三章三話「盗人」(6)
これで三章はラストです。
「そういえばカイエルさんはどうしてここに?」
ルードが去って一安心したところで、ふと、そんな疑問が刀弥の頭の中に浮かんだ。
恐らく逃走したゴーレムを追ってきたのだろうが、どうしてここにいると思ったのかがわからない。
彼の疑問に対してカイエルはこう答える。
「何、逃げた方角から逃走に都合のいい場所を推測し、そこに向かっただけの話だ」
ニヤリと口の端を歪めカイエルは笑みを見せてきた。
彼の返答に刀弥はなるほどとばかりに納得する。
「それにしても軍人とは言ってましたが、司令だとは……」
「すまないすまない。言うのをすっかり忘れてたよ」
そう言ってカイエルは刀弥に謝った。
その謝罪を受取る刀弥。だが、彼の頭の中では別の可能性が頭をちらついていた。
ひょっとしたら忘れたのではなく、あえて言わなかっただけなのかもしれないという可能性だ。
性格的にもお茶目そうな人ではあったし、可能性としてはあり得るだろう。
そう考えて刀弥は肩をすくめる。
ただまあ、それ自体は刀弥にとってはどちらでもよかった。確かめる気もない。
それよりも気になることがある。
「後、さっきの奴と知り合いなんですか?」
それが刀弥の気になっている事だった。
先程の会話は、まるで互いの事を知っているような内容だった。で、あるなら、相手の事について少し知りたいと思ったのだ。
彼の問いを聞いたカイエルの返答は首を横に振るものだった。
「いや、噂を知っているぐらいだ。恐らく向こうも似たようなものだろう」
「噂ですか?」
彼の言葉に刀弥が疑問を返す。
「ああ、彼は『遊滅の人形遣い』と呼ばれている者でね。今回のように技術情報を盗んだり、状況を引っ掻き回したりすることで有名な人物なんだ」
「できれば関わりたくない相手ですね」
個人の欲求で状況を引っ掻き回されるのはどう考えてもいい気分はしない。恐らく、そんな反応を楽しむ嫌な性格なのだろう。
可能なら再会したくない相手だ。
「ただ問題なのは、彼が保有している戦力だ」
「戦力ですか?」
意味がわからず首を傾げる刀弥。
カイエルが戦闘能力と言わず戦力と言ったのを不思議に思ったのだ。
「ああ、彼はアーティファクトと呼ばれる古代に作られた強力な道具を保有している。彼が保有しているアーティファクトの効果は言ってしまえばスペーサーの格納容量を莫大にしたものでね。先程も見た通り、そこに大量のゴーレムを保管しているのだ」
「ああ、あれですか」
先程の光景を思い起こす。
確かにいきなり大量のゴーレムが現れたのには驚いた。あれらは全部彼のアーティファクトに保管されていたという訳だ。
「ちなみに先程出てきた数など、まだほんの一部だ。噂では四、五桁は保有しているらしい」
「そんなに!?」
あまりの数に思わず刀弥は地の口調で叫んでしまった。
けれども、だとすると、かなりやっかいな相手だ。
「まあ、それだけの戦力を持っているんだ。国や軍の間では要注意人物としてかなり警戒されている。だが、にも関わらず彼はその警戒を掻い潜り侵入してくる。今回もそうだ。全く厄介だよ」
そう言ってカイエルは溜息を吐く。
確かにそれだけのことをやってくるのであれば、十分警戒の必要な相手だ。国や軍としても早期に発見し、どう対処するか慎重に考えたいところだろう。
「と、いうことは先程のは彼にしてみれば遊んでいる程度の感覚ということですか?」
「まあ、間違いではないな。少なくてもその気になればあれ以上の戦力を呼び出すことは出来たはずだ。最も、そうなったとしても私は負けるつもりはないがね」
華麗にウインクを決めるカイエル。そんな彼を見て刀弥は苦笑してしまった。
「……さて、君の戦いを見た感想を言おうと思うのだが……正直言えば驚いた。大体、二〇日で斬波を完成させるとは思わなかったよ。案外才能があるのかもしれないね」
「……ありがとうございます」
正直、褒められたのは嬉しかった。だが、あれだけの戦果を見せられた後だと自分がどれほど才能があるのかと疑問を覚えてしまう。
――俺はあの領域ほどまでに強くなれるのだろうか。
そんな複雑な心境を彼は抱いていた。
その事を知ってか知らずか、カイエルが言葉を続ける。
「ともかくは第一段階は完了というところだな。後は自分でいろいろ創意工夫などを施していけば自然と使いこなしていくだろう。後はそうだな……刀弥君の剣術はどこかで教わったものなのかい?」
