三章三話「盗人」(1)
さて、三章三話の開始です。
リアフォーネでの物語はこれで終了の予定となっております。
日は沈み、星と月が姿を現す夜。気温は適度に冷えているが、実際のところそれほど寒さを感じることはない。
時間も時間のせいか人通りの少ないフォーネスの通り。そこを三人の人物が歩いていた。
刀弥とリアとリリスだ。彼らの腕にの中には紙袋が抱かれていた。中身はマスクや袋、雑巾用の布などの掃除用の用具だ。
「それにしても今から私の家を掃除するなんて……」
涙目状態のリリスがそんな嘆きを漏らす。
だが、そんな彼女の台詞を刀弥がバッサリと切り捨てた。
「そもそも、ことの始まりはリリスさんがまた家に招待してきたことが原因なんですけどね」
それを聞いて、リリスはうっと声を漏らし目を逸らす。
彼の言う通り、ことの始まりは斬波の修行をしている刀弥たちのところにリリスがやってきて再び家に招待してきたことが原因だった。
あの家に行くのを躊躇う刀弥たちに、リリスが何故悩むのか理由を訊ねたのだ。
それでその理由を話し、気が付いたらあの家を掃除、整理することになっていた。
刀弥たちがあの家を訪れて七日ほど経過しているが、下手したら記憶にあるあの光景以上の惨状になっている可能性も否定できない。
隣を歩くリリスに視線を向ける。彼女は刀弥が自分を見ていることに気が付くと、少し萎縮して苦笑いを浮かべた。
それを見て刀弥はなんとなく溜息を吐いてしまう。
「まあまあ、刀弥」
そんな彼にリアが話しかけてきた。
「リリスさんもあれで少しは懲りてると思うよ。でなきゃあ、刀弥相手に萎縮なんてしないだろうし……」
「明日には忘れてそうな気がするけどな」
その言葉にリアはあ~と言って困った顔を浮かべてしまう。どうやら刀弥の言葉を否定出来なかったようだ。
リリスが刀弥に対して萎縮しているのは、彼が理由を説明する際の態度に原因があった。彼は彼女の悪い点を一例一例上げながらくどくどと非難していったのだ。
終いには整理整頓以外のところにも話題が波及しようとしたのだが、そこでようやくリアが待ったを掛けた。
どうやらあれのせいでリリスは刀弥に対して苦手意識を抱いたようだ。
「まあ、何にしても掃除と整理だけじゃなく、物の片付け方も教えておかないとな。じゃないとまた酷い惨状の繰り返しだ」
「まあ、そうだね」
頬を掻きつつ同意するリア。
そんな二人の会話を聞いてリリスは少し目を潤ませてしまう。
「うう~。厳しい」
思わずそんな呟きを漏らす彼女だった。
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リリスの家を訪れてから七日ほどの日にちが経過した。
彼女との交流のおかげか、斬波に関しては少しだけ前進があった。
一応、空気中の物質に力を伝えれるようになったのだ。
ただ、完全に力を空気中の物質に伝えきれていないのでその威力はかなり低い。だが、それでも前進は前進だ。
後はしっかり力を伝えきるようになれば完成となる。今はそのための試行錯誤に時間を割いている状態だ。
極小の物体に力を全て伝えるのは当然、難しい。
刀弥としてはカイエルからその辺のヒントを聞きたいところだが、彼は最近顔すら全く見せに来ない状態だ。
まあ、仕方ないと刀弥は考えている。街で聞いた噂だと、別の街で研究情報が盗まれるという事件が次々と発生しているらしい。
この世界では軍が警察の機能を持っている以上、軍が忙しくなるのは当然の話だ。無論、そこに所属しているカイエルもまた、忙しい日々を送っているのだろう。
そういう事情である以上、刀弥としても文句を言うつもりはない。元々こちらから無理に頼んだことだ。仕事優先なのは仕方ないだろう。
「盗難騒ぎか……」
ポツリと漏らす刀弥。
そんな彼の独り言をリリスが拾った。
「最近、街で噂になってるよね。軍も大変そうね~」
「一応、リリスさんにも関係ある件だと思うんですけど」
どうでもよさそうな彼女の態度にリアがすかさず突っ込みを入れる。
