四章二話「足を失いし双棍の使い手」(3)
次で対戦をしようと思ったら、時間が足りなくてさらに伸びたでござるの巻(コラ
すみません。ということで、対戦は再来週(つまり(5))の予定になりそうです。
試合が終わり、休憩もしくは帰宅のために人々が闘技場から出てくる。
試合の熱がまだ引いてないのか皆、先ほどの試合の話で盛り上がっているようだ。あちらこちらで先の試合に関する内容の話をしているのが耳に入ってきた。
そんな彼らを横見に見つつ、刀弥達も闘技場から出る。
彼らの手には飲み物が握られていた。中身は冷たい果汁ジュースだ。
「ん~~!! 体の芯から冷えてくるような感じがするね」
ジュースを飲んだリアがそんな感想を述べてきた。それに刀弥も同意する。
酸味のある酸っぱさとすっきりした味わい。その上でひんやりとした冷たさ。それらが熱気で浮かされた彼らの気分を爽快にしてくれる。
おかげで熱も引いてきた。
「で、どうだった? 明日の対戦相手の感想は」
と、そこでレンが試合の感想を訊いてくる。
「……驚きを通り越して感心だな」
それに刀弥は肩をすくませそんな感想を返した。
棍棒を足がわりにした移動法、状況に応じた判断力、そして二本の棍棒を繊細に扱う技術、どれも足が動かないというハンデを払拭させるほど見事なものだった。
あれで足が動いたのなら勝てないのではとそう思ってしまうほどだ。
「明日の試合、勝てそう?」
すると、彼の感想を聞いてリアがそんな質問をしてくる。
瞳には興味の色があり、そこから純粋な疑問からの問いだというのがわかった。
「う~ん。動きについていけるだろうけど……問題はあの移動法だな」
馬と互角のスピードを繰り出すあの移動法。さすがに速度を自慢とする刀弥といえどあれには追いつけない。
「あれか。確かに凄いよね」
「あの走法はカリスの代名詞みたいなものだからね~。彼が闘技場で戦えるのはあの走法があってこそだし……」
確かに移動方法がなければどんなに能力が高くても活躍などできなかっただろう。恐らくあの移動法の完成にかなり力を入れていたはずだ。
「……何故、カリス・コンデルトはそうまでして闘技場に残ろうとしたんだろうか?」
「私がどうかしたのかい?」
湧き出た疑問を口にする刀弥。
そこへ新たな声が加わってきた。
その声に反応して慌てて刀弥達は声の聞こえてきた方向へと顔を向ける。
すると、そこには当の本人がゆっくりとやってくるのが見えた。
灰色の髪と青碧の瞳に長い二つの棍棒。間違いない。
「やあ、レン。久し振りだね」
「おお、カリス。試合観てたぞ」
どうやらレンは彼と顔見知りらしい。考えてみればレンも闘技場の常連だ。彼と知り合いでもおかしくないだろう。
「あ、紹介する。最近参加するようになった風野刀弥だ。もう一人は彼の連れのリア・リンスレット」
「よろしく。カリス・コンデルトだ」
そう挨拶してカリスが右手を差し出してくる。
それを見て刀弥も右手を差し出し二人は握手を交わした。
「よろしく。風野刀弥だ」
「リア・リンスレットです。よろしく」
「明日の対戦相手だね。それで今日の私の試合はどうだったかな?」
笑みを見せて問い掛けてくる相手に刀弥は先ほどの感想を告げる。
すると、その感想を聞いてカリスはさらに笑みを深めた。
「それは最高の褒め言葉だね」
「そうか?」
確かに褒め言葉のつもりだが、そこまで評されるほどの内容だとは刀弥には思えない。
すると、そんな感情を読み取ったのか、カリスがその訳を語りだした。
「足が動かないからという理由で私を下には見てないからね。私からしたら最高の褒め言葉だよ。実を言えば初めて戦う人は私を下に見ることが結構多いんだ」
そうして彼は刀弥の傍にいるレンを見る。
つられて彼女の方を見ると、レンは後頭部を手で掻きながらカリスの視線から逃れるように目を泳がせていた。気のせいか脂汗もにじみ出ている。
おかげで大方の事情に見当がついた。
「……なるほど。負けたのか」
「いや~。まさかあんな戦い方するとは思ってなかったし、刀弥みたいに見に行かなかったからね~。開始と同時に接近されて後はボコボコ。あはははは……」
乾いた笑い声を出しながら、レンは逃げるように己の視線を逸らす。
やはり、この手の話題はあまり追求されたくないらしい。
刀弥としてもカリスに少し聞いてみたいこともあったこともあって、それ以上の追求は控えた。
代わりにカリスにこんな質問をする。
「そういえば足のことなんだが、やっぱり治せないくらい酷いのか?」
魔術や魔具などがある世界だが、それでも限界はあるはずだ。それを確認するための問いだった。
しかし、カリスはその問い掛けに困ったような顔を浮かべる。
「う~ん。このくらいの奴なら遠くの世界じゃ治せるって聞いたことはあるけど……正直、そうまでして治しに行こうとは思わなかったな」
「え!?」
治せる技術があるということにも驚いた。だが、それ以上にカリスが治しに行こうとは思わなかったいう事に驚愕を隠せない。
「な、なんで治しに行こうと思わなかったんだ?」
その驚きのままに刀弥は質問を重ねる。
「闘技場を離れる気がないからだよ。だから、別の戦い方で闘技場に残り続けることにしたんだ」
