三章三話「盗人」(3)
リアが放ったのは『エアアロー』。風の矢群による集中攻撃で一気に相手の装甲を貫くつもりだ。
彼女が狙うのは早期決着だった。理由は二つある。一つは早く刀弥と合流するため、もう一つは周囲に被害を広げないためだ。
向こうが使用してきた術式回路は『フレイムボール』と『フレイムブラスト』の系統。どちらも被害が広がりやすい魔術式だ。
時間を掛ければその分が被害が増える。故にできる限り早く撃破しなければならないのだ。
風の矢が群れをなし正面からゴーレムに迫る。
ゴーレムがいるのは狭い通路。攻撃を避けるのは難しい。
だが、ゴーレムが選んだのは接近だった。矢群に向かってゴーレムは突っ込むように走ってきたのだ。
その途中、ゴーレムはある物を拾った。それはリアによって倒されたもう一体のゴーレムの残骸。
なんとゴーレムは拾ったその残骸を矢群に目掛けて投げつけたのだ。
投げつけられた残骸はたちまち風の矢群に飲み込まれていく。装甲のあちこちを貫かれ、瞬く間に残骸は原型を失っていった。
結果、残骸は大破。だが、そのせいで風の矢群はその大半を失い、残ったものも威力が落ちてしまっていた。
僅かに間もできたため、ゴーレムは矢群を避けつつ避け切れないものは腕を使って防御。リアの攻撃を突破した。
そうしてリアに近づいたゴーレムは右腕を振りかぶり、彼女に向かって拳を放つ。
それを後ろへと下がって逃れるリア。だが、ゴーレムはそんな彼女を追って、さらに踏み込み今度は左拳を打ち放った。それをリアは右へと体を傾けて避ける。
どうやら相手は接近戦を選んだようだ。確かに魔術師を相手にするならそれが一番有効な手だといえる。
魔術式の構築には時間が掛かる以上、攻撃の到達時間の早い接近戦は魔術では対応しきれないのがその理由だ。
相手のゴーレムが再び右腕を振るう。
だが、リアはそれに反応して杖を横からぶつけた。力こそ弱いが横から加えられた力によって拳の方向が意図した方向から僅かにずれていく。
その方向とは反対の方向へとリアは己の身を動かす。
そうして攻撃を対処したリア。だが、そこに左膝蹴りが飛んできた。
「くっ!?」
思いがけない連続攻撃にリアは対処できず、攻撃を食らってしまった。
一瞬、呼吸ができなくなり腹から無理矢理息が吐き出される。
次の瞬間、息を吸うことしか頭にはなかった。魔術式の構築も、相手の前だということも忘れてしまっている。
その隙を狙って振り下ろすような右拳の一撃がリアに迫った。
「危ない!!」
その叫びにリアは辛うじて反応。後ろへと飛んで攻撃を避けた。
「すみません。リリスさん」
礼を言いながらリアは顔を上げ、相手を見据える。
ゴーレムは下がったリアを追うために駆け出し、接近。今度は左の拳を振り抜いた。
リアは後ろへと下がることで回避。再び魔術式の構築に入る。
しかし、それを止めるためにゴーレムが右腕を構える。
先程と同じ対処はできない。すればまた、先程の流れの繰り返しだ。
故に今度は杖を構え防御の姿勢を見せた。
そこにゴーレムの拳が迫る。けれども、リアの狙いは防御ではない。
なんと彼女はゴーレムの拳が杖にぶつかる直前、それに合わせて後ろへと飛んだのだ。
同じ方向へ移動したことで拳の威力が軽減。さらにその威力によってリアの後退距離が伸びることになった。
両者の距離が開く。
急いでリアに迫ろうとするゴーレム。だが、それよりもリアの魔術の発動のほうが早かった。
再び、『エアアロー』。生まれでた風の矢の大群がゴーレムに押し寄せる。今度は盾になりそうな物はなにもない。
そのままゴーレムは風の矢群によって串刺しにされ破壊されたのであった。
「……ふぅ」
戦いが終わり、大きく息を吐くリア。そんな彼女にリリスが近付いてくる。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「あ、はい」
彼女の呼び掛けにリアはそう答えるとニッコリと笑みを見せた。
左膝蹴りはかなりまともに受けたが幸い、それほど大きなダメージではない。十分走れるだけの力はまだ残っている。
「それじゃあ、早く刀弥を追いかけましょうか」
「そ、そうね」
戦いを眺めるのに夢中ですっかり忘れていたらしい。リアの言葉にリリスが少し焦っていた。
そのことに笑みをこぼしつつ、リアは前を向く。
刀弥のほうはどうなっているだろうか。
今のゴーレム程度の強さであれば……まあ、大丈夫だろう。少なくても死ぬことはないはずだ。
ただ逃げたゴーレムは今の奴とは違うタイプ。だからこそ楽観できない。
――無事だよね?
