四章一話「闘技都市コローネス」(2)
コローネスは闘技都市と呼ばれている街である。
オアシスの周囲を囲うように立っている五つの建物。あれは闘技場だったのだ。
闘技場では闘技場に登録した戦士たちが毎日、戦いを繰り返している。
街に住む人々はそんな彼らの戦いをいつも眺め楽しんでいた。
ちなみに闘技場は賭けの運営も行われており、基本的にそれを収入としている。
広場にある柱はその頂上に闘技場の様子を中継する魔具が付けられており、無料で闘技場の試合内容を映し出しているらしい――設置の狙いが賭け事の促進にあるのは言うまでもない――。
そんなルセニアの説明を耳にしながら、刀弥とリアは町中を歩いていた。
街の中は気温を管理する魔具でも働いているのか、雲一つない眩しい空であるにも書かわず丁度いい気温を肌に感じることができる。
そのため、三人はフードを脱ぎスペーサーの中に収めていた。
刀弥の服装は白のシャツと黒の上着、そして黒のズボンという装いだ。黒の部分が多いせいか、その部分が陽の光を集めてしまい少し暑い。
「……ここじゃあ、この服装は少しきついな」
そのせいで思わずそんな愚痴をこぼしてしまう。
「あははは……みたいだね」
そう笑いながら答えるリアは白いシャツの上に赤の上着を羽織り、下は赤を基調としたチェックのスカートをはくという構成だ。
赤銅色の髪と相まって、その姿は実によく似合っている。
「なら、服を新調する? いい店知ってるよ」
そんな二人の話を聞いてルセニアがそんな事を言ってきた。
腕を組んで歩いている彼女は浅紫の胸元が露出した服を着ており、そのせいでふくよかな双峰がかなり強調されている。
おかげで、周囲の男性達はつい彼女の胸元に見入ってしまっていた。
「どうする?」
茄子紺色の短いスカートを翻して、刀弥の方へと体を向けるルセニア。
それに刀弥は首を横に振って応じた。
「いや、いい。そこまでして暑さから逃れようとも思わないしな」
暑いことは暑いが、我慢出来ないほどじゃない。
その程度の事で貴重なお金を使うのも気が引ける。そういう理由だ。
「そう。残念」
落胆はないが、ルセニアはどこか悔しそうな声を滲ませる。
それで刀弥はピンと来た。
「もしかしてその店ってルセニアの知り合いがやってるのか?」
狙いは十中八九紹介料だろう。なんというか中々にがめつい。
刀弥の問い掛けにルセニアはしまったという顔を浮かべてしまう。どうやら当たりだったらしい。
「いや~バレちゃったか」
「全く……」
呆れて刀弥は溜息を吐いてしまう。
「あ、今、人を守銭奴だと思ったでしょ? 言っとくけどガイド代は水増しなんかしてないんだからね」
そんな彼の反応にルセニアがむくれ、声を荒らげた。
「はいはい」
それに刀弥は手を振って応じる。
「全く……可愛げのない少年だね。こんな子と一緒でリアは疲れないの?」
「私は平気かな。むしろ、そういう所がかわいいと思うし」
「あ~。聞いたあたいが馬鹿だったわ」
そう言ってルセニアは額に手を当て、大きく息を吐いた。
「あははは……まあ、それはともかくとしてこの後の事についてちょっと、確認しようか」
「と、言っても後やることはレン・ソウルベッサーの泊まっているはずの『夢の語り場』に言って頼まれた槍を渡すだけだろ?」
確認するように問い返す刀弥。
刀弥とリアがここに来たのはリアフォーネの世界で知り合ったリリスという女性に知り合いに槍を届けて欲しいと頼まれたからだ。
そのためにガイドを雇い砂漠を越えてきた。
それを超えれば、後は届け先の人物がいる場所へ向かうだけだ。難しいことは特にない。
「まあ、そうなんだけどね。ただ、それならルセニアさんに報酬を渡してお別れしてもいいかなっと思って」
「ああ、そういう事か」
その言葉に刀弥は納得の頷きを返した。
確かにここまで来ればルセニアの役目は終わりだ。これ以上、彼女を自分達に付き合わす意味はない。
「確かにその通りだな」
「でしょ? と、いう訳でルセニアさん。ここまででいいです。ありがとうございました」
そうしてリアは足を止め、ルセニアに頭を下げた。それに刀弥も続く。
「別にそこまでしなくてもいいのに。あたいがしたのは精々道案内ぐらいなんだし……」
そんな二人の礼にルセニアは頬をかきながらそんな言葉を口に出した。よく見ると僅かに頬の辺りが朱に染まっている。どうやら少し照れてるようだ。
「そ、そんな事言うならさ。ほ、報酬も色をつけてくれるんだよね?」
