一章二話「新たな生活」(1)
「何とか着いたね」
「そうだな」
日が沈み空が黒く染まりかける頃、刀弥とリアの二人はようやく町に辿り着いた。
暗闇でよく見えないが、白く四角い形をした建物があちこちに見える。どうやらこの町ではこれが標準的な建物なようだ。
「刀弥。早く行こう」
その声に振り返ればリアが先へと進んでいる。
どうやら付近を見回していたせいで気付かなかったらしい。
慌てて刀弥は彼女の後を追いかける。
「目的地は?」
「もちろん宿屋。道具とかの買出しは明日にして早く部屋をとって寝よ」
早口にそう告げる様子から、早く寝たいというのは本当のことなのだろう。
道中、聞いた話ではこの町に来るまで二~三日ほど野宿生活だったらしい。ならば、ベッドで眠るのが恋しくなるのも無理はないだろう。
目的の建物は、看板のお陰ですぐに見つかった。
早速、中に入る二人。
「いらっしゃい」
中に入ると元気な声が二人を出迎えた。
二人を出迎えたのはかっぷくのいいおばさん。受付から優しそうな表情で二人のことを見ていた。
「すいません。二人なんですけど、部屋は空いてますか?」
「はいよ。ちょっと待ってね」
そう言っておばさんは宿帳をめくる。恐らく宿泊記録から、部屋が埋まってないか確認してるのだろう。
「二人部屋なら一つ空いてるけど、どうする?」
「じゃあ、それでお願いします」
「え!?」
特に悩む様子もなく、あっさりと承諾するリアに刀弥は思わずそんな間抜けな声を出してしまった。
「ど、どうしたの?」
その反応に彼女は不思議そうな表情で尋ねてくる。
「……俺の世界じゃ、男女が同じ部屋で寝るのはいろいろ言われたりするんだが、こっちの世界じゃ違うのか?」
確認するように伺う刀弥。
彼の問いにリアはいつも通りの顔でこう返す。
「それは、こっちの世界でもあるよ」
「……なら、何で一緒の部屋にしたんだ?」
「今から他の宿屋に行くのが億劫だったのと、刀弥なら大丈夫かなって思ったから」
その理由に、刀弥は頭を抑えて唸ってしまった。
信頼してくれるのは正直、嬉しい。しかし今回の場合、自身への危機だけでなく周辺への醜聞という問題がある。彼女はその辺りのことをどう思っているのだろうか。
ちらりと刀弥はおばさんのほうを見る。
彼女は意味深な笑みを浮かべて、刀弥たちを眺めていた。まず間違いなく自分たちの関係を誤解されたと見るべきだろう。
思わず刀弥の口から溜息が出てしまった。
「ほら、鍵をもらって早く部屋に行こ」
一方のリアは本当に気にしていないのか、おばさんのほうへと向き直ると彼女から部屋の鍵を受け取る。
鍵を受け取るのにも躊躇いがない。どうやら本当に大丈夫だと思っているようだ。
とはいえ、宿泊代は彼女持ち。その彼女がここでいいと決めた以上、従うしかない。
自分にできることはといえば、彼女の信頼に応えることだけ。
もはや覚悟を決めるしかないのだ。
「もらってきたよ。部屋は二階の一番奥だって」
鍵をもらうと早速二人は部屋へと向かうことにした。
その途中、ふと刀弥は壁を触ってみる。
触るとひんやりとした石のような感触が返ってきた。継ぎ目が見当たらないので、実際に石という可能性は低いだろう。
一瞬、どんな素材を使ってるんだろうかと興味を持ったが、すぐにどうでもいいかという結論が出てしまった。
やがて、目的の部屋に到着し、リアがドアを開ける。
中に入ってみると、部屋は思いの外、綺麗だった。
白の床と壁と天井。天井には明かりが点いていた。奥に窓があり、その傍にベッドが二つ、小さな箪笥を挟んで横に並んでいる。部屋の右側にはテーブルと椅子が二つ。材質は木のようだ。テーブルの上には時計と思わしき物が置かれている。部屋の左側には扉があった。
中を覗くと脱衣所のようで、その奥の部屋には浴槽らしきものも見える。どうやら風呂場のようだ。他にはトイレもある。
「この明かりも魔具なのか?」
「そうだよ。ほら、あれを見て」
明かりを見上げながら首をひねる彼に、リアが景色を眺めつつある一点を指差した。
それを見て刀弥は彼女の隣に並び、指の指す先、窓の外の景色を見る。
