表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無限の世界  作者: 蒼風
四章「強者を求める者」
62/240

四章二話「足を失いし双棍の使い手」(6)

 カリスは己の攻撃で吹き飛ぶ刀弥の姿を見た。

 渾身の一撃だ。返ってきた手応えからしても直撃だったのは間違いない。

 そのまま刀弥は床に叩きつけられ数回バウンド。最後は俯せになって横たわった。


 それをカリスは棍棒一本でバランスをとりながら眺めている。

 脇に刺さった刀は抜かない。抜けば血の出血量が増えてしまうためだ。試合が続くかどうかわからない現状ではまだ抜かないほうが懸命だろう。

 それにこのまま刺したままにしておけば仮に刀弥が起き上がったとしても刀の回収のためには自分に接近しなければならない。

 それは相手にしてみれば勝機のための行程が一つ増えるという事だ。故にこのままにしておくことにした。


 思うことはもう終わりなのかという相手への無言の問い掛けだ。

 反応や判断の速度は悪くない。こちらの動きに対してしっかり対応していのがその証拠だ。だが、結果は目の前の有様だった。

 相手に油断はなかったのは間違いない。もしあったら初手であんな思い切った対応はしてこなかっただろう。

 その点については正直嬉しく思っていた。



 カリスは過去を思い返す。

 思い返すのは足がまだ動いた頃の自分だ。

 あの頃は自分がこんな目に遭うとは夢にも思わず、ただ己の憧れに達するためにひたすら闘技場で戦いに明け暮れる日々だった。

 全力の相手に全力で応える。

 押し寄せる炎や光、風や刃。それらに彼は棍棒をもって応戦した。

 迎撃、回避、防御、攻撃。持ち得る手段を全て用いての対抗。音が鳴り、光が瞬き、衝撃が体に戦いの力を伝える。

 そうしてぶつかり合う戦いに観客達は興奮し応援と欲望の混じった声援を送るのだ。


 満足には程遠い、けれども満ち足りた日々。

 それが突然、崩れたのは闘技場のある試合のことだった。


 対戦相手の攻撃による重傷。

 闘技場の戦いで怪我を負うのはよくある話だ。さして、珍しくもない。

 出場者達もその事は覚悟しているし、その先、つまりあるかもしれない死の可能性すらしっかりと考慮している。

 だから、怪我の負傷。さらにはその怪我が原因で足が動かなくなった事はそれを聞いた者達にとってさしたる驚きはなかっただろう。本人を除いては……


 彼にしてみれば、それは憧れへの道に途中に現れた崖であった。

 壁ではないので無理やりよじ登って突破するといった事が出来るはずもない。必然的に残る手段は橋を作るということになる。つまり、地道な怪我の治療だ。


 一番初めに思ったのはこの怪我を治すまで闘技場に出られないという事。それが彼にとって最もショックな事実なのは言うまでもない。

 出られないということは彼の憧れへの道が止まったと言ってもいいだろう。いや場合によってはなくなってしまう可能性すらある。


 この状況を脱するにはこの怪我を治すしかないが、残念ながら医者の話ではこの世界では治療できないそうだ。そうなると外の世界へ希望を見出すしかない。

 だが、足が動かないということは己の身一つで宛を探すことができないということでもある。

 運んでくれる者、用心のための護衛、さらには治療費。そういった諸々の事を考えてみるが、今の彼の金銭で全部まかなえるとは思えない。

 医者はこの怪我を治せる技術のある世界を探してみると言っていたが、仮にあったとしても果たしてそこまで行くことが現実的に可能なのかという問題にぶち当たっているのだ。

 それにどの道、治すまでには長い時間が必要となり、その間に彼という存在は闘技場の観客達から忘れ去られてしまうだろう。それは彼にとって追い続けていた憧れが無に帰すことを意味していた。


――どうせ忘れ去られるのなら治す意味はないんじゃないか?


