四章一話「闘技都市コローネス」(3)
結論から言うと、宿屋は見つけたがレン・ソウルベッサーは見つからなかった。
というのも、彼女は闘技場に出場中らしい。
それを聞いた二人はとりあえず部屋をとると、彼女がいるという第二闘技場へと向かうことにした。
そうして現在。二人は第二闘技場の観客席にいた。
闘技場の観客席には人が大勢おり、皆近くの人と話し合いながら試合が始まるのを今か今かと待っている。
心なしか彼らの顔には興奮の色が見て取れた。
「すごい人数だね」
「そうだな」
予想以上の賑わいに二人は驚く。
観客席は中央の四角、つまりバトルフィールドをグルリと円状に囲むような形で設置されており、その構造は前の席の人によって戦いが見えなくならないように階段状になっていた。
椅子はなく、あるのは石かどうかもわからない材質の床のみ。人々はそこに腰を下ろしてバトルフィールドを眺めていた。
刀弥達もそれに習って座っている。
第二闘技場の入り口にあった掲示板によると、今から始まる試合にレン・ソウルベッサーが出ているらしい。
「どんな人かな?」
「年齢は同じくらいで、銀髪の短い髪の女性とは言っていたけど……」
それだけではさすがに想像するのは難しい。
とりあえず、その条件に該当するかを確かめるしかないだろう。
と、そんな事を話していると……
「お、始まるみたいだな」
刀弥の言葉の通り、闘技場のバトルフィールドへと繋がる扉が開いた。
それに合わせて音楽が鳴り響き、観客の声が最高潮に盛り上がる。
その勢いに二人はただただ驚くしかない。
やがて、扉から二人の人間が姿を現した。
一人は大男。背丈以上もある大剣を片手で担いで平然と歩みを進めている。
見るからに重そうなそれは食らえばかなりのダメージになるのは間違いないだろう。
そんな大男の相手を務めるのは意外にも少女だった。
銀髪の短い髪と青い瞳。服装は紅桔梗を基調とした軽鎧を纏っており、そのせいか相手と比べて随分と頼りなく感じてしまう。
武器は己と背丈より少し長い槍。
間違いない。彼女がレン・ソウルベッサーだ。
「銀髪の短い髪に近い年齢。加えて獲物は槍。彼女だな」
「うん。間違いないね」
そのままバトルフィールドに上がった両者は指定された場所へと向かう。そうしてそこに辿り着くと、互いに武器を構え睨み合った。大男は大剣を両手で背負うように構え、レンは左足を前に出した半身の姿勢をつくる。
後は開始の合図を待つだけだ。
会場が静寂に染まる。
観客は始まりの瞬間を迎えるために、闘技場の主役達は相手の一挙動作を見逃さぬために、息を飲みただ真っ直ぐに視線の先を見据えているためだ。
身動きはできない。動けばその瞬間、試合が始まってしまいそうな気がしてしまうからだ。
そうして幾ばくかの時がたった頃……
戦いの始まりを告げる音が鳴り響いた。
それを合図に両者が動き始める。
両者が選んだ最初の行動、それは『接近する』ことだった。大男はそのまま大剣を引きずり、レンは槍を引いて互いに走りだす。
当然といえば当然だ。両者の距離は十人分程離れている上に獲物は共に近接武器。で、あれば己の間合いまで接近する必要がでてくる。
しかし、近接武器といえども違いはある。今回の場合でいうなら、間合いや重さ、形状だ。
間合いに関して言えば本来、槍のほうに分があるものである。だが、今回の相手は大男の背丈以上もある大剣。間合いは向こうのほうが遥かに長い。
さらに言えば、重量も相手のほうが勝っている。形状もまた太い大剣に対して細い槍だ。ぶつかり合えば槍が折れてしまうのではないかと思ってしまう。
故に大男のほうが最初に大剣を振り下ろしたは当然の結果だった。
レンに迫る大剣の刃。