暗闇と明かり、黒と黄が支配する光景。その中に青緑に光るものがあった。
目を凝らしてみる刀弥。すると、それは巨大な岩だった。巨大な岩が透き通るような青緑の光を放っていたのだ。遠目からはまるで巨大な宝石のように見える。
「あれはこの村が管理しているマナの収集装置。あれがこの一帯にあるマナを集めて町中の家や施設に送っているの。前に説明したでしょ? サイクル以上のマナを消費し続けない限りは大丈夫だって……」
「ああ、そんなことを言っていたな」
そのときのことを思い出しながら、刀弥は相槌を打つ。
「でも、使える上限が決まっている以上、どこがどのくらい使うかは決めといたほうがいいよね? だから、国同士が相談して使えるマナの量を取り決めるの。後は国がその量内になるように村や町とかに分配する感じだね」
「そしてあの装置で決められた量だけ集める訳か。当然、あの装置以外でマナを集めようとすれば犯罪になるんだな?」
「もちろん。大体、どこの世界でも体内以外からマナを集める装置は無断で作るのも使うのも犯罪になるかな」
「しかし、分配された量だけで足りるのか?」
その辺がなんとなく刀弥は気になった。
刀弥は自分たちの世界を思い出す。自分たちの世界では時代が進むごとに電気を使う道具が増え、電気の需要が伸びていった。この世界だって時が経てば、便利な魔具が作られるだろう。そうなれば当然、多くの人たちが使いたがる。次第に、一人一人が必要とするマナの量が増えてくるはずだ。
そんな彼の疑問にリアはもちろんとばかりに肯定を返す。
「足りるよ。どう使うかは自由だけど、主な使用目的は明かりと温度調整と食べ物の保存とかだし」
「それだけ? 他の魔具はないのか? 例えば、通信とか洗濯とか」
意外と使われている魔具の種類が少ない事に刀弥は驚いた。慌てて彼は新たな疑問を投げかける。
「通信や洗濯の魔具はあるよ。でも、そっちは個人のマナで十分動くタイプだから」
「ああ、そういうことか」
それで刀弥は納得した。
つまり、分配されたマナは生活にあったほうが遥かに便利だが個人のマナでは負担が掛り過ぎるような魔具などを使うときだけ使われているということだ。
他の魔具は、そんなものを使わなくても個人のマナを使うことで十分事足りるのだろう。
「納得した? それじゃあ私、お風呂に入って寝るね」
「あ、ああ、悪いな。邪魔をしてしまったみたいで……」
お風呂というキーワードに思わず刀弥はどぎまぎしてしまうが、彼女はそれに気付くことなく扉の向こうへと消えてしまった。
一人になってしまった刀弥はすることもないので、とりあえずベッドに座ることにする。
そのまま暇を持て余していた彼だが、あることを思い出し自身のポケットに手を伸ばした。
そこから出てきたのは無限世界に渡る前に彼が買っていたライトノベル。買った直後にポケットに入れていたのを今まで忘れていたのだ。
ちなみに買い物の品が入ったビニール袋は、目の前が真っ白になったときに手を放してしまったので向こうの世界に落ちたままだと思われる。
せっかくなので、刀弥は彼女が上がるまでその本を読むことにした。
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リアが風呂を終えたとき、刀弥はライトノベルを読んでいる最中だった。
「ん? それ何?」
湯気を立ち昇らせつつ、さっぱりした顔の彼女は刀弥が何かを読んでいることに気が付くと、興味津々という顔で彼に近付いてくる。
「こ、こっちに来る前に買った本だ。暇だったから読んでたんだ」
リアが近付いてきたことで、石鹸の匂いがほのかに刀弥のほうへと漂ってきた。そのことに彼は内心焦り、慌てて彼女の質問に答える。
「ふ~ん……ねぇ、読んでもいい?」
好奇の眼差しを隠そうともしないリア。そんな彼女を見て、刀弥は内心苦笑した。
「ああ、俺も風呂に入ろうと……」
そう言って自身も風呂に入ろうとした――その時だった。
突然、刀弥のお腹から腹の虫が鳴り響いたのだ。
それでようやく彼は未だ晩御飯を食べていないことに気が付いた。