すると、その突っ込みにリリスはこう答えた。
「だって、解明済みの遺跡に関する情報は軍が施設で一括管理してるもの。自宅にも一応情報とかがない訳じゃないけど、それは未解明の情報。奪ったって解明できなきゃ意味ないじゃない」
「まあ、確かに」
故に彼女にとっては他人ごとなのだろう。
刀弥がそんな風に結論をまとめていると、リアがリリスに新たな問いを投げ掛ける。
「リリスさんは自分の努力が産み出した研究情報が盗まれることについてはどう思ってるんですか?」
さっきの反応だと、それすらも思い入れがなさそうな気がしたが刀弥も問い掛けられた相手のほうを見る。
すると、彼女は刀弥にとって意外な返事を返した。
「当然、許せないわよ!!」
「さっきまで、どうでもよさそうな態度をとっていたと思ったんですけど……」
眉を寄せて声を荒げるリリス。そんな彼女の態度に思わず刀弥は疑問を飛ばしてしまう。
「情報の管理は軍の責任だからね。それは気にしても仕方ないじゃん。でも、私の努力の結晶を無断で使おうとするなんて研究者として許せるわけなじゃないの」
「はぁ……」
つまり、管理については他人ごとだが、盗む相手に対しては一応の怒りはもっているということだろうか。ちょっと理解出来ない感覚だ。
その事に微妙な感想を抱きつつも、とりあえず刀弥は彼女の台詞に相槌を打った。
「もし盗賊が目の前に現れたら、私の秘密兵器でギッタギタにしてやるんだけどね~」
そう言って不気味な笑いを漏らすリリス。どうやらかなり本気のようだ。
つい、周囲の被害を心配してしまうのは彼女の性格を把握しているせいだろうか。
見るとリアも同じ事を考えてたのか、視線が周囲の住居辺りを彷徨っていた。
そのことに笑みを漏らしつつ、刀弥は視線を前方に戻す。
「しかし、考えてみるとリリスさんの家ってあんな惨状じゃ、盗賊が入っても絶対気づかないでしょう?」
ふと、彼女の家の光景を思い出し、その事を問い掛ける刀弥。
と、彼の問いにすぐさま当の本人が反論を繰り出してきた。
「そんなことないわよ!! そもそも入るだけでも一苦労するはずだし」
「……どういう意味ですか?」
嫌な予感を感じ、すぐさま刀弥が尋ね返す。
すると彼女は胸を張って次のような答えを返してきた。
「私の自宅の周囲には自家製のトラップが仕掛けられてるの。無理に入ろうとすれば侵入者をすぐさま補足して迎撃するはずよ。一度そういう騒ぎがあったんだけど、なんでか私に苦情が来たのよね。悪いのは侵入してきた相手のはずなのに」
納得行かないという顔を浮かべるリリス。
一方の刀弥達はというとその話を聞いて、なんともいえない顔になってしまった。
恐らくそのトラップが強力すぎて近隣に被害が及んだのだろう。つくづくはた迷惑な人だと二人はリリスについて再認識したのだった。
「あ、あれを見て」
そんな二人の内心を知らないリリスは何かに気がついたのかある一点を指差す。
二人が彼女の指差す先をへ目を動かすと、そこには大きな建物があった。
「あそこは遺跡情報統合管理局。遺跡に関わる全ての情報を管理している施設なの」
「ってことはこの街で狙われるとしたらあの施設になるってことですか?」
リリスの説明を聞いて刀弥は改めてその施設を見つめる。
建物は遺跡を利用したものではなく、新たに建てた建築物だった。かなり巨大な建物で、そのせいかかなり威厳のある雰囲気が漂っている。
「当然、警備はかなり厳重なんですよね?」
「当たり前じゃない。それに今はあの噂もあって、かなり警備に力が入ってるんじゃないかしら」
そう言ってリリスもまた刀弥たちに向けていた視線を建物へと向ける。
確かにその通りだ。あんな噂がある以上、警備もまた通常以上に力を入れているだろう。それこそ不審者を見つけたらすぐにでも拘束するくらいの。
――リリスがいるとはいえ、あまり変に見つめていたら警備の人間に咎められるかもしれないな。
そんなことを考えて刀弥は自嘲した。その時だ。
突然、遺跡情報統合管理局の中から一際大きな音が響き渡った。