四章二話「足を失いし双棍の使い手」(8)
「「「かんぱーい!!」」」
そんな声と共に刀弥、リア、レンの三人は杯を交わす。
三人は今酒場に来ていた。理由は刀弥とレンの勝利祝いのためだ。
試合終了後、刀弥とリアの二人は別の場所で試合をしていたレンと合流した。そうして、そこで二人は彼女の勝利を知ったのだ。
刀弥達も勝利の旨を報告すると彼女は自分のことのように喜び、気がつけば酒場で勝利祝いをしようという話になっていた。
初勝利ということもあって、その提案に異論のなかった二人は快諾。かくして宴は開かれ現在に至るのである……
「それで初試合の感想は?」
酒の入った杯を口元に運びながらレンがそう尋ねてきた。
その問いに刀弥は少し考えこんでから答える。
「そうだな……正直言って何かを感じてる余裕はなかったな。なにせ相手の一挙一動を見逃せなかったし、どう攻めるかとか考えないといけなかったから……」
「試合に集中して感じる暇がなかったと……じゃあ、その試合を思い返してどう思う?」
「それなら楽しかっただな」
互いに全力を尽くしてのぶつかり合いだ。それ故に全てを出し切った後の充実感はとても言葉では言い表せない程満足したものだった。
「そっかそっか」
そんな感想にレンはよかったとばかりに笑みを浮かべる。その辺の感覚はやはり彼女も感じたことがあるらしい。
「よかったね、刀弥。ところで杯の中身、全然減ってないみたいだけど」
「あまり飲んだことがないんだから勘弁してくれ」
今回は刀弥の杯にも酒が入っている。一応、アルコールの薄い奴を頼んであるが、それでも慎重になってしまいちょびちょびと飲んでしまっている状態だ。おかげで杯の中身はなかなか減らない。
「折角飲む気になったからいろいろと飲ませたかったんだけどな~」
「確かに……」
そんな彼にリアとレンは不満顔を露にする。
「いきなりそんなに飲まされたら俺のほうが堪らないぞ……」
「「刀弥の事情なんて関係ない!!」」
呆れ声で刀弥がそう返すが、二人は聞いていない。
それにしてもどういう訳か今日のリアはノリノリだった。こちらが少し飲むといっただけでいろいろと飲ませようとするし、見ると彼女自身も結構な量を飲んでいる。
だからという事はないはずだ。以前にレンに付き合った時もここまでノリがよかったなんて記憶はない。
「リア。一体どうしたんだ? いつになく陽気な気がするんだが……」
これ以上考えても答えが出そうにもなかったので、刀弥は諦めて本人に直接聞いてみることにした。
彼の質問にリアは上機嫌な様子で正解を返す。
「ん~? なんていうか刀弥が勝ったのが自分の事のように嬉しくてね~。それでつい気が緩んじゃったの」
これには刀弥は苦笑いするしかない。まさか、そこまで喜んでくれているとは思ってもいなかったからだ。
「……とりあえず今回は口を付けたという事実だけで満足してくれ」
「……刀弥がそう言うならしょうがないかな。これ以上は無理強いはしたくないし……」
どうやらリアは許してくれるらしい。その事に心の中でほっとしつつ、刀弥は次の難敵を見据える。
「リアは許してくれたみたいだけど、あたしはまだだからな」
そう言って酒の入った杯を差し出してくるレン。
けれども、その窮地を助けてくれたのは意外にも先程まで飲ませようとしていたリアだった。
「駄目だよ、レン。これ以上はさすがにやりすぎだと思うし……」
彼女は刀弥とレンの間に立つと、そのレンの手から杯を取り上げる。
この急変に堪らずレンが驚いた。
「ちょっ!? リア、いきなり態度変わりすぎ!!」
「このままじゃあ、レンがいろいろ小細工を始めそうだしね。だから、たった今から刀弥側に就きます」
そう笑みを見せて堂々と宣言するリア。
その宣言にレンはぐぬぬとばかりに唸るしかない。そんな時だ。
「レンの嬢ちゃん。酒飲み相手が欲しいなら儂が相手になるぞ」
そんな見知らぬ第三者の声がすぐそばから聞こえた。
声の位置は刀弥の真後ろ。慌てて刀弥は背後を振り返る。
「よ、久しいの~」
するとそこには巨漢の老人が手を振って立っていた。
身長は刀弥より頭三つほど上。体自体も大きいこともあってかなり威風を漂わせているが、口髭やなによりその眉を緩めた笑みのおかげでそれらが薄れ、逆に親しみやすさを醸し出すことに成功していた。
服装は白色の道着を思わせるような衣服。腰には黒い布のベルトをしている。
いつの間にやら立っていたその男に刀弥は驚きを禁じ得ない。
と、そこへレンが反応を返してきた。
「お、誰かと思ったらエドガーのじっちゃんじゃないか」
どうやら知り合いらしい。恐らくは闘技場の参加者だろう。体格、腕や足の肉付きなどからその事が伺えた。
エドガーと呼ばれた老人はレンに呼びかけられて笑みで答えると、そのまま彼女の傍までやってくる。
