短章三章~四章「花と式とプレゼント」(3)
そうして翌日……
刀弥とリアの二人は朝食を食べ終え、刀弥の部屋でくつろいでいた。
ベッドに座りながら、リネルトとエスハルトとの旅をしていた時のことを話すリア。
それを刀弥は隣でじっと聞いていた。
ノック音がしたのはそんな時だ。
誰だろうと思いながら、刀弥は立ち上がりドアを開ける。
ドアの向こうで立っていたのはエスハルトだった。
これには刀弥もベッドから視線を向けていたリアも驚く。
「あ、悪い。いい雰囲気のところを邪魔したか?」
「午前中は忙しいんじゃないのか?」
彼の問いを無視して、己の疑問を尋ねる刀弥。
その返答に、エスハルトはやれやれとばかりに肩をすくめる。
「今、リネルが衣装合わせをしているんだけど……良かったら見にこないかって思って来たんだ」
「え、行く行く!!」
その途端、リアが立ち上がって頷いた。
気のせいでなければ、その声には興奮の色が感じ取れる。
「すごい食いつきだな」
「だって、結婚式の衣装だよ。凄く気になるじゃん!! うわぁ……どんな衣装なんだろう」
リネルトの衣装姿を想像しているのか、ウットリとした表情を見せるリア。
そんな彼女の様子に刀弥は思わず苦笑してしまった。
「だったら、ぼうっとしてないで出かける準備を始めればいいんじゃないか?」
「あ……そうだね」
刀弥の言葉に相槌を打ちつつ、リアは立ち上がり自分の部屋へと戻っていく。
それを刀弥とエスハルトは視線で見送った。
やがて、足音を残してドアが閉じていく。
「ちょっと、待っててくれ」
そのタイミングで刀弥も己の準備を始めた。
ベッドの横に置いた刀を拾い、鞘の紐を腰に回して固定。その後にウエストバッグを付ける。これで準備は完了。
リアの方も杖とウエストバッグを取りに戻っただけなので、すぐ来るはずだ。
「よし。リアの方もすぐ来るはずだ」
「そうか……ところで、二人で旅を始めてどのくらい経つんだ?」
ふと、思い立ったのか、唐突にエスハルトがそんな質問を刀弥にしてきた。
「大体、基準時間で四〇日ぐらいだな」
「割と最近なんだな」
刀弥の応答にエスハルトは意外という顔を返してくる。
刀弥からすれば結構な時間が経っているという感覚だったが、エスハルトにしてみれば四〇日というのは短いという感覚だったらしい。
そのままエスハルトは言葉を続ける。
「あいつとは上手くやってるのか?」
「基本、俺が借りを作りっぱなしって感じだな。そのうち返さないとなとは思っているんだけど……」
もはや苦笑いしかでてこない。
そんな彼にエスハルトがアドバイスを送ってくる。
「今はまだ慣れてないだけだ。この世界に慣れてきたら、その借りの分はすぐ返せるさ。あいつも昔はいろいろとトラブルを起こしていたからな。今はどうなっているかは知らないが、それが完全に抜けきっているとは思えない」
「なるほどな」
どんな事があったのかは、エスハルトが来る前、部屋でくつろいでいた時にいくつか聞いていた。
誤ってモンスターの罠に掛かってしまったこと、遺跡調査で迷子になったこと、森ではぐれ、二日間さまよい歩いたことなどいろいろだ。
もう今はそんな事ないからと強い口調で言っていたが、よく考えると、二番目と三番目は一人の時では証明しようがない。
「まあ、そんなあいつを知っているせいか。少し心配でな。その辺のフォローを君に頼みたい」
「まだ慣れてないから、任せてくれとは言えないが、それでもできるだけの事はする。それでいいか?」
それを聴いてエスハルトは笑顔で頷く。
そこへ、タイミングよくリアが戻ってきた。
「おまたせ~」
「おかえり。それじゃあ、二人共行こうか」
そうして三人は教会へと向かうのだった。
――――――――――――****―――――――――――
「うわあ……リネル、とっても似合ってるよ」
それがリアのリネルトを見た第一声だった。
その感想に刀弥も頷きながら、改めてリネルトのドレス姿を見る。
白い純白のドレスと、そのドレスを飾る花々達。
ドレスは袖がドレス部分と分離しているタイプで二の腕の素肌が肩から肘の少し上まで見えていた。袖の縁には白い花が右左それぞれ一輪ずつ付けられている。
さらに、ドレスの胸元にも黄色の花が一輪、やや左旨の辺りに取り付けられていた。
だが、それよりも一番すごいのはティアラだ。なんとティアラは白や桃色の花を結って作られたものだった。使っている花の数が多いのか、かなりボリュームがある。もはや花の王冠と言っていいだろう。
「まさしく花嫁だな」
