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無限の世界  作者: 蒼風
四章「強者を求める者」
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四章二話「足を失いし双棍の使い手」(7)

 カリスが駆け出すのを刀弥は見た。

 バランスをとっていた棍棒で地面を一突きするとその反動で彼は飛ぶように接近してくる。

 そうして近づいてきたカリスは打撃の嵐を打ち放ってきた。

 上下左右、正面。あらゆる方向から棍棒が迫り、それを対処するとすぐに次の棍棒が襲い掛かってくる。

 避けたり攻撃を反らせば身をさらに加速させ、防げばその反動を利用して反転。

 既に刀弥は防御と回避で精一杯だ。これでは反撃もままならない。


――短期決戦か。


 出血量から考えても時間が経てば経つほどカリスが不利になるだろう。だからこそ、彼は倒れる前に倒すことを選んだのだ。

 彼の目的は己の憧れを維持するため勝利。故にできうる限りの努力をするつもりなのだろう。

 

 そんな姿勢と思いに刀弥は既視感を抱いた。

 この感覚、どこで感じたものだったのだろうか。それが思い出せない。

 だが、それでもはっきりしていることはあった。

 全力を尽くし戦おうとする相手には全力を持って応えるべきだという考えだ。

 別に今まで手を抜いていた訳ではない。要は気持ちの問題だ。

 相手がそういう意思で来るのなら、自分もまた相手にそういう覚悟を見せるべきである。

 試合に集中しているせいか、今の刀弥は観客達の声援が耳に届いていない。もし届いていたならば彼は次のような行為などしなかっただろう。

 それ程までに次の行動は意外なものだったのだ。


「はあああああああああああ!!!」


 彼は口をめいいっぱい広げて叫び声を上げた。

 その声に大気が震え、彼の中に潜んでいた感情が戦いの世界に具現する。

 喉の筋肉を引き絞り、肺にある空気を全て出し切ったような力の込められた声。それは彼の全力を体現するものであった。

 その声に相手は目を細め、口の端をつり上げる。


 そうして刀弥は攻めへと転じた。

 左脇を狙ってくる右棍棒を掠めるようにしながら反時計に回る。先程の攻撃でも行なっていた対処だ。

 掠めた痛みが脳に伝わるが、代わりに掠めた突きが己の回転をさらに上げてくれる。

 そこに第二撃が迫るのを感じた。

 まだ自身は相手に背中を見せている状態だ。その状態で相手の動きがわかったのは単純に気配と音からの推測。相手は左の棍棒を刀弥の腹部の高さ目掛けて薙いできたのだ。

 逃げようにも反対方向は突き出された棍棒で遮られている。後ろを飛んでも間に合わない。けれども、これは想定していた事態だ。

 故に刀弥は予定通り二撃目を迎撃することにした。左手に持った鞘で。

 狙ったのは棍棒の先端の横部分。そこを逆手持ちに持った鞘で突き込む。結果、棍棒と鞘はぶつかり合い相殺。それぞれは時間を巻き戻すように返っていくのであった。


 回転は既に四分の三を過ぎている。そのため今や相手の姿も視認できていた。

 左右の棍棒はまだ攻撃を放てる状態ではない。ならば、今が攻め時だ。

 回転の力をのせた一突き。狙う場所は相手の左肩だ。

 傷付ければ相手の攻撃を弱体化できる。それ故の狙いだった。

 これをカリスは重心移動で躱す。

 背後に重心を預け、背中から落ちるようにして突きを潜ったのだ。


 しかし、刀弥はそこに追加攻撃を見舞う。

 さらに一歩を踏み出し反対側からの鞘による振り。

 快音が響く。当たったのはカリスの右足部分だ。

 けれども、カリスは怯むことなく右棍棒を繰り出してきた。その顔に痛みから来るであろう苦悶の表情はない。

 どうやら痛みを感じていないようだった。もしかすると彼の怪我というのは脊髄といった神経関係の損傷だったのかもしれない。

 それなら足が動かない事や痛覚がないことにも説明がつく。そんな事を考えながら刀弥はその攻撃を避けるための動きに出ていた。

 心臓狙って接近してくる点に対し、彼が選んだのは膝蹴りによる上への逸らし。

 跳ね上がるように上った左膝が棍棒を上へと弾き飛ばす。その威力は武器を亡くした時の保険程度に学んだにしては少々強すぎるレベルだ。

 呼吸と跳ね上げるタイミング、足や尻ひいては腰や反対側の足といった各所の筋肉の使い方、そしてぶつける部位。全てが完全に機能していた。まさに完璧といえるレベルである。


