四章二話「足を失いし双棍の使い手」(4)
満天の星の光が何もない砂漠の地上へと降り注ぐ。
砂漠を歩く旅人にとってそれは位置と方角を示す道標、空を見上げる人にとってそれは見て楽しむ天然の芸術、子供にとってそれは点と点を繋ぐ遊び道具。
様々な見方ができるそんな星空の下、刀弥は刀を振り回していた。
彼がいるのは宿屋の近くにある広場。既に闘技場も閉まっている今の時間、周囲に人影はない。そんな中を彼は刀を持ち踊るように駆け巡る。
縮地による移動からの振り上げ、そこから後退しての水平斬り、そうして再接近しての突き。淀みない流れで次々と繰り出される剣技。それらの感触を刀弥は己の身をもって感じ取る。
明日は大事な初戦。にも関わらず夜中にこんなことをしているのは単純に寝付けなかったからだ。
そのため、彼は軽く体を動かすことにした。
近くに広場を見つけて体を動かし始めてから、かれこれ結構な時間が経過している。
刀を振りながら考えるのは『どう戦うか』だ。
機動力では向こうのほうが上、加えて二つの棍棒を使っているので二つの事が同時にできる。
一方、刀弥の武器は刀一本。なかなかに対処しづらい。
――攻撃を届かせるには攻撃を誘った上で相手の動きを崩す必要があるわけか。
向こうに機動力がある以上、主導権は向こう側にある。いつでも好きなタイミングで間合いの出入りができるのだから当然だ。
そうなると、チャンスは相手の攻撃の瞬間ということになる。理由としてはそれが一番相手が近くになるタイミングだからだ。
しかし、相手の武器は二つ。片方を刀で防げば反撃はおろか、二つ目の攻撃すら防げなくなってしまう。
理想は二つ共回避した上での反撃。そうすれば棍棒も足として使うことができなくなり、移動することもできなくなるからだ。
と、なると問題はそこまでどう上手く運ぶかという事になる。そして、その上でチャンスが来た時、どう確実に決めるかも考えなければいけない。
相手もかなり実力者だ。一度成功した方法が二度も成功するような相手ではない。故に考えられる手は今のうちに蓄えておくべきだろう。
刀と一体となった身が舞い踊る。体は明日の試合を喜ぶように動きを早め、思考は勝つという思いのために加速する。
刃は星と月の光に煌めき、まるで大地に降り注ぐ光を斬っているように見えた。
「やっぱり起きてたんだ」
と、不意に刀弥以外に誰もないはずの広場に声が響いた。
その声に刀弥は剣舞を止めて声の方を見る。
するとそこにはやはりというべきか、リアが立っていた。両手にはコップを持っている。どうやら中身は水らしい。透明な液体が光の雨を受けて瞬いていた。
「動いて喉乾いてない?」
「実はその通りだ」
頬を緩めて刀弥がそう答える。
すると、それを聞いてリアがニッコリと笑い彼の元へと歩いてきた。
そうして彼女は刀弥にコップを差し出す。
「はい」
「悪いな」
受け取り礼を言う刀弥。
口に含むと体は火照っていたらしく、水の冷たさが体全体に行き渡るように広がってきた。
「……ん……ん……ぷはぁ!! ……ふぅ」
「体は冷めた?」
そんな彼をリアは傍で眺めている。
「なんで起きてるんだ?」
「う~ん。隣の部屋から誰かが出てくる気配がしたからね。一応ドアを開けてみたら案の定刀弥の姿が見えたの」
と、いう事は一連の動作は全て見られていたということだ。ただ、途中で水を取りに行っていたようなので本当に全てという事はないのだろうが……
「別にそのまま寝ててもよかったんじゃないのか?」
「それって当の出場者が夜更かししているのを見逃せってこと? 駄目でしょ。それは」
そう言ってリアは刀弥にデコピンを見舞う。本気でするつもりはないのか痛みはそれ程なかった。
「緊張してる?」
「……少しは」
正直に答える。
恥ずかしさはあるが、本音を口にした事によって少しだけ気が楽になった。
「そっか。それで勝つ方法は見つかった?」
