四章二話「足を失いし双棍の使い手」(2)
第三闘技場に闘技場に辿り着いた三人は観客席に座る。
観客席は前回のレンの試合を見に行った時と同じくらい多くの人で埋まっていた。
「それでカリス・コンデルトってどんな奴なんだ?」
席に座ると同時に刀弥はレンにそんな質問する。
相手について簡単に知りたいと思ったからだ。
「見るのが一番早いんだけど、そうだね……とりあえず足が動かない棍使いっと言えばわかりやすいか」
「え!? ……足が動かない?」
その一言にリアが絶句する。
無理もない。それは実質戦える状態ではないことを意味しているからだ。普通、そんな状態で闘技場に参加しようとは思わない。
「そんな状態で戦えるのか?」
リアと同じく刀弥もその事実が信じられず、ついそんな問いを発してしまう。
すると、そんな彼らを見てかレンが笑みをこぼした。
「まあ、驚くのも無理ないか。聞いた話だと確か闘技場での怪我が原因だったかな。でも、戦えるのは本当。実際、勝ち星はしっかり重ねているからね」
ならば、そんな状態であるにも関わらずちゃんと戦えるだけの力があるということだ。
足が動かないという状態でどのようにして戦っているのかが気になるが、説明を求めた所で長くなるだけだろう。
なので、刀弥は別の話題を切り出すことにした。
「ちなみに対戦相手の実力は?」
「ん~と、確か同じくらいだったはず。だから、いい試合になると思うよ」
つまり、カリスの実力をしっかりと確認できるということだ。
その事に内心満足しつつ、刀弥はバトルフィールドに視線を戻す。
すると、丁度扉が開き出場者二人がバトルフィールドに入ってくるところだった。
片方は馬に跨った男――ちなみに闘技場のルールでは馬等の騎乗系、ゴーレム、モンスター等も武装としてみなしているので問題ない――。男と馬共に金属製の軽鎧のようなものを身につけており、鞍の左側には彼の武器なのか小銃がぶら下がっている。大柄な体躯で派手な金髪をしており、黄緑色の瞳はただひたすら前を向いていた。
もう片方は身長ほどもある二つの棍棒をそれぞれ左右片手で持った灰の髪と青碧の瞳を宿した男。足は動いておらず、変わりに彼は左右の棍棒を足がわりに己の身を進ませている。
その動きは鈍ることなくスムーズで棍棒一本だけで支える時も腕が震えることなく、またバランスもしっかりととれていた。
「あれがカリス・コンデルトか?」
「うん、そう」
彼の問いに当然とばかりにレンが頷く。
確かに彼女の言う通り、足が動かないようだ。
そうして指定の場所に辿り着くとカリスはその場にへたり込む。どうやら立ったまま止まるのはできないようだ。
――そんな状態で一体、どんな戦いを見せるのか。
心の中でそう思いつつ、刀弥は試合の開始を今か今かと待つ。
やがて始まりの音が鳴り響き、それと同時に両者は動き出した。
まず派手に動いたのは男のほう。彼は開始と同時に馬を左へと向かせると、すぐさまカリスから距離をとろうとする。どうやら安全な位置から小銃で攻撃するつもりのようだ。
だが、その狙いは思い通りにいかなかった。直後、カリスが男に追いついたからだ。
「は?」
思わず刀弥は間抜けな声を漏らしてしまった。その理由は三つある。
まず一つ目は動けないはずの彼が動いているという矛盾に対する疑問。二つ目はその速度が恐ろしく速かった事に対する驚き。そして、三つ目。彼の意外な移動方法を見ての唖然だ。
カリスの移動方法。それは左右の棍棒を車輪のように縦に回しての滑走だった。
中指を軸にその他の指を動かし手首を回し回転させる。その勢いに押されて棍棒は半回転。
反対側が小指に届き、そうして再び先の流れを繰り返すと永遠と棍棒が円を描くことになる。
だが、問題はその動作がかなり速く力強いということだ。
馬に追いつくだけの速度となると手首や指にかなりの力が必要で、かつ繊細な動作を可能とする技量がなければならない。それを彼はやってのけている。