 その手応えに内心満足し、この技を見せてくれた知人に感謝する刀弥。

 彼がやったのは言ってしまえば観察と分析を利用した見よう見まねであった。

 真似た相手は元の世界にいた友人。徒手空拳の格闘技の家の人間だ。

 戦いの中で相手の呼吸、動き、音を細かく観察しそこから原理や特性、使用する際の感覚を分析し算出。そうした後で己の感覚に修正し、それらを知識として記憶する。

 後は模倣の際にはそれらを引き出して再現するだけだ。

 ただ専門に鍛えた彼らとは違い、筋力や筋肉のバランス、加えて慣れがないため精度では彼らに劣るのが難点となる。最もそれでも十分な性能を誇るのだが……


 この結果に驚いたのかカリスは目を見開いた。

 それに構わず刀弥は上げた左足でまたも一歩彼に近づくと返す腕で鞘を投げ込む。

 狙う場所は右胸だ。これにカリスは左棍棒でガード。鞘が棍棒に弾かれ宙に跳ね上がる。だが、刀弥の攻撃はまだ終わらない。

 そこにさらに踏み込んでの突き。狙いはカリスの左腕だ。

 右腕一本ではあるが、全身を前に倒すようにして放ったこの一撃は狙いの場所を傷付けることに成功した。


「っつ!?」


 苦痛の表情を見せるカリス。けれども、彼はすぐさまガードしていた左棍棒で応戦の一打を繰り出してきた。

 それを受けながら刀弥は後ろへと飛ぶ。その最中に落ちていた鞘を拾うのを忘れない。

 カリスはそんな刀弥を追うことはなかった。右の棍棒で己の身を上に飛ばすと、左の棍棒で身を安定させ彼の様子を伺う。


 そうして場に一時の静寂が訪れることになった。

 カリスの息は荒い。右脇腹と左腕の負傷し出血量も増えているのだ。それも当然だろう。

 一方の刀弥はと言うと腹に大きな一撃を受けているが、時間も経ったおかげか痛みは多少引いていた。

 現状の状態でみるなら刀弥有利という状況だが相手もなかなかの使い手、油断はできない。

 と、そんな分析をし終えた時だ。ようやく刀弥は気が付く。カリスが右棍棒を深く構えていることに……

 直後、カリスが身を振るようにその場から棍棒の突きを放ってきた。

 両者の距離は充分離れている。この距離でただの突きが届くはずがない。

 ならば、答えは一つだ。刀弥はその判断で右へと縮地で移動する。

 その判断は正しかった。彼が動いたそのすぐ後、彼のいた場所で複数の衝撃音が響いたのだ。


「斬波のラッシュか!?」


 リアフォーネにいたカイエルも使っていた方法。それをカリスもまた用いてきたのだ。

 やはり彼も斬波を使えたのかという感心をしながら、刀弥は彼の出方を待つ事にした。

 彼がこれまでこれを用いて来なかったのは、恐らく接近戦に自信があったからだろう。

 遠距離攻撃は距離が離れれば離れるほど着弾までに時間が掛かってしまう。それはつまり、距離があればあるだけ相手が避けやすくなることを意味するのだ。

 と、なれば長期戦は避けられず、それは同時に相手に思考の機会を与えるこということになってしまう。遠距離戦は近距離戦ほどめまぐるしくならない分、それはなおさらだ。

 だからこそ序盤は近接戦だったのだろう。だが、今は負傷もあってそれは厳しいと判断し安全圏からの斬波ラッシュに手段を切り替えたのだ。


 背後でまた炸裂音が響いた。カリスはというと刀弥から一定の距離を維持している。

 それを確認すると刀弥は再び思考を再開した。


 斬波の打ち合いという選択はない。まだ、単発しか使えない己に対し相手はラッシュが使える。打ち合えば数で負けるのは明らかだ。

 そうなると残るは接近して一撃で倒すという手段しかない。


 問題はどうやって近づくかだ。刀弥は両者の状態を鑑みる。

 機動力ではいまだカリスが上だろう。負傷のせいで万全の速度は出せないだろうが、それでも依然として彼が有利だ。

 そうなると相手の動きを制限して先回りするしか手がないが、現状で斬波のために堂々と構えに入ればたちまち狙い撃たれてしまう。加えて言えば彼が打てる斬波は一度の構えで一発。なかなかに厳しい。


