四章三話「天馬の魔術師」(2)
「では、あなたが次の対戦相手なのですか」
刀弥が購入した果実ジュースを一口含んだ後、セレンがただ一言そう聞いてくる。
三人は現在、普通の市場まで戻っていた。彼女の希望する飲み物がこちらの市場に売っていたためだ。
市場の広場で足を休めながら三人は会話を楽しむ。
「まあ、そうなります。明日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、悔いのない戦いにしましょう」
微笑し会釈を送ってくるセレン。やはり、礼儀正しい人柄のようだ。
その事に内心頷きつつ、刀弥は新たな言葉を紡ぐ。
先の件もあり、口調は丁寧語だ。
「セレンさんも旅人なんですか?」
「そうですね。いろんな世界を巡って、今は旅の資金稼ぎと経験を得るために闘技場に参加しています」
それにセレンは頷き答えた。
意外と武闘派な考え方を持っていることに刀弥は若干驚きをもったが、それを口にはしない。
代わりに彼は次のような内容を問い掛ける。
「見たところ、武器らしい武器を持ってませんが……もしかして魔術師ですか?」
「ええ、その通りです」
その問いに彼女は堂々とした態度で肯定を返した。
見せびらかすように掲げる右手の中指には金色の指輪。恐らくそれが術具なのだろう。
「セレンさんはどこで魔術を学んだんですか?」
今度はリアが尋ねた。魔術師ということで興味をもったらしい。興味津々の目がセレンを見つめている。
「家で護身術として学びましたね。これでもマグルカ出身だったので……最も学院には行ってませんでしたが」
「あ、偶然ですね。私と同じ世界の出身だったんですか」
その返答にリアは嬉しそうな声を上げた。同郷の者と出会えた喜びか、いつも以上に表情が明るい。
一方のセレンはというと、彼女の一言に僅かばかり驚いていた。
「……リンスレット。もしかしてあのリンスレットですか?」
「えっと……はい、その通りです」
彼女の確認の問いにリアが恥ずかしげな顔を見せる。
問いの意味のわからない刀弥としては首を傾げるしかない。
「もしかしてリアの家って結構有名なところなのか?」
あのと言うのだから、そういう事になる。
「えっと、その……」
「彼女の家はマグルカの中でも魔術の生み出された時代から長年続く魔術師の家系なのです。現当主、ブレアッド・リンスレットはマグルカどころか無限世界内でも最強の魔術師と噂されるほどの実力を有しています」
さらりと出てきた衝撃の事実。セレンの言葉に刀弥は絶句する。
確かにリアの家が有名で長年続く魔術師の家系だという話は聞いていた。しかし、まさかそこまで凄い所だとは想像すらしていなかったのだ。
驚きで思考が空白になりながら、彼の視線は自然とリアの方へと流れていく。
「えっと……ごめん」
すまなさそうにしゅんと項垂れるリア。それに刀弥は何とか笑みを返してみるが、まだ驚きから回復していなかったのか頬が強張っている感触があった。
そんな二人のやり取りを見てセレンが己のミスに気が付いたらしい。
「……もしかして余計な事を言ってしまいましたか?」
彼女は不安そうな顔で視線を刀弥とリアの双方に巡らしていた。
「「いえ、気にしないでください」」
それに声を揃えて応じる二人。互いにそんなつもりはなかったのだが、つい揃ってしまい思わず顔が赤くなる。
セレンはそんな二人のやり取りに苦笑していた。
「とりあえずリアの実家は同郷の人ならすぐにわかるくらい凄い所という事だな」
「まあ、端的に言えばそうなるかな。ちなみにブレアッド・リンスレットはお婆様の事だから」
と、それを聞いて刀弥の足が止まる。
「ちょっと待て。お婆様と言うことは結構歳はいってるよな?」
「うん。そうだね」
「……その上で最強の魔術師と呼ばれているのか?」
「その通りよ」
その問いへの肯定はリアの代わりにセレンが返した。
しばしの沈黙。そうしてから刀弥は閉じていた口を再び開く。
「なんというか……凄いとしか言いようがないな」