彼女のそんなドレス姿を見て、刀弥はそんな感想を告げた。
「二人共ありがとうございます」
笑みを見せ礼を言うリネルト。そうしてから彼女は意味深な視線をエスハルトへと向ける。
「綺麗だ」
視線に気付いた彼が返した言葉はそれだけ。
けれども、それでリネルトは満足だったらしい。満面の笑みをこぼした。
そんな二人のやり取りに刀弥とリアはやれやれとばかりに肩をすくめる。
甘ったるい空気が場を支配していた。
やがて、それが収まったかというところで刀弥が二人に声を掛ける。
「で、そろそろ俺達のことも想い出してもらえたらありがたいんだが……」
瞬間、二人は我に返り、刀弥達の方へと振り向いた。
「ああ、すまない」
「す、すみません」
「まあ、仕方ないよね。普通に考えたら私達のほうが邪魔者なんだし」
リアの言う通りだと思ったので、刀弥も頷きで応じる。
二人の応答にエスハルトとリネルトは困ってしまい、ただただ互いに視線を交わし合うだけだった。
「とりあえず、見るものは見たし、お邪魔虫は去ることにしますか」
「そうだね」
ここから先の時間は彼らに譲るべきだろう。
そう思い、刀弥とリアはその場を去ろうとした。
だが、その流れをエスハルトが止める。
「あ、刀弥。待ってくれ」
その声に刀弥は何だろうと思いながらも、足を止め振り返った。
彼の視線の先には、声を掛けてきたエスハルトの姿がある。
「実はこれから少し付き合って欲しいだが……」
「まあ、構わないけど。俺一人か?」
「ああ」
リアではなく、自分の方に何か用事があるということだろうか。
そんな風に内心疑問を持ちつつも、刀弥は首を縦に振る。
「じゃあ、リアは私とお話でもしていませんか? 実は始まるまでずっと暇なので」
「うん、いいよ」
すると、その話を聞いてリネルトがリアにそう提案してきた。
リアはそれを考えるそぶりもなく了承する。
「じゃあ、ちょっと付いて来てくれ」
「わかった」
一方のエスハルトと刀弥はそのやり取りだけで済ますと、二人揃ってその場から出ていくのであった。
――――――――――――****―――――――――――
「実は買い物に付き合って欲しいんだ」
「……は?」
間の抜けた声が刀弥の口から漏れてしまう。
二人がいるのは街の市場だ。
例に漏れず市場もまたあちこちに花が飾られていた。店の看板、店内の食事スペース、道脇、橋の縁、目を動かせば必ずどこかしらに花や花壇が目に入る。
当然、花屋は見渡せば必ずどこかしらにあった。場合によっては通常の店と兼業してやっているところまである始末だ。
二人は今、その市場の入り口にいた。
二人の傍を花やその種を積んだ乗り物や馬車が何度か通り過ぎていく。
そんな場所で二人は話し合っていた。
「実はリネルに何かプレゼントをしようと思っているんだが、何をプレゼントしたら一番喜ぶかと悩んでいてね。だから、誰かと一緒に探そうと思っていたんだ」
買い物という時点でそうなんじゃないかという予感はなんとなくしていた。ただ、問題は何故それで自分だったのかという事だ。
「それなら、リネルトの事をよく知っているリアを誘うべきだったんじゃ? 同じ女性でもあるんだし」
「他の女性と二人っきりはマズイと思ってな。とりあえず一人より二人かと思って君を誘ったんだ」
刀弥の問いにエスハルトが即答する。
彼の言い分もわからない訳ではない。知り合いとはいえ女性と二人きりで巡るのは、リネルトのこともあって避けたかったのだろう。
だが、彼は抜け落ちている思考があることに気付いていなかった。
当然、刀弥はそこに気付き指摘する。
「いや、別に二人っきりじゃなくて俺も含めて三人でいけばいいんじゃないか?」
「え? あ……」
その言葉にエスハルトは固まってしまった。
どうやら、全くその事に気づいてなかったらしい。
困ったような顔を浮かべるエスハルト。そんな彼がおかしくて刀弥はつい微笑をこぼしてしまった。
「まあ、今からリア達のところに戻っても不審に思われるだけか。リネルには言ってないんだよな?」
ここで訳を言ってきたという事はあそこでは言えない、つまり、リネルトには秘密だということだ。
刀弥の確認に首肯を返すエスハルト。どうやらその推測で合ってたようだ。
「なら、仕方ない。男二人でなんとか探そう」
そうフォローして刀弥は歩き出す。
そうして二人はプレゼント探しに市場へと繰り出すのであった。
02/05
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