「はい。自分の家に伝わっていたものです」
それを聞いてカイエルは数度軽く頷いた。
「なるほど。君の世界は無限世界と繋がって間もないとかということはないかな?」
「実を言えば渡人ですけど……」
「ああ、それでか」
その返事で何か得心がいったらしい。
「あの……何か?」
一体何に得心がいったのか気になり、刀弥は尋ねてみる。
「いや、なに君の剣術を見ていて、いろいろと足りないなと思ってな。なるほど、閉鎖世界の剣術なら当然だな。こちらの世界に合った剣術であるわけがないのだから……」
「足りないですか」
確かにカイエルの言葉の通り、刀弥の剣術は自分の世界の戦いに対応するために考え、編み出されたもの。
この世界で戦えるように考えられたものではない以上、対応できない部分や足りないところがあるのは当然といえば当然だ。
「まあ、だからこそ、君は今の剣術をこの世界に対応できるように進化させていく必要があるとそう言いたかったのだ。足らないところの改善だけじゃない。今ある技術の応用、新たな技術の取得、融合……やれることはたくさんあるはずだ」
「なるほど」
問題点の改善はやっていくつもりだったが、彼の言う通り、今回のような新たな技術の取得なども意識してやっていったほうがいいのかもしれない。
「わかりました。ありがとうございます」
そう礼を言って刀弥が頭を下げる。その時だ。
「あ、いた!!」
聞き慣れた声が遠くの方から聴こえてきた。
声の方へと目を向ける刀弥。すると、そこにはこちらへとやってくるリアとリリスの姿があった。
どうやらゴーレムを倒して追いかけてきたらしい。
「……リア」
「刀弥。大丈夫?」
やってきて早々、リアは刀弥に容態を尋ねてきた。
「最早、定番と言える言葉だな」
その言葉に苦笑を浮かべる刀弥。
そこにカイエルが割って入り、刀弥の代わりに彼の状態を伝える。
「かなりダメージは受けているが、時間が経てば治る程度のものだ。心配するほどではないよ」
それを聞いてリアはほっと胸をなでおろした。
「よかった」
「そう言う、そっちはどうだったんだ?」
見たところ、少し怪我はあるようなので刀弥としては少し心配だ。
「ちょっと攻撃を受けちゃったけど、平気。心配しないで」
そんな彼の心配にリアが元気そうな声で答えた。どうやら本当に大丈夫らしい。
そんな彼女を見て刀弥は安堵の表情を浮かべる。
「それで、研究情報は取り戻せたの? 後、なんでカイエルさんがいるの?」
そこにリリスが矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。
「連絡を受けて逃走者の逃げた先を予測してここに来たんだ。それと刀弥君。そろそろその研究情報を渡してもらってもいいかな?」
「あ、はい」
よく考えれば、軍人である彼にすぐに預けてしまってもよかったのだ。
すっかりそのことを忘れていたことを己に叱責しつつ、刀弥はカイエルに宝玉を手渡す。
「確かに。では、これは私の手で届けておこう」
「お願いしますね。カイエルさん」
「ともかく街に戻るか」
「そうだね」
そうしてそんな会話をしながら四人は街へと戻っていくのだった……
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そうして事件から数日が経過した。
あれ以降、盗難事件は起こっていない。
カイエルの話だと、ルードの奴は飽きて別の所に行ったのだろうということだ。
適当に世界をさすらいながら状況を荒らし楽しむ。確かにハタ迷惑な存在だ。それが強力な戦力を保有しているだけに国や軍にしてみれば余計にたちが悪い相手だろう。
一方の刀弥たちの方はというと、旅の準備をしながらゆっくりと日々を過ごしていた。
カイエルから斬波に関して問題ないというお墨付きをもらい、留まる理由を失ったため、別の世界へ行くことにしたのだ。
ところが、目的地がないことを知ったリリスがお遣いを頼みたいから数日待ってくれと頼んできた。
目的地もすぐ出る理由もない二人はそれを承諾。かくして二人は準備を整えながら観光を楽しんだり、散策をしたりとゆったりと楽しく数日を過ごしたのだった。
そして本日、二人はリリスの家にやってきていた。
「これをサグルトという世界にあるコローネスにいる知り合いに届けて欲しいのよ」
