一章二話「新たな生活」(3)
昼食が終わった二人は酒場を出ると、早速街道に向かった。
街道の左右には森が広がっており、道はその森を割るように真っ直ぐ伸びている。
二人はそんな森へと入っていく。
森の中は小鳥の囀り、気持ちのいい風が駆け抜けていた。太陽は熱を帯びているが、空気が湿ってないのでそれほど暑さを感じることはない。
二人は特に苦労することなく森の中を進んでいた。
先頭はリア、その後ろを刀弥という並びだ。
「とりあえずこんな風に、フォレストウルフと遭遇するまで動き回る方針でいいのか?」
「というか、それしかないからね。一番いいのは巣を見つけることだけど……見当もつかないし、マスターの話通りなら、見つけたとしても数できついんじゃないかな?」
その意見に刀弥は納得した。
数で押されたらこちらが二人である以上、辛いのは目に見えている。
今回の目的はお金稼ぎだが、だからと言って無理をするほどのことでもない。で、あるなら堅実にいくのがベストだろう。
「手馴れてるな」
素直にそんな感想が出てきた。
「まあね。こういう仕事も結構あったし……」
「どんな仕事をやってきたか教えてもらってもいいか?」
これからのことを考えると一応、知っておきたい話なので刀弥は訊いてみることにした。
その問いに、リアは笑顔で頷く。
「飲食店や酒場とかじゃ店員や売り子さん。皿洗いや調理の手伝いとかもあったかな? 宿屋じゃ掃除や洗濯をしたり、薬屋だと材料の調達が多いね。薬草だったりある獣や牙や身だったり……後はたまに行商の護衛を引き受けたり、今回みたいな賞金稼ぎをしたりもするし、場合によっては腕を買われて盗賊や今回みたいなモンスター狩りを頼まれたり……」
「モンスターか。獣とは違うのか?」
「基本的にはモンスターも獣なんだけど、一般的にはその獣の中で人に害や大きな損害を与える存在をモンスターって呼んでる状態かな」
その定義で行くと自分の世界ではライオンやサメ、猪や熊などがそうだろう。そんな考えが刀弥の頭に浮かんだ。
「たぶん、刀弥もいろいろ体験することになると思うよ」
「そのときはいろいろ教えてくれ」
「了~解」
そんな楽しい会話をしながら二人は歩を進ませていた。
だが突然、リアが何かに気が付いて足を止めたかと思うと、おもむろに近辺を見渡し始める。
刀弥もまた周辺から聞こえた複数の足音に、警戒を高め右手を腰の剣に持っていく。
やがて、茂みや森の奥から緑色の狩人たちが姿を現した。
獲物を見据える獰猛な目。その獲物を食らうための鋭い牙と爪。そして獲物に気づかれないよう森に紛れられるその緑色の毛皮。姿は狼によく似ている。
記憶にある張り紙の絵とぴったりと重なった。間違いない、フォレストウルフだ。
数は九匹。それが二人の周囲を取り込んでいる。
「……囲まれるまで全く気が付かなかったな」
「確かに気を付けたほうがいいかも」
剣を抜く刀弥と杖を構えるリア。二人は背中合わせになって周囲を見渡す。
用意周到に囲んできた彼らに、二人が気を抜くことはない。
フォレストウルフたちは静かに一歩、また一歩と二人に近づいていく。
対して二人は、それぞれ武器を構えたまま相手を見据えるだけだ。
一瞬、森を支配する冷たい静寂。けれども、それはすぐに破られた。
先に仕掛けたのはリアだった。
炎の珠をいくつも生み出し、周囲にいるフォレストウルフたちに目掛けて放つ。
『フレイムボール』
それが合図となり戦いが始まった。
フォレストウルフたちが走りだし、炎の珠を潜り抜ける。
彼らのいないところに着弾した炎の珠が爆発を起こすが、傍にある茂みや木々に爆発の炎が燃え移ることはない。どうやら魔術はそういう制御もできるようだ。
くぐり抜けたフォレストウルフたちは、それぞれ狙いを絞らせないためか、ジグザグの軌道で二人に迫る。
そのまま二人に近づいた彼らは、まずリアに襲い掛かった。
リアの左側から一匹のフォレストウルフが彼女に飛び掛ってきたのだ。
だが、それをさせまいと刀弥が飛び出し、そのフォレストウルフを叩き斬る。
直後、彼の正面から別のフォレストウルフが突っ込んできた。
ステップで右に避けると同時に、刀弥は身を回して背後から相手を切り裂く。
回る視界。その中で彼はリアのほうを見る。
彼女は丁度、新たな魔術を発動させているところだった。
『エアアロー』
風の矢が生み出され、周りへと放たれる。
