四章二話「足を失いし双棍の使い手」(1)
と、言うことで二話開始です。
タイトルでいろいろとネタバレですが、気にせず読んでください(笑)
昼は灼熱、夜は極寒とも言える気温が特徴のサグルト。
ならば、その間である朝の気温は当然その中間だ。暑くもなく寒くもない丁度いい気温。
そういう訳でサグルトでは一日の中で朝と夕方が一番過ごしやすい時間といえるだろう。もっとも街の中は気温の調整が効いているので、あまりそれを実感することはないのだが……
街の建物は四角い立方体の形状をしており、陽の光を反射するためか色は白色。
稀に灰色や少し別の色が混じっていたりもするが、白が基本になっているのはどれも変わらない。
風を取り入れるためなのか窓やドアは開かれている。窓にはカーテンもあり、それも白系が基本だ。
そんな建物が並ぶ朝の通り。そこ三つの影が歩いていた。
「うぅ……頭が痛いや」
こめかみを手で抑えながらレンがそんな呻き声を漏らしていた。二日酔いだ。
隣を歩くリアも同じように辛そうな顔をしている。
「リア、大丈夫か?」
「う、うん。ちょっと頭痛はするけど、平気」
心配する刀弥にリアは笑みを返そうとするが、若干引きつっており無理をしているのがまるわかりだ。
「無理するなよ」
「大丈夫だって、これでもレンよりはマシだと思うし」
確かにそうだなと思いながら、刀弥は未だうんうん唸っているレンに視線を向ける。
二人がこうなっているのには訳があった。
昨日の夕食、宣告通りレンが酒を飲みまくったのだ。
どうやら今日は試合がない日だったらしい。故に躊躇いなく酒を次々と飲んでいった。
そうして酔っ払った彼女はそれに付き合ったリアにさらに酒を勧めたり、抱きついたりと大暴れ。
さらにその毒牙は刀弥にもおよび、酒を押し付けたり果ては飲み物をすり替えたりとやりたい放題だ。
結局、最後は呆れた宿屋の女将さんが彼女を無理やり部屋へと連れいていった事でお開きとなったのだった。
その事を思い返して刀弥は溜息を吐く。
リアは同情の余地があるが、レンに関しては自業自得なので心配しない。
これまでの出来事などを通じて彼女の性格はある程度把握できている。遠慮は無用だろう。
むしろ、遠慮していては押し切られる可能性もあるので、必要であれば強きに行くべきだ。
現在、刀弥達は第二闘技場へと向かっていた。掲示板を確認するためだ。
レンの話によると、大体初めての参加者は登録された翌々日、つまり明日には試合が行われるらしい。ちなみにその次の日は初戦の緊張を和らげる意味もあってか、試合がないのが通例だそうだ。
そうして、第二闘技場に到着した三人。
入口前にある掲示板にはワラワラと人々が集まっていた。
「全員、参加者という訳じゃないよな?」
「賭けをする人達も見に来てるんじゃないかな。早めに知って情報とか集めたり、その情報を売ったりするために……」
「へ~。そうなんだ」
感心の声をあげてリアはそんな人々を眺める。
「たぶん、すぐ去っていく人達が参加者だな。武器を持っているし。反対にじっと掲示板を見つめているのは情報を集めている連中。本当、精が出るね」
確かに一瞥した去っていく人達は皆、何かしらの獲物を持っていた。
その一方で未だに掲示板に残っている連中は一人残らず、視線が掲示板と手に持つメモらしき物との間を行ったり来たりしている。
どうやら名前から過去の情報を探っているらしい。
「……やっぱり全員そういう専門家か?」
「だと思うよ。これで生活費を稼いでるらしいし」
「あははは……凄いね」
最早、呆れるべきなのか感心するべきなのかもわからない。
そんな彼らを一瞥しつつ、ともかく刀弥達は掲示板をチェックすることにした。
「……と、あった」
自分の名前を見つけ、声をあげる刀弥。その声でリアとレンは彼の視線の先を見る。
「明日の昼過ぎか~。時間帯としては丁度いいね」
「そうだな」
その辺も初参加者への計らいなのかもしれない。
その事に感謝しつつ、刀弥は自身の対戦相手の名前を確認する。
「相手は……カリス・コンデルト」
「ああ、あいつか」
「知ってるのか?」
「かなり特徴的な奴だからね。大体皆すぐに覚えるんだよ」
レンがそう言うということは余程、特徴的な相手なのだろう。
そう納得しつつふと、刀弥は今日の試合の予定も見てみる。
「あ、そいつの試合、今日あるな」
「……あ、本当だね」
刀弥とリアの見つめる先、そこには確かにカリス・コンデルトの名前があった。
時間は朝と昼の丁度中頃の時間帯だ。
「じゃあさ、朝飯食べながら時間潰して試合観に行こうか?」
「うん。そうしよ」
「そうだな」
あえて、情報を得ずに試合に挑むという楽しみ方もあるが、今回は初参加ということで勝ちたい気持ちもある。
そのため、刀弥は情報を集めて戦うことにした。
