四章一話「闘技都市コローネス」(5)
「へ~。刀弥は渡人なんだ」
通りを歩きながら、レンが驚きの声をあげる。
現在、刀弥達はレンの案内でコローネス内を巡っていた。
途中、届けた旨を伝える手紙を配達の依頼を仲介するところに渡している。これで後は向こうが勝手にリリスの元へと届けてくれる人を探しだして手紙を配達してくれるはずだ。
それが終わった後は屋台で買った軽食を楽しみながら、刀弥達についての話をしていた。
時折、レンが店の紹介や商品の説明をしてくれたりするが、基本は刀弥達についての話がメインだ。
「まあな。おかげでこっちの武術がどんな感じなのか全然知らない訳だが……」
そんなレンの反応に刀弥はそう答えながら苦笑した。
「大体、こっちの武術じゃ、どういう技術とかが基本的に必要になるんだ?」
「ん~。遠距離手段としての斬波に回避、接近のための瞬間移動術。できればこの二つは欲しいけど、斬波は取得が難しくて大変なんだよね~。他にもいろいろと技能や技術はあるけど、後はそれぞれの戦い方次第で使ったり使わなかったりって感じだし……」
「なるほどな」
瞬間移動術は刀弥も使っている『縮地』の事だろう。
実際、あの技術は名前は違えど他の武術の家でも使われていたりするので、風野家のみに伝わる技術ではない。ただ、その戦術上、重点的に用いていられているので風野家を代表する技術となっているだけだ。
「必須の防御技とかはないのか?」
「防御技がない訳じゃないけど、武術使いの場合、基本は可能な限り回避か攻撃による迎撃だね。多様な魔具や魔術の攻撃全てに防御技が対応できている訳じゃないから……特に雷とか広域攻撃とかは……ね」
「それで回避がメインという訳か」
「そういう事。後はそもそも使わせないっていうのがあるかな。とりあえず最初は武術の基本を教えながら、斬波の取得させるための修行をしているところが多いと思う。あたしの家もそうだったし」
「あたしの家? もしかしてレンって武術の家系なのか?」
その言葉に引っかかりを覚え、刀弥はレンに尋ね返してみる。
すると、彼女は胸を張ってどこか自慢するような口調で次のように応答を返した。
「実はそうなんだ。ソウルベッサー流槍術、それがあたしの家に伝わっている武術」
「へ~。レンのところも代々続いているお家なんだ」
その話にリアも入ってくる。どうやら代々続いているという部分に共感したらしい。
「も、ってことはリアもそういう家系なの?」
「魔術師のほうだけどね。あ、でも刀弥は剣術の家系らしいよ」
「と言っても、こっちと比べると実力のレベルはそれ程高くないと思うけどな」
リアの紹介に刀弥は謙遜するように手を振り苦笑する。
けれども、レンは興味を持ったらしい。
「へ~。どんな剣術なんだ?」
瞳をキラキラとさせて、そんな問いを投げかけてきた。
「俺の家の剣術は速度を生かした接近や回避に重点を置いた剣術だな。『縮地』っていう、たぶんこっちでいう瞬間移動術を用いた剣術だ」
「なるほどなるほど。ってことは結構当てるのが大変そうだね」
「どうだろうな。速さはそれなりに自信はあるが、だからといって当たらないかは別だしな。その辺は駆け引きや先読みの部類だし……」
どれだけ速かろうが、どこに行くのかがわかれば後は当たるタイミングでそこに攻撃をするだけだ。なんなら、攻撃を先に置いておくだけでもいい。それで当たる。
速度がある分、置いただけでもそれなりにダメージを食らうだろう。特に縮地は一度、地面から離れると止まるまでは方向転換も静止もできない。つまり、発動直後に行き先に攻撃を放たれれば避けることは不可能なのだ。
一応、防御は可能だが、細身の刀では相手の威力によっては心伴い。下手すれば刀を破壊してなお、負傷させるだけの威力を持っている可能性もあるだろう。
「あ~。確かにそれはあるかも……」
あははは、とばかりにレンが笑う。
それにつられて刀弥達も乾いた笑いを返すのだった。
「そういう話ならあたしのところの爺ちゃん、その辺りは凄いよ~。どんだけ動きまわってもたった一回の突きで当ててくるんだから。あ、そこのお店の飲み物、すっごく甘くて美味しいから、おすすめ。で、これまでどんな旅をしてきたの?」
話の途中で店を紹介し、すぐさま元の話に戻るレン。
その問いの答えとして、刀弥はこれまでの旅の内容を話すことにした。
ロックスネークとの戦闘、シェナとの出会いによる遠距離対策、カイエルから教わった斬波……
それをシェナは問いを混ぜながら耳を傾ける。