「おうよ。そっちは相変わらず元気そうじゃの~」
「そういうエドガーのじっちゃんこそ、こんなところでなにやってるのさ? いつもなら観光に来ている女性に声を掛けまくってるくせに……」
にししと邪悪な笑みを浮かべてレンがエドガーの脇を肘で小突いた。
するとエドガーは頬を掻きつつ次のような返答を返してくる。
「がははは……それがの今日はいい女子がおらんでの~。一人寂しく歩いとったらお前さんが綺麗な女子を連れとるのを見かけての」
視線の先にいるのはリア。どうやら彼女が目的だったらしい。
そんなエドガーの言葉に刀弥はつい眉を寄せてしまった。反射的に彼はリアを庇うために前に出てしまう。
この反応にエドガーとレンがほうとばかりに目を細めた。リアはというと恥ずかしがりながらもいそいそと彼の影へと身を隠している。
微妙な空気が辺りを漂った。そんな雰囲気を払拭するため、刀弥はこほんと咳を一つすると、レンに向かって今一番聞きたい事をぶつけてみる。
「そ、それで!! レン。彼は?」
「えっとね、名前はエドガー・バリウス。想像通り、闘技場に参加しているじっちゃんだよ」
「こらこら、人を年寄り扱いするな。まだまだ儂は現役じゃ」
簡潔にまとめたレンの紹介。それにすかさずエドガーが口を挟んだ。
「とりあえずはじめましてと言っておこうかの。エドガー・バリウスじゃ。若いの二人、よろしゅうな」
陽気そうな声でエドガーが挨拶してくる。だが、一方の二人はどう対応すべきか苦慮していた。
「はぁ……」
「よ、よろしくお願いします」
とりあえず挨拶を返すが、先程までのやり取りを聞いていたせいかぎこちない。
そんな二人の返事を見て堪らずレンが溜息を吐く。
「ほら、じっちゃんが変なことを言ったから二人が警戒しちゃったじゃないか」
すると、そんな彼女の言葉にたまらずエドガーが不服の表情を見せた。
「そんな事を言われても、これが儂のいつもじゃぞ。これ以上どうしろというのじゃ」
「だ・か・ら!! そのいつもを改善すればいいの!!」
があーとばかりにレンが怒りを露にする。そんな彼女にエドガーはやれやれとばかりに肩をすくめた。
「……はあ、もういいや。リアも気を付けろよ。こいつ、エロジジイだから」
「失敬な!! だた、若い女子が好きなだけの老人じゃ!! 別に襲ったりはせん!!」
「覗いたりはするけどな」
そう言ってレンはジト目でエドガーを睨む。
これにはさすがのエドガーもたまらず、慌てて彼は弁明を始めるのだった。
「い、いや、その認識は正しくないぞ。た、正しくは年寄りの知恵を授けるためにじゃな……」
「とりあえず、こいつのせいでなにかあったら、街に住んでいる女性に報告して。街の女性総出で罰を与えるのがこいつの対策になっているから」
「ひ、卑怯じゃぞ!!」
エドガーの抗議をレンは無視。そのまま彼女は話を続ける。
「まあ、何か起こりそうなら刀弥が守ってくれそうだけどね」
そうして向けられた意味含んだ視線に二人はただ無言を貫くしかない。既に互いの頬は赤く染まっており、それはきっとレン達にも見えているはずだ。
「まあ、それはともかく。今まで散々エドガーのじっちゃんを悪く言ったけどさ、そんなに悪い奴でもないからそこまで警戒しなくても大丈夫だからな。闘技場での実力も結構高い方だから相対する時は楽しみにしていいぞ」
と、そんな二人の反応に満足したのか、レンが新たな話題を切り出した。
その話に興味を持った刀弥はすかさずエドガーに問い掛ける。
「戦闘手段は徒手空拳の武術使いですか?」
そう思ったのは鍛えられた肉付きと道着のような衣服を着ているが故の先入観からだった。
彼の質問にエドガーは首を横に振って応える。
「いや、儂は魔具使いの方じゃな」
「武器は手甲と脚甲。効果は――」
そうして説明を始めようとしたレン。そこにエドガーが口を挟んだ。
「こらこら、勝手に人の説明を始めるな。その辺は今後の楽しみということにしておこうじゃないか」
「あ、それもそうだね。でも、一応言っておくとこのじっちゃん。体もしっかり鍛えているから魔具がなくても十分強いよ」
まるで自分の事のようにレンがエドガーの自慢をする。すると、それが嬉しかったのか調子に乗ったエドガーが胸を張って己の存在を誇示してきた。
「まあ、そういう事じゃ。と、そうじゃ。今日の試合は見せてもらったぞ、少年
。若い武術使いのくせになかなかいい動きをするじゃないか。そこの間抜けと違って常に真剣だったのもよかったぞ」
「余計なお世話だ!! エロジジイ!!」
間髪入れずにレンが叫び返す。
こうして祝いは新たな酒飲み仲間を加えた事によってより一層騒がしくなるのであった。
二話終了
ようやく四章二話が終了しました。
予定よりもかなり長くなりました。
次は四章三話です。対戦相手は新しく登場です。