一瞬、浮かんだ不安を打ち消すように首を振るリア。
そうして彼女たちは急いで刀弥の後を追いかけるのであった。
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暗闇の街の中を走る二つの黒。黒いゴーレムとそれを追いかける刀弥の姿だ。
刀弥の目はようやく逃げるゴーレムの輪郭を捉えていた。
先程の足止めでかなり距離を離されてしまったが、それも徐々に縮まってきている。
やはり、他者を気にせず全力で走れるのが一番大きな理由だろう。ただ全力で追うことだけに集中できる。
逃げる相手の背中を見ながら刀弥はふと、なんで自分はこんなに一生懸命になって追いかけているのだろうかと考えた。
自身に正義心がないとは思わないが、それだけでここまでいかないだろう。
いろいろと考えてみた結果、リリスの盗賊への感想が頭に浮かんだ。
自分の努力を積み重ねてきたものを奪われ、許せる人間はそうそういない。しかも、それを目の前で行われたのだ。
そういう意味では相手の逃走直後に起こったリリスの反応は当然の事だと言えるだろう。
ひょっとしたらそんな彼女の想いに自分は当たられたのかもしれない。
そんな自分に苦笑しつつ、刀弥はゴーレムを追うことに意識を向けていく。
相手は刀弥を振り切りたいのか、様々な道を走っていった。場合によっては道でない場所まで行く始末だ。
だが、刀弥はしっかり付いていく。
どんな障害物があろうが、どんな悪路であろうが関係ない。邪魔があるなら登り、飛び越え、避けて走り抜ける。ただそれだけだ。
やがて、両者は街の外に出ることになった。この時点で両者の距離は体三つ分。刀弥が追いつくのも時間の問題だ。
ここまで来ると刀弥としても逃がすつもりは毛頭ない。体が動く限り追いかけ続けるつもりだった。
そのまま両者は草原を突き抜けると、森の中へと入っていく。
木々と茂みに囲まれた森は天然の障害物だらけだ。
不安定な足場、巨大な木、視界を遮る茂み。
ゴーレムはそれらを利用して刀弥から逃げきろうとするが、刀弥の速度は落ちる様子を見せない。
しっかりと踵から石を、腐った木を力強く踏みしめ蹴り抜いていた。
やがて、遂に相手は逃げるのを諦めたらしい。足を止めて刀弥の方へと振り返ってきた。
それを見て刀弥も足を止める。
そうして慎重に出方を伺う両者。刀弥は刀に手を伸ばし、ゴーレムは右半身を前に出した状態で睨み合った。
そんな中、刀弥はちらりとゴーレムの左腕辺りに目を向ける。
ゴーレムの左腕には紺色の宝石のような球体が抱えられていた。恐らくあれが研究情報を収めた物なのだろう。
ならば、刀弥の目的はあの球体を取り戻すことだ。ゴーレムの破壊はそのついでにすぎない。
一方のゴーレムの目的は己を確実に逃がすために刀弥を追いかけられない状態にすること。
刀弥とゴーレムは互いに睨み合ったまま動かない。不動のまま、その目はただ相手のみに注がれている。
だが、その睨み合いも長くは続くことはない。
次の瞬間、いきなり両者の戦いが始まりを迎えるのだった。