その速度と先程よりも距離が近いこともあってか、三匹のフォレストウルフが避けることができずに貫かれた。
――残り四匹。
ところが、そう思ったのもつかの間だった。
枝を踏み鳴らす音が聴こえたかと思うと、二人の頭上から新たなフォレストウルフが姿を見せたのだ。
「な!?」
「嘘!?」
これにはさすがの二人も意表を突かれた。
そのまま頭上のフォレストウルフは口を開き、リアにその牙を突き立てようとする。
寸前のところで、リアは杖を使ってフォレストウルフを殴り払った。
杖で殴られたフォレストウルフは態勢を崩して地面に投げ出されるが、ダメージは浅かったのかすぐに起き上がる。
さらにそれとは別に新たなフォレストウルフが五匹、仲間たちのもとに駆けつけてきた。
「これで合計一〇匹だね」
「奇襲か……マスターの言った通り、獣がする事とは思えないな」
酒場のマスターの警告が頭を過ぎるが、今更思い出しても仕方がない。
今度は刀弥が先に動いた。
彼は手近な相手に近づくと、その首元目掛けて剣を振り下ろす。
倒した直後、背後から別のフォレストウルフが跳びかかって来るが、彼は身を縮めてその下を潜るように躱す。と、同時にそのがら空きの腹へ剣を突き、そのまま斬り裂いた。
切り裂かれたフォレストウルフは血と中身を漏らしながら地面へと落ちる。
けれども、刀弥はそれを確かめない。彼の目は別の方を向いている。
彼が見ていたのはリアの方へと向かって走っていくフォレストウルフたちの姿だった。数は六匹。さすがにきついだろう。
急いで戻ろうとする刀弥。だが彼の前に、残り二匹のフォレストウルフが立ち塞がる。
どうやらこちらの足を止めている間に、リアを倒す腹積もりらしい。
刀弥は舌打ちをする。二匹で足止めができると判断されたということがその要因だ。
「二匹で足止めか……やれるものならやってみろ!!」
そうして刀弥はフォレストウルフを倒すために駆け出していくのであった。
――――――――――――****―――――――――――
一方、リアは自分に迫る六匹のフォレストウルフたちに対して、新たな魔術で迎撃しようとしていた。
『アースランス』
突如、大地より鋭い槍状の土群が盛り上がる。
これに対してフォレストウルフたちは回避を選択。しかし、三匹のフォレストウルフが回避しきれず大地の槍に貫かれてしまった。
残りは見事に回避することができたが、今度はリアの身長よりも高さのある土の槍群が壁となってしまい進むことができない。
飛び越えることもできそうにないと判断したのか、彼らは土の槍群を避けて回り込むことにしたようだ。
けれども、その行動はリアの想定内だった。彼女は意識内に魔術式を組み、機を待つ。
やがて、フォレストウルフたちがアースランスの群れから飛び出してくる。
この瞬間、両者の間に隔てるものは何もなくなった。
そのタイミングに合わせて彼女は魔術を起動させる。
『エアロブラスト』
瞬く間に周囲の風が彼女の前方に集まったかと思うと、それが風の砲撃となって撃ちだされた。
砲撃はあっという間にフォレストウルフたちに迫り、彼らを飲み込む。
凄まじい衝撃が彼らを襲い、フォレストウルフたちは遙か彼方へと吹き飛ばされた。恐らく絶命したいるはずだ。
「ふぅ」
六匹を退けたと判断し、リアはほっと息をつく。しかし、それは間違いだった。
いきなり、アースランスの陰から何かが飛び出してきた。
それを見てリアは驚く。飛び出たのがフォレストウルフだったからだ。
その事実に彼女は一瞬、エアロブラストを放ったほうへと視線を向ける。
砲撃の向こう、倒れているフォレストウルフの数は二匹。どうやらあれを避けてアースランスの陰に隠れていたらしい。
急ぎ迎撃しようと魔術式を組もうとするが、どう考えてもそれより先に向こうの攻撃が届くほうが早い。
ともかく杖で防ごうと腕を動かすが、それよりも先に向こうが飛び掛ってくるのが早かった。
リアに抗う術はなく、ただ相手が迫る瞬間を見つめているしかない。
だがそのとき、二つの音がリアの耳に飛び込んだ。
一つは風を切る音、もう一つは何かが刺さる音。その何かを彼女は見ていた。
剣だ。見覚えのある剣が、急に飛んできてフォレストウルフの首元に突き刺さったのだ。
フォレストウルフの牙はリアに届かず剣の勢いに押され、その身が横へ流れていく。