「とりあえず時間あるし、朝食ついでに市場にでも行こうか。こっちだよ」
そうしてレンが歩き出す。その後を刀弥達は黙って付いて行くのであった。
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市場は活気に満ち溢れていた。
店を開くのは街の住民とここへ商売のためにやってきた人達だ。
店は白い布を屋根にし、木材の木箱を並べその上に布を敷く。
そうして、そこに商品を並べていた。
声を張り上げ商品をアピールする男達、そんな店の前で談笑を楽しむ女達、中にはサボっているのか商品だけ並んで店員がいない店まである。
市場の少し向こう側には広場があり、そこでは闘技場の様子が映し出されていた。もしかしたら、あそこに行ってしまったのかもしれない。
と、その時だ。
広場にいた男の一人が市場の方へと走ってくる。
どうやら試合が終了し、どちかが勝ったようだ。勝者を名前を叫びながら男は通りを駆け抜けていった。
すると、それを聞いて幾人かの男達が喜びのポーズをとり、幾人かの男達がガクリと肩を落とす。察するにほとんどの店員が闘技場の試合の賭けをしていたようだ。
「これがこの街での日常か」
「元気なところって言うべきなのかな」
「まあ、そうだね」
そんな話をしながら店に並んだ商品を眺める。
店に並んでいるのは基本的に食品だ。果物や野菜といった色とりどりの食材が見栄え良くそれぞれ籠の中に入れられていた。
肉類が見当たらないが、レンの説明によると一定の要望が集まったら食肉用の生物を解体して家に届ける仕組みらしい。
他には香水や衣服などが数多く売られていた。どうやらこの辺りの特産品でもあるらしい。
「でも、一番の人気は闘技場の試合映像だね。やっぱり、闘技都市としてこの辺じゃ有名だから」
「映像ってそれ用の魔具に入れて販売しているってことか?」
「それもやってるけど、持ってるならそこに入れることもできるよ」
「なるほどな~」
「あ、ちなみに闘技場の登録を解除する時、無料で自分の試合の映像は貰えるから覚えといて」
そんなサービスまでやってるのかとつい刀弥は感心してしまう。
と、何か見つけたのか、急にレンが足を止めた。それに合わせて刀弥達も止まり、彼女が眺めているものを見る。
どうやら飲食店のようだ。木箱の台の変わりに鉄板らしきものが白い屋根の下に置かれており、その上で一口サイズの肉や野菜が焼かれていた。
店員は十分に焼けたそれらを拾い上げると木の串に刺していき、それをお客に渡す。
「あれにしようか?」
それに二人は頷いた。
香ばしい匂いがここまで届いてきており、二人共食べてみたいと思っていたところだったからだ。
方式としては食べたい食材を指定すると、それを店員が串に刺してくれるらしい。
焼かれた食材は事前にタレにでも漬けられているのか、口にしてみるとその食材の味の他に甘辛い味がした。
焦げのおかげで食感もよく総じて美味しい。食は止まることなく進んでいった。
「うまいだろ?」
左右の手に器用に三本ずつ合計六本の串を器用に食べながらレンが味の感想を尋ねてくる。
「ああ」
「特にこのタレが気に入っちゃった」
それに刀弥とリアは右手に持った串を食べながら応じた。二人共左手には二本の串を持っている。
そうしてしばらくの間、三人は食べ物の話で盛り上がっていた。
ここにある飲食店、これまで行った街や村にあった飲食店の感想、自身の世界の料理。そんな話を三人は競うように語っていく。
そんなこんなで歩いていると市場の売り物が様変わりしていった。
食べ物や香水などの日常品から一転して、武器や防具、果てには弾や矢と思わしきものまで売られている。
「ここは闘技市場って呼ばれてる。見ての通り、武器や防具とか闘技場の参加者が利用しそうな店が集まった市場だな」
「ああ、確かに……」
周りを見てみると、確かにそういう店ばかりが立ち並んでいた。
「ここで売っているのは自分達で作ったものだったり、他の世界から仕入れたものだったりと色々だな」
「レンはここで槍を手に入れようとは思わなかったのか?」
こんな場所があるならリリスに別に頼む必要もないのではと思った刀弥はそんな疑問をぶつけてみる。
すると、レンはあはははと頭後ろに手を回しながらこう答える。
「いいのがなかったからね~。リリスの奴だって期待半分って感じで頼んだものだったし……まさか、ここまでいいのができるとはその時は全く思ってなかったからな~」
考えてみれば槍を作ったことのない人物が作るのだ。それが当然だろう。
「まあ、結果的にいい槍が手に入ってよかったよ。前の槍は使い過ぎてそろそろ危なかったしね~」
それだけ、かなり愛用していたらしい。
思わず刀弥は感嘆してしまう。