 ちらつくそんな考え。

 もはや、自分は運悪く夢破れてしまったのだ。ならば、もう闘技場(ここ)にとどまる必要はない。

 そう思っていた。そこに思いがけない救いが訪れるとは気付かずに……


 ある日のことだった。

 ドアがノックされ、彼はあがれと返事を返す。

 やってきたのは小さな子供達だった。その目はどこか緊張と憧れに満ちている。

 思いがけず、自分も昔はこんな感じだったなと過去を懐かしむカリス。

 そんな彼に子供達は花を手渡してきた。

 どうやらお見舞いのつもりだったらしい。それを笑顔で受け取る。

 それからは他愛のない話をした。

 普段の生活、闘技場の話、子供達の話。

 やはりというか、彼らもまた闘技場に憧れていた。そんな彼らにやはりカリスは己を重ねてしまう。

 そうして、時間が経ち帰りの時間になる頃……

 子供達は帰っていった。最後に『怪我が治ったらまた凄い戦いを見せてね』と言い残して……

 その言葉にカリスはなんとも言えない嬉しさと悔しさが込上がってきた。

 しかし、それだけでは終わらない。彼のもとに様々なお見舞いや激励がいろいろな形で届いたのはそれからだった。

 手紙、品、口頭。それは多彩で飽きることはない出来事。窓を見ればそれに気付いた人が手を上げて『早く元気になれよ』と言ってきた事もある。


 それがとても暖かくそして嬉しく、そうして彼は気付いたのだ。自分は既にあこがれの場所にいた事に……

 そこからの決断は迅速だった。悩んでいる時間はない。どうしたら早く闘技場に復帰できるのか。彼はそれだけを考えた。


 一番の問題は足が動かいないことによる移動不可という問題だ。移動ができなければ接近して攻撃することも相手の攻撃を回避することもできない。


 現実的なのは足の怪我を治すこと。だが、カリスはあえてこれを避けた。他にもっと短くて済む解決方法があるのではないかと思ったからだ。

 彼の今の願いは早く闘技場に戻ること。怪我を治すという案はかなりの時間が掛かる。もしそれよりも短く解決する方法があるのならそれを実行しようと考えていたのだ。


 そうして様々な検討の結果。彼は己の武器であった棍棒を二つにして、それを足がわりにすることにしたのだった。

 始めは医者を含め、彼の知り合い達は驚いた。あまりにも突拍子もない案だからだ。

 皆、『それよりも足の怪我を治したほうが確実だ』と説得に掛かったが、結局彼の頑固さを崩すことができず全員折れることになった。

 そうなれば後は実行するだけだ。困難なのは覚悟していたし、例え成功してもそこからどうなるかは想像すらできない。

 力を鍛え、技を磨き、経験を培う事を何度も何度も繰り返す。

 時に心が折れかけた事もあった。それでも立ち直れたのは偏にあの声援を思い出せたからだろう。


 やがて、術をしっかりと会得した彼は闘技場へと戻ってきた。

 そんな彼を観客達は暖かく騒がしい歓声で歓迎する。

 祝福、呆れ、悪態、いろいろな声がカリスの耳に届いていた。それに内心苦笑しながら彼は笑顔で応える。

 それで歓声はさらにボリュームを上げたのだった。



 懐かしいと思いながら、彼は今へと意識を戻す。

 丁度、己の相手が起き上がろうとしていることに気が付いたからだ。


「闘技場の洗礼はどうだったかい?」

「っつぅ……かなり……効いた」


 そんな返事を途切れ途切れ口にしながら刀弥は立ち上がる。

 そんな彼の態度と姿勢に彼は感嘆した。


 簡単に負けを認めず抗おうとする姿勢にこちらの軽口を無視するわけでもなく返してくる余裕。

 どうやらまだ試合は楽しめそうだ。


 そうして刀弥が一歩前へと踏み出した。だが突然、その彼が前のめりに倒れてしまう。

 ダメージに耐え切れず気を失ってしまったのか。そんな事を思う観客達。

 だが、実際は違った。彼の顔が地面にぶつかるかというところで、いきなり彼の体が飛ぶようにカリスに迫ってきたのだ。

 倒れたと見せかけながら一歩分の距離を縮め、そうした上で一気に近づく。それが刀弥の描いたシナリオだ。


 虚を突かれた形となったカリスは眼前に刀弥がやってきた事でようやく反応。反射的な動作で後ろへと飛んだ。

 体の影でしっかりと構えられていた握り拳が放たれる。だが、それは相手が動かない事を想定していたのか、下がったカリスに届くことはなかった。

 そうして間合いから逃れたカリスはそのまま棍棒で反撃しようとする。

 だがその時、カリスの左脇腹に強烈な打撃が入った。


 刀弥の拳は彼に触れていない。触れていない以上、打撃を喰らうことなど普通有り得ないはずだ。

 だが、カリスはその有り得ない事が起こる理由を知っている。


『斬波』


 元々、剣術を扱う武術使いが編み出した技であるそれは棍棒や拳、蹴りでも用いることができた。