もはや刀弥は呆れを通り越して感心するしかなかった。
そうして追いついたカリスは少しの間、馬の右側を並走すると器用に己の身を跳ね上げ、男の馬目掛けて進行方向側から右の棍棒を叩き込んだ。狙う場所は馬の首元。そこならば潜ることも飛び越えることもできない。
真横へ逃れることもできない上に最早止まっても避けきれない距離というそんな状況。故に観客の誰もが当たると思っていた。
だが、男はそんな攻撃を防いでしまう。
男がとった手段は単純だ。左手で小銃を引き抜き右手を添えて構えると、それを棍棒目掛けて放ったのだ。
小銃の銃口から光弾が放たれ、それが棍棒の先端とぶつかる。
瞬間、棍棒は何か固いものにぶつかったかのように弾かれてしまった。
弾かれた棍棒に腕を引かれたカリスは身を時計回りに回しながら左手の棍棒で床をつくと、再び滑走。器用にバランスを取りながら左側の棍棒だけで再接近する。
無論、男もそれを黙って見ているわけではない。すぐさま小銃で迎撃しようとした。
小銃は次弾が発射されるまでそれなりの間があるが、一発一発の威力は高いようだ。その証拠にカリスが光弾を棍棒で防ぐ度に彼の前進が止まっていた。
逃げる男とそれを追うカリス。
しばらくの間、彼らはバトルフィールドの外縁ギリギリを時計回りに回りながらそんな攻防を繰り返す。
始めこそ光弾を真正面から受け止め静止していたカリスだったが、時間の経過と共に防御法も変化。最終的には銃弾を防御しても静止することなく追えるようになっていた。
新たな防御法は光弾を正面以外の方向から叩くことで光弾の軌道を変えるというもの。
これによって光弾の威力をまともに受けることがなくなり、結果足が止まるという事態が回避されたのだ。
そのまま守りで粘るカリス。彼はただひたすらチャンスを待つ。
そのチャンスはすぐにやってきた。
撃ち続けた疲れたのか男の射撃が突如乱れたのだ。
その隙をカリスは見逃さない。すぐさまその隙を突いて接近する。
接近したカリスは左手の棍棒で突きを放った。滑走を緩めぬままに放たれた突きは速度ものってかなりの威力を持っている。
棍棒の行き先は馬の横っ腹。どうやらカリスは馬を傷付けることで相手の機動力を削ぐ狙いがあるようだ。
だが、男はそれを右足を使って下へと逸らす。彼は右へと体重を掛けて体を傾かせると、その勢いと共に右足を蹴り下ろしたのだ。
体重を掛けられた棍棒は腹の下、つまり前足と後ろ足の間を突き込む形となる。
さらに男の行動はそれだけでは終わらない。
未だ静止しきれていないカリス目掛けて小銃の銃口を向けると、その引き金を引いたのだ。
光弾が放たれカリスの右肩へ向かって飛んで行く。
カリスはまだ止まりきれていない。自ら弾へと当たりに行くかのように接近していく。
かなり最悪の状況。だが、それをカリスは見事に脱出した。
なんとカリスは己の身を下に降ろして光弾の下を潜ったのだ。
方法としては回していた右側の棍棒を逆手で掴み、その握りを緩める。
すると、棍棒の車輪が止まり、体よりも前にある棍棒の先端が地面と接触すると同時に急ブレーキとなった。
けれども、握りを緩めているので彼の身は完全には止まらない。そのまま棍棒のレールに沿うように前下へと前進していった。
結果、光弾は彼の右肩上を通り過ぎ外れてしまったのだ。
相手の射撃を避けたカリスは今度は攻撃を外した左側の棍棒で己の体重を支えると、右手側の棍棒を己から見て反時計回りに回し攻撃をぶち込もうとした。
前進した分、棍棒は前より後ろのほうが長い。当然、回る棍棒の先端の先は馬の胴だ。
馬も進んでいる分、後ろ足がカリスに迫っているが、それよりも先に棍棒が当たるほうが早い。小銃も次弾発射までまだ時間が掛かる。
男の思考は一瞬。彼はすぐさま右足を棍棒の進行先に置いた。馬が傷付くより己の右足が負傷したほうが軽いと判断したのだ。