「いくつかは思いついたが、それが実際通じるかはわからないな。向こうもかなり戦闘経験はあるだろうし……」
もし以前に見たことある手段である場合、既に対策を取られている可能性もあるからだ。
戦いに組み込む時はその可能性も考えなければいけないだろう。
「程々にね。早く寝たほうがいいねって私が言ったことに肯定を返したのは刀弥なんだから」
「わかってる……っと、そうだ。昨日は助かった」
ふと、昨日のことを想い出し刀弥はリアに礼を言う。
「昨日? 何の事?」
昨日というのが何を挿しているのかわからなかったようだ。リアが首を傾げ尋ねてきた。
「昨日、闘技場の登録をするかで悩んでいた時に励ましてくれただろ? それに登録の時も背中を押してくれた。それに対するお礼だ」
「ああ、あれか。別にそんなお礼を言われるようなことなんてしてないよ。きっと、刀弥なら最終的には決断してただろうし……」
「その最終的な決断まで、恐らくかなりの時間が掛かっただろうがな」
そう言って自嘲の笑いを浮かべる。
「何にしても、早い段階で闘技場に参加できたのはリアのおかげなのは確かだ。それに関しては礼を言わないと」
「なんだかくすぐったいな~」
その言葉にリアはこそばゆそうにしながら頬を染めた。
そんな彼女に刀弥は自然と口元を緩めてしまう
「それにしても空が綺麗だね」
「……そうだな」
相槌を打ちつつ刀弥は天上を見上げる。
すると、彼女の言う通り満天の夜空がどこまでも広がっていた。
星々の数など刀弥は数えたことないが、それでも自分の生まれ過ごした世界よりも遥かにその数は多い。
「当たり前っていうか私の世界の夜空とはかなり違うな~。刀弥もやっぱりそう感じる?」
「そりゃあな。世界が違うんだから……」
世界が違う以上星々が違うのは当たり前だ。
色、配置、数、どれをとっても己の世界やこれまで訪れた世界とは異なっており、それ故に毎回新鮮に映る。
「そういえば俺の世界じゃ、星座っていって星と星とを繋げて物や生き物の姿に例えたりする星の見方があったな」
「へ~。私の世界じゃ、空に浮かぶ星の配置は世界を守護する魔術式の意味があるって昔は言われてたらしいよ。今はただの迷信だってわかってるけど、それでも不幸から守ってくれるようにと気休め程度にお祈りしたりする人はいるんだけどね」
世界が違えば星の見方も変わってくるようだ。その辺は歴史や環境のせいなのだろう。
そう一人納得しつつ刀弥は夜天の空を見上げ続ける。
と、そこに一筋の流れ星が線を描いた。
「お、流れ星か……」
「うわあ、久しぶりに見たかも」
感動に浸ったリアのその言葉に刀弥は少し己の記憶を思い返してみる。が、流れ星を見た記憶などとんと出て来なかった。
「俺は初めてかもしれないな」
「そうなんだ」
それで少しの間静寂が訪れる。
「……私の世界じゃ流れ星は特に意味を持たないけど……刀弥のところは?」
「流れている間に願い事を三回口にすると叶うなんて言う話があるな」
それを聞いてリアの表情が笑顔になった。
「それじゃあ、次の流れ星まで待ってようかな。刀弥が勝てるように願うために……」
「そんなことしてたら朝になるぞ。寝た方がいい」
「刀弥もね。これじゃあ疲れをとるどころか疲れが増すだけだよ」
その正論に刀弥はぐうの音も出ない。
そんな彼の背後にリアが回りこむ。そうして彼女は宿屋へと戻るべく刀弥の背中を押し始めたのだった。
「ほら、早く行こ……なんなら、寝るまで側で見張ってようか?」
「い、いや、それはいい」
そんな事されたらなおさら寝られない。
慌てた様子で刀弥が断りの叫びをあげると、それを見てリアがクスッと笑う。
「じゃあ、ちゃんと寝てよね」
「わかったから、押すな」
そんな他愛のない会話。
けれども、そのおかげか刀弥の気持ちは幾分か安らいだ。
緊張も不安もない。恐らくこれなら安念に満ちたまま眠ることが出来るだろう。
そんな思考をしながら、刀弥はリアと共に宿屋へと足を向けるのであった。