これに彼女は槍をもって迎撃する。
突く際に何かしら工夫を入れたのだろう。槍がしなり曲線を描く。そうして槍の穂先が大剣の横を突いた。
左横からの攻撃を受け、大剣の軌道が右へと変わっていく。それと同時にレンは逃れるように反対へと飛んだ。
轟音が響き渡る。大剣が地面を叩ききった音だ。それは斬撃と言うよりも打撃に近かった。その威力に観戦していた刀弥は驚くが、何故かその威力に違和感を感じてしまう。
攻撃の余波で大小様々な破片が飛び散る。その内のいくつかがレンへと襲いかかるが、彼女は気にしない。
そのまま、破片はレンの肌を裂いた。だが、彼女は構うことなく大男に接近していく。
大男は既に大剣を振り下ろし後だ。タイミング的にまだ持ち上げられる状態ではない上に、例え持ち上げれても重さが祟って彼女の攻撃には間に合わない。
故に先に彼女が攻撃を仕掛ける。
少なくとも刀弥はそう思っていた。
だが、その予想は覆された。
なんと、大男は大剣を軽々と持ち上げるとそれをものすごい速度で振り抜いたのだ。まるで軽い武器を振り回しているかのように……
刀弥と違ってレンはこの流れを想定していたようで、槍を左側に立てて盾にする。
ぶつかり合う二つの武器。だが、その音は大剣の見た目に反してかなり軽い音だった。それは先程の轟音が聴き違いに思えるほどだ。
「どういうことだ?」
音からして大剣はそれ程重くはないのがわかる。だが、それだと最初の攻撃が何だったのかが不明だ。
そんな彼の疑念を隣に座るリアが解決する。
「あの大剣が魔具なんだと思うよ。たぶん、重量を一時的に増大させる効果と重量を一時的に軽減させる効果の二種類の術式回路を積んでるんじゃないかな。で、必要に応じてどちらかにマナを供給しているって訳」
「ああ、そういう事か」
それなら先程の事も納得できる。
最初の一撃は質量を大きくして振り下ろし、振り上げの際は逆に質量を小さくして振り回したという事だ。
大剣という武器に加えてその効果。見た目に反してかなり扱いの難しい武器のようだ。けれども、それは使いこなせれば強力な一撃も高速の一撃も思いのままに使えるということでもある。
そんな武器を扱う大男に感心する刀弥。それをしりめに戦いは続いていた。
攻撃を防御したレンは左手を中心に右手を相手側へと回す。結果、槍の石突き部分が相手側を向く形となった。
そうしてレンは石突きを相手の方へと打ち放つ。
大男の眼前に迫る石突き。それを大男は咄嗟に後退することで逃れた。
けれども、レンは右手側を引き戻し、元の半身の態勢に戻りながら前進。己の間合いに入ると同時に一気に槍を突きを連打する。
大男はこれを大剣の腹を盾にすることで防いだ。
しかし、レンの猛攻は続く。突きの間隔は徐々に短くなっていき、いつの間にか防ぐ大男の顔にも苦しさが浮かんでいた。
やがて、これ以上は不味いと踏んだのか、大男が攻めに転じる。
槍が大剣と触れた瞬間、大剣を上へと振り上げたのだ。それに一瞬引っ張られるレン。
大男はすぐさま大剣を切り返すと、今度はその大剣を彼女目掛けて振り下ろした。かなりの速度で落ちている事から質量を増大させているのがわかる。
既に体勢を立て直しているレンは受け止めない。まともに受け止めた所でその重さで押し潰されるからだろう。
そのため、彼女は後ろへと退避した。
大質量の攻撃が砂煙を巻き起こし、それがバトルフィールドを包み込む。
砂煙によって戦いが見えなくなり、そにれよって観客達が怒り出した。
闘技場のあちこちから怒号が聞こえてくる。
そんな観客席の中、刀弥達は未だ見えぬバトルフィールドを見つめ続けていた。
砂煙の中からは甲高い音が響いてくる。どうやらレンの攻撃を大男が大剣で防いでいるらしい。