特に興味を持ったのが戦闘関連で、知り合った人のの実力を知りたがる傾向があった。
どのくらいの事ができるのか、どんな印象だったのか、そして、強そうだったか。
訳を聞いてみると、強そうな人だったら戦ってみたかったかららしい。どうやらかなり戦い好きな性格のようだ。
「闘技場に参加しているのもその辺の理由からか?」
「そうだね。いい経験になるかなって思って参加したんだ。あ、ついでにお金稼ぎもあるかな。勝ったら賞金もらえるし……」
「じゃあ、ただ単に槍を待っている間の暇つぶしって訳じゃないんだ」
「むしろ、闘技場がメインだね。槍は闘技場に飽きたら、自分の足で向かおうかとも思ってたし……はむ」
軽食を口に運びながらレンは楽しそうに己の事を語る。
そんな彼女を見てか、刀弥達も頬を緩ませ会話を楽しんでいた。
「でも、刀弥はもう斬波を取得してたんだ」
「と、言っても単発の直進が今は限界だけどな」
カイエルの斬波を思い出す。
一瞬の間に突きの斬波を束で繰り出したり、斬波を曲げたり……
あれが、斬波を完全にものにした者の姿なのだろう。
そんな彼と比べると自分はまだまだだとそんな風に刀弥は己の事を評価していた。
「そう言うレンはどうなんだ?」
「あたしも似たような感じ。完全習得には程遠いね」
レンも同じようで笑い声と共に肩をすくませる。
「あ、でも、それなら……」
と、何かを思い立ったのか、レンが顎を手に乗せ何やら思案を巡らし始めた。
いきなりの事に刀弥とリアは互いに顔を見合わせ、それから再びレンの方へと視線を戻す。
やがて、考えがまとまったのかレンは顔を上げると、刀弥に向かって次のような提案をしてきた。
「ねえ、刀弥。闘技場に出てみない?」
「はい?」
突然、そんな事を言われ驚く刀弥。それはリアも同じだったようで呆けた瞳が一度だけ、刀弥の方を見る。
「いやさ、さっきの話を聞いていると、対人の経験が少ないかなって思ってね。あったとしても弱い盗賊や練習、試験みたいな感じの奴みたいだし」
「まあ、そうだな」
実際、その通りなので刀弥としては頷くしかない。
命のやり取りをしたのは最初の盗賊だけで、以降は気楽な練習や試験のみ。加えて言えば相手は手心を加えている。
対人の真剣勝負の経験は圧倒的に少ないと言っていいだろう。
「で、闘技場に出てその経験を積んでみたらって思ってね。斬波が同じくらいなら、実力も同じくらいだろうし……」
「…………」
そう言う意味では、確かにレンの提案は頷けるものがある。
だが、刀弥としては気になることもあった。
「俺なんかが出ても本当に大丈夫なのか?」
その一点がどうしても気になるのだ。
闘技場に来る前にリアとした会話。あの不安が刀弥の心を苛む。
「だから、大丈夫だって」
そんな彼の心中に気付かないレンは気楽そうにそう返してきた。
だが、それが逆に刀弥の不安を増大させる。
本当に己の力は通じるのか、彼女の勘違いではないのか、出た所で負けるだけではないのか。
次々と浮かぶそんな懸念。
何より――
――出た所で人々に笑われるだけではないのか。
そんな恐怖が彼の胸中に渦巻いていたのだ。
刀弥がそんな事を考えていたのは数秒にも満たない。
だが、確かに数秒の間、彼は迷いの表情を浮かべていた。
本人も気付かず出していたそんな顔。それをリアは偶然、目撃してしまった。
始めは瞳を大きくしていた彼女だが、やがて、やれやれとばかりに一人溜息を吐くと彼の傍へと歩み寄る。
そうして、リアは刀弥に次のような事を告げたのだった。
「ねえ、刀弥。ここは余計な事を考えずに素直にやるのがいいんじゃないかな?」
優しく囁くように告げられたリアの言葉。
それを聞いて刀弥は無意識のうちに彼女の方へと顔を向ける。
「今、刀弥はいろんな事を考えてしまって、ちょっと臆病になってるんじゃないかな? だから、ここは思い切って自分のしたい事をするのが一番いいと思うんだ」
「だが……」
「はいはい。悪い想像は禁止。大体、駄目だっていいじゃない。その時は次はいい結果出せるように頑張ればいいんだし。笑われるのが嫌ならさ……私だけを見ていればいいんだよ。私は絶対、刀弥のこと笑わないから。それなら大丈夫でしょ?」
その台詞に刀弥は無言になるしかない。
静寂は短い間。やがて、刀弥は大きく深呼吸をする。
そうして心を落ち着けると、レンの方に向き直り最初の問いへの返答を返すことにした。
「わかった。出ることにする。正直、興味もあったしな」
「うっし!! それじゃあ、早速闘技場に登録を済ませに行こっか。ここからなら第一闘技場のほうが近いかな」
