに勝ってみせる!!』


 己の思いを率直に叫んだその言葉。それは眼前にあるこの記憶だけでなく過去にもそして彼女以外の知り合いからもぶつけられている言葉だった。

 異口同音という事はないが、ニュアンスとしては似たようなものだ。『次は負けない』『次も同じ結果とは限らないんだからな!!』要は次こそは勝ってみせるという宣言だ。


 敗北が作るその言葉。彼らはどんな気持ちだったのだろうか。

 刀弥自身、敗北の経験がない訳ではないが、その場合相手は大人等の実力に開きがあるケースが多い。つまり、負けても仕方ないという諦めのつく相手ばかりだったのだ。

 だからなのか、彼らのような言葉を吐いた事などまるでない。故に彼らがどのような気持ちであんな言葉を吐くのか、それがわからなかった。


――俺にもそれがわかる時が来るのだろうか。


 何となく抱いたそんな疑問。

 それは自分自身が抱く密かな渇望だったのかもしれない。

 少し、ほんの少しだけそんな言葉を本気で紡げる彼らが羨ましいと思ったことがある。

それがいつの時だったかまでは覚えていない。けれども、確かにそう思った時があるのは確かだ。


 この台詞の後、自分がどういう反応をとったのかは覚えている。

 確かその感情の篭った台詞を聞いて、何故か気分が高揚したのだ。そうしてその気分を胸に抱いたまま次のような言葉を口にした。


「俺だって負けるつもりはないから」


 それが記録の維持のためのものなのか、はたまた先の台詞に対する反抗からなのかはわからない。

 ただそれは確かに心からの言葉だった。


 やがて、景色が薄れていく。どうやら覚醒に向かっているらしい。

 なんとなく名残惜しくなるが、そう思っても止められるものではない。

 だから、せめて……これだけは忘れずにいようと思った。



 己が彼らの思いを理解できるようにと願っていたということを……





      ――――――――――――****―――――――――――



 眩しさを目蓋(まぶた)の向こう側から感じた。

 眩しいような、くすぐったいようなそんな感覚。それを我慢できず、たまらず刀弥は目を開ける。

 視界の向こうにあったのは最早見慣れた宿屋の天井だった。

 白い天井と壁。簡素な作りの明かりの魔具が天井にぶら下がっているが、今は朝方なので光は灯っていない。


 それを眺めながら刀弥はゆっくりと身を起こした。

 寝ていたベッドが音を軋ませる。少し固めのベッドではあるが、それでも十分安眠出来るレベルのものだ。

 そうして刀弥は起き上がると、ベッドから立ち上がり部屋から出ていくのであった。


 リアの部屋へ行ってみると、まだ眠っているらしい。ドアをノックしても返事がなかった。

 仕方がないので一人で宿屋の食堂へと向かうことにする。


 食堂はまだそれ程人の数はなかった。

 泊まっている人数はそれ程多くはないが、ここの食堂は宿泊客以外にも開放されている。そのため、近隣の住民や他の宿泊客が訪れたりもするのだ。

 ただ、それも朝早いおかげかまだ少ない。

 早速、席に付き朝食を注文する刀弥。

 そうして朝食を待っている間、彼は今日の試合について少し考えてみることにしたのだった。



 今日の相手はエドガー・バリウス。初戦の勝利祝いに途中から入ってきたあの老人だ。

 鍛えられた体と武器は魔具の手甲と脚甲。それらの情報から恐らく得意とする間合いは至近距離だろう。むしろ、そうじゃなかったら武器が手甲と脚甲である意味がない。

 魔具としての効果は不明だが、その距離向きの効果である可能性は高い。

 そう判断した上で刀弥は次の思考に入る。

 刀弥は刀、エドガーは徒手空拳。間合いとしては単純に刀弥のほうが有利だが、それもエドガーの魔具の効果次第だ。あまり過信しないほうがいいだろう。

 徒手空拳の厄介なところは両手が使えることによる手数の多さと手という形状が持つ多機能性だ。

 拳、掌打、指、掴み、挟む等の変幻自在の攻撃ができる手はまさに変形可能の武器と言っても過言ではない。判断を誤ればまず間違いなく手痛い一撃を食らうだろう。

 で、あるなら相手の間合いには入りこまないように注意しなければいけない。

 相手の身体能力や技量がどの程度なのかはわからない。ただ、刀弥よりも長く生きているのだ。かなり高いことは疑いようがないだろう。そしてそれは経験に関しても言える。


――油断のできない戦いになりそうだな。


 そうして次に考えるのは自分の剣術についてだ。

 刀弥の剣術は瞬間移動術『縮地』を(しゅ)とした高速移動による急速接近と回避の剣術。

 最大の特徴としては、やはりその速度が挙げられるだろう。

 通常の走りもなかなかの速さを誇っているが、それ以上に光るのが『縮地』の速度。

 主としている以上、その訓練量はかなりの割合を占めており、それ故にその練度、完成度は高い。だからこそ、『縮地』は刀弥が持つ移動手段の中でもかなり高い速度を誇っているのであった。