時折、何かが砕ける音も混ざるが、それは大男の大剣が床を破壊する音だろう。
どうやら、こんな視界の悪い状況の中でも戦いは続いているようだった。
程なくして、砂煙が風に流され視界が晴れる。それと共に観客の叫び声も静まっていった。
バトルフィールドでは二人の武術者が戦いの舞を舞い続けている。
放っては避け、守っては振り回してを繰り返す両者は依然として相手の攻撃をまともに受けていない。互いに実力が高い証拠だ。
そんな白熱の戦いに自然と刀弥は拳を握り締めてしまう。
今や戦況は拮抗し、観客達も自分の応援する選手に向かって必死になって声援を送っていた。
威力は大きくないが、手数で攻めるレンと質量を操ることで速い一閃と強力な一撃を使い分ける大男。
自然と戦いはレンの連打が終始し、稀に大男の大剣が唸るという図となっていた。
絶え間ない攻めのラッシュによる槍の嵐でレンは相手を抑えこもとするが、僅かにできる隙を大男は見逃さない。軽さと重さを的確に使い分けその隙から攻め入る。
一撃の威力の強い大剣は一発でも当たればそれだけでかなりダメージを負うものだ。故に確実に対処しなければならない。
避ける、防ぐ、逸らす。その選択肢を持ってレンは大剣を処理する。
稀に彼女の傍を必殺の一撃が掠めるが、彼女が動じている様子はない。かなり肝の座った人物のようだ。
そうやって生まれた攻撃直後の隙。そのタイミングを持って彼女は反撃へと転じるが、その反撃も大男の大剣によって阻まれてしまう。
幾度となく続くそんな攻防。だが、その攻防が唐突に終わりを迎えた。
レンが新たな動きを作ったためだ。
これまでと違う腰を大きく引く動作。結果、槍の嵐が止んでしまう。
当然、大男はこの間を逃さない。盾にしていた大剣を振りかぶり構えを作ると、レン目掛けて高速の一撃を振り放った。
レンを襲う大剣の刃。このままではレンが槍を突き出した所で相手の体に届く前に大剣の刃が当たるのが先だろう。
しかし、レンは迷わず槍を突き放つ。だが、その先は大男ではない。
なんと、レンは襲い来る大剣に向かって槍を突き放ったのだ。
そのまま槍と大剣がぶつかり合う。
闘技場に響き渡る金属。けれども、その中に異音が混じった。
異音の正体は大剣に亀裂が入った音。この事実に大男は瞳を大きくして驚く。どうやらこんな結果になるとは思ってもいなかったようだ。
そんな心理的空白を突くように、レンが槍の連打を放ち、大剣の亀裂を広げていく。
さすがにこれは大男もたまらず、大きく後ろへと飛んで後退した。
けれども、レンはそれを許さない。すぐに追い掛け――そして、追い付く。
これに対し、大男は勝負に出ることを選んだ。
大剣を背負うように構え、レンが間合いに入ったと同時に大剣を振り下ろす。それは迷いのない全力の攻撃だ。
重量を増大させて威力を増した巨大な刃がレンへと迫る。
しかし、レンの瞳に恐れはない。代わりにあるのは獲物を見据えた獣のような瞳だ。
そうして彼女は槍を突いた。速度を乗せ、その上で彼女は右手首を捻り穂先に螺旋を作る。
結果、生み出されたのは全てを貫こうとする破壊の力だった。力はそのまま大剣の刃目掛けて真っ直ぐに伸びていく。
重き一撃と破壊の一線。両者は衝突し――
槍の一線が大剣の刃を穿ったのであった。
回転しながら舞い上がる大剣の刃。大男の手にもう大剣の重さはない。
武器を失った大男にもう勝ち目はないだろう。
それがわかっているのか、大男がバトルフィールドの外にある、ある場所へと視線を向ける。
そこには試合の内容を監視する審判が立っていた。
審判は大男の視線に頷きを返すと、試合終了の宣言を叫ぶ。
そうした後で審判は勝者としてレンの名前を高々に告げるのであった。