彼の是の答えにレンは喜の感情を隠すことなく表に出し、そんな事を口にすると、先導するように二人を第一闘技場へと連れていくのであった。
――――――――――――****―――――――――――
第一競技場の内観は刀弥達が入った第二闘技場と何ら変りがなかった。
白い壁と天上、そしてその天上を支える円柱状の灰色の柱。
そんな中を三人は受付へと向かって進む。
「いらっしゃいませ。ご用件は何でしょうか?」
そうして受付に辿り着くと係の女性がそう語りかけてきた。
白を基調とした衣服を纏う彼女の問い掛けに答えるのはレン。
「知り合いが闘技場に出たいって言ってるから、登録をお願いしたいんだけど」
「参加の登録ですね? 了解しました。これが契約書になります。必ず目を通した上で名前をご記入ください」
そう言って係の女性は受付の台の上に書類とペンを置いた。
記入が名前だけな事に随分と簡単な手続きだなと思いながら、刀弥は書類に目を通す。
書類の内容は『闘技場からの離脱は申請すればすぐにできること』『組み合わせは契約者の実力や勝敗などを考慮して闘技場側が決めること』『戦いに勝利すれば賞金が手に入ること』、『ルール違反は罰金などのペナルティに処されること』、『怪我の治療は闘技場が負担してくれること』、『対戦相手を殺すことは場合によっては犯罪者となってしまうこと』、そして『契約者が闘技場の戦いが原因で死亡するケースがあるが、それを覚悟しているか』、以上のことが書かれていた。
ペンを手に取った刀弥は記入欄へとその手を伸ばす。
これに名前を書けば、もはや後戻りはできない。
――本当にいいのか?
一瞬、そんな問いが自分の内より投げ掛けられ、手が止まってしまう。
すると、それを切っ掛けに考えないようにしていた事が次々と頭の中に――
「刀弥」
暖かくて優しい声が耳に届く。その瞬間、刀弥は我に返っていた。
何が頭の中に浮かぼうとしていたか、すぐには思い出せない。けれども、誰が自分の名前を呼んだかはすぐにわかった。
そうして彼は己の隣、名前を呼んでくれた相棒の方へと視線を動かす。
そこには微笑を浮かべたリアが立っていた。細めた瑠璃色の瞳、緩やかなカーブを描くしっとりとした唇、上がった柔らかい頬、見ているだけでつい刀弥は頬を緩めてしまう。
それで決心がついた。迷うことなく刀弥はペンを動かし名前を記入する。
そうして自身の名前を書き終えると、彼はその書類を係の女性に提出した。
「最後に口頭で確認します。闘技場では戦闘によって死亡するケースが稀にあります。それを了承した上で契約いたしますか?」
「はい」
係の女性の最後の確認に力強く頷く刀弥。
「了解いたしました。只今をもって『風野刀弥』を本闘技場の参加者として登録致します。試合の予定は前日に各掲示板で発表いたしますので、必ずご確認ください。以上です」
そうして係の女性は刀弥に会釈を送った。
「これで刀弥も闘技場の参加者だね。よろしくな、後輩」
「宜しくお願いします。先輩」
そんな軽口を交わして、レンと刀弥は握手をする。
「とりあえず、参加祝いにどこかで夕食を食べようか。ちなみに宿屋はどこをとったんだ?」
「レンが泊まってる所。会いにいくついでにそこで部屋をとった」
「じゃあ、遠慮はいらないな。酔いつぶれるまで飲もうか」
何が嬉しいいのか、レンは満面の笑みを浮かべてそんな事を言ってきた。
「いや、できたら酒は……」
「え~、なんで~? ここは酒を飲んで盛り上がる雰囲気じゃん。飲もうよ~~」
「えーと、レン。刀弥は酒が駄目なの」
「……そうなの?」
リアが答えた理由を聞いてレンは当人にそれが事実かどうかを確かめる。
その確認に刀弥は目を泳がせながらコクリと首を縦に振って応じた。
本当は酒が駄目なのではないが、それを言ったら飲まされそうな雰囲気なのでそういう事にしておく。加えて言えば詳細を伝えるのが正直面倒くさい。
リアもそれがわかっていたからそう言ったのだろう。
「む~……はあ。まあ、それじゃあ仕方ないか。じゃあ、代わりにリアに付き合ってもらおう」
「いいけど、私もそんなに一杯飲めるわけじゃないからね?」
「え~~」
そんな~とばかりにレンが抗議の声をあげる。
何にしても今夜の夕食はかなり騒がしくなりそうだ。
そんな予感を感じながら刀弥はそんな彼女達のやり取りを静かに眺めるのであった。
一話終了
とりあえず四章一話完了しました。
次回からはいよいよ闘技場の試合です。
面白くなるよう頑張りますのでどうぞ宜しくお願いします。