「あははは……だね」
これにはリアも苦笑交じりに同意した。どうやらその辺りは彼女も感心を通り越して呆れているらしい。
「まあ、それもあって魔術師としては私の目標でもあるんだけどね」
「それはあなただけでなく、私や多くの魔術師達にとっても同様だと思いますよ」
彼女の言葉に追従するようにセレンも頷く。やはり、彼女もリアのお婆様を尊敬しているようだ。
「ところで話は変わりますが、お二人はどうして旅をしようと思ったのでしょうか?」
と、ここでセレンが唐突に話題を変えてきた。
いきなりの話題転換に眉をひそめる二人だが、どこか真剣な彼女の表情を見て何かしらの理由があるのだと察する。
「私の場合はいろんな世界を巡るっていう夢のためですね」
「俺の場合は……リアに一緒に旅をしないかと誘われたのが切っ掛けです。丁度、どうしようかと困っていたので……」
「? どういうことですか?」
刀弥の語る理由に疑問を持ったらしい。首を傾げるセレンの瞳は刀弥の方へと向けられていた。
「いや、実を言うと渡人って奴で。幸か不幸か無限世界とは違う世界から偶然この無限世界にやってきました。で、その場所でリアと出会ってという訳です」
「!? それは……大変失礼しました」
刀弥の返答にセレンは瞳を見開く。しかし、すぐに罪悪感が勝ったのか次の瞬間には謝罪の言葉が彼女の口から出てきていた。
「気にしないでください。ところでどうしてまたそんな事を?」
このままではまた謝罪と遠慮の応酬になることは目に見えている。なので、咄嗟に刀弥は己の抱いていた疑問をぶつけてみることにした。
「その……恥ずかしい話なのですが……元々私が旅をすることになった理由は家出が原因だったもので……」
「家出ですか」
言葉を反芻するリアにセレンは、はいとだけ答え話を続ける。
「そういう情けない理由が旅の動機だったせいか、つい他の人はどうなのかと気になってしまうのです」
恐らく動機に劣等感を感じてしまっているせいで他の人の動機が気になって仕方ないのだろう。
刀弥とリアの二人は一旦互いの顔を見合わせると、共に頷きあい再びセレンの方へと向き直る。
「私的にはそういう理由でも問題ないと思いますよ」
「俺もリアの意見に同意です。確かに切っ掛けは小さな理由かもしれないですけど、旅をしていくうちに新しい理由が見つかるかもしれませんし……」
自分で述べた言葉に不思議と感慨深い思いに駆られる刀弥。それはその言葉が自分にも当て嵌まる事を自覚していたからだ。
先程も言っていたが、旅の理由はリアに誘われた事が切っ掛け。個人的に言えばそれは他者に引っ張られた理由ではない理由だ。無論、見知らぬ場所への興味という動機もあるにはあったが、刀弥にしてみれば同じ状況になれば誰だって持つような動機だと考えているのでカウントには含めない。
しかし、旅を続けていくうちにそれとは別の旅を続けたい何らかの理由があるのを彼は密かに自覚していた。
最初に自覚したのはリアフォーネの盗難騒ぎが解決した後。今まで以上に次に出会う出来事を楽しみにしている自分に気が付いたからだ。
具体的にはまだその動機をしっかりと把握できていない。が、それでも旅を続けたいと思う事ができる理由が自分自身の中にしっかりあるのは確かだ。
だからこそ、刀弥の言ったその言葉は嘘偽りない彼の本心だった。
二人の言葉に目を閉じ、考え込むセレン。
やがて、彼女は目を開いた。
「確かにお二人の仰る通りですね。お言葉ありがとうございます」
そう言ってセレンは感謝の礼を二人に送る。
「すみません。私はそろそろ帰らせていただきます。待たせている子がいますので……」
どうやら彼女の帰りを待ちわびている者がいるようだ。ならば、ここで話をしたのは失敗だったのかもしれない。
「すいません。そうとは気づかずに」
「お気になさらずに。では、明日の試合楽しみにしています」
そう告げると彼女は足早にその場を去っていく。
刀弥とリアはそんな彼女の後ろ姿を最後まで見送ったのだった。