四章二話「足を失いし双棍の使い手」(5)
そして、翌日……
闘技場はざわめきで満たされていた。
観客達の興味は今回初出場となる刀弥だ。
どれ程の実力があり、どんな戦い方をするのか。情報は賭けをする上で重要であり、それ故に初出場者は皆、チェックを入れようとするのだ。
やがて、始まりの時間が訪れ扉が開く。
扉の向こうから現れるのはカリスと刀弥だ。
二人は真っ直ぐ指定の場所まで歩いて行く。
そうして二人はその場所に辿り着くと、それぞれ武器を構え開始の合図を待つのであった。
静寂が場を支配する。
そんな中で刀弥は対戦相手を見据えていた。
カリスは前回と同じくへたり込んだ状態だ。左右両手の棍棒は縦になっており、始まればすぐに己の身を飛ばせるだろう。
ふと、視線を観客席の方へと向ける。
すると、その中にリアの姿を見つけた。レンの姿はない。彼女は同じ時間に別の闘技場で試合をしているのだ。
昨日は自分の試合のことで頭が一杯で彼女の試合については考えてもいなかった。
もし、今度違う時間に試合があるなら見に行かないとなと、そんな事を思いながら刀弥は目線を真正面へと戻す。
静かなせいか、己の鼓動が聞こえてきた。
呼吸の音、心臓の音、フィールドを踏みしめる己の靴の音、それらが重なりあいリズムとなって彼の耳に届く。
不快感はない。むしろ逆にその音が刀弥の集中をさらに上げていくのだ。
瞳と耳は相手の一挙一動を見逃さぬように鋭敏となり、意識はひたすら勝つという思いのためにたぎる。けれども、思考はその意識に流される事なくただ冷静に物事を分析していた。
静かにそして熱く闘争心を高めていく刀弥。
そうして、戦いの音が試合の始まりを告げる。
その瞬間、カリスが直進を開始した。
左の棍棒で滑走し、右の棍棒は後ろへと引いている。突きを放つための構えだ。
最短距離での最速の攻撃。シンプルだがそれ故に半端な対応はできない。
刀弥は反撃を選択。その場で待ち構える事にした。
刀は未だ鞘に収まったまま。狙うのは攻撃を回避した上での抜刀術だ。
そして距離が縮まった頃、カリスが右の棍棒で突き入れてきた。
速い。気がつけば棍棒の先端が顎を捉えようとしている。
急いで刀弥は身を右へと振った。左耳を棍棒がかすったが無視する。
そうしてそのまま刀弥は己の間合いへと飛び込んだ。相手はまだ動かない。
既に間合いには入っている。これ以上近づくと十分な斬撃力にならない。
――仕掛けるか。
判断は一瞬。それを持って刀弥は動いた。
カウンター気味の抜刀術。狙いはカリスの右脇腹の辺りだ。
そこなら腕を十分を触れる軌道を描ける上、斬線がやや横水平に近い事から腰の回しを活かしやすい。向こうの速度もあって十分な切れ味を得るだろう。
無論、ある程度入った時点で止めるつもりだ。深く斬ってしまえば相手が死亡してしまう。失格の可能性もこともあるが、あまり相手を殺すのはいい気分にはならないからだ。
けれども、その心配はなかった。カリスが刀弥の攻撃を防いだからだ。
右手側、攻撃に使用した棍棒を縦に回しながら取手を前方側に移動させる。結果、棍棒の後ろ先端側が伸びて、それが刀弥の右腕へとぶつかったのだ。
威力はほとんどない。だが、相手の狙いは攻撃ではなく妨害。それで刀弥の抜刀を妨げたのだ。
このまま力任せに押せば、相手はそれを利用して後ろに下がるつもりなのだろう。しかし、何もしなくても棍棒を回した勢いで後ろに下がられる。
放されれば主導権は再びカリスの手に戻ってしまう。それはまずい。そうなる前に何かしたらの反撃はしたいところだ。
故に刀弥は振り抜こうとした腕を止めた。しかし、代わりに彼は鞘を持っていた左手を妨げている棍棒へと伸ばす。
左手が棍棒を掴んだ。体を動かしながら急ぎ引き戻す。
掴まったカリスは距離を取れない。再び距離が縮まろうとする。
けれども、そこでカリスが左の棍棒を放ってきた。
狙いは刀弥の右腕。速度からして攻撃と妨害を意図した攻撃のようだ。
だが、刀弥はこれを右腕の肘打ちで外へと逸らす。そうして、そのまま彼は再び抜刀を見舞おうとした。
けれども、それもまたカリスに止められてしまう。
なんと彼は動かせない右側棍棒から手を放すと、それでまだ速度の乗っていない刀の柄を押し込んだのだ。
僅かな間、抜刀が止まる。
その間に逸らされた左の棍棒も放すと、その左手で拳を振るった。
予想外の行動に刀弥の思考が驚きで止まる。拳はそのまま彼の顎に当たった。
寸前の所で頭に後ろに下げて軽減はしたが、それでもたたらを踏んで後退してしまう。
その間にカリスは落ちた二つの棍棒を回収。元の状態へと復帰した。
そうしてカリスは再び接近。今度は円を描くような形で右の棍棒を外から内へと振ってきた。
それを刀弥は身を伏せることで回避し、がら空きの背中へ攻め込もうとする。
しかし次の瞬間、棍棒の先端が刀弥の眼前に迫ってきた。