 それでも刀弥は脳内で試行錯誤を繰り返し、やがて一つの方法を思いついた。しかし、その思いついた方法に彼はつい苦笑してしまう。その方法の成立には未だ成功していない技術を成功させる必要があったからだ。

 リアフォーネに続いて二度目か内心でこぼしてしまう刀弥。とはいえ、思いついた方法がそれしかない以上やるしかない。

 都合よくカリスはバトルフィールドの端まで下がっている。やるなら今がチャンスだ。

 そうして刀弥はその方法を行動に移すことにした。


 まず彼が最初に行ったこと。それは縮地の連続による回避兼接近だった。

 相手の斬波のラッシュは数こそ多いが全て直線軌道だ。おかげで発車直後に射線を感知することができる。

 後は安全位置へ縮地で移動するだけだ。

 無論、相手は近づかれまいとして距離を取ろうとする。しかし、端にいるため後ろへは移動できない。自然、逃げる方向は縁沿いになってしまった。

 刀弥の速度は回避の度に上がってきている。観察と分析によって隙間の生まれる傾向が読めてきているおかげだ。


 そうしてそんなやり取りを幾度か繰り返した後、チャンスがやってきた。

 何度目かの斬波を放った直後、カリスの動きが固まったのだ。

 原因は怪我による痛み。右脇腹と左腕を痛めているのだ。当然といえば当然だろう。

 その隙を刀弥は見逃さない。すぐさま彼は構えを作った。

 彼の構えに気付いたカリスはすぐさま斬波を放ち返す。けれども、先に構えていた分、刀弥のほうが早い。

 放たれた斬波は一線のみ。それがカリスの行き先へと走っていく。

 気付いたカリスはすぐさま速度を落としやり過ごそうとした。

 だが、その瞬間刀弥の放った斬波が急遽その向きを変える。曲がった先にあるのは速度を落としたカリスの姿だ。


 斬波の軌道変化。それが刀弥の挑んだ技術だった。リアフォーネでカイエルがやっていたのを真似て修行もしっかりとしていたのだが、今まで一度たりとも成功していないのが実情だ。

 何でまた本番の方が成功するのだろうかとそんな疑問を頭の片隅に浮かべつつ、彼は全速力でバトルフィールドを駆け抜ける。

 相手は避けきれないことを悟って防御に姿勢に入っていた。走る斬撃はそんな目標へと疾走し、両者は有無も言わずに衝突を起こす。


 棍棒を交差させて防ぐカリス。その瞬間、彼は確かに静止していた。

 回避のための減速と防御時に生まれる静止。その二つの重なりこそが刀弥の狙った勝機の一瞬なのだ。

 それを見逃さず彼は縮地で一気に距離を縮める。


「!?」


 一瞬の出来事にカリスは目を見張っていた。

 既に刀弥は己の間合いに入っている。ならばすることは一つだ。


「はあ!!」


 縦の一閃。担ぐように構えた刀を刀弥は迷わず振り下ろす。

 狙うは何者も反応させない速度。故に威力を上げるだけの力は邪魔だ。

 腕は鞭のようにしなり、それ故に刃は目にも留まらぬ速さで空を斬り裂いていく。

 そうして最低限の力で放たれた高速の一閃はカリスに防御も回避の機会も与えることなく、そのまま彼の右腕に深い傷跡を残したのであった。

 崩れ落ちていくカリス。それが合図となった。


「試合終了!! 勝者、風野刀弥」


 告げられる勝者の名前。その宣言に観客達は大歓声で応える。

 こうして刀弥の初戦はものの見事に彼の勝利で幕を閉じたのであった。

今回の試合はこれで終了です。

後は試合後の会話などを入れて四章三話に移る予定です。

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ただいま一章で名前だけがでた高峰麗華のショートストーリーを掲載中。01月05日:更新:零話終了
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