こっちに来たのが一九時。本来ならその時間には晩御飯を食べていたはずだ。
しかし、異世界に来たり盗賊に襲われたりでそのことに気を回す余裕がなく、結果的に刀弥はそのことを忘れてしまっていた。
「……そういえば晩御飯がまだだったね」
彼の腹の音を聞いて、彼女もようやく気が付いたらしい。
眠ることに頭がいっぱいで、そこまで気が回ってなかったのだろう。
「ちょっと、おばさんに何か作ってもらえないか聞いてくるね」
そう言うと、リアは急ぎ足で部屋から出て行った。
遠ざかる足音。その音を聞きつつ刀弥は今、自分の世界が何時ぐらいなのか少し気になった。昼過ぎから夜なのだから、結構な時間が経ったはずだ。
急いで携帯をポケットから取り出す。
携帯に映った時間は1時一五分を指していた。大体、六時間程経過したことになる。
「そりゃあ、かなり腹も減るな……」
そんな感想を漏らしつつ思い出すのは、ここに来るまでにリアから聴いた時間に関する話。
いろんな世界がある以上、世界によって一日や一年の時間が異なるのは当然の成り行きだ。そのため、生活のリズムを作るための時間とは別に時の流れを共有するための時間を設ける必要が出てきた。
これは基準時間と呼ばれ、その時間はある世界が基準となっているらしい。その世界では一日と一年をそれぞれ三六〇に分け、一日の方はティムという単位を付けている。
テーブルの時計を見てみる。ちなみに無限世界の時計は一周で一日らしい。
時計の針は六分の五程回っていた。この世界は三〇〇ティムで一日が経過するという話だから、今は大体二五〇ティムということになる。
――後でもう一度、携帯の時間と時計の時間を確かめて計算すれば自分の世界の時間との比率がわかるな。
ふと、出てきたそんな考え。だがその直後に彼はそんな思考をする自分に内心笑ってしまった。
そんな事を今更知ったところで意味がないからだ。
「やっぱり、俺はまだ自分の世界に未練があるんだろうな」
正直、心残りがないといえば嘘になる。
突然、自分がいなくなったことで家族は自分のことを心配しているだろう。
特に妹はあそこで別れなければと、悔やんでいるに違いない。
それは刀弥にとっても心苦しいことだった。
できることなら、どうしようもないことだと諦めたほうがいい、気にしないほうがいい、忘れたほうがいい、刀弥自身もそう思っている。
だが、やはりどうしても気になってしまうのだ。
そんな思案をしていた時だった。突然、ドアをノックする音が聴こえてきた。その音に刀弥は我に返る。
「ごめん、刀弥開けてくれる?」
ノックの主はリアだったらしい。刀弥は立ち上がり、ドアを開けに行く。
ドアを開けると、リアがお盆を持って立っていた。
「おばさんに頼んだら、こんなものでいいならってスープを作ってくれたの」
彼女の言う通りお盆には湯気の立ったスープが皿に盛られていた。皿の傍にはスプーンもある。
スープの中には肉や野菜と思わしきものが入っており、とりあえず腹は膨れそうだった。
刀弥は身を退けて、リアを部屋の中へと上がらせる。
部屋に入った彼女はそのままお盆をテーブルのところまで運んでいくと、スープの入った皿をテーブルの上へと置いていった。
「それじゃあ、食べようか」
「ああ」
そうして、二人は食事にありつく。
スープはお腹が空いていたこともあってか、かなり美味しかった。あっという間に二人はスープを食べ終えてしまう。
二人が食事を終えると、リアが食器を返しに部屋を出ていった。
その間に刀弥はお風呂に入ってしまう。
風呂場は井戸の水を汲み上げ浴槽に貯めた後、魔具で温めるという仕組みだった。
ぬるかったお湯を温め直すために、刀弥は魔具を操作して温度を調節する。
風呂から上がると、刀弥は脱いだ服を着直した。本当なら別の服にしたいところだが、着替えがない以上どうしようもない。
部屋に戻ると、リアが刀弥のライトノベルを読んでいた。
刀弥が風呂から上がったのを見ると彼女はライトノベルを返し、二人は就寝につく。
二人とも疲れていたこともあって、眠りがあっという間にやってきたのは言うまでもないことだった。
07/25
できる限り同一表現を修正。