「……槍ですか」
目の前に出されたそれを見て形状を口にする刀弥。
彼の言葉の通り、目の前にあるそれは槍だった。
銀と紺碧色を基調とした色合い。柄は細身だが、その分しなりも良さそうだ。
持ってみると少し重たいが、つまりそれは振れば高い攻撃力を持つことを意味していた。
「そう、槍。偶然、あっちに用事があって出かけた時に酒場で知り合った友人がいるんだけど、その時に酔った勢いで約束しちゃったのよ。『よっしゃー!! じゃあ私が最高の槍をあなたにプレゼントしてあげちゃう。 何? 槍なんて作ったことないんでしょ? 舐めないで!! 私を誰だと思ってるの!!』って……不慣れで大変だったけど、幸いガーディアンの中にも槍を使う奴がいたおかげでどうにか完成することはできたわ」
つまり、ゴーレム開発で培った技術や遺跡で発見された技術を用いて作られた槍という訳だ。
「……なるほど。それで代わりに届けに行って欲しいと」
槍を元の場所に戻しながら、刀弥が用件を反芻する。
「そういうことね。あ、報酬は先に渡しとくから。届けたらできたら手紙か何かで知らせて頂戴。他に聞きたいことは?」
「届け先の名前は?」
それで相手の名前を言っていないことにリリスはようやく気づいた。
「ああ、ごめんごめん。いい忘れてたわ。レン・ソウルベッサー。年齢はあなた達と同じぐらいだったかな。銀髪の短い髪の女性だから。宿屋は確か『夢の語り場』っていう名前だったかしらね」
それだけ情報があればどうにかなるだろう。
「わかりました」
「それじゃあ、お願いね」
そうして槍をスペーサーの中に格納し、報酬などを受け取った二人。
「じゃあ、二人共元気でね」
「ああ、はい。リリスさんもお元気で」
「では失礼します」
そう言って二人はリリスの自宅を後にした。
外に出ると時間は昼ごろだということもあって、太陽は高いところにある。
そんな陽の光が落ちる通りを二人は歩いた。
「もう出発する?」
「そうだな……カイエルさんには先に別れの挨拶は済ませてるし、荷物の準備も終わってる。後は昼飯を食べたら出発できるな」
そうやって忘れていることがないかを確認していく刀弥。そうして問題がないことを確かめると、彼はリアに頷いた。
「じゃあ、食べたら出発だね」
「そうだな」
まず目指すはサルネスという街。そこにサグルトへ繋がっているゲートがあるのだ。
サグルトは砂漠が大半を閉める大陸の世界らしいので、そこで砂漠向けの準備をすることになるだろう。
特に刀弥にとっては初めての砂漠だ。しっかりと気を付けて準備をしなければいけない。
「それにしても……結構の時間滞在したな」
ふと、刀弥はこれまでの滞在を思い返す。大体二〇日と数日。かなり長期の滞在だ。
「まあ、修行があったからね」
「悪いなリア。時間が掛かってしまって」
そう言って謝る刀弥。けれどもリアはそれに対して首を横に振った。
「気にしない気にしない。私も結構楽しんでたし……」
「まあ、確かにな」
元々、彼女が望んできた場所だ。最初の数日の観光はリアが一番楽しんでいたのを刀弥も覚えている。
「それは刀弥が修行の最中も一緒。あれはあれで結構楽しんでたんだから。だから、そんなに気にする必要はないよ」
「そうか」
ならば、あまり気にしないほうがいいだろう。
そう思うと、まず刀弥は深呼吸をして気持ちをリセットすることにした。
息を吐くと同時に、少しだけ気持ちが落ち着いてくる。
すると、そのタイミングでリアが新たな話題を投げてきた。
「ともかく、まずは昼ご飯だね。何にする?」
「そうだな……それじゃあ、あそこにするか」
目に止まった店に指を指す刀弥。
そこには確かに飲食店が立っていた。まだ入ったこともない店だ。
「わかった。じゃあ、競争ね。負けたほうが奢るってことで」
そう言い終えると同時、いきなりリアが走りだした。
「あ、それはずるいだろ」
慌てて、刀弥も走りだす。
「だって、普通に競争したら私が負けるに決まってるもん。ハンデくらい構わないでしょ~?」
「いきなりルールを決めておいて、よくそんなことが言えるな!!」
言い合いながら走る二人。青い空と白い雲はそんな二人を天上より優しく見守っていたのだった。
三話終了
三章終了
これで三章は終了です。
ありがとうございます。
只今、次のプロットを構想中です。
また、しばらくお待ちください。