三章三話「盗人」(2)
突然の轟音に三人の視線は自然と遺跡情報統合管理局のほうへと向けられる。
「リリスさん。音に心当たりは?」
念のため確認を取る刀弥。
リリスの返答は刀弥の予想通りのものだった。
「もちろん、ないわ」
きっぱりと告げるリリスは未だに遺跡情報統合管理局の建物から視線を外さない。
それは刀弥もリアも同じだ。
三人とも建物に視線が釘付けになっていた。
そこに再び大きな音。今度は複数の叫び声も聞こえてきた。どうやら警備の人間に被害が出たようだ。
刀弥がそう思った直後、突然建物の入口が粉々に吹き飛び、そこから一体のゴーレムが何かを持って姿を現した。
形状は人型。長身でスラリとした細身の装甲だった。デザイン的には騎士の甲冑のようにも見える。
色は漆黒で目立たないようにかボディになんらかの処理がされているらしく、その装甲が夜の光を反射することはなかった。
飛び出したゴーレムは、そのまま刀弥たちがいる方向とは逆方向へと走りだす。警備の人間が追いかけてくる様子はない。
「待ちなさい!!」
反射的にリリスがそう叫んでゴーレムの後を追いかけた。それを見て刀弥たちもゴーレムを追いかけることを決心する。
駆け出す三人。ゴーレムはすぐに見つかった。
そのまま三人はゴーレムを追走する。
「リリスさん」
その最中、刀弥がリリスに声を掛けた。
「……何?」
走るのに必死なリリスは苦しそうな表情を浮かべながら返事を返す。
「あのゴーレムに見覚えは?」
「……ないわね。ボディのデザイン的にこの世界産じゃないのは確かだけど、さすがに中身までは……」
「そうですか。では、リリスさんの知識では、あのゴーレムにはどんな装備が施されていると推測できますか?」
それを聞いてリリスは必死な形相を浮かべたまま考え込んだ。
しばらくして彼女は答えを返す。
「さっきの音からかなり強力な武装は持っているのはわかるわ。でも、電力を動力とする場合、装備にはそれ相応の大きさが必要になってくる。でも、あのゴーレムはそんな大きさの物を持っていない」
「……つまり、マナを動力とし武装として体内に術式回路備えている可能性のほうが高いということですか?」
「まあ、そうなるわね」
刀弥の出した推論に同意するリリス。
「そうなるとどんな術式回路を備えているかになるのよね……私、そっちのほうはそんなに詳しくないし……」
「でも、あれはリリスさんのゴーレムみたいに硬さやパワーで戦うタイプじゃないですよね」
そんな二人の会話にリアも混ざってきた。
「どっちかというと機動力で相手を翻弄するタイプになるのかな?」
「そうね。そっちに近いかもしれないわね。だから、装甲もそれ程頑丈でもないだろうし厚くもないはず」
「なら、俺の刀でも十分斬れるか」
そう言って逃げるゴーレムを見据える刀弥。
スムーズな動きと高い脚力。確かに機動力は高そうだ。
術式回路の武装がわからないため攻撃手段は不明だが、離れた位置から攻撃できる手段を持っていると想定しておいたほうがいいだろう。
そう考えて刀弥は斬波のことを思い返す。
完成していれば迷わず使うところなのだが、未完成である以上下手に使う訳にはいかない。ないものとして戦いを組み立てるべきだろう。
「それにしてもあのゴーレム。どこまで逃げるつもりなのかしら?」
そんなことを考えていると、ふと、リリスがそんな言葉を漏らした。
「主のところまでだと思いますけど……」
何を言ってるんだとばかりに刀弥がそう返す。
すると、リリスが少し怒った顔でこう返答してきた。
「それはわかってるわよ!! 問題はその主がどこにいるのかよ!!」
その指摘に彼らは顔を見合わせる。
「普通に考えたら街の外か?」
「まあ、そうだよね。合流したら街から離れるだろうし……」
「なら、少しおかしくない? 外に出るならさっきの大通りをそのまま進んだほうが早いわよ? こんな細い道をわざわざ選ぶ必要は――」
リリスがそんなことを言った、その時だった。
刀弥の目が細道の屋根の上から飛び降りる影たちを捉える。
「リリスさん、止まって!!」
叫びと共に腕を上げ彼女を止める刀弥。
直後、三人の目前で音が響き渡った。
破片と砂埃が撒い、三人のもとに押し寄せてくる。
それを手で防ぎ、止むと同時に視界の向こうを見る三人。
見ると三人の目前を二体のゴーレムが遮るように立っていた。
どちらも人型で大きさも標準的な大きさだ。
色はこちらも黒。ただし各部分が丸みを帯びたデザインで顔も丸い視覚装置があるだけの簡素なデザインのゴーレムだ。
「足止めか」
二体の奥を見ると先程のゴーレムがそのまま逃げ去って行くのが見えた。恐らく追いかける刀弥たちを足止めするためにこの道を選んだのだろう。
「さっさと倒して追いつくしかないか」
そうこぼして刀の取っ手に手を掛けようとする刀弥。しかし、それをリアが止める。
「待って、刀弥」
「どうして止める?」