 そして戦闘における速度の利点を挙げるとするなら、まず挙がるのは『主導権の獲得』だ。

 簡単な話。相手よりも速ければそれだけで好きに間合いを調整することができるようになる。もちろん、実際は駆け引き等もあってそう単純ではないが、それでもそれを決める権利がこちら側にあるのは確かだ。

 距離を選べるのであれば、自分が有利になる距離、相手が不利になる距離を選ぶことも可能になる。場合によっては離脱して仕切りなおすこともできるだろう。


 次に挙がるのは『移動時間の短縮』。

 間合いに辿り着く、攻撃を避ける、どちらにしても掛る時間は短いほうがいいに決まっている。早く辿り着けるのであれば、それだけ相手の迎撃などを余分に受けずに済むし、攻撃を避けるのも早いほうが逃れやすい。当然の話だ。


 『疾風』や『一突』のおかげで攻撃力、有効間合い共に悪くない。全体的に見ればバランスは悪くないだろう。


 一方で問題となるのが、『相手が自分よりも速い』という場合だ。一応、風野流剣術としてはあるにはあるが、それは地球(むこう)の世界用なのでこちらではあまり意味を成さない。実質的に対応手段がないのが現状だ。

 カリスやセレンとの戦いでは、そのせいで相手に主導権が取られていた。

 幸い、策や駆け引きでどうにか対抗できたが、やはりそういう場合に備えての基本的な立ち回り等については事前に考えておいたほうがいいだろう。


 それ以外では『速度』が必要になるという点も見逃せない。

 『疾風』や『一突』。これら威力を持った攻撃手段は『縮地』という技を用いている訳だが、逆に言えば『縮地』が使えない状況になってしまえばそれらの技も使えなくなるということだ。

 どちらも速度を利用して威力を上げているため、速度のない状態で繰り出したところで意味がない。つまり、速度が完全にのっていない至近距離ともいえる距離ではその力を最大限に活かすことができないのだ。

 今回のエドガー戦ではそこを突かれる事も予想される。

 そういう意味ではなんとしても克服しておきたい部分ではあった。



 と、そんな事を考えていると店員が刀弥の席へとやってくる。注文した朝食を持ってきてくれたのだ。

 思考を中断し、刀弥は料理の並んだテーブルへと目を向ける。

 朝食は何かの肉のステーキと、この地方で取れる穀物を使ったパンにミルクを使ったシチュー、そして果物の盛り合わせとフルーツジュースという内容だった。

 それらに早速刀弥は手を付ける。

 ステーキは分厚く見た目は硬そうだが、いざナイフを入れてみると思ってより安々と切ることができた。

 それにフォークを刺して口に運ぶ。

 肉は柔らかく噛んでみると中からソースか何かが染みだしてきた。どうやら肉は事前にソースの中に漬けていたようだ。

 ソースは辛めの薄口。割りと辛いほうが好み刀弥だが、それでも美味しいと感じた。

 口に残るソースの後味は薄味のパンとミルクの味が強いシチューで消しておく。


 そうしてそれらを食べ終えると今度は果物の盛り合わせへと手を伸ばした。

 実のところ、刀弥は好みのものを最後に食べるタイプで、美味しそうな果物の盛り合わせは一番最後の楽しみにと今まで手を付けずにとっておいたのだ。

 果物は見たことのないものばかりだが、口に入れてみると瑞々しい反応が返ってきた。そういうものを選んで組みわせたのだろう。果汁が口の中を潤していく。


「あ、刀弥。起きてたんだ」


 と、そこへリアがやってきた。

 彼女は刀弥に気が付くと、すぐさま向かいの席に座り朝食を注文する。頼んだ料理は刀弥と同じものだった。


「それで刀弥。今日の調子はどう?」


 料理の注文を終えたリアが早速とばかりに今日の調子を聞いてくる。


「悪くはない感じだな」


 そう、いつも通りの調子だ。昨日の試合の疲れは残っておらず気分も爽快。これなら今日の試合で不調になることはないだろう。

 唯一気になるのは今朝見た夢だが、これは気にしても仕方がない。あれについては答えに辿り着けると信じてやっていくしないのだ。ならば、悩む必要はないだろう。

 やがて、リアのもとに朝食が届けられる。朝食が届けられるとすぐさまリアは朝食を食べ始めた。


「あ、これ美味しい」


 そうして朝食の美味しさに笑みを浮かべるリア。

 刀弥はそんなリアを眺めながら静かに英気を養っていくのであった。

見た人はわかると思いますが、冒頭の部分は拍手内にある短編の刀弥視点です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拍手もらえたらやっぱり嬉しいです。
ただいま一章で名前だけがでた高峰麗華のショートストーリーを掲載中。01月05日:更新:零話終了
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