慌てて、剣が飛んできたほうへ顔を向けると、そこには見知った顔がゆっくりとこちらに近づいてくるところだった。その後ろには、二匹のフォレストウルフの死体が転がっている。
「なんとか間に合ったな」
「刀弥!!」
急ぎ彼のもとに駆けるリア。
よく見ると彼の左腕部分の服が僅かに裂け、そこから血が出ている。
「心配するな。かすっただけだ」
そんな彼女を見て苦笑する刀弥。確かに彼の言う通り傷自体はそれ程深くはない。
「ちょっと、じっとしてて」
彼の傍にまでやってきたリアはそう言ってそっと杖を彼の傷口に近づける。
『キュア』
対象の治癒力を高めて傷口を塞ぐ魔術だ。
傷があっという間に塞がっていく。やがて、傷は完治した。
「これで良し。後は……」
リアは傷が完治したのを確かめると、すぐさま新たな魔術を使用する。
刀弥には何が起こったのかわからない。
しかし、僅かに視線に近い何かを彼は感じ取ることが出来た。
「……もしかして、周辺にフォレストウルフの姿がないか探したのか?」
その感触から、刀弥は彼女が何をしたのか推測し口にする。
「ひょっとして、サーチに気付いたの?」
彼の推測にリアが瞳を大きくして驚いた。
どうやら当たりだったらしい。
推測が当たっていたことに、逆に刀弥も驚いてしまう。
そうこうしているうちに、サーチの結果が出たらしい。
「よかった。他にフォレストウルフはいないみたい。だったら、今のうちに首を集めて休憩しようか?」
「そうだな」
激戦の後で休息がほしいのは確かだ。リアの提案を刀弥が否定する理由はない。
そうして二人はフォレストウルフたちの首を集め、スペーサーに入れると休憩に入るのだった。
――――――――――――****―――――――――――
二人は今、木に背を預けて座っていた。
少し疲れたのか眠気が刀弥を襲うが、こんな危険地帯で眠るわけにはいかないとばかりに首を振って眠気を振り払う。
太陽の日差しは眩しく降り注いでいるが、二人は日陰にいるため彼らのもとに日差しが届くことはない。
そうして休んでいると、やがてリアが口を開きお礼を言ってきた。
「さっきは助けてくれてありがとね」
「ん? ああ、仲間を助けるなんて当たり前だろ? 礼を言われることじゃない」
リアから礼を言われ、刀弥は遠慮がちにそう答える。
「むしろ礼を言うのは俺のほうだ。傷を治してもらったり、周りを探ってもらったり魔術っていうのは本当、便利だな」
それよりも先程のことを思い出し、刀弥は感心する。どちらも刀弥にはできないことだ。
「そんなに褒めるほどの事じゃないよ」
褒められた彼女はそう言って謙遜するが、これまで彼女がしてきたことを考えると、かなりの働きをしていると言えるだろう。
「確かに魔術はいろいろできるよ。というよりそれこそが魔術の最大の特徴だからね。だけどその分、欠点だってあるの。例えば、魔術を発動するために魔術式と呼ばれるものを意識内で組まないといけないんだけど、これが結構時間が掛かっちゃうの」
「つまり、急な対応は難しいと?」
「そういうこと。まあ、この速度は練習や慣れで短くしていくことはできるけど零にはできないからね。後は魔術の性能そのものは術者の能力に比例しないことが挙がるかな」
「? どういうことだ?」
言葉の意味がわからず、刀弥は首を傾げる。
「ある魔術式が持つ魔術の性能は術者の実力に関係なく一定なの。実際は全開まで引き出せないから相性や慣れ、コンディションによって変化があるように見えるけど、それはそう見えるだけ」
「なるほど、それで?」
相槌を打ちつつ、彼は話の続きを促す。
「要するに、強くなるためにはその分、強力な魔術式を取得する必要が出てくる訳だけど……当然、強力な魔術式はその分、魔術式が複雑で規模も大きいから……」
「さらに発動させるために時間が掛かるということか」
彼女が説明の続きを言うよりも先に、結論の出た刀弥が口を開いた。
「そういうこと」
「となると、魔術師にとって重要な能力は魔術式を組む速度と魔術式を取得する技術力、そしてマナの生成量の三つということか。無論、強力な魔術式はその分、必要なマナの量も増えるんだろ?」
早く発動させることができるようになれば、突然の動きにも対応できるようになるし、より強力な魔術式も早く発動させることができる。
また、強力な魔術式の取得にはそれ相応の難易度があり、当然そのために技術力が必要になってくるだろう。
そして強力な魔術式ほど、必要となるマナ量も多いはずだ。マナの生成量は重要な能力となるはずだ。