打撃音が響き渡り、男の顔が苦痛に歪む。だが、その甲斐もあって馬は無傷。
一方、男にダメージを与えたカリスはというと、左の棍棒を跳ね上げて迫る後ろ足から身を守ると、その勢いを利用して男と馬から距離を離した。
そこを逃さず男が小銃を構え放つが、光弾はカリスの右棍棒によって防がれてしまう。
舌打ちする男。そこにカリスが再接近してきた。
両者は向かい合う形で迫り合う。
先に仕掛けたのは男の方。再び小銃で銃撃を放った。
けれども、当たり前のように左の棍棒で軌道を逸らされてしまう。
無論、男だってこの結果は想定していたはずだ。故にここからが彼の本当の狙いだった。
なんと彼は突然構えを解くと持っていた小銃をカリスに向けて投げつけたのだ。
予想外もいいところなこの行動にカリスも驚いたらしい。驚愕の表情を浮かべたのが、刀弥の位置からでも確認できた。
とはいえ、カリスも黙ってこの投擲を食らうつもりもないらしい。右側の棍棒で突いてその小銃を横へと退かせる。
だが、その時だ。いきなり光弾がカリスの右肩を貫いた。
光弾は右肩を抜けるとバトルフィールドに穴を開けて霧散する。
小銃はたった今、地面にバウンドするところで撃ち出された形跡はない。
ならば、どこから撃ったのかと皆が思っていた時だ。
不意に彼らは気づいた。男の右腕がカリスの右肩にカリスに向けられていることに……
なんと射撃は男の右腕の下、袖の中から撃たれたのだ。
どうやら袖の中に暗器のような隠し銃を仕込んでいたらしい。そして射撃と投擲で左右の棍棒を使わせ、がら空きとなったその瞬間、隠し銃で狙い撃ったのだ。
なかなか工夫のこらした不意打ちの思わず刀弥は感心してしまう。
それは観客も同じだったらしい。男の見事な策に闘技場内は沸き上がっていた。
右肩を負傷したカリスはフラリと後ろへバランスを崩しそうになる。けれども、なんとか持ち直すと左側の棍棒で再度接近を試みた。
男のほうはと言うと、馬を巧みに操り前足で小銃を浮かせるとそれを左手でキャッチ。
構えを作ったと同時に速射する。
隠し銃を警戒したのか、カリスは回避を選択。左の棍棒が地面に付いた瞬間に強引に握って回転を止めると今度は手首を使って己の身を右へと飛ばした。
実際のところは前進の勢いを消しきれていないので右前への移動だが、それでもしっかり右へは移動できている。おかげで、光弾を避けることには成功した。
しかし、相手の攻撃もそれでは終わらない。続いて隠し銃を撃ってきた。
狙いはまたカリスの右肩側。カリスは右側の棍棒を何とか持ち上げて対応する。
光弾は棍棒の振り上げを受けて上への軌跡を新たに作った。しかし、カリスの顔は苦痛に歪んでいる。負傷した右腕側を使ったのだ。肩に痛みがきているのだろう。
だが、そこに男の第三の攻撃が迫った。
攻撃は単純だ。騎馬による突撃。まともに受ければひとたまりもない。
男は最初からこれを狙っていたのだ。先の小銃も隠し銃もこのための布石。
カリスはまだ棍棒で対処できる状態ではない。男がそうなるように仕向けたのだから当然だ。
そうして速度をもった凶器がカリスに襲いかかった。
弾かれ上へと舞うカリス。だが、そのタイミングがかなり早い。
理由は彼の右側の棍棒だった。なんと彼は光弾を弾くと同時に右側の棍棒を下方向へとずらしていたのだ。それによって棍棒の先端が馬の胸当て部分と接触。
結果、馬の勢いに棍棒が押され、それにカリスが引っ張られたのだ。
宙を舞うカリスは体全体を使って姿勢を整えると綺麗に縦に一回転。その瞳は静かに騎乗の相手へと向けられていた。
男の位置はカリスの真下。その顔は口を開け唖然としている。
そこにカリスは身を捻り、左の棍棒で渾身の突きを見舞った。
男に抗う術はもうない。そのまま棍棒は男の頭部を打撃し、快音を闘技場内に響かせたのだった。
04/06
対戦者の髪と瞳の色を追加。