「治せる場所へ行くより新しい戦い方の修行をしたほうが闘技場を離れる期間が短かかったってことか?」
「まあ、そういう事だな」
口調からして本気でそう考えているらしい。
その考えが理解できず刀弥は言葉を詰まらせてしまう。
すると、彼のそんな反応を見てカリスが笑った。
「君の反応はわかるよ。大体この話をすると皆、君みたいな反応するし」
それはそうだろう。足という生きていく上で重要な機能が損なわれているのにも関わらず、闘技場に出続けたいという理由で治さないと言っているのだから皆の反応は当然だ。
「でも、私にとっては闘技場に出場する方が大事なんだ」
「どうしてだ?」
治す以上に闘技場に出る方が大事というその理由。それがわからなければ彼の言い分は理解出来ない。
だから、刀弥はその訳を知りたいと思った。
何故、そう思ったのかは自身でもわからない。
ただ、それが何か自分にとって大事な取っ掛かりになるようなそんな気がしたのだ。
カリスは刀弥の問い掛けに迷うそぶりを見せる。
「……憧れだったからね」
けれども、決心が付いたのか少し恥ずかしそうな顔をしながらそんな返答を返してきた。
「憧れ?」
「そう、憧れ。私はここの街の人間なんだけど……当然、小さい頃から闘技場の試合を見てきたんだ」
どこか懐かしむような遠い目を空へと向けながら彼は話を続ける。
「広いフィールドで光が飛び交い、風が走り、剣がぶつかり合う。そんな彼らに声援を送る人達。知ってるかい? この街で一番人気の職業が闘技場の出場者だってこと」
当然、知らなかった。なので刀弥とリアは首を横に振る。
「まあ実際の所、なるだけなら簡単なんだ。登録するだけだからね。だから、詳しくに言うなら人気者の闘技場出場者っていうのが正しいかな。で、私もそれに憧れた一人で自分もいつかあの舞台に立って活躍することを夢見ていたんだ」
確かにこれだけ派手で多くの人が見る内容だ。その中で活躍なりしていけば多くの人が注目し応援もしてくるだろう。当然、中にはそんな彼らのようになりたいと思う人だっているはずだ。
「そのために小さな時から棍棒を使って稽古をしていたよ。毎日毎日……それは闘技場に参加できるようになってからも変わらない。私が憧れたあの姿に届くその日まで私は続けるつもりだった。しかし、当時は中々届かないものだと思っていたよ。上がれども上がれども、まだまだだと思って上を目指し続け、そうして気がついたら大怪我をしていた」
そこでカリスは一呼吸間を置いた。
「しかし、皮肉なことにその怪我のお陰でとっくに憧れに届いていたことに気が付いたんだ。多くの人に心配され、それでわかったんだよ。ああ、俺は既に憧れた場所に立っていたんだって……」
眉をゆるめ、穏やかな瞳で彼は告げる。
「だから、俺は彼らのためには早く闘技場に復帰したかった。そのために無茶をしたんじゃないかと問われたらその通りだな」
そう言ってカリスは自嘲の笑みを浮かべた。
人によっては呆れる選択をしたなと思うだろう。実際、刀弥もそういう胸中がない訳ではない。
けれども、満面の笑みを浮かべる彼を見ていると、そういう選択もありなのかもしれないと自然にそう思えてしまった。
「君にはあるかい? そういう憧れや夢が?」
「俺は……」
その問いに刀弥は返事を返すことができない。当然だ。彼はまだ己の夢を持っていない。
だが、それで彼は気が付いた。
闘技場に出場するのが大事だと言ったカリスにどうしてと尋ねた自分。
何故、そんな事をしたのかと自分自身でも疑問だったのだが、彼の闘技場に拘るその姿勢がリリスやリアに似ていたのだ。だからこそ、刀弥はそれを確かめるためにそんな問いを投げかけたのだ。
こうと決めた事を胸に抱き、ただ真っ直ぐそれを為していく。
リリスは自分の世界の謎を解くために遺跡の研究者となり、日夜様々な技術や情報を集め、遺跡を調べることでその夢を着実に叶えていった。
リアはというと、いろんな世界を巡るという夢を現在実行している最中だ。
そして、カリスは人気者の闘技場出場者であり続けるために足を治すことよりも早く復帰することの方を選んだ。
――眩しいな。
なんとなくそんな風に思ってしまった。
「どうかしたのかい?」
そこに首を傾げたカリスが声を掛けてくる。
恐らく、回答が中々返ってこないことに疑問を持ったのだろう。
「え、あ、すいません。実を言えばそういうのを考えたことがなくて……」
「そうか。それはすまないことを聞いた……っと、すまない。用事があるのでそろそろ失礼させてもらうよ」
どうやら何か用事があったようだ。そう言うとすぐさまカリスはその場を後にする。
器用に左右の棍棒だけで歩くその姿に淀みはなく、まるで二本足で歩く人の如く当然の動きだ。
「おう、明日頑張れよ」
去っていくカリスにレンは手を振りそんな言葉を送った。
やがて、カリスの姿が見えなくなるとレンは振っていた手を下げる。そうして彼女は刀弥達の方へと向き直った。
「それじゃあ、あたし達も帰るか」
「だね。刀弥も明日は試合だし早めに寝たほうがいいよね?」
「まあ、そうだな」
万全を期すためにもその方がいいだろう。体調不良が原因で負けるのはさすがに刀弥としても避けたい。
そうして三人は宿屋へと向かって歩みを進めることにしたのだった。