それ故に、これら三つは魔術師にとって大事な能力だと判断したのだ。
「……魔術式とマナの必要量については概ねそうだね。生成量が足りないと供給に時間がかかっちゃうから。でも、あれだけで、もうそこまでわかっちゃったんだね?」
彼の話を聞いてリアが驚き、尊敬の眼差しを向けてくる。
「僅かな情報から相手の特徴や欠点を探りだすのは、戦いにおいて基本的なことだと教わったからな」
これは源治から教わったことだ。
相手を知ることは勝つために重要なことだ。そうすることで相手の利点や弱点を見つけ、自分を有利に相手を不利にするための戦術を編み出す。
刀弥はそれを同年代同士の試合などで実践してきており、その重要性を十分理解している。
「まあ、確かに私もそんな話を教わったな」
「教わったって誰に?」
「先生から」
「先生? この無限世界にも学校みたいな何かを教えるための施設があるのか?」
先生という言葉が気になった刀弥は、思い切って訊ねてみることにした。
「うん。世界によっていろいろあるんだけど……私の場合は魔術師を養成するための学院に通っていたの」
「皆通うのか? 後、いくつぐらいから通えるんだ?」
興味を持った刀弥は、矢継ぎ早に質問をとばす。
「残念だけど試験に受かった人だけ。通うのは一〇歳ぐらいからかな。あ、基準時間での話だよ? 年の周期が違うから、多少誤差はあるけど……で、約四年と少し学ぶことになるかな」
「リアの世界の時間ならどのくらいなんだ?」
「それなら丁度四年。私の世界のほうが、基準時間よりも一日の時間や一年に掛かる日数が長いからそうなっちゃうの」
「いろいろと面倒だな」
これが世界の違いということなのだろう。
刀弥は一人苦笑する。
「リアって、今いくつくらいなんだ?」
「基準時間で最近一五歳になったばかり。刀弥は……って、そういえばわからないんだったね」
「ああ。時間の比較は済んだから後は計算するだけなんだが……たぶん、リアと同じくらいのはずだ。しかし、一五歳か。卒業してすぐに旅に出たとしても、まだ一年未満ということになるのか」
「うん、そうなるね。実を言えばこれって私の学院の伝統行事でね。卒業生は皆、一人前の魔術師になるために、修行として無限世界中を旅することになるの。大体、基準時間で一~二年くらいかな? そうして帰った後、皆いろんな職業に就くの。中にはそのまま旅を続けたり、旅先で暮らす人もいるんだけど」
「リアはどうするつもりなんだ?」
「私はできたら旅を続けたいなとは思ってる」
「旅が好きなのか?」
「うん。知らないことや知らないものと出会えるのが、楽しいって言えばいいのかな?」
「それで俺なんかに興味を持ったのか」
最初のリアの誘いを思い出す。そういうことならあの言葉も納得だ。
「うん。まあね。刀弥の世界はどうなの?」
「そういう施設はある。目的は知識を教えることになるんだろうな。期間は小学校が六年、中学校が三年、任意で高校が三年。大半の人間はこれだけの期間は学ぶな。望めば、さらに上の学校もあるし、仕事に関係することを教える専門の学校もある。一応言っておくけど、年数は俺の世界での時間の話だからな」
「すごい。そんなに長い間、学ぶんだ」
「感心することじゃない。むしろ、当たり前すぎて皆、学ぶ意欲を亡くしているのが実態だ。始まりは大体、六歳ぐらいだな」
感心の目を向ける彼女に、刀弥は苦笑を返す。
「剣術はいつから?」
「物心つく前からかな。家が剣術を代々伝える家だったから……」
「あ、そこは私と同じなんだ」
その言葉に、リアが仲間を見つけたかのような反応を見せた。
「私も魔術師の家系で物心つく前から魔術を教わっていたの」
「そうなのか。意外な共通点があったな」
「そうだね」
自然と互いに笑いが込み上げてくる。
「さーてと、休憩終わり。続きを始めようか」
「そうだな」
あれから結構な時間が経過している。
体も心も十分休まり、続きを始めるには丁度いいタイミングだ。
「ただ、気を付けないとな」
「わかってる」
さっきのフォレストウルフたちの動きから、油断できないのは間違いない。
――気は抜けないな。
二人は立ち上がると、森の更に奥を目指して進んでいくのであった。
07/25
できる限り同一表現を修正。
09/18
魔術あたりの説明を含めて、少々修正。納得いく説明を書くのは難しいものです。