 ただまさか、あの年齢で取得しているとは思いもしなかったカリスはそれ故にまともに受けてしまったのだ。

 そのため、痛みに呻きながらカリスは刀弥の事を感心していた。


 と、拳を放ち終えた刀弥がすぐさまカリスに接近してくる。

 狙いは刀の回収に違いない。攻撃の痛みで鈍くなった頭でカリスはそう判断すると、すぐさま右棍棒で妨害する。

 狙う箇所は移動において最も重要な利き足の足元。つまり右足首の辺りだ。

 ここを負傷させれば相手の機動力は大幅に減少し、より有利に試合を進めることができるようになる。

 無論、よく動く部位だけに当てるのは簡単ではないが、相手の動きを見極めてタイミングを合わせれば決して当てれない訳ではない。

 刀弥の動きは速い。が、刀に手が届く前に棍棒が彼の足首を穿つだろう。そういう目算だ。


 これに対し刀弥も同じ結果を導き出したらしい。彼はすぐさま踏み込むべき右足を止めた。

 だが、それでカリスの棍棒から逃れられるはずもない。加えて言えばずれたタイミングも棍棒の速度を緩めることによって調整することが出来る。

 けれども、速度を落とした本当の理由は時間稼ぎだったようだ。彼はその間に強引に左へと己を傾け右足をそれから逃れさせようとする。結果、カリスの棍棒は彼に右足首を掠めるに留めた。


 そこにさらにカリスは第二撃を打ち込む。今度の狙いは心臓。それで動きを止めて、再び右で相手の顎を打ち抜くつもりだ。

 これに対して刀弥は右足を軸に身を時計回りに回すと、左手で第二撃を絡めとり右外へと逸らす。


 次に来るのは恐らく接近。ならば、右の棍棒を構え直す時間があるはずだ。

 そう考えたカリスはその通りの動きを行う。だが、当の刀弥の動きは己の予測とは違うものだった。

 彼は絡めとった第ニ撃の速度を利用して己の回転速度を速めると、左足を振り上げカリスに見舞ってきたのだ。


 咄嗟の反応でカリスは後退を選択。両者の距離が一歩分ほど離れる。だが、カリスにとってはそれで十分だった。

 目算では刀弥の蹴りは己の体までは届かないからだ。溜めも構えもなかったことから斬波が来る可能性も低い。


 しかし、現実はその想定を裏切り、カリスは彼の蹴りをしっかりと食らうことになった。


 目算が狂った原因は右脇腹に刺さった刀。刀の持ち手の分の長さを彼は計算に入れてなかったのだ。

 刀弥は刀の持ち手を蹴る際に、(つば)の部分につま先を引っ掛ける。

 蹴られた分だけ刀の刃が進み、それによってカリスの傷はさらに広げられた。だが、彼の動きはそれだけでは終わらない。

 そのまま円運動によって蹴りの向きは右後ろ、引くような形へと変化する。結果、つま先に引っ掛けられた鍔はその運動によって引かれ、刀弥の刀はカリスの体から引き抜かれる形となった。


 宙を舞う刀。それを刀弥は迷うことなく掴み取る。

 一方のカリスは右脇腹を大きく傷付けられることとなった。酷い出血をしており、赤い液体が彼の衣服を侵食していく。

 だが、彼はそれに構わない。痛みと熱は感じるが、そんなもの闘技場ではよくある事だ。


「刀を奪ったらかなり戦力を落とすかと思ったけど、徒手空拳でも割と動けるとは予想外だったよ」

「刀がなくてもある程度戦えるようにと、教えられてはいたからな。知り合いにもできるのが何人かいたし……」


 なるほどと相槌を打ちつつカリスは納得する。

 つまり、自分が相手を甘く見過ぎていたのだ。


「次はどんな手を見せてくれるのかな?」

「それこそ、相手次第だ」


 それを聞いてカリスは笑みをこぼす。

 確かに彼の言う通りだ。事前に建てた戦い方が相手の予想外の対応などで変化するなど当たり前の話。大事なのはその変化に適宜対応していきながら、目的をしっかりと達成していくことだ。

 今回の場合、両者の目的は相手を戦闘不能にすること。後はそこへどう至るかだ。


「それじゃあ、今度は私の方から行かせてもらおうかな」


 そう言ってカリスは左一本の棍棒でバランスを取ると右の棍棒を引いて構えをとった。

 出血はまだ続いている。我慢はできるが体力の消耗はかなり早いだろう。

 ならば、狙うのは短期決戦。機動力と手数を活かした攻撃で相手をそのまま攻め崩す。


 そうと決まれば迷うことなどない。

 そうしてカリスはすぐさま動き出したのであった。

9分遅れた……orz

戦闘はまだ続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拍手もらえたらやっぱり嬉しいです。
ただいま一章で名前だけがでた高峰麗華のショートストーリーを掲載中。01月05日:更新:零話終了
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