現状戦う以外選択肢のない以上、早く敵を倒すしか方法がないはずだ。なのに何故止めるのか。刀弥にはそれが不思議でならなかった。
そんな彼にリアが一つ問いを投げ掛けてくる。
「ねえ、刀弥。刀弥ならあの二体を抜いて、さっきのゴーレムを追いかけることはできる?」
「……絶対とは言い切れないが、一応できるとは思う」
恐らく相手は先のゴーレムと同じくマナを動力としているタイプ。そうなると攻撃手段は体内に仕込んでいる術式回路だからどんな攻撃が飛んでくるかわからない。
だが、不思議なことに刀弥の中にある感が彼らを抜くことは不可能ではないと告げていた。
「じゃあさ、刀弥はあいつら突破して先に行って。私たちはあいつらを倒してから追いかけるから」
「……」
彼女の言葉に内心刀弥は驚く。が、彼は抗議の言葉を何とか飲み込むと、そのまま目線で彼女に続きを促した。
「さっき、追いかけていた時もそうだけど、刀弥は全速力で走ってないよね? たぶん、私たちを心配して合わせてくれてたんでしょ?」
確かにリアの言う通り、刀弥は全速力で走っていない。走れば追いつくことも可能だったが、その際にはリアとリリスを置いていくことになってしまう。
相手の攻撃手段がわからない以上、盗品の奪還よりもリリスたちの安全の方を優先していたのだ。
「心配してくれるのは正直言えば、ちょっと嬉しい。でもね、少し悔しかったりもするの」
笑みか苦笑かわからない表情をリアが浮かべる。
だが次の瞬間、彼女はゴーレムたちに向けて杖を構えた。
「だからね、刀弥。私を信じて先に行ってくれないかな?」
「……わかった」
刀弥はそれ以上は何も言わない。リアが信じてと言ったのだ。ならば、もう信頼するしかない。
「無茶だけはするなよ」
「刀弥にだけは言われたくないな」
その会話の終了がスタートの合図だった。
終了と同時に刀弥が走りだす。狙うは二体のゴーレムの隙間。
当然、彼の行動に二体のゴーレムたちも反応し妨害を行った。
ゴーレムたちは火球の群れが生み出し、それを刀弥に向かって放ったのだ。
刀弥はそれらの軌道を見極め最小の動きで回避。火球群を抜ける。
それを見て右側のゴーレムが接近を選択。右腕を振りかぶり、拳を放ってきた。
その瞬間、刀弥は抜刀。拳と刀がぶつかり合う。
刀がぶつかったのは拳の外側だった。正面ではなく横からの力の衝突だ。故に拳は刀弥から見て右側へと逸れていく。
刀弥はそのまま刀を相手の右腕に引っ掛けながら腕を振りぬき加速。まずは一体目を突破する。
それを見て後ろに控えていたほうのゴーレムが再び火球を生み出し刀弥に放とうとした。だが、刀弥はそちらのほうを見ていない。
彼が見ているのはその先、逃げたゴーレムが走った道筋だ。
もう一体のほうは気にしない。なぜなら、既に相棒が何らかの対処をしているはずだからだ。
その信頼の通り、既にリアはそのための行動を起こしていた。
リアが行ったのはアイスチェーンによる鎖の壁。
刀弥が回避した火球の流れ弾もこれで対処し、今度はそれを刀弥と二体目のゴーレムとの間に向けて伸ばしたのだ。そのついでに一体目のほうも縛るのは忘れない。
鎖の壁が火球の猛攻を変わりに受ける。火球は鎖に衝突と同時に爆発。火球が刀弥に届くことはなかった。
そのまま刀弥は一気にゴーレムの傍を通過。逃走した騎士型のゴーレムの追走に入る。
急いで二体目のゴーレムがそれを追いかけようとした。けれども、その行動をリアが妨害する。
『フレイムボール』
今度は逆にゴーレム達が火球の群れに襲われた。
刀弥を追いかけようとしていたゴーレムは、これに対応しきれず着弾。爆発の音が狭い道に響き渡った。
舞い上がる土煙。
しかし、リアは油断しない。音の手応えからまだゴーレムが健在であることはわかっていたからだ。
故に彼女は追撃の一手に出る。
『アイスランス』
彼女の付近に槍状の氷が二つ出現。それぞれが別々の標的に向かって狙いを定めると次の瞬間、それらは高速で飛翔した。
土煙の向こうから音が響く。一つは貫いた音。だが、もう一つは違った。
その判別と同時にリアは防御を選択。
『リフレクト』
前方への力場を一定範囲に展開することで相手の攻撃を防ぐ防御系魔術。それをリアは自分たちの前方にやや斜め上を向かせた形で展開させる。
直後、二人のもとへ炎の砲撃が飛んできた。
砲撃は力場と衝突。力と力がぶつかり合う。
力場を強引に貫こうとする炎の砲撃とそれをさせまいとする力場の盾。両者の力比べはすぐに決着がついた。
砲撃が上へとその軌道を変え、その後盾が壊れたのだ。
とりあえず攻撃を凌いだリア。彼女は杖を構えたまま前方を見据える。
砲撃もあってか、土煙も晴れていく。
土煙の晴れた視界の向こう、そこにはリアに構えを見せるゴーレムの姿があった。
どうやら刀弥を追いかけるのは諦め、先にこちらを倒すことにしたようだ。
「リリスさん。下がっていてください」
そうリリスに警告し、リアは一歩前に出る。
「すぐにあれを倒しますので」
そう宣言すると、すぐさま彼女は攻撃を放つのだった。