新たな棍棒は左側の棍棒。カリスは棍棒の前部分を深く持って後ろへと突くことで追撃を掛けてきたのだ。
よく見ると、カリスは後ろ見ていない。直感だけで狙い放ったようだ。
刀弥は左手で棍棒の軌道を逸らしながら内心で感嘆すると、そのまま彼の体向けて刀を振るおうとする。
だがその直前、カリスの身が刀弥の元から離れ始めた。
何故という疑問が頭に浮かぶ。空中にいるカリスが勝手に後ろに下がる事などありえない。
けれどもその疑問はすぐに解決した。先程逸らした棍棒だ。先端は位置の関係上、見ることができないが角度と長さからして地面に接触しているのは間違いない。それを使って後ろへと飛んだのだ。恐らく攻撃はフェイントで本命はこれだったに違いない。
当然、刀は空を斬った。
間合いの外まで下がったカリスは右の棍棒で己の身を受け止めると、すぐさま左の棍棒で突きを打ってくる。
反射的に刀弥はその軌道を返す刀で左へとずらした。そこに二撃目の攻撃がやってくる。
ずらされた勢いを利用して時計回りに身を回し、右手の棍棒の後ろ側先端を刀弥に向けて放ってきたのだ。
迫る棍棒の先端。刀は一撃目に対処するために左側にある。防御は間に合わない。
ならばと、刀弥は回避を選択。膝の力を抜くことで棍棒をくぐって避ける。
そうして棍棒が頭を通り過ぎると、彼はさらに間合いを詰めた。
けれども、そんな彼に三撃目が襲い来る。
三撃目の正体は右手側の棍棒の前側の先端。後ろと前による連続攻撃だ。
一瞬、刀弥の頭に迎撃という選択肢が浮かぶ。けれども、彼はあえて攻撃の継続を選択。そのままカリス目掛けて右肘打ちを繰り出した。
刀弥の右肘がカリスの右脇腹に刺さるように食い込む。
その痛みにカリスは顔をしかめ一瞬、動き止めてしまった。
そこを逃さず刀弥は相手を押しこむ。
堪えることができないカリスはその勢いに抗うことができない。結果、二人の間には数歩分の距離が生まれてしまった。
その距離が刀にとって最も力を発揮しやすい距離なのは言うまでもない。迷わず刀弥は追撃の一刀を振り抜いた。
金属音が響く。カリスが棍棒で受け止めたのだ。そうしてぶつかり合った衝撃を利用して彼は距離を開ける。
これ以上距離を開かせる訳にはいかない。すぐさま刀弥は身を前に倒すようにして追い掛けた。
そこに迎撃の一撃。独楽のように渦を作る右手側の棍棒は頭部を貫かれるようなイメージを嫌でも連想してしまう。
けれども、刀弥はそれを振り払いながらその棍棒を紙一重で左に避けた。
頬に一瞬冷たく圧力のある風を感じ取る。殺意はないが、それでも強烈な力だった。
やはり直撃は避けるべきだなとそんな思考を少ししつつ、刀弥は構えを作る。
右腕だけで持った刀を後ろに引いた構え。この後に繰り出されるのが何なのかは相手もすぐにわかっただろう。
その通りの攻撃を刀弥は行った。針のような鋭い突きを彼はカリスの腹部目掛けて繰り出したのだ。
当然、相手はもう一つの棍棒で防御。反動でさらに下がろうとする。
だが、返ってきた手応えはあまりにも軽いものだった。
ぶつかる直前に刀弥が突きを止めたのだ。
予想外の感触にカリスは思考の空白を作ってしまう。
それは瞬間の時間。けれども、その間に刀弥は次の行動を開始していた。
空いている左手で先程の棍棒を掴み引き寄せる。身が浮いているカリスはあっさりと引き寄せられた。
既に刀は受け止められた棍棒から左方向、カリスの右脇腹辺りへと動かしている。
速度はないが、刀は鋭利な刃だ。傷と痛みぐらいなら作ることができるだろう。
そうしてその通りの事が起こった。だが、それは刀弥の予想していたものとは随分違うものだ。
刀弥としては刃から相手が逃れようとして結果、軽い傷ができる程度だと想定していた。ダメージとしてはかなり小さいが、それでもこの相手に傷を負わせれるならそれで十分だ。後は僅かに鈍った相手をさらに鈍らせるなりして追い込めばいいだけだと考えていた。
けれども、相手はその刃を己の脇腹に食い込ませてきたのだ。
右の棍棒から手を放し、刀弥の刀を持つ右腕を握ると、そのままその己の体をその刀へと引っ張る。
結果、刀弥の刀は彼の脇を貫通し、剣先が彼の背中から生える形となった。
予想が外れ、意外な行動を見せた相手に刀弥は驚きを禁じ得ない。何故、こんな事をしたのかわからなかったからだ。
しかし、それはすぐに判明した。急いで刀を抜こうとした刀弥に対し、相手が力を強めそれに抵抗したからだ。
刀が脇に深く刺さっているため手首だけで抜くのは難しい上、腕を抑えられているため、刀を手放したところで意味がない。この時、刀弥は相手に逃れさせないよう拘束されていたのだ。
何から逃れさせないかは嫌でも見当がつく。カリスが左手の棍棒を強く突きこむために溜めを作っているのが見えたからだ。
直後、刀弥は捻り込むような一撃を腹部に食らったのだった。
闘技場バトル、まだ続きます。