と、その時、刀弥の目にこの場所に不相応なものが写った。マッサージ屋だ。
台の上で寝転んでいる客の背中や足を店員が丁寧に揉みほぐしている。
客は気持いいのか、目を瞑りリラックスした状態でそれを受け入れていた。
「なんでこんなところにマッサージ屋があるんだ?」
「試合で疲れた体を癒すためだろ。他にどういう理由があるのさ?」
当然のようにレンがそう返してくる。
「……まあ、そうか。レンは利用したことあるのか?」
「ないな。うちの家系ってあまり体に疲れが残らないから、そういうのって全く利用したことないんだ」
「へぇ、そうなんだ。そういえばレンの家族ってどんな人達なの?」
家系という言葉で家族を連想したらしい。
興味津々という顔でリアがレンに尋ねる。
「親父と御袋は従兄弟同士だったかな。何て言うか親父は暑苦しい人だよ。すぐに抱きつこうとするし、テンション上がると叫ぶし、御袋は笑ってそれをスルーするし……」
「……兄弟とかはいるのか?」
段々と気落ちしていくレン。
そんな彼女をみかねて刀弥は新たな話題を振ることにした。
「兄貴が二人。二人共あたしと同じで今は修行の旅をしている最中だな。うちの家系は一四歳になると、修行の旅に出されるんだ」
「何か私のところにある学院と同じ感じだね」
その言葉で刀弥は彼女の学院の説明を思い出す。
確かリアの学院では伝統行事として卒業生は一~ニ年くらいの間、無限世界を旅することになっていたはずだ。
「へ~。そんな事をやってるのってうちだけかと思ってたよ」
「ちなみに主に何で稼いでるんだ?」
「大体、傭兵で退治とか護衛、あるいは闘技場や大会の賞金とかだな。一応、修行の旅なんで実力がつきそうな奴を選んでる。刀弥達は?」
「いろいろかな。刀弥と一緒に旅してからはモンスター退治を二つ、演習が一つに配達が一つだね」
「そうだな」
戦闘回数は突発的なこともあって、それよりも多いが正式な形の仕事としてやってきたのはそれだけだ。
けれども、こうして思い返してみると、意外にも各出来事をしっかりと覚えている事に刀弥は驚きを得てしまう。
時間としては結構経った気がするのに、出会った人々や出来事は未だ強く記憶に残っているのだ。
自分の世界に居た時は数日前の出来事すらよく忘れてしまっていた。今はそれとは正反対の状態だ。
いつも同じだった日常といつも違う日常。そういう意識の差が思い出をしっかり残しているのかもしれない。
「ん? 刀弥、どうしたの?」
と、レンが考え事をしている刀弥に気が付き声を掛けてきた。
それで刀弥は我に返る。
「あ、悪い。ちょっと考え事をしていた。そういえばレンの世界ってどんな所なんだ?」
先程の食べ物の話の時は聞きそびれたが、少し聞いてみたいとは思っていたのだ。
「ん~。特に特徴なんてないよ。あるとしても大昔は戦争の絶えない世界だったってことくらいかな? それも無限世界と繋がったと同時に終わったみたいだけど」
「? 何で無限世界と繋がったら戦争が終わるんだ?」
ゲートが誕生した事と戦争が終わったこととの繋がりがわからず、刀弥は首を傾げてしまう。
それを見て、レンは笑みを見せながらこう答えた。
「ゲートの向こうには自分達の以上の規模を持つ国や未知の技術があることを知って『このままじゃ侵略されるかもしれない。自分達の世界を守るために一致団結するんだ』みたいな事になったらしいよ」
「ああ……なるほどな」
バラバラの心をまとめるには共通の敵を作ればいいという話は耳にしたことがあるが、これもそういう類の話なのだろう。
そんな意外な理由に刀弥は少し呆れてしまっていた。
そんな彼に構わずレンは話を続ける。
「で、あたしのところの一族って元々はお国のお抱え兵士一族だったんだけど、平和になってお役御免になっちゃって……で、さて、どうしようと思った所で外には強力なモンスターとかの存在を知ってね。それじゃあ、外の世界へ修行と仕事を見つけに繰り出そうって事になったの」
「……えらくアグレッシブな一族だな」
これが自分の国だと『無限世界が安全と確認されるまでは様子を見よう』という方が圧倒的に多いに違いない。
そんな事を思いながら刀弥は苦笑する。
「そうかな?」
「普通だと思うけどな」
けれども、刀弥の台詞にレンとリアが首を捻っていた。どうやらその辺の考え方に隔たりがあるようだ。
思わぬ所で世界の違いを感じながら、ふと、刀弥は市場にある時計に目を向ける。
すると時計はもうすぐカリス・コンデルトが参加する試合が始まる時間を告げようとしていた。
「と、試合もうすぐじゃないか?」
「え? あ!? 本当だ」
同じように時計を見て、レンが叫ぶ。
「今ならまだ第三闘技場に間に合いそうだな。急ごう」
そう言ってレンが走りだす。
そんな彼女を見て、刀弥達も慌てて彼女の後を追い掛けるのであった。