「もちろん、そのつもり」
慌てながらそんな事を尋ねるルセニア。それにリアが微笑で応じ、報酬の入った布袋を彼女へと差し出した。
「そ、そう……」
まさか、本当に報酬に色をつけて貰えるとは思っていなかったルセニアは決まりが悪そうに布袋を見つめる。
けれども、意を決したのか彼女は布袋を奪うように掴むと、すぐさま紐を解き中身の確認を始めた。
「……本当に最初に交渉した値段よりも多くなってるし」
「それで構わないかな?」
「……問題なし。むしろ、これ以上要求したらバチが当たるってぐらい」
ようやくルセニアは調子を取り戻せてきたらしい。声色が元に戻ってきている。
やがて、彼女は受け取った布袋を懐に収め二人の方に視線を戻した。
「それじゃあ、報酬はありがたく受け取っておくわ。しばらくここにいるつもりだから帰りとか別の所に行くんならまた依頼して」
「はい」
「それじゃあな」
手を挙げ別れを告げるルセニアとそれに手を振り返す刀弥とリア。
そうして刀弥とリアの二人はルセニアと別れたのだった。
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「さて、それじゃあ『夢の語り場』っていう宿屋を探すか」
「そうだね」
ルセニアと別れた刀弥達は早速、宿屋探しを開始することにした。
その最中、二人は広場に通りがかる。
「あ、あれが闘技場の風景なんだ」
そう言うリアの視線の先、そこには闘技場の風景と思しき映像が空中に投映されていた。
映像は柱の上にある水晶のような物から映しだされているようだ。
映っているのは闘技場のフィールドとそこに映る二人の戦士。それが己を全てを持ってぶつかり合っていた。
観客は騒ぎ、それぞれの戦士を応援している。
よく見ると、広場の傍には掲示板があり、そこには名前と数字が書かれていた。名前と数字の組みは別の名前と数字の組みと線で結ばれている。
名前は選手の名前、数字は賭けの倍率なのだろう。つまり、賭けの表だ。
「白熱しているな」
理由がそれだけの戦闘を繰り広げているからなのかは、今の位置からでは確認ができない。
案外、賭けた選手が負けそうだから必死になっているだけという可能性もありえる。
「だね。刀弥は闘技場に興味あるの?」
そんな観客たちの様子を眺めながら、ふとリアがそんな事を刀弥に尋ねてきた。
「そうだな……まあ、どちからといえばあるな」
自分の剣術がどの程度通じるのか、それを試す場として闘技場は最適といえるだろう。
出来ることなら、自分の力がどの辺りにいるのか試してみたい。そんな思いは確かにあった。
しかし、実際に行動に移そうと思ったかと聞かれれば、答えは否だ。
理由を聞かれれば、気後れしたというのが正直な理由だ。
多くの人達の視線と戦士たちの気迫。それらが刀弥の実行に移そうという心に迷いを与えたのだ。
自分のような人間が出ていいものなのか。ひょっとしたら、出るだけの実力を自分はまだ持っていないのではないか。
実行しようかと思う度に出てくるそんな思考。それらが彼の行動を縛るのだ。
「ただ、自分なんかが出ても恥じかくだけなんじゃないかと思ってな」
苦笑と共に刀弥は本音を吐露する。
普通であれば隠してしまうような内容。それを口に出せるようになったのはそれだけ相手に気を許している証拠だ。
「ん~。どうなんだろう。闘技場の実力って場所によって違うからね」
その事にリアは頬を緩ませながら、彼の質問に答えた。
「知っているの場所は結構、強い人が多かったけど、ここもそうだとは限らないし……」
「なるほどな」
それに刀弥は相づちを打つ。
結局、確かめるためには出るしかないらしい。それに悩んで困っているというのにだ。
少し黙考する刀弥。
「なんなら、御遣いが終わったら闘技場を見に行く?」
そんな彼を見てか、リアがそんな提案してきた。
「いいのか?」
「うん。どうせ終わったら暇だしね。ここでいろいろ見て回ってもいいかなって思ってたの」
確かに用事が終わったら、すぐに出発というのも味気なさすぎる。
闘技場などの興味を惹くものもあるのだ。少しの間、ここに滞在するのも悪くないかもしれない。
「ともかくリリスからの御遣いを終わらせるのだが先だな」
「だね」
なんにしても、それが最優先事項だ。これが終わらなければ他の用件はできるはずもない。
そうして二人は広場を後にするのだった。
09/